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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年8月号

列島縦断ネットワーキング【宮城】

第1回ハンドバイク・ツーリング in 東北
「東北の被災地をめぐる自転車旅~名取市・岩沼市~」の報告

増子千景

1 はじめに

東日本大震災から3年が経過しましたが、被災した地域の方はもちろんのこと、全国民にとっても忘れられない歴史となりました。

現在でも多くの方の支援活動や被災地視察が行われていますが、交通機関や地域施設整備の復旧・復興もだいぶ進んできました。そこで今回は、訪問の機会がなかった車いす使用者のためにも、津波被災地を“ハンドバイク”で走行していただき、その痕跡を巡るとともに目的地の名取市閖上地区、岩沼市千年希望の丘を訪問し、さらなる復興の支援やバリアフリーの推進を啓蒙しながら走破することを目的として、このイベントを企画しました。

2 ハンドバイクって何だろう

読者の方で“ハンドバイク”を初めて聞いたという方もいるでしょう。ハンドバイクとは、腕の力でペダルを回転させ走行する車いす用自転車です。ほとんどのハンドバイクは、操舵および駆動機能のついた前輪が一つ、後輪が二つの三輪車構造になっています。ブレーキとシフター(ギア変速用レバー)は、グリップに取り付けられています。クランクペダルは自転車と異なり、同じ方向に取り付けられています。ハンドバイクは、自転車の軽量部品や変速ギアシステム、フレーム材料など、自転車と車いす両方の最先端技術が詰まっています。

構造による違いでは、手持ちの車いすに取り付けるアダプタータイプ(写真1)と、より速い走りを可能にする前輪後輪が一体構造となったレースタイプ(写真2)があり、その競技はパラリンピックの種目にもなっています。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真1・写真2はウェブには掲載しておりません。

今回は、アダプタータイプを使用していますが、その特徴は車いすの前方に前輪部分のみを、キャスターを少し持ち上げた状態で取り付けすることです。ちなみに、ハンドバイクという名称は主にヨーロッパで、アメリカ、イギリス、オーストラリアなど英語圏ではハンドサイクルと呼ばれています。

3 ハンドバイクの魅力

一つは行動範囲の拡大です。車いすよりスピードを出すことができ、移動時間が短縮されます。また、車いすでは走りにくい芝生や土の道等でも移動できるようになります。さらに道路の勾配や凹凸に対しても、ハンドバイクは直進性を確保しやすいことと、前輪が大きいため路面の凹凸を克服できます。これらの特徴を活かし、近所への散歩や買い物、また、電車や自動車に積み込んで遠方へのツーリングも楽しめます。

二つ目は健康効果です。車いす使用者が普段使うことがない筋肉を使うことができます。また、新陳代謝の促進や姿勢の矯正、障がいによって陥りやすい運動不足の解消に役立ちます。

三つ目は心理的効果です。軽快なスピードで移動することで、爽快感と共に気持ちが前向きになる効果が期待できます。走行する姿は見ていてもスピード感があり、ウェアやヘルメットのファッションも楽しめます。

4 ハンドバイク・ツーリングin東北のレポート

2014年6月22日(日)、宮城県の津波被災地においてツーリングを開催しました。ハンドバイク16人、自転車での伴走者14人の総勢30人で、遠くは岐阜県や北海道から老若男女が集合しました。参加者の中には、先天性などの障がいにより、“自転車の経験”が初めてという方もいました。

当日はあいにくの小雨でしたが朝9時から、レンタル希望者へのフィッティング(写真3)が始まり、スタート地点の名取市役所での集合写真(写真4)を撮影後、予定通り出発できました。コースは名取市内から沿岸部の閖上地区に向け、浸水地域を南下しながら仙台空港がある岩沼市内にかけて周回する約23キロの行程で、コースの約7割は津波浸水地域を通ります。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真3・写真4はウェブには掲載しておりません。

