音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年1月号

ほんの森

生きていく絵
―アートが人を〈癒す〉とき―

荒井裕樹 著

評者 李永淑

亜紀書房
〒101-0051
千代田区神田神保町1-32
定価(本体2,200円+税)
TEL 03-5280-0269
http://www.akishobo.com

傷つかずに生きている人はいない。そして、限界を超えて心が壊れてしまうことは、誰にも起こりうることであり、複雑化する現代社会で、その可能性は増すばかりである。つまり、精神病者は本人が病んだ結果ではなく、社会が病んだ結果である。しかし、社会の中では、心の病に至った原因や過程よりも、結果としての状態が「問題視」されたり、心理的な抵抗が根強いのが現状だろう。「患者」となった人々は、治療と管理の対象となるが、個々の状態や背景は千差万別であるし、そもそも心は測ったり可視化できないので、そう単純で簡単なものではない。本書は、これらひとつひとつに真っ直ぐ丁寧に向き合い、心の病を取り巻く複雑で抽象的な、近くて遠い関係性を、解釈ではなく「共感」というフィルターに通し、「言葉」という手段を用いて、地道に表現した労作である。

東京都八王子市の、丘の上に建つ精神科病院「平川病院」。ここに、本書の舞台である、心に病を抱えた人たちが参加する〈造形教室〉がある。しかし、本書は心の病を「治す」手段としてのアートの効用や意義を論じたり、「アウトサイダー・アート」や「エイブル・アート」などの文脈による作品評価を行なったものではない。

本編では、心の病を持つ4人を、表現者として紹介しているが、彼らは、それぞれ精神科医療にかかった事情も〈造形教室〉と出合った経験も、個性も画風も異なる。共通しているのは、アートを通じた自己表現によって、病み疲れた心を〈癒し〉ながら生き、自らを支えていること、そのために〈造形教室〉という場を必要としているという点である。

本書は、彼らの複雑な人生と作品を何度も往復しながら、共に感じ、自己表現というものが、人が生きていくことに直結する重要な営みであることについて考え、「生きていく意味」を豊かに捉え直している。そして、彼らの作品が、「自分の意図を超えた力を持つ」アートであるように、本書も、著者の意図を超えたさまざまな力を読者に感じさせる作品となっている。

〈造形教室〉という場において出会った人々と、彼らの分身とも言える作品に向けられた、水平的な眼差しの先から紡がれる言葉の数々から、「言葉の力を信じる」文学研究者としての著者の静かな信念と情熱が伝わってくる。そして、ありのままの自分として生きづらいこの世の中において、今日も自分の人生を生きてみようと前を向かせてくれる力が文学やアートにはある――そう確信させてくれる一冊である。

(りよんすく 帝京大学)