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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年4月号

発達障害の人たちに対する早期療育の効果

日戸由刈

はじめに

筆者が勤務する横浜市総合リハビリテーションセンター発達精神科(以下YRC)では、発達障害者支援法が成立する10年以上前から、担当地域に居住する発達障害の人たちに対する幼児期からの早期療育システムを構築し、学齢期以降も学校教育と連携しながら継続支援を行なってきた。その対象には、知的障害を伴う人たちのみならず、高機能自閉症やアスペルガー症候群など知的遅れのない自閉症スペクトラム障害(以下ASD)の人たちも、当初より含まれている。このような背景のもと、早期療育を受けた子どもたちが、すでに多く成人期に達している。彼らの転帰を知る立場として、発達障害の人たちに対する早期療育の効果について考察してみたい。

早期療育の「効果」とは

しかし、早期療育(early habilitation)の効果を語ることは、実はとても難しい。

療育とは、1942年、整形外科医・高木憲次氏により肢体不自由の子どもに対して提唱されたわが国独自の概念である。それを現代風に換言すれば、「医療、訓練、教育などの現代の科学を総動員してできるだけ障害を克服し、その児童が持つ発達能力をできるだけ有効に育て上げ、自立に向かって育成すること」となる1)。「自立に向かって育成」というからには、その効果を語る時は、療育を受けた子どもが、就学後も地域の中で順調に社会参加できているかまで見届ける必要がある。

発達障害の専門家の多くにとって、幼児期に療育を受けた子どもたちの学齢期以降を見届ける機会は、意外と少ない。これには、欧米を中心としたASDに対する早期介入(early intervention)の考え方が影響しているかもしれない。早期介入は、ASDの人たちが示す社会性やコミュニケーションなど特定の症状に対して、症状が固定化する前からの訓練開始によって正常に近づけることをねらいとしている。そしてその効果は、訓練終了後、子どもにみられる社会的行動やコミュニケーション行動の短期的な変化によって語られることが多い2)

一方、ASDの人たちに対する長期的な転帰調査から、知的水準や言語能力、社会的行動などの内的要因は成人期の転帰とは必ずしも関係がなく、むしろ教育的支援や就労支援の利用の有無など、外的要因との関係が示唆されている3)。つまり、幼児期に子どもが療育室内で特定のスキルを獲得し、表面上は正常に近づいたように見えても、その後の内面発達の保障や日常生活でのストレス軽減につながるとは必ずしも言えないのである。

早期療育システムの基本原理

ここで、発達障害の人たちに対するYRCの早期療育システムについて簡単に紹介する4)。このシステムの基本原理は、1.早期発見から早期療育への円滑な移行を促すインターフェイスの設置、2.ニーズに対応した多様なサービス提供、3.学齢期以降も継続した支援体制の充実、の3点にまとめられる。

YRCは横浜市K区を担当地域とし、早期療育システムは、相談部、診療所、児童発達支援施設(児童発達支援センターや児童発達支援事業所)を基本に構成される。発達障害の幼児の半数以上は、K区の福祉保健センターで行う乳幼児健診にて、最初は育児支援の目的で早期発見される。福祉保健センターの親子教室などを通じて発達障害の可能性が絞り込まれた後、YRCと合同で行う「療育相談」で子どもの評価と親への動機づけがなされ、2~4歳代でYRC初診となる。この療育相談がインターフェイスとなって、早期発見から早期療育への円滑な移行が図られている。

初診での専門医による暫定的な診断・評価の後、子どもの詳細な評価と親へのインフォームド・チョイスを目的に「オリエンテーション・プログラム」へ導入される。そこで親が希望すれば、児童発達支援施設で通年かつ高頻度(週1回以上)の集団療育が開始される。並行して保育所・幼稚園に通う場合は、多職種チームが訪問支援やセミナーなどインクルージョン強化支援を行う。就労などの事情で親が高頻度の療育を選択しない場合は、診療所で個別相談を利用できる。これらすべてと並行して、親には年間を通じた学習会が案内される。このように、相談部、診療所、児童発達支援施設を一体運営し、多様なサービスが提供されている。

就学後は、支援の主な場は学校教育に移行するが、本人と家族が希望すれば診療所でも医師の診察や心理士の個別相談が継続できる。頻度は年1回程度であるが、支援の継続性は保障される。学齢期の支援では、学校に対するコンサルテーションやカンファレンスなど、学校教育の効果を脇から増強する働きかけも重要である。

早期療育を終了したASDの人たちの15年後

さて、YRCで早期療育を利用した発達障害の人たちは、学齢期以降に地域の中でどのように社会参加できているのだろうか。

筆者らは、横浜市K区で今から20年ほど前に出生し、幼児期にYRCを受診してASDと診断され、就学後も転出しなかった30人を対象に、追跡調査を行なった5)。初診時の平均年齢は3歳3か月、全員が診療所の「オリエンテーション・プログラム」を利用していた。5歳時点での知的水準は、知的障害群(IQ70未満)9人、境界知能群(IQ70~91)10人、正常知能群(IQ92以上)11人であった。通年の集団療育の利用率は、知的障害群100%、境界知能群40%、正常知能群55%であった。YRCが、発達障害者支援法が成立する10年以上前から、知的遅れのない発達障害の人たちに対して早期療育を行なってきたことを裏付けるデータと言えよう。

