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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年11月号

列島縦断ネットワーキング【福岡】

障害のある人たちの「新しい生き方・働き方」の実現
~「明日(あした)へ向かって」の取り組み

末松忠弘

ここから、始めよう

学生時代、福岡市の大学や短大にあるボランティアサークルの連合会を立ち上げ、活動していました。障害のある人たちにとっての就労や社会参加の面で、企業との架け橋が重要だと思い、すぐに福祉職に就かず、地元の経済雑誌社に勤めました。1,000人ほどの経営者に取材した経験は、後の就労支援に役立ったのかもしれません。

経済誌での修行が3年を経過した頃、無認可作業所の運営を引き受けることになり、地図を片手に、初めて「たちばな共同作業所」に向かいました。

しかし、なかなか見つかりません。地域の方に聞いても分からない。まさかと思いながら、崖っぷちのとても急な坂道の下から顔を上げてみると、小さな1軒家がポツンと。

利用者7人と職員2人の小さな施設で、ワゴン車とパソコン以外、これといったものはなく、作業は「紙すきハガキ」のみ。年間の売り上げは、数万円だと言われました。することがないので、活動前の朝礼で「ラジオ体操1・2」までやるのです。まさかの、終礼でも。

正直、大変なところに来たと思いましたが、一方で「これ以上、悪くなることはない。これから取り組むことがどんなに小さなことでも、すべて前進になる」とも思えました。結論は、「ここから、始めよう」でした。

1日中、電話が鳴り響く施設にしたい

利用者さんと職員の関係は良好で、のんびり過ごしていましたが、地域とのつながりはあまりありません。このままでは、社会参加も工賃アップも期待できない状況です。外へ、地域へ気持ちを向けていただくことが利用者にとって、新しい生活を生み出す第一歩だと思いました。

法人化の目標もあいまって、利用者と家族、職員の総出で、物品提供のチラシ5万枚をポスティングし、小学校の体育館でバザーを開催しました。1千人ほどの地域住民から物品提供の電話が殺到すると、これまでの施設の雰囲気がガラリと変わります。体育館の床が見えなくなるほどの品物が並び、利用者とたくさんの来場者が入り乱れる。社会参加に動き出した瞬間です。法人化までの5年間、大規模バザーを続けてきたことで地域に知っていただくことができました。知ってもらえることが、安心してもらえることにつながることを後で知りました。なぜならば、法人化から今日までの10年、通所施設やグループホームなどを10か所以上、開設してきましたが、一度も地域から反対されたことはありません。それどころか、大歓迎されてきたのです。

店舗型施設の展開

せっかく、バザーを開催するならば、自主製品をつくりたいと、パウンドケーキの製造を開始しました。無認可で設備もないので、オーブンは家庭用を職員が自宅から持ち込み、量販店で1千円のハンドミキサーを購入しました。冗談みたいですが、このミキサー、修理に出すと2千円と言われました。

日用品バザーで資金づくりをしながら、身の丈に応じた設備を少しずつ整えていきました。そんななか、もっと売り上げを上げるために、思いきって商店街に移転することにしたのです。作業場の隅に焼き菓子の陳列棚を置いただけですが、ここで、利用者から大きなターニングポイントになる発言がありました。

「私たち、働くのですね」

とても衝撃的でした。これまで、何度も就労意欲を高めるためにアプローチしてきましたが、言葉よりも環境の方がいかに分かりやすいかということです。商店街への移転から、店舗型施設の展開が始まりました。

カフェ オリジナルスマイる※写真1
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真1はウェブには掲載しておりません。

焼き菓子が好調に売れ始め、次はお菓子を使ったデザートを出す店をできないかと考えました。ちゃんとした店を、福祉っぽさのない、しっかり集客できるカフェを目指すことにしました。

6年前、当時の私の思いはこうです。「自分が利用者として通っても良いと思える場所にしなければならない」。福祉的就労と言われるところでも、親戚や知人に堂々と「働きに行っている」と言える場所にしたいと考えました。

あえて、老朽化した木造家を改装し、癒しの空間をつくり、建物と棚、食器などの統一感を大切にしました。福祉サービスの事業所であることは、看板にもチラシにも出していません。結果、今では毎日、満席になるほどです。

高工賃へは、まだ努力が足りませんが、まずは本格的な働く場の環境をつくることが大切です。お客様を迎えるのは彼らですから、利用者の呼称をメンバーからスタッフに変更しました。これも、一つの新しい人生ではないかと思います。なかには、菓子製造の現場ではなかなか活躍できなかったダウン症の女性が、顧客とのコミュニケーションのあるカフェ業務に変わったことで、大活躍しています。知的障害は重度と判定されていますが、どうやら店舗業務に必要な状況判断能力が高いのだと思います。この女性は今、カフェフロアの責任者を務めています。

お菓子の店ぷぷる※写真2
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真2はウェブには掲載しておりません。

働く環境を大切にすることは、多くのニーズを呼び覚まし、年々、スタッフ(利用者)は増えていきます。重度重複障害のある人たちもいます。職員が手を添えて仕事をし、音声機器を活用することで「いらっしゃいませ」を言うことができれば接客ができます。全身性障害のあるスタッフが夢見ていた店員として確実に働いています。重度者の多いグループでも、小さな店舗を併設することにより、地域住民が足を運びやすくなります。後から、目的がはっきりすることもあるのですね。地域交流のための店舗だと。

ときめきショップありがた屋※写真3
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真3はウェブには掲載しておりません。

ひるがえって、自立支援法による就労支援の充実は加速度を増していき、中軽度の障害のある人たちへの所得保障が命題となっています。菓子の製造量を大幅に引き上げるために菓子工場を移転拡張し、また、思いきって都心の駅ビルで店舗運営を始めました。福岡市の50施設で作られる商品を販売するアンテナショップです。5人の障害者スタッフがローテーションで働き、毎日、100人ほどのお客様が来店されます。本格的に働く環境を整え、スタッフ(利用者)が自信をもつことで、集客できるのだと再確認しました。普通の暮らしを目指すのならば、普通の働く場をつくらなければと。

人肌経済の主人公に

モノがあふれた時代。心に響く付加価値が必要なのかもしれません。施設で働く障害者はずっと、宿る思いを込めてこつこつと手作りにこだわってきました。人肌経済への回帰が求められるなか、これからの時代の主人公になると確信しています。

(すえまつただひろ 社会福祉法人明日へ向かってワークショップたちばな施設長)