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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年11月号

列島縦断ネットワーキング【大阪】

タニマーたちの権利擁護を考えるシンポジウム
「病名で支援を区切らないで!」を開催して

長岡健太郎

1 シンポジウムの企画意図

「難病」と聞いて、皆さんはどんなイメージをもつでしょうか。映画やドラマでよくあるように、必死の闘病の末に命を落とすイメージでしょうか。実際には、完治しない病気と付き合いながら、在宅生活を送る人がほとんどです。にもかかわらず、難病と付き合いながら生活する人たちを支える制度は不十分です。病名で支援の対象が区切られ、何らの支援も受けられない制度の谷間に落ち込んでいる人(=タニマー)が多くいます。

そこで、難病患者の生活実態を当事者の方からお話しいただくとともに、あるべき権利擁護の仕組みを考えるため平成25年9月28日、大阪弁護士会館でシンポジウムを開催しました。当日は187人の参加を得て、シンポジウムを成功させることができました。

2 基調報告

基調報告は、日本社会事業大学特任教授の佐藤久夫先生と、作家で難病当事者でもある大野更紗さんにお願いしました。

(1)佐藤久夫先生の報告

佐藤先生は、2010年以降の障がい者制度改革の流れを踏まえ、難病対策制度の問題点や今後の展望について報告されました。

2011年の障害者基本法改正により、難病患者も「障害者」の範囲に加わりました。また、社会的障壁により生活に制限を受ける者も「障害者」であるとして、障害に関する「社会モデル」の考え方も採用されました。

2012年に制定された障害者総合支援法では、一部の難病患者が福祉施策を利用できるようになりました。

これらの改革は、一歩前進とも評価できるものですが、これで制度の谷間がなくなったわけではありません。

障害者総合支援法では、政令に列挙された病名によって対象が区切られる仕組みが採用されました。この点について佐藤先生は、「谷間を作り続ける国の考え方は何ら変わっていない」と批判され、病名で区切らなくても、医師の診断書等により一人ひとりのニーズを把握することは可能であると指摘されました。

難病対策に関しては、2013年1月25日に厚生科学審議会疾病対策部会難病対策委員会より「難病対策の改革について(提言)」が発表され、現在、法制化に向けた検討が進められています。

佐藤先生は、提言について、たとえば、1.「疾病の希少性」が医療費助成の要件とされているが、これでは「希少とはいえない疾患にり患している」人が対象外とされるなど、必要な人に支援が行き渡らず、制度の谷間が生じる。2.提言では医療費助成、福祉、雇用、治療法の研究開発といった複数の制度へのニーズを一つの基準で判断しようとしているが、目的の違う制度へのニーズを同じ基準で評価するのは無理がある。3.難病対策委員会に当事者委員があまりに少ないなどと指摘されました。

(2)大野更紗さんの報告

大野さんは、大学院生の時に難病患者となった自身の経験を踏まえ、「突然難病を発症しても、どこの病院に行ったらいいのかも分からず、適切な専門医にたどり着けない」「そのため医療難民ともいうべき、診断名さえ付かない状態が続く」「病院のスタッフが必ずしも福祉制度のことを知らないため、どのような制度や社会資源があるかも分からない」「高額な医療費のみならず、療養費や交通費など、さまざまな金銭的負担ものしかかる」というような難病患者の置かれた切実な実態を話されました。「職場や学校などの社会的な関係から切り離され、孤立していくことが一番辛かった」という大野さんの言葉が印象的でした。

難病患者の場合、日、季節、年といった長短それぞれの周期で、ニーズが揺らぎ、変動することがあります。日によって歩ける時もあれば、ベッドの中で寝たまま身動きが取れないこともあります。このような「揺らぐニーズ」を適切にとらえ、必要な支援につなげることが重要だと話されました。また、「難病患者は日々の日常生活でも大変だし、声を上げること自体もしんどい。社会に向けて声を発信することにも支えが必要」との話もありました。