では、これら30人の成人期の転帰はどうであったか。20歳時点でYRCの利用を継続していたのは、23人(77%)であった。知的障害群は、9人全員が特別支援学校を卒業後、作業所など福祉施設を利用し、YRCを継続していた。境界知能群は、10人中5人がYRCを継続していた。就学当初は通常学級に在籍する割合が多かったが、うち4人は高校から特別支援学校に進学し、20歳時点では障害者枠での就労、または就労支援施設を利用していた。残り1人は高等学校まで通常学級で過ごし、大学に進学したが、中退し、20歳時点では福祉施設を安定して利用していた。正常知能群は、11人中9人がYRCを継続していた。全員が通常学級に就学し、中学卒業後は7人が高等学校に、2人が特別支援学校に進学した。20歳時点では、高等学校を卒業した7人中5人は大学や専門学校に在籍し、2人は就労支援施設を利用していた。特別支援学校を卒業した2人は障害者枠で就労していた。

このように23人は、多くが本人に合った教育や、就労・生活の場を選択していた。また成人期には、全員が地域の中で情緒的に安定して生活し、ひきこもりや反社会的行動を呈した者、入院や入所となった者はいなかった。診断は全員がASDのままであり、ASDの特性が消失した者はいなかった。

この調査は、YRCの利用を中断した人たちを追跡していない点に限界がある。しかし、少なくとも早期療育を終了後、支援の場につながり続けたASDの人たちは、成人期にその特性を持ち続けながらも、何らかの形で社会参加できる割合が高いということはできよう。このことは継続的な支援の利用と、良好な予後には関係があるという全国調査の結果6)と一致する。

ASDの人たち特有の発達経過

ところで、ASDの人たちの有する独特な精神構造は、あたかもフラクタル図形のように同形性をもって発達していく可能性が、長期的なフォローアップによって示唆されている7)。幼児期に意志疎通の困難や顕著な多動、こだわりを示したケースであっても、一貫した支援を受けて青年期に至ると、その独特な精神構造は持ちつつ、自己肯定感を育み、意志疎通力や自己統制力が高まり、自律的に生活するようになることがしばしばみられる。真面目で争いを好まず、知的に高い人たちの中には定型発達の人以上に他者への配慮を身につけ、かえって社会性やマナーに気を使いすぎてしまう例も少なくない。筆者も、臨床心理士として診療所で学齢期以降の支援を担当した経験から、早期療育を経た後も継続して支援を利用した人たちには、このような発達経過は稀ではないと実感している。

一方、ASDの人たちは生得的に、全体的統合と呼ばれる神経心理学的機能の不全を持つことが多いと考えられており8)、それによってモニタリングやプランニングの困難が生じやすい。モニタリングが困難だと、自分の体調や感情状態を自覚し、自分の身に起こった出来事の因果関係を把握すること、他者の内面を推察し適宜やりとりをすることなどが難しくなる。プランニングが困難だと、予想外の出来事、新しい事態に遭遇した際の対処方法を咄嗟(とっさ)に考えることができなくなる。このため、学校教育という安定したレールが敷かれ、特別なアクシデントが起こらない範囲では順調に生活できていた人たちでも、青年期以降に学校教育というレールを離れた途端、ストレスに対処しきれず社会参加が難しくなるケースが、筆者の経験でも多くみられる。こうした場合も、たとえ年1回の頻度でもYRCにつながり続けてきた人たちは、タイムリーに診察や心理相談を利用し、問題を複雑化させる前に手を打つことが可能であった。

早期療育が果たす役割

ライフステージを通じて支援の場につながり続けるためには、本人と保護者の両方に、主体的に支援を利用する動機と心構えが求められる。この点で、早期療育が果たす役割は極めて重要と考えられる。

定型発達の子どもたちは、小学校半ばになると、自分と他人を比較し、他から自分がどう見えているのかを気にするようになる。この時期、知的遅れのない発達障害の人たちは、モニタリングの困難を抱えながらも、自分の苦手や不得意に気づき、自己評価を低下させる場合や、逆に自力で克服しようと過剰な努力に走る場合が少なくない。そして保護者の多くは、「まだ何とかなるだろう」と、将来の不安に目をつむりたい心境にある。「努力すれば、皆と同じようにできるはず」と考え、図らずとも本人を精神的に追いつめてしまう。こうして通常学級に在籍する人ほど、支援の場につながり続けることが難しくなる。むしろ、支援の場から遠ざかるベクトルが、学齢期は特に強く働きやすいと考えられる。