沿岸部の集団移転が決定されている地域では町中に人気がなく、防潮堤工事関係者や視察に訪れた方がいる程度です。町中のもともとあった家や商店はほとんどが流され、一部残った基礎が辛うじて家の存在を分からせてくれます。また、草むらの中に供えられた生花が、その場所で住人が亡くなったことを知らせてくれます。このような環境の中をハンドバイクで走るということは、被災地の風を感じながら復興の過程を見届け、地元の方との交流を通じて、車いす使用者の眼から確かめた風景を持ち帰って仲間へ伝えていただきたいと思っています。

参加者30人を経験値や体力等を考慮して班分けをし、各班の先頭と最後尾に伴走者を配置しました。ハンドバイクは基本的には自転車と同じルールで走行します。しかしながら、路側帯を走る際には自動車から発見されにくい問題があります。車いすに座ったまま後ろを振り向いて確認することが難しいため、目立つように旗を車いすの後ろに立てたり、バックミラーを付けたり、各班の前後に付く伴走者が安全確認を行いながら走ります。もちろん、全員がヘルメットを着用しています。

出発してから数キロ進むと浸水地域に入ります。そこでの路面は、陥没、段差、アスファルト剥がれ、砂利浮き箇所が多数出てきました。そのたびに声を掛けながら転倒者が出ないように走りましたが、残念ながらパンクが1件発生しました。復興した『ゆりあげ港朝市』で昼食をとり、休憩後には地元の語り部のお話を伺いました。走ってきた町が津波に襲われる映像を見ながら、当時の状況を生々しく語っていただきました。ゆりあげ港朝市は、海が目の前にあり、車いす用トイレが完備されています。市場の方々にもイベントに協力していただきましたが、初めて見るハンドバイクの集団に驚かれた様子で、お互い話しているうちに交流が深まったように思います。

午後から、岩沼市の『千年希望の丘』へ向け出発しました(写真5)。ここは仙台空港の海側に整備中の公園で、津波の力を減衰させる役目も担っています。東日本大震災時には約8メートルの大津波がこの辺り一帯を襲い、高さ約10メートルの丘に住人が避難し助かりました。この千年希望の丘は、側面に螺旋(らせん)状にスロープが敷設され、車いすでも頂上まで登れるようになっています。頂上からは防潮堤の先に太平洋が見渡せ、海の反対側にある仙台空港が眼下に見え間近に感じます。そして一行は千年希望の丘を後にし、出発地点の名取市役所を目指します。この頃には初心者も操作に慣れて、安全確認にも余裕が出てきました。全員が無事にゴール地点へ戻ってきました。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真5はウェブには掲載しておりません。

5 ツーリング参加者の感想

Aさん(男性、72歳、宮城県):初めて走ってみて、これならば、若い人でもある程度年齢がいっている人でもできるのではないかなと思いました。少しでも練習すれば、若い人たちと一緒に付いていけるのかなと感じました。

Bさん(女性、36歳、岩手県):これだけ長い距離を走ったのは初めてだったのですが、すごい気持ちがよかったので、また機会があればやってみたいと思いました。

Cさん(男性、42歳、神奈川県):仙台市内を走ってみて、仙台は歩道を走る文化が根強いと感じました。ハンドバイクは法律的にまだ曖昧(あいまい)なので、ここで歩道を走って大丈夫かな?というジレンマを抱えながら走ってほしいと思いました。ハンドバイクが走れる環境というのは何かや、今後みんなで乗りやすいところを見つけたり提言していくのが私の仕事と思っています。

6 これからの活動

ハンドバイクは新しいスポーツですので、全国的な普及のために各地で試乗会の開催や、サイクリング大会への参加を通して、当事者や家族、仲間との交流を重ねてハンドバイクの魅力を知っていただき、地域に根ざした活動を続けていきたいと思っています。そのために6月に「東北ハンドバイク協会」(代表:巴雅人)を設立しました。

今後も各地の方々にご協力をいただきながらイベントを開催していきたいと思っています。東北ハンドバイク協会は、目的に掲げているハンドバイクの普及と発展、障がい当事者の社会参加や行動範囲の拡大、健康増進に向けて、ハンドバイクの魅力を発信しつつ、希望される皆さまのお役に立てられるよう活動していきたいと思っています。

(ましこちかげ 東北ハンドバイク協会事務局長)