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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年11月号

ワールドナウ

ミャンマーの手話プロジェクト

小川美都子

プロジェクトの背景

ミャンマー連邦共和国(以下、ミャンマー)では、2011年の民政移管に伴い急速な経済成長が進んでいる一方、障害者に対する各種福祉サービスの提供は大きく立ち遅れている。社会福祉・救済復興省社会福祉局(以下、社会福祉局)は、この遅れを何とかしたいという思いから、社会福祉行政官の能力向上に関する協力を国際協力機構(JICA)に要請した。協力内容をより具体化するため社会福祉局とJICAで協議が行われ、ミャンマー側の意向により、障害分野の中でも最も支援が遅れているろう者を対象とし、ミャンマー手話の分析・普及の実施をエントリーポイントとした「JICA社会福祉行政官育成プロジェクトフェーズ1」が2007年12月に開始された。

フェーズ1(2007年12月~2010年12月):ミャンマー手話の分析

2007年、ミャンマーは軍事政権の時代。赴任当初は、ろう者の意見を聞く人は誰もおらず、障害者に対する差別も存在していた。ろう学校はヤンゴンとマンダレーの2校しかなく、それぞれの学校で異なる手話を使い、お互いのろう者が会う機会はほとんどない状況であった。そこで、プロジェクトを開始してから社会福祉行政官、ヤンゴンとマンダレーのろう者、ろう学校の教員らで月1回のミーティングを実施し、ミャンマー手話の分析を開始した。ろう者同士のコミュニケーションを密にし、ろう者の意見が行政官に直接届くよう活動を始めた。しかし、当初はろう者からの意見はほとんど出ず、意見が出たとしても、ろう学校の教員の発言を受けて意見を変えることも多く、ヤンゴンとマンダレーのろう者で対立することがしばしばだった。

そんな彼らに「それは相手の意見を認めるのと同じ。違う意見があるなら自分で発言することが大切。あなた方の手話について私が代弁することはできない」と言い続けた。日本のろう者の講師から手話言語学や手話の分析方法を学び、ミーティングを重ねるうちに、自分たちの手話に対するろう者の意見が明確となり、徐々に活発に発言・行動するようになった。そして、開始から1年半後に『ミャンマー手話基礎会話集』が完成した。

さらに、ろう者・手話に対するミャンマー政府の理解が深まるにつれ、支援に対する熱意に変化が現れた。たとえば、一般市民への啓発活動を目的とした手話ワークショップは、当初の計画では2か所であったが、ミャンマー政府の申し出によりミャンマー全土12か所へ増加した。ワークショップ以外の活動として、一般市民に対する手話講座も開始した。しかし手話の指導は、ろう者であればすぐにできるというものではない。日本のろう者から手話を教える教授法を学び、それをミャンマーの文化に適した方法にアレンジし、トレーニングを行なった上で実施した。

フェーズ1の3年間で、ろう者は自分の手話を分析することにより、言語として手話を明確に認識し、ろう者としてのアイデンティティーを確立した。さらに、手話・ろう者に対するミャンマー政府や一般市民の理解が広まり、ろう者の社会参加につながる一歩を踏み出した。

フェーズ2(2011年8月~2014年8月):手話通訳者の育成

フェーズ1の活動により大きな変化をもたらしたが、ろう者の社会参加をさらに促進するには依然として課題が多く、聴者とろう者のコミュニケーションを支援する人材が育成されていないことが、ろう者の社会参加を妨げる一因となっていた。そのため、社会福祉局から手話通訳者育成を目的としたフェーズ2の要望が出された。しかし、3年間で手話通訳者を育成することは困難であるため、将来的に手話通訳者の育成を目指すが、まずは手話支援者(※)に手話の指導を行う手話指導者の育成を目的としたプロジェクトを実施することに合意した。

(1)手話指導者の育成(2011年9月~2013年1月)

手話指導者としてフェーズ1で活動していたメンバーから8人(ヤンゴンろう者3人、マンダレーろう者3人、ヤンゴン聴者1人、マンダレー聴者1人)を選出し、その後、ヤンゴンのろう者1人を増員して、9人を対象にトレーニングを実施した。

手話指導者は、聴者に日常会話の手話を教えるだけでなく、専門的な手話通訳を育成できる技術を習得する必要がある。そのため、手話通訳育成のための手話教授法、手話翻訳・通訳技術指導方法、手話通訳概論の習得のためのトレーニング、カリキュラム・評価表の作成、コンピュータートレーニング等を実施した。

2013年2月から、手話支援者1期生への指導が開始されたが、手話指導者の能力強化が終わったわけではなく、手話指導者は日々の指導を通じ、反省・評価、復習、さらなるトレーニングを継続して実施することにより、手話指導者としての高い能力を習得した。

(2)手話支援者トレーニングの実施(2013年2月~2014年7月)

社会福祉局が手話支援者1期生として24人を選出し、2013年2月よりヤンゴンにて手話指導者によるトレーニングを開始した。トレーニングは月~金曜日の10時~16時まで、1年半実施した。そのうち、1年間は教室での授業とし、午前中はろう指導者による手話の授業、午後は聴者指導者による一般教養、ミャンマー音声言語トレーニング、ミャンマー言語学、翻訳・通訳トレーニングを行なった。