一方幼児期は、子どもが自分と他人を比べ始める前の時期であり、シンプルに大人からの承認を求め、援助を受け入れやすい。療育を通じて、やるべきことを自分で判断して取り組む体験と、苦手や不得意の感情を大人に表出して快く手伝ってもらえた体験の両方をバランスよく持つことや、自分の興味に沿って周囲と一緒に楽しむ体験を積むことは、発達障害の本人の自己肯定感を育む。同時に、物心つく前から、周囲の大人に対して「自分を理解し、困った時に助けてくれる」という期待感や安心感が育まれる。こうした土台があってこそ、学齢期以降も「自分を理解し助けてくれる人に、つながり続けたい!」という主体的な動機が促されるのではないか。土台づくりの成功には、療育者に発達障害の特性理解のみならず、学齢期以降までを見通した課題設定など、専門技術が求められる。苦手や不得意を克服し、定型発達の人と同じことができるように目指す訓練は、この点で逆効果といえよう。

さらに、本人の困難やストレスをモニターし支援の場につなげる役割や、本人の持つ特性に沿ったプランニングをサポートする役割を、保護者を含め周囲の大人がいかに担えるかも重要である。往々にして大人は、子どもの問題行動や集団不適応にばかり目がいき、日常的に子どもの行動を抑制して一方的に指示しがちであり、子どもの自発性を見守る姿勢に欠ける場合が少なくない。特に幼児期は、子どもの興味の持ち方の独特さや、不安を感じた時の表出の不器用さ、物事の理解の方法など、内面的な特性が見えにくくもある。早期療育の場は、構造化された環境で意欲的に課題に取り組む子どもの姿を、周囲がじっくりと観察できる貴重な機会になる。療育参観と並行して、親子の共同作業や親同士の情報交換、支援者向けの参画・演習型のプログラム9)も用意し、大人が子どもの内面に注目し、共感的に理解できるように促す工夫が求められる。

その際、保護者は他の支援者と横並びの存在ではない。幼児期の保護者は特に、子育てに疲弊し、周囲の理解不足に傷つき、わが子の将来に見通しが持てず不安やストレスを溜めやすい。保護者のメンタルヘルスに配慮したカウンセリングや、同じ立場同士でのピア・ワークの機会が必要である。早期療育は、本人への支援と保護者支援の両輪で成り立つことを肝に銘じておかねばならない。

おわりに

発達障害の人たちに対する早期療育とは、周囲の理解不足というバリアを克服することで、本人が過剰な負担を強いられることなく、安心して人に頼りながら社会参加できる環境づくりに向けた、最初の方向づけであると筆者は考える。その効果を語る際には、子どもがどれほどスキルを学び正常に近づいたかではなく、その子なりの発達特性を保障されながら、その後も支援の場に“つながり続けること”ができるかが、ひとつの指標となるのではないだろうか。

もちろん、これは現時点での話である。いずれ全国でライフステージを通じたコミュニティケア・システムが構築され、本人と家族が支援の場につながり続けることが当然となった先には、「学校生活を楽しむこと」や「自分に合った仕事に就くこと」、「仲間づくりや心理的活動拠点づくり10)」など、発達障害の人たちのQOLの保障や充実を中心に、療育や支援の効果検証の指標について、一歩踏み込んだ議論を期待したい。

(にっとゆかり 横浜市総合リハビリテーションセンター児童発達支援事業所「ぴーす新横浜」園長/臨床心理士)


【文献】

1)高松鶴吉「療育とはなにか」ぶどう社、東京、1990年

2)Lord C, et al.: Challenges in Evaluating Psychosocial Interventions for Autistic Spectrum Disorders. Journal of Autism and Developmental Disorders 35(6): 695-708, 2005

3)Howlin P, et al.: Adults with autism spectrum disorders. Canadian Journal of Psychiatry 57(5): 275-283, 2012

4)清水康夫ら編著「幼児期の理解と支援(石井哲夫監修『発達障害の臨床的理解と支援2』)」金子書房、東京、2012年

5)日戸由刈ら「幼児期に専門機関を受診したASDの人たちの15年間の追跡調査」リハビリテーション研究紀要23:67-70、2014年(Web公開予定)

6)小山智典ら「ライフステージを通じた支援の重要性」精神科治療学24:1197-1202、2009年

7)本田秀夫「子どもから大人への発達精神医学」金剛出版、東京、2013年

8)フリス(冨田真紀ら訳)「新訂 自閉症の謎を解き明かす」東京書籍、東京、2009年

9)日戸由刈ら「保育園・幼稚園におけるインクルージョン強化支援の新機軸―療育体感講座」リハビリテーション研究紀要20:29-34、2011年(Web公開)

10)日戸由刈「高機能自閉症の人たちへの発達支援―心理的活動拠点づくり」児童青年精神医学とその近接領域54:342―348、2013年