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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年12月号

新十年における条約のモニタリング

池原毅和

1 はじめに

今年、2012年に第2次アジア太平洋障害者の十年が終わり、来年から新たに第3次のアジア太平洋障害者の十年が始まる。第2次十年には障害者権利条約が審議され採択されるという障害のある人の人権史のうえで世界史的なエポックがあったが、逆に、第2次十年の企画はその陰に隠れてしまい、十分な検証がなされなかった。第2次十年では「アジア太平洋地域の障害者のためのインクルーシブで、バリアフリーな、かつ権利に基づく社会に向けての行動のためのびわこミレニアム・フレームワーク」が採択されていたが、障害のある人の権利に基づくインクルーシブな社会の実現はいまだ十分に果たされていない。第3次の十年は第2次十年の轍を踏むことなく、改めて権利ベースでインクルーシブな障害政策の実現に向けて新たに踏み出す意味で「第3次十年」ではなく「新十年」と志を新たに表明している。

新十年が単なる掛け声や企画だけで終わらないようにするためには、何よりも障害者権利条約の履行の進捗状況をレビューしながら、アジア太平洋諸国が相互に研鑚して障害者権利条約の完全履行へと向かっていくことが重要である。障害者権利条約自身がモニタリングのシステムを求めているが(第33条)、新十年においてはさらに障害者権利条約の履行について10の到達目標(Goal)と27の重要なポイント(Target)を定め、そのポイントについて進捗状態を測る62の指標(Indicator)を定めている。

2 新十年の戦略とモニタリング

(1)障害者権利条約が求めるモニタリング機構

障害者権利条約第33条2項は「締約国は、その法律上及び行政上の制度に従い、この条約の実施を促進し、保護し及び監視〔モニター〕するための枠組み(適切な場合には、1又は2以上の独立した仕組みを含む。)を自国内で維持し、強化し、指定し又は設置する。締約国は、当該仕組みを指定し又は設置する場合には、人権の保護及び促進のための国内機関の地位及び機能に関する原則を考慮に入れる」と定めて1)、モニタリングの仕組みを締約国の義務としている。わが国では、障害者政策委員会が「障害者基本計画の実施状況を監視」(第32条2項3号)する機能を果たすことになっており、障害者基本計画は障害者権利条約を履行していく方向で作成されるはずであるから、障害者政策委員会もモニタリング機関としての役割をある程度担う仕組みということができる。

しかし、障害者権利条約はモニターのための枠組みは「適切な場合には」という条件つきではあるが「独立した仕組み」であることを求め、「人権の保護及び促進のための国内機関の地位及び機能に関する原則」つまり「パリ原則」2)に基づいた国内人権機関としての仕組みを考慮に入れることを求めている。障害者政策委員会は独立性が低く、調査や是正について強力な権限が与えられている機関でもないという点で十分な組織ではない。国内人権機関については、過去10年以上にわたって人権擁護法案などの議論がなされてきたが、パリ原則を満足させる組織としての人権機関は容易に創設されなかった。今後、再び国内人権機関の議論が進んだ場合、障害者権利条約の完全履行の観点からも「パリ原則」を守った独立した仕組みとしての人権機関を作ることが重要な課題となる。

(2)新十年の戦略

新十年では10の到達目標に対して重要なポイントを定めて、そのポイントごとに指標を設定して政策の進捗度を測定できるようにして政策の進捗を検証する仕組みを作ることにしている。

たとえば、政治参加の促進という到達目標(Goal2)に関しては、政府の政策決定等に障害のある人の参加を確実にすること(Target2A)、政治過程に障害のある人の参加を増進するための合理的配慮を提供すること(Target2B)などが定められ、指標(Indicator)として障害のある人の国会議員の比率、政府内における調整のための仕組み(障害者権利条約第33条1項)における障害のある委員の比率、女性の機会均等化と雇用のための国の機関における障害のある委員の比率、首都においてアクセシビリティーと投票の秘密の保障がなされている投票所の比率、障害のある人が行政府で占める割合、障害のある人が最高裁判所判事になっている割合、障害のある人の選挙をアクセシブルにすることを選挙関係機関に義務づける法令の有効度、などを提示している。こうした指標に照らして、今後10年間にどれだけの障害のある国会議員が増えていくか、行政府の中にどれだけ障害のある役人が増えていくか、最高裁判所の判事になる障害のある人が現れるか、政府の関係委員会に障害のある人がどれだけ参加できるようになるか、成年後見における選挙権の制限を含めて選挙権の実現が障害のある人にどれだけ進むかなどをモニターして、定期的にレビューすることになる。障害者権利条約の批准後は条約委員会に報告することにもなる。

