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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年1月号

ワールドナウ

南アフリカ・障害者の自立生活の実現に向けて

宮本泰輔

ヒューマンケア協会は、JICA草の根技術協力事業「障害者地域自立生活センター設立に向けた人材育成」を、南アフリカ共和国ハウテン州の2か所(ソウェト、ジャーミストン)でスタートさせた。

南アフリカは、アパルトヘイトと呼ばれる人種隔離政策が終結してから、今年で20年を迎える1)。アパルトヘイト終結後の1996年に制定された現行憲法では、幅広い差別禁止が謳われており、その中には障害を理由とする差別の禁止も盛り込まれている。政府機関への障害者の政治任用も活発で、障害問題に関するコンサルタントとして活躍する障害者も多い。

ディスアビリティ・グラントと呼ばれる障害者手当も額は不十分ながら支給され、補装具も提供される。ヨハネスブルクのショッピング・モールを電動車いすで行き交う障害者を見るたび、仕事で来たのか観光で来たのか、最初の頃は戸惑うことも多かった。

しかし、いったん地域、特にタウンシップ2)に入ると、障害者の地域生活の難しさが分かる。黒人層は大家族に支えられてケアを受けているのが現状である。失業率も高く、少しでもお金になる仕事を求めて家族は忙しく、障害者、特に重度障害者は家に取り残される。セルフ・ヘルプ・センターと呼ばれる当事者運営によるグループホームも数か所あるが、彼らと話をしても集団生活ではなく、できるなら地域に戻って生活したいと願っている。

そうした背景から、ヒューマンケア協会では、地域に住む重度障害者のエンパワメントと介助サービスを試行的に提供することを通して、彼ら自身が自立生活センターの担い手となっていくための人材育成を行うことになった。

事業の概要

本事業では2016年4月までの3年間で、以下の活動を行う。

・自立生活センターの核となるリーダーの育成

・ピアカウンセラーの育成

・介助コーディネーターおよび介助者の育成

・行政や他団体との制度化に向けた情報共有

・障害者の地域生活に関する、地域社会を対象とした普及啓発

人材育成は、研修会のみならず、実際に病院や地域に住む障害者を訪問し、サービスを試行的に提供することを通しても行われる。

本事業は、ヨハネスブルクのあるハウテン州内2か所(ソウェト、ジャーミストン)で行われており、それぞれにパートナーとなる当事者組織がある。この当事者組織を核にして、リーダーをはじめ、将来、自立生活センターの担い手となる障害者を発掘している。

ソウェトでは、公立病院のリハビリテーション科から、退院して自宅に戻った重度身体障害者を紹介してもらって、最初のメンバーを集めた。彼ら自身が研修を受け、病院やソウェトの中に住む障害者を発掘していく。

ジャーミストンの方は、「レメロス」というセルフ・ヘルプ・センターが提携団体となっていることから、ハウテン州内の他のセルフ・ヘルプ・センターのリーダーたちを最初のメンバーとし、彼らがジャーミストンに住む障害者を発掘していく方向で事業を始めることにした。

2016年の事業終了時には、ハウテン州政府が行政の試行事業として、この事業を継承することを目指している。将来は、障害当事者組織による、障害者のエンパワメントや介助派遣などの地域生活支援が、政府によって予算化されることを期待している。

事業がスタート

本事業を開始してまもなく、ソウェトとジャーミストンの提携団体から2人をJICA課題別研修「アフリカ障害者地域メインストリーミング研修」に送った。2人は、3週間にわたって、日本の自立生活運動の実践や制度、そして障害者運動について学んだ。また、タイに1週間渡って、途上国での自立生活運動の実践や、アジア太平洋障害者の十年などをつぶさに学んだ。

そして、11月1日から5日にかけて、最初の自立生活研修を、ソウェト側の提携団体である、自立生活センターソウェト3)で行なった(写真1)。集まったのは、前記のソウェトの障害者とセルフ・ヘルプ・センターのリーダーたち11人である。最初は、「自立生活センター」を居住施設と考えてしまう参加者もいたが、すぐに理解を深め、質疑も活発に行われた。特に、ピアカウンセリング実習を終えた後は、ソウェトの地域に住む障害者たちも、セルフ・ヘルプ・センターのリーダーたちに伍して、活発に発言するようになった。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真1はウェブには掲載しておりません。

