「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年11月号
精神障害者の障害認定の現状と課題
安西信雄・清野絵
1 はじめに
米国の精神障害者家族会(NAMI)のホームページの「社会保障障害給付(Social Security Benefits)」は、次の文章から始まっている(注:本稿執筆時点。今後変更の可能性あり)。
「身体の病気と同じように、精神疾患でも障害が起きることがあります。重い身体の病気を持つ人と同じように、重い精神疾患を持つ人も障害給付を受け取ることができるのです。」(注:傍点は筆者による)
米国の社会保障障害年金制度では、精神障害は1980年頃から対象となっている1)。だから、今さら「身体の病気と同じように」と言わなくてもいいのではないかと思われるが、精神疾患の「障害」が分かりづらい場合があるので、このように表現しているのであろう。
しかし、統合失調症などの精神疾患をもつ人が社会生活の上でさまざまな困難(以下、「生活障害」と呼ぶ)を持つことは1980年代から明らかにされていた。臺2)は統合失調症をもつ人たちの生活障害を「生活のしづらさ」として、生活技能、人付き合い、職務遂行上の問題などに整理した。リハビリテーションはこれらの改善のために取り組まれてきたわけである。
国際的な診断基準であるDSM-4-TR3)では、統合失調症の診断基準として、特徴的症状、持続期間とともに「社会的または職業的機能の低下」、つまり、仕事、対人関係、自己管理などの面で一つ以上の機能が病気になる前と比べて著しく低下していることを必須の条件としている。気分障害(大うつ病エピソード)の診断基準でも「臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の領域における機能の障害を引き起こしている」ことが必須の条件となっている。このように、重い精神疾患においては、社会的・職業的な機能が妨げられることがしっかり認められているわけである。
わが国では、精神疾患をもつために生活障害をもつ人への支援は、身体障害や知的障害と比べて大幅に整備が遅れた。その第一の理由は、精神障害は「障害」ではなく「病気」とみなされてきたことである。たとえば、国会で「国連の権利宣言に照らして、わが国の障害者の区別を改めるべきではないか」と議員から質問された際に、昭和59年当時の厚生大臣は「精神障害者の場合は、これは医学的な保護のもとに置く必要性があり、また、その医学的な保護の中から回復した場合は普通になって社会復帰ができる」と答弁している。つまり、精神障害をもつ人の生活障害は病気の症状から来るものだから、症状が治まったら普通に生活できるという考えである。
こうした混乱が治まったのは平成5年に改正された「障害者基本法」で、ここではじめて、精神障害者も「障害者」として規定された。それに続いて、平成7年に改正された「精神保健福祉法」において、第45条に精神障害者保健福祉手帳(以下、「手帳」)に関する条文が明記され、手帳の制度が創設された。
その後、精神障害については、「医療も福祉的支援も必要」という前提で、遅ればせながら制度整備が進んできた。表1に、現在実施されている主な障害認定の制度をあげた。診断名は、すべての制度で要件になっている。生活機能障害については、自立支援医療医師意見書においては、該当疾患(統合失調症など)では、生活機能障害は必要条件とはなっていないが、他の制度では記載が求められる。生活機能障害の評価者は、障害者自立支援法の障害程度区分は認定調査員が実施するが、それ以外は医師が評価して記入する。
表1 精神障害者の主な障害認定
制度 | 要件 | ||
---|---|---|---|
診断名が該当 | 生活機能障害がある | ||
医師が評価 | 医師以外が評価 | ||
精神障害者保健福祉手帳 | ○ | ○ | |
障害年金 | ○ | ○ | |
自立支援医療 医師意見書 | ○ | ||
精神障害者雇用 | ○ | ○(注1) | |
精神障害の労災認定 | ○ | ○(注2) | |
障害者自立支援法の障害程度区分 | ○ | ○ | ○(認定調査員) |
注1:精神障害があるが(一定の条件で)就労は可能な状態である
注2:業務による強い心理的付加が存在した
限られた社会資源の中で、必要な人に必要な支援を提供するためには、障害やニーズを的確に評価する仕組みが必要である。表1にあげたそれぞれの制度において、的確な評価に向けて努力が重ねられてきたが課題もある。