こうしたモニタリングにおいて、さらに重要なのは障害のある人たちのNGOの役割である。障害者権利条約第33条3項は、障害のある人とその団体がモニタリングの過程に十分に関与し、参加することを求めている。現状の仕組みがパリ原則を満たしえないものであればなおさらこのことは重要である。また、上からのモニタリングは概括的なものになりがちであり、障害のある人の草の根の生活のあり方を把握したものとはなりにくい。こうした点からも、障害のある人の団体と人権団体などが積極的にモニタリングに関与していくことが新十年を実りあるものにできるかどうかの分かれ道になると言っても過言ではない。

3 モニタリングの限界とさらなる権利ベースの仕組みの構築へ

モニタリングの重要性は強調しすぎてもしすぎることはないが、絶大な効果があるものと期待しすぎることは危険である。わが国の国際人権条約についての国連からの勧告に対する対応をみると、モニタリングに基づいて指摘がされたからといって政府が迅速に政策を改めるとは限らない。振り返れば、日本政府は2001年にはすでに国連社会経済理事会から障害者差別禁止法を作るように勧告されていたのだが、それから11年以上経過した現在に至ってようやく差別禁止法ができる緒につき始めたところである。しかも、それはその勧告に基づくというよりも2006年の障害者権利条約の採択の影響の方が直接的であった。それ以外にも日本政府は国連の人権理事会から外国人差別や代用監獄問題、難民認定問題などさまざまな勧告を受けてきているが、それについて検討することすら約束することなしに済ませている。

モニタリングは強制力を持ったものではなく、先進国、文明国として国際社会に恥じない自主的な解決を促すものにすぎない。従って、政府が厚顔無恥であればモニタリングの効果は十分には機能しない。

日本にはいまだに国内人権機関がない。障害者差別禁止法の制定もまだまだ予断を許さない状況である。行政権の肥大化と議会の空洞化という現象のもとで民意は政治に反映されにくい状況が続き、改善の方向性は見えてこない。司法は極めて保守的であるうえに障害のある人の問題に対する理解は進んでいない。さらに、日本はいずれの人権条約においても個人通報制度を認める選択議定書を批准していないため、日本に住む人たちは国内的に人権救済が図れない場合に国連の人権救済システムを利用することもできない。つまり、法的な強制力をもって障害者権利条約の履行が不十分である点を是正していく仕組みについてはたいへん心もとない状況に私たちは置かれている。モニタリングはその状況をあぶり出し、世界の見守る中で日本のあり方を是正していく一つの重要な道である。しかし、今後の十年を見通すと、さらにそれを超えてしっかりとした法的強制力を伴った是正制度を構築していく視座を持つこともたいへん重要である。

新十年の戦略は、国の3権(立法・行政・司法)の中に障害のある人が参加していくことを重要な指標としているが、それは障害者権利条約の完全履行のための土台あるいは足掛かりを作るものであり、それ自体が目的ではない。この土台を踏み台として、より強力で有効性のある権利実現のシステムを作り上げていくことが本当の目的である。モニタリングと新十年の戦略が最終的な権利の実現(Make the Right Real)のためにどれだけ活用できるかが、私たち一人ひとりに問われている。

(いけはらよしかず 東京アドヴォカシー法律事務所)


1)障害者権利条約の訳文は川島聡=長瀬修仮訳(2008年5月30日付)による。

2)1993年12月の国連総会採択「国内人権機関の地位に関する原則」