日曜日をはさみ、後半2日間は、今年3月末までの活動計画づくりやロールプレイに時間を割いた。ソウェトの参加者も、セルフ・ヘルプ・センターの参加者も、それぞれ、自立生活の普及啓発や人材育成のための集まりを自分たちで開催する、という活動計画を立てた。活動計画の発表には、ハウテン州社会開発局やJICA南アフリカ事務所、同地球ひろばの方々も参加し、適宜コメント等をいただいた。

活動計画の実施も人材育成の一部である。失敗や成功を繰り返しながら、彼らが地域での自立生活の実践者としても、支援の担い手としても耐えうる能力を身につけてくれることを願っている(写真2)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真2はウェブには掲載しておりません。

翌11月6日には、障害者の地域生活に関する公開セミナーを行なった(写真3)。公開セミナーは、ヒューマンケア協会とレメロス、自立生活センターソウェトに加えて、ハウテン州知事室とJICA南アフリカ事務所の5団体の共催で行われた。会場となったヨハネスブルク・エキスポ・センターには、国・ハウテン州の行政や、地元障害者団体などが参加し、本事業に対する関心の高さをうかがわせた。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真3はウェブには掲載しておりません。

セミナーでは、自立生活研修の報告や事業紹介に続き、JICA研修で日本に行った2人と、ハウテン州知事室の担当者3人による鼎談が行われた。鼎談では、日本やタイの活動の紹介が行われ、どのようにすれば南アフリカ社会でこの自立生活が実現できるか、会場の参加者からの意見も交えて、熱心な議論が交わされた。

今後の課題

本事業は、ようやく本格的な活動を始めたところである。課題は多いが、ここでは簡単に2点挙げておきたい。

一つは、行政や他団体との関係づくりである。南アフリカはアパルトヘイト時代から、当事者団体、NGOを問わず、さまざまな団体が障害者に対するサービスを行なってきた。コミュニティー・ベースド・ケアと呼ばれる、一部のNGOが行なっている介護サービス4)もその一つである。今後、基礎的な研修から相談支援や介助サービスの試行へと段階を経るにつれ、南アフリカの経験と、日本の自立生活の実践との相違を議論していく中で、南アフリカの自立生活をどう形作ることができるかが課題になるだろう。

もう一つは、同国内に存在する根強い格差である。アパルトヘイトによる人種による分断は、終了して20年近く経った今でも、人種間の格差は大きい。この国で、障害者の権利を考える時には、障害者・非障害者との平等と同様に、黒人障害者と白人障害者の格差も考えていかないといけない。

当事者の体験に基づく活動、というところではアジアでの経験と共通するところも多く、南アフリカでも当事者の共感を得られやすい事業であるが、歴史的経緯や社会的背景の違いはとても大きい。そうした背景を踏まえつつ、この事業を進めていくことが重要である。

(みやもとたいすけ ヒューマンケア協会 プロジェクト・マネージャー)


1)この原稿を執筆中の12月5日に、ネルソン・マンデラ元大統領が逝去した。南アフリカの障害者運動は、反アパルトヘイト運動と軌を一にして、80年代に大きく成長した。心よりご冥福をお祈りする。

2)アパルトヘイト時代の黒人居住区

3)南アフリカにも、「自立生活センター」という名の事業所がある。しかし、主な活動は、福祉機器などについての情報提供や退院支援などであり、ヒューマンケア協会が推進する「自立生活」とは必ずしも重ならない。自立生活センターソウェトは、その中でも当事者運動の影響が強く、ここを拠点にエンパワメントを中心に据えた事業を展開することで、彼らにとって新しい「自立生活運動」のモデルを作ることができると考えている。

4)利用したことのある人からは、起床時と就寝時の身体介護がほとんどで、日中活動や緊急時にはほとんど使えないとの声も聞く。