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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年1月号

列島縦断ネットワーキング【鳥取】

全国初!鳥取県手話言語条例の制定
~手話が心の架け橋となり、ろう者と聞こえる者が共に暮らす社会へ~

秋本大志

平成25年10月8日、平成25年9月定例鳥取県議会において、「鳥取県手話言語条例」が全会一致で可決し、同月11日に施行されました。本稿では、手話の歴史等も踏まえながら、この条例について紹介したいと思います。

1 手話

ろう者は、物の名前、抽象的な概念等を手指の動きや表情を使って視覚的に表現する手話を用いて、思考と意思疎通を行なっています。「sign language」という英単語が示すように、手話は「language(言語)」であり、ろう者にとっての手話は、聞こえる者の音声言語と同じ役割を担う言語です。

2 手話の歴史

わが国の手話は明治時代の聾学校設立に始まったと言われ、ろう者の間で大切に受け継がれながら発展してきました。しかし、明治13年にイタリアのミラノで開催された国際会議において、ろう教育では読唇と発声訓練を中心とする口話法を推進することが決議されます。この後わが国でも急速に口話法が普及し、口話法習得の妨げになるとの考えから、昭和8年には聾学校での手話の使用が事実上禁止されます。こうして、ろう者は口話法を押し付けられ、ろう者自身が使いやすい手話が否定された結果、ろう者の尊厳は大きく傷付けられてしまいました。

その後、平成18年に国際連合総会で採択された障害者の権利に関する条約(以下「障害者権利条約」という)では、言語とは、音声言語に加え、手話その他の形態の非音声言語をいうことが明記され、フィンランド憲法、ニュージーランド手話言語法など法律に手話を規定する国も増えてきています。また、明治13年の口話法推進の決議も、平成22年にカナダのバンクーバーで開催された国際会議で撤廃されるなど、特に21世紀以降、手話に対する国際社会の認識は大きく変化してきました。

3 手話言語条例制定に向けた取組

本県では、平成20年に策定した将来ビジョン(県政運営の基本指針)において、「手話がコミュニケーション手段としてだけではなく、言語として一つの文化を形成している」と明記し、翌年からは、多様な障がい者への理解と共生を県民運動として推進する「あいサポート運動(※)」をスタートしました。現在、島根県、広島県、長野県、奈良県と連携して推進しているこの運動のスローガンは「障がいを知り、共に生きる」であり、ろう者と聞こえる者が意思疎通を活発にすることがその出発点となります。

平成25年1月、こうした本県の取組に注目していた全日本ろうあ連盟等が平井鳥取県知事のもとを訪れ、手話言語条例の制定を要望しました。こうしたろう者の熱い想いを受け、同年4月にはろう者、学識経験者等で構成する「鳥取県手話言語条例(仮称)研究会」を立ち上げ、条例に盛り込む内容の検討を始めました。この研究会での議論の結果、条例素案を作成することができ、パブリックコメント等による県民の意見等も取り入れながら、ついに条例案が完成し、平成25年9月定例鳥取県議会へ上程しました。

県議会では、教育現場での手話の普及が重要といった意見、手話を使わない聴覚障がい者やそれ以外の障がい者に対しても必要な支援を行うべきといった意見、より多くの県民が手話を学ぶことのできる環境を整備すべきであるといった意見など大変活発な議論が行われ、同年10月8日に全会一致で鳥取県手話言語条例が可決したのです。

4 鳥取県手話言語条例の7つの特徴

(1)手話を言語として認め、手話が使いやすい環境整備を推進することを条例の柱としていること。

手話が言語であるとの認識の下、県、市町村の責務、県民、事業者の役割を明らかにして、手話の普及のための施策を総合的・計画的に推進し、ろう者と聞こえる者が協力して共生社会を築くことを目指す条例です。