3 パネルディスカッション

難病当事者でもある青木志帆弁護士(兵庫県弁護士会)がコーディネーターを務め、佐藤先生、大野さんに加え、林幹泰さん(1型糖尿病患者、難病をもつ人の地域生活を確立する会代表)、尾下葉子さん(線維筋痛症患者、今後の難病対策関西勉強会実行委員)をパネリストに招き、難病対策の現状、今後のあるべき制度像などについて意見交換がなされました。

尾下さんから線維筋痛症の患者の生活実態が話されました。線維筋痛症は全身性の慢性疼痛疾患で、目に見えない痛みのほか、不眠、疲労など多彩な症状を示します。尾下さんも365日常に体のどこかが痛く、寝ていても足をかじられる夢を見るなど、夢の中まで症状が追いかけてくるそうです。患者数(約200万人)に比して診察や治療をする医師の数は極めて限られています。見た目で分からない症状が多いため、実際に症状があるかどうか疑われ、いわれなき偏見に苦しむ患者もいます。しかし「希少」とはいえない線維筋痛症は特定疾患治療研究事業の対象に指定されておらず、医療費は3割負担です。医療費負担に耐えかね、医療費を抑制し、体調を崩す患者が後を絶ちません。障害者総合支援法の対象外のため、多くの患者は福祉施策も利用できません。

林さんからは1型糖尿病の患者の生活実態が話されました。1型糖尿病は血糖が上がるのを抑える唯一のホルモンであるインスリンが絶対的に不足する疾患で、インスリンを体外から補わなければ死に至ります。

1型糖尿病は小児慢性特定疾患治療研究事業の対象とされており、20歳までは収入に応じて医療費が公費負担されます。ところが成人対象の特定疾患治療研究事業の対象ではないため、患者が成人になった途端、多額の自己負担が生じるいわゆる「トランジション」の問題が生じています。

現状では、1型糖尿病は障害者総合支援法の対象外で、線維筋痛症と同様、福祉施策が利用できるケースは極めて少ないです。障害者年金のハードルも高く、林さんも受けられていません。

1型糖尿病の病態も広く理解されているとはいえません。インスリンが分泌されなくなるのにはさまざまな原因がありますが、その原因を患者本人に帰責することはできません。ところが糖尿病という病名から生活習慣病であると誤解され、自己責任だろうと言われてしまう傾向があります。では、1型糖尿病が成人の特定疾患に指定されれば問題は解決するかというと、そう簡単な話でもありません。1型糖尿病患者の中にはプロ野球選手もいれば、症状が重く、若くして亡くなる人もいます。小児期に1型糖尿病を発病する人もいれば、成人してから発病する人もいます。同じ病名でも患者によって心身の状態やニーズはさまざまです。1型糖尿病だからといって一律に支援の方法を決めればいいのではなく、個別事情を考慮することが大切です。

以上のような難病患者の置かれた実態を踏まえ、今後目指すべき制度の方向性について、意見が交わされました。

林さんからは、病名だけで支援の対象を区切るのには無理がある、難病患者一人ひとりの事情に合わせた支援をすべきとの意見が出されました。

尾下さんは、「病気を治して帰って来い」という社会の風潮があり、疾患を治すことに重きが置かれているのが現状だと述べた上で、難病を早く治す研究もそれはそれで大事だが、福祉と治療法の研究開発とは切り離して考えるべきと発言されました。

大野さんからは、難病患者は回復するか死ぬかということで考えられてきており、治らない患者を長期にわたってどう支えていくかという議論はこれまでされてこなかったが、今後はそういった議論が必要であるとの指摘がなされました。

4 最後に

このシンポジウムでは、難病患者の置かれた現状や目指すべき方向性が一定程度明らかになりました。我々弁護士も、これまで難病分野に真剣に取り組んできたかと問われると、否、不十分であったと答えざるを得ません。今回のシンポジウムをきっかけにして、難病患者と弁護士が連携しながら、難病患者の生きやすい社会づくりに貢献していければと考えています。

(ながおかけんたろう 弁護士)