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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年8月号

2020年パラリンピック東京大会開催に向けて
―パラリンピックへつながる道―

田川豪太

1 はじめに

2020年にオリンピック、パラリンピックが東京で開催されることとなった。振り返れば、1964年に開催されたパラリンピック東京大会は、わが国における障害者スポーツの普及の原点であり、さまざまな紆余曲折を経て、現在に至っていることは周知の事実である。この間、1998年には冬季パラリンピックが長野で開催され、障害者のスポーツに関する認知が進み、メディアに取り上げられることも多くなってきた。

一方、地域においては、まだまだスポーツに触れる機会が少ない障害児・者も多く、また、スポーツ活動を開始していたとしても、パラリンピックにつながるような取り組みが十分整備されているとは言えないのが現状である。

本稿では、地域の障害者スポーツセンターに勤務している立場から、障害者スポーツの普及とパラリンピックへとつながる道をどのように考えていけばよいのか、について整理してみたい。

2 オリンピックとスポーツ

1896年から始まった、近代オリンピック(アテネ、ギリシャ)は、古代ギリシャで行われていた「オリンピア祭典競技(いわゆる古代オリンピック)」をもとにしている。古代オリンピックは、宗教行事の色合いが強いものだったが、近代オリンピックは世界平和を究極の目的としたスポーツの祭典と位置付けられている。

スポーツそのものについては、さまざまな定義がされており、今後も新しい定義が生まれてくると思われるが、1968年の国際スポーツ・体育評議会(ICSPE)による定義では、「スポーツとは、〈プレイの性格を持ち、自己または他人との競争、あるいは自然の障害との対決を含む運動である。〉」とされている。

わが国では、明治期における富国強兵の考え方などに影響され、スポーツに「プレイ(遊び)の性格」のあることがあまり根付かず、オリンピックにおけるメダル獲得競争などの背景もあって、競技としての側面が精鋭化してきているようだ。

後で述べるように、パラリンピック自体の競技性も高くなってきている現在において、スポーツに「プレイ(遊び)の性格」があることは、障害児・者に対するスポーツの普及という面で押さえておかなければならないポイントの一つである。

3 リハビリテーションとスポーツ

近代の障害者スポーツは、戦傷者(特に脊髄損傷による両下肢麻痺)に対するリハビリテーションのツールとして取り入れられたことから始まった。脊髄損傷によって両下肢麻痺となった障害者が、残された機能(主に上肢や体幹部)を最大限に利用して社会復帰を果たすため、スポーツ的なアクティビティを活用したのである。

また、スポーツには社会参加の機会を増大させたり、社会のノーマライゼーション化を推進したりする側面もある。個々の障害者には、機能や体力の維持向上、QOLの向上を、一方、社会的にはノーマライゼーションの推進といった効果が期待できるスポーツ活動は、障害者のリハビリテーションにとって現在も大変有用なツールであり、今後、ますますその重要性が高まってくるもの、と考えられる。

ところで、障害児・者がスポーツと関わりを持つ最初の場面として、リハビリテーションセンターなどにおけるスポーツ的なアプローチがある(もちろん他の場合もある)。

筆者自身も、横浜市総合リハビリテーションセンターに勤務していた頃は、子どもから大人まで、身体障害、知的障害を中心として、多くの方々へスポーツを体験していただいた。

その際感じたこととして、多くの障害児・者が、スポーツに苦手意識を持っていたことがある。また、スポーツのような激しい、そして厳しい世界は自分とは関係ない、というような認識の当事者やご家族も多かったように思う。ここには、前に述べたように、先鋭化された競技スポーツのイメージが強く、そもそもスポーツには「プレイ(遊び)の性格」がある、という認識の欠如が伺える。

実際のリハビリテーション場面では、競技というよりも、本人に合った楽しい活動で自信をつけ、苦手意識を払拭しつつ体力や機能の改善を図る、というアプローチを取る。もちろんすべての人がこのようなアプローチでスポーツへの苦手意識を克服するわけではないが、まずは楽しい、あるいは気持ちいい、というような快刺激としてのスポーツを体験することが、スポーツ普及のための重要な第一歩である、と言えるだろう。

4 オリンピックとパラリンピック

1896年のアテネ大会(ギリシャ)から始まった近代オリンピックは、1924年のシャモニー・モンブラン大会(フランス)から冬季の開催も加わり、戦争や政治的な問題による中止やボイコットなどを経験しながらも着実に進化してきた。

他方、パラリンピックは、イギリス、ロンドン郊外のストークマンデビル病院の医師であったグッドマン博士が、脊髄損傷者のリハビリテーションにスポーツを導入したことをきっかけとして、同病院内で競技会が開催され、これが発展して現在の形となった。そのため、初期のパラリンピックは、競技というよりもリハビリテーションの成果を競う、という性格のものだったようだ。

また、パラリンピックという用語も、当初は「パラプレジア(両下肢麻痺)のオリンピック」という意味でパラリンピックとされたが、現在は、さまざまな障害の方々が参加するようになったので「パラレル(平行から転じてもう一つの)」と「オリンピック」を掛け合わせたパラリンピック(もう一つのオリンピック)という用語として位置づけられている。

そして、パラリンピックもオリンピックと同様に、参加国、対象の障害や参加者数などを増やしながら、障害者のスポーツの祭典として、オリンピックの開催年に同じ開催地で開かれる一大イベントとなってきたのである。