以下、手帳、障害程度区分を例に、障害認定の現状を検討し、今後の課題を述べる。
2 精神障害者保健福祉手帳における障害認定
手帳は、法律施行令によって、精神障害の状態が重い順から1級、2級、3級が定められた。1級は「日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のもの」、2級は「日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの」、3級は「日常生活若しくは社会生活が制限を受けるか、又は日常生活若しくは社会生活に制限を加えることを必要とする程度のもの」とされている。このように、1級と2級は日常生活に制限があること、3級では日常生活か社会生活の制限が基準となっている。
手帳取得者数(交付台帳登載数)の近年の推移を表2に示した。取得者数は平成18年から平成23年までの5年間に1.5倍に増えていた。平成23年の実績では、等級の中でもっとも多いのは2級で、これが全体の約62%を占め、次いで3級が約22%、1級が約16%であった。
表2 精神障害者保健福祉手帳交付台帳登載数
年度 | 平成18年 | 平成19年 | 平成20年 | 平成21年 | 平成22年 | 平成23年 |
---|---|---|---|---|---|---|
1級 | 73,810 | 78,957 | 84,074 | 91,718 | 93,908 | 96,774 |
2級 | 248,102 | 270,924 | 298,042 | 335,047 | 368,041 | 374,019 |
3級 | 82,971 | 92,847 | 100,789 | 117,567 | 132,555 | 134,721 |
合計 | 404,883 | 442,728 | 482,905 | 544,332 | 594,504 | 605,514 |
出典:厚生労働省 衛生行政報告例
次第に取得者が増加しているのは、所得税、住民税などの控除が受けられるほか、交通機関の割引があり、手帳所持者は法定雇用率の対象とされてハローワークで障害者枠の支援が受けられることなどによると思われる。2級以上では生活保護障害者加算もある。
手帳の等級の判定は、国が示した手帳の「障害等級判定基準」により行われているが、都道府県や政令指定都市で判断にばらつきがあるなどの問題点が指摘されている。こうした問題点を改善するため、數川ら4)は全国精神保健福祉センター長会で検討を行い「記載に当たって留意すべき事項」を呈示した。
「日常生活能力の程度」について、たとえば「(3)金銭管理と買物」については、「金銭を独力で適切に管理し、自発的に適切な買物が出来るか、援助が必要であるかどうか判断してください」など、判断基準がかなり具体化された。
しかし、「保護的環境(例えば、病院に入院しているような状況)ではなく、例えばアパート等で単身生活を行った場合を想定しそのような場合の生活能力について記載してください」とされている。つまり、入院患者を評価する場合には「退院して単身生活をした場合」を仮定して評価することになる難しさがあり、また、医師が患者の生活ぶりをどこまで観察できるかなどの問題も考えられる。
3 障害者自立支援法の障害程度区分認定
障害者総合支援法が平成24年6月に成立・交付され、平成25年4月1日に施行された。これにより障害者自立支援法が障害者総合支援法となり、障害者の定義に難病等が追加され、重度訪問介護の対象者の拡大、ケアホームのグループホームへの一元化などが実施されている。
自立支援法における「障害程度区分」は、総合支援法では「障害支援区分」に変更されるが、特に知的障害者・精神障害者については「障害支援区分の認定が知的障害者・精神障害者の特性に応じて行われるよう、区分の制定に当たっては適切な配慮等を行う」とされている。「法律施行後3年を目途として検討を加える」とされているので、新しい「障害支援区分」は平成27年度に具体化することになる。