(2)行政だけでなく、県民、ろう者、手話通訳者、事業者が役割を担い、それぞれがその役割を果たすことによって、手話の普及を推進すること。

条例では次のような責務、役割を担うこととしています。

ア、県・市町村の責務 手話の意義等に対する県民の理解を深めるとともに、手話の普及等により手話を使用しやすい環境の整備を推進すること。

イ、県民の役割 手話の意義等を理解するよう努めること。

ウ、ろう者・手話通訳者の役割 手話の意義等に対する県民の理解促進のため、手話の普及に取り組むよう努めること。

エ、事業者の役割 ろう者が顧客である場合には利用しやすいサービスを提供し、ろう者が従業員である場合には働きやすい環境を整備するよう努めること。

(3)福祉分野だけではなく、教育、職場などにおいて幅広い取組を推進する基本条例であること。

(4)「障害者計画」において手話に関する取組を定め、総合的・計画的に推進すること。

(5)ろう者、手話通訳者等で構成する「鳥取県手話施策推進協議会」を設置し、計画の策定等に関して意見を聴きながら、PDCAサイクルを回す仕組みとしていること。

(6)鳥取県内のろう者を含む関係者をはじめとして、全日本ろうあ連盟、日本財団等の協力を得ながら、研究会で検討したものであること。

(7)手話を言語として認めた全国初の条例であること。

5 手話言語条例制定後の取組と意識の変化

今後、本県では総合学習等の時間を活用しながらすべての児童・生徒が手話を学習する取組、県民向けの手話講座開催や、企業内で開催する手話学習会への支援等の県民が手話を学習する機会を増やす取組、タブレット型端末を活用した遠隔手話通訳サービスのモデル事業等、手話を普及するための施策を強力に推進していきます。

また、条例制定によって県民の意識にも変化が現れ始めています。ろう者からは、「手話が認められたことは、ろう者が認められたこと。これまではろう者であることを何となく負い目に感じていたが、これからはろう者として胸を張って生きていける気持ちになった」といった意見。事業者からは、「これまではあまり手話を意識してこなかったが、今後はきちんと手話を勉強して、あいさつ程度はできるように会社で勉強会を始めようと思う」といった意見が寄せられています。こうした意識の変化が起こったことも条例を制定したことによる大きな効果でした。

6 ろう者と聞こえる者が共に暮らす社会へ

これまで、私たちの社会はろう者と手話に対してどう向き合ってきたのでしょうか。聾学校設立以前、ろう者は言語を持たず、教育はもちろん意思疎通も不可能であると考えられていました。その後、手話の存在は認識されたものの、手話は“みっともない”と蔑まれ、社会的に否定されていた時代を経験し、ついにろうあ運動等によって社会的に手話が認知される時代がやってきます。今からわずか20~30年前のことです。ただ、音声言語中心の社会の中では、ろう者が聞こえないことで不便を感じても我慢を強いることが少なくありません。今後はろう者に我慢を強いるのではなく、聞こえる者がろう者に寄り添い、どちらの人にとっても暮らしやすい社会を築いていく必要があります。手話を理解し、手話であいさつをするだけでもろう者と聞こえる者の心の距離は大きく縮まります。これがこの条例の精神であり、だからこそ、条例前文では手話をろう者と聞こえる者の心をつなぐ架け橋であると明記しているのです。

聞こえないことは決して何かが劣っていることではありませんし、ろう者より聞こえる者の方が優れているわけでもありません。両者は全く対等で、地域社会を共に支えるパートナーです。今後、本県で手話に関する取組が進むことによって、ろう者が自信と誇りを持ち、ろう者と聞こえる者が共に暮らす地域社会の実現へとつながっていくことを期待しています。

(あきもとひろし 鳥取県福祉保健部障がい福祉課係長)


あいサポート運動:県民が、多様な障がいの特性の理解に努め、障がいのある者に温かく接するとともに、障がいのある者が困っているときに「ちょっとした手助け」を行うことにより共生社会を目指す運動