すでに述べたように、病院内の競技会が原点のパラリンピックは、当初リハビリテーション成果を競うものであったが、徐々に競技としての色合いが濃くなっており、近年ますますその傾向は強まっている。このことは、スポーツの大会である以上、避けられない動きと言えるが、一方で選手に要求される能力はもちろん、資金的なサポート、家族や周囲の理解などが一層重要となっており、簡単には参加できなくなってきていることも事実である。

5 2020年に向けた取り組み

筆者は、横浜市にある障害者スポーツセンター(障害者スポーツ文化センター横浜ラポール、以下、ラポールと略)に勤務しているが、現在の障害者のスポーツには、目的別に見て四つの方向がある、と考えている。

一つ目は「競技としてのスポーツ」。これは、パラリンピックを頂点としたもので、厳しい練習や各種大会や合宿への参加などを通して、日々個人やチームのパフォーマンスを高める努力を求められるものである。そして、その目的は、言うまでもなく大会での好成績を獲得することにある。

二つ目は「リハビリテーションとしてのスポーツ」。そもそもの近代障害者スポーツの原点である、リハビリテーションのツールとしてスポーツを利用するもので、目的としては個人の機能や体力の維持向上、QOLの向上がある。具体的には、脊髄損傷による両下肢麻痺の対象者が、車いす操作向上のためにバスケットボールを行うとか、立位動作の不安定な身体障害者(たとえば脳血管障害による片麻痺)が動的バランス向上のために卓球を行うなどのケースがある。

三つ目は「健康体力づくりのためのスポーツ」。目的としては、リハビリテーションとしてのスポーツに近い部分もあるが、機能の維持向上といったことよりも、現在の健康状態の維持向上、あるいは生活習慣病の予防や改善というような側面が強い。内容的には、ストレッチや筋力トレーニング、有酸素運動などが中心となる。

四つ目は「余暇活動としてのスポーツ」。目的としては、積極的なレクリエーションとして、主に楽しみのために行うもので、他者と競い合う場面もあるが、勝つことや記録を更新することに主眼を置く訳ではない。内容は、個人の障害状況や趣向によってさまざまであり、水泳、サッカー、テニス、卓球、ダンス、バスケットボールなど、多様な種目が行われている。

以上のように、さまざまな目的で障害者がスポーツを行なっている現状は、1964年のパラリンピック東京大会当時には考えられなかった状況であり、この間の関係者や多くの機関、個人の努力の賜物である。

さて、2020年に向けた取り組みとしては、まず、競技スポーツの醍醐味をできる限り多くの障害児・者に経験してもらうことが必要である。前にあげた四つの目的のうち、競技としてのスポーツを行なっている者は、すでに十分な動機づけがあるといえるので、適切なトレーニング環境と、バーンアウト(燃え尽き症候群)やスポーツ障害を未然に防ぐ工夫が重要となる。

他の三つの目的でスポーツを行なっている方々には、それぞれの目的に沿った活動を継続していただきながら、競技の面白さや、記録を更新する喜び、競技を通して得る仲間との交流や、他では味わうことのない充実感などを体験することができれば、競技スポーツへ向かう者も少なからずいると思う。

その意味では、障害者スポーツセンターが起点となり、地域のタレントを掘り起こすことが必要不可欠であろう。

一方、まだ全くスポーツに関わっていないような対象については、スポーツにプレイ(遊び)の性格があることを認識し、体を動かして気軽に遊ぶような環境を整えることも大変重要である。子どものころから、スポーツへの苦手意識を持つことの多い障害児・者が、ルールや道具を工夫することで、身体を動かす楽しい遊びとしてのスポーツを体験し、スポーツを身近に感じてもらうことが特に大切なのである。

たとえば、卓球は多くの方が一度は経験するスポーツ種目の一つであるが、空中を飛んでくる小さなボールを目で的確にとらえ、ラケットを巧みに操作して、コート中央のネットを超えて相手コート内に打ち返す、という大変複雑な動作が求められる。肢体に障害のある人では、このような動作に大きな困難が伴うことは明らかで、このままの形で経験させれば、自分には卓球は無理という判断につながることは容易に想像できる。そして、運動への苦手意識がさらに強化されてしまうだろう。

そこで、ラポールでは、図1に示したような卓球に類似の種目(ゴロ卓球)を試みている。一般の卓球台を使用するがネットは設置せず、ボールは台上を水平に移動する。また、左右の側面からボールが落下しないような工夫をした上で、専用に開発したラケットを用いてラリーを楽しむのが主眼である。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図1はウェブには掲載しておりません。

この種目の場合には、上肢を随意的に動かすことが難しい脳性麻痺のような対象であっても、ラリーを楽しむことが比較的容易に可能である。もちろん、パラリンピックで行われる本格的な卓球競技とは相当の距離もあるが、少なくともスポーツの楽しさに触れるきっかけにはなり、自分にスポーツなんて無理、と思っている人にとっての第一歩にはなると考えている。

些細(ささい)なことかもしれないが、さまざまな種目におけるこのようなアプローチは、スポーツ普及に向けた重要なポイントである。そして、多くの人がスポーツを楽しむようになることは、競技人口の増加を促し、結果的には2020年の東京パラリンピックの成功にもつながっていくのである。

(たがわごうた 障害者スポーツ文化センター横浜ラポールスポーツ事業課指導担当課長)