それまでの間、現在の障害程度区分が使用されるわけであるが、これは平成12年から実施されている高齢者を主な対象とした要介護制度で使用されている認定調査項目(79項目)をベースにしたものである5)。この要介護認定(一次判定)の手法を用いて、精神障害者および知的障害者の介護ニーズを評価できるかの検討が実施されたが、知的障害については、要介護認定(一次判定)と介護支援専門員からみた要介護度やその他の評価との間に比較的高い相関が認められたが、精神障害については相関は低かった6)。そこで障害者の特性をよりきめ細かく把握できるように、多動やこだわりなど行動面に関する項目、話がまとまらない、働きかけに応じず動かないでいるなど精神面に関する項目や、調理や買物ができるかなど日常生活に関する27項目が追加され、障害程度区分の認定調査では106項目の評価が実施されている5)。
障害程度区分の判定プロセスは、79項目(A項目)を中心とする一次判定(判定ロジックによるコンピュータ処理)、市町村審査会における二次判定(一次判定および追加項目、特記事項、医師意見書等を総合的に審査)を経て決定される。
要介護認定で用いられてきた79項目の認定調査項目に基づく判定ロジックは、大規模タイムスタディ調査の結果に基づくものであるが、精神障害や知的障害を含めた本格的なタイムスタディは実施されていない。そのため、二次判定で特記事項や医師意見書等を踏まえて、精神障害や知的障害については障害程度区分の上位への区分変更が行われる率が高くなっている。
前記のように障害支援区分の認定においては「知的障害・精神障害の特性に応じて…適切な配慮」と特記されるのは、こうした事情があるからであろう。精神障害・知的障害を対象者に含む、支援ニーズの本格的な調査が行われることが期待される。
4 おわりに
障害を抱えた人の地域生活を支援するため、さまざまな制度が創設され、それぞれ認定の仕組みが工夫されてきた。それぞれ大まかには支援ニーズに対応して運用されていると思われるが、前記のように問題も含んでいる。
今後の検討課題を挙げる。
第一は、生活支援か就労支援か、所得保障か、という問題である。米国の社会保障の中では、国際診断基準DSM-4-TRにあるような精神症状の存在を前提として、それがあるために過去2年間にわたって働けなかった事実に重点を置いた判定が行われている1)7)。精神障害をもつ人たちが障害者枠等を利用して仕事に就く率が増加している現状を踏まえて、こうした問題の整理が必要であろう。
第二は、利用者のニーズや希望への対応である。制度設計には利用者の声が反映されるべきであるが、佐藤8)のように、障害程度区分の認定を欧米で実施されているような「支援ニーズに基づく支給認定システム」に転換すべきという主張もある。
予算や資源を有効に用いて、障害をもつ人たちの支援ニーズを満たすためには、認定の仕組みを実証的な根拠に基づき、公平で透明性が高く、利用者に納得のいくものにしていく努力を続けていくことが必要である。そのためには、前記のような指摘も考慮しつつ、それぞれの制度の目的を踏まえたうえで、障害の認定においては、できるだけ共通のフォーマット(方法)を拡大していくことが必要であろう。
(あんざいのぶお 帝京平成大学健康メディカル学部臨床心理学科、せいのかい 東洋大学社会学部社会福祉学科)
【文献】
1)日本精神神経学会 社会復帰問題委員会 年金問題小委員会「精神の障害―臨床、法制度、その実際―」三輪書店、東京、1994年
2)臺弘「生活療法の復権」精神医学26(8):803―814、1984年
3)米国精神医学会(高橋三郎、大野裕、染矢俊幸訳)「DSM-4-TR精神疾患の分類と診断の手引(新訂版)」医学書院、東京、2002年
4)數川悟ら「精神障害者保健福祉手帳診断書の記載要領の作成に関する研究(平成18―19年度 全国精神保健福祉センター長会調査研究 精神障害者保健福祉手帳診断書の記載要領の作成に関する研究)」2008年
5)障害者福祉研究会「障害者自立支援法 障害程度区分認定ハンドブック(三訂版)」中央法規、東京、2013年
6)安西信雄(分担研究者)ら「精神及び知的障害者の介護ニーズの評価手法の開発に関する研究」「平成16年度厚生労働科学研究費補助金(長寿科学総合研究事業、主任研究者:遠藤英俊)分担研究報告書」
7)USA Official Security Website, Social Security: 12.00 Mental Disorders - Adult. Disability Evaluation Under Social Security.
8)佐藤久夫「障害者自立支援法案をめぐって―障害程度区分」ノーマライゼーション障害者の福祉、2005年8月号