後半のトレーニングは、ろう学校や情報省国営テレビ局(MRTV)、ろう者が運営する団体等で6か月間の実習を実施。手話支援者は実習を通じ、手話通訳の実践、手話指導者以外のろう者とのコミュニケーション方法や手話支援者としての行動を学んだ。

そして、2014年6月に手話支援者1期生トレーニング修了証授与式を行い、プロジェクト終了後は支援サービスを提供する人材として活動を開始した。現在は、手話支援者2期生21人のトレーニングが継続されている。

(3)手話支援サービス提供のためのトレーニング(2014年4月~2014年7月)

プロジェクト終了後に本格始動する手話支援サービス提供のために、利用者(ろう者・聴者)と手話支援者をつなぐ手話コーディネーターとして支援者1期生から6人を選出。サービスの依頼を受けてから支援者を派遣し、サービス終了までの一連の業務を日本の研修で学んだ派遣サービスを参考にフローを作成。そのフローを基に業務トレーニングを行なった。2014年6月にネピドーで開催された手話支援サービス開始式典には、ミャンマー社会福祉・救済復興省大臣・副大臣が臨席した。

(4)啓発活動(2011年9月~2014年7月)

フェーズ2では、ヤンゴンとマンダレーにてろう者のためのワークショップを行い、手話指導者9人がトレーニングや日本の研修で習得した知識・技術をろう者コミュニティで共有し、またろう者が日常生活で直面している問題点についてグループディスカッションを行なった。この活動を通じて、どのような場面でろう者が手話通訳を必要としているかの分析を行い、手話支援サービス提供の場面へと反映させた。

フェーズ1から継続していた手話講座の参加者は延べ5,836人、フェーズ1で作成した『Myanmar Sign Language Conversation Book』の配布数は13,849冊(2014年7月28日現在)となり、プロジェクトの活動によって、ミャンマー全国におけるろう者および手話に対する認知・理解はかなり広がった。

(5)国営テレビでの手話の情報提供

2014年ミャンマーで開催された第7回ASEAN Para Gamesにて、国営テレビのMRTVでは手話による情報保障を行なった。ミャンマーの国営テレビで手話のワイプが付いたのはこれが初めてである。また、各会場にも手話通訳を配置。手話通訳を担ったのは、本プロジェクトの聴者の手話指導者2人と手話支援者1期生の13人であった。MRTVは2014年11月より、デイリーニュースに手話のワイプを付けることを計画している。

今後の計画および課題

今後の重要課題は、手話支援者の育成および手話支援サービスの提供を持続的に行うことである。社会福祉局は手話支援者1・2期生、計45人では足りないと考え、2020年までに100人の手話支援者を育成する計画を掲げている。さらに、2015年末までの詳細計画案、5か年計画および5・10か年計画の概要も立案した。

ミャンマー政府は、障害児教育の強化や障害者への情報保障への重要性を認識し、対策を開始している。たとえば前者では、ヤンゴンに新しいろう学校を開設し、後者ではテレビ放送における手話ワイプの設置の取り組みを開始している。このような取り組みは、ろう者の社会参加の促進につながる大きな一歩である。この一歩はろう者のみならず、障害分野全体の取り組みが障害者個人の機能回復を優先し、社会参加の前提条件とするような取り組みから、アクセシビリティの保障と合理的配慮の提供による社会参加の保障を目指すインクルーシブな社会の形成という取り組みへと転換してきている証拠である。

また、本プロジェクトの活動はろう者のエンパワメントに大きな影響を与えた。このエンパワメントとは、単なる手話指導の技術の習得や意思決定という意味ではなく、社会変革の行動主体(エージェント)になるという意味である。手話指導者たちが、自身の指導技術の向上に努め、高い通訳技術を持った手話支援者を育成することによってインクルーシブな社会を形成しようと考え行動している姿はその証拠である。また、ミャンマーの障害者団体として発足したMyanmar Council of Persons with Disabilities(MCPD)の代表に、本プロジェクトの手話指導者であるDaw Yadana Aungが就任したことも本プロジェクトにとってうれしいインパクトとなった。

最後に

フェーズ1、フェーズ2の6年間を通じて、ミャンマーろう者の社会参加の促進はかなり進んだと言える。それは手話通訳を育成する人材である手話指導者が育成され、ろう者の社会参加に欠かせない手話通訳を担う人材(手話支援者)がプロジェクト期間中に24人育成され、さらに育成プログラムが確立したことによる。また、その人材を活かす手話支援サービスも開始され、今後、多くのろう者が社会参加の場面で手話支援サービスを利用することとなるであろう。

限られた期間にこのような成果が達成できた背景には、ミャンマーの手話指導者・支援者の並々ならぬ努力と、全日本ろうあ連盟をはじめとする日本側のサポート等さまざまな要因があった。現在は、ミャンマーの人たちが自分たちの力で支援者トレーニングと手話支援サービスを実施している。

(おがわみつこ 手話通訳士)


本プロジェクトでは、便宜上ろう者に対して基礎的な通訳支援ができる人材を「手話支援者」、より高度な通訳ができる人材を「手話通訳」と呼ぶ。