「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年12月号
聴覚障害者の差別の実態や動向について
松本正志
1 はじめに
一般財団法人全日本ろうあ連盟(以下、連盟)は、全国47都道府県に傘下団体を擁する全国唯一のろう者の当事者団体です。1947(昭和22)年創立以来、ろう者の生活と権利を守り、発展するために活動してきました。特に、「聴覚障害を理由とする差別的な処遇の撤廃」を重要なテーマとして取り組んできました。
2 アンケート調査に至る経過
当連盟は今日までに、聴覚障害者の生活と権利を守り、発展していく運動を通じて、具体的な差別事例を一つ一つ解決してきました。
現在、内閣府障害者政策委員会で、障害者差別解消法に基づく基本方針について議論がなされています。しかしながら、聴覚障害者の差別事例についてはまとまったものがなく、データ化されたものもありません。そのため、差別的取り扱いや合理的配慮の不提供の全国的な実態調査を行い、そのデータを活用するために、アンケート配布、集計を行いました。
聴覚障害者の差別事例と合理的配慮不提供の事例アンケート(以下、アンケート)は、連盟独自で作成し、47加盟団体にアンケート配布をお願いしました。また、連盟会員以外の聴覚障害者でも回答ができるように、連盟ホームページでも回答を受け付けました。
受付期間は2014年9月4日~9月30日と短期間でしたが、多くの方から差別事例と合理的配慮不提供の事例が寄せられました。
本アンケートの内容からは、あらゆる分野で起こった差別事例数が分かるようになっています。
3 アンケート集計の結果
回答者は、584人で、年齢層は次ページの図のとおりです。
1.年齢層 | 人数 |
---|---|
10代 | 3 |
20代 | 50 |
30代 | 71 |
40代 | 115 |
50代 | 130 |
60代 | 106 |
70代 | 65 |
年齢不詳 | 44 |
計(人数) | 584 |
(拡大図・テキスト)
年齢層を見ますと、40代と50代の回答がそれぞれ20%を超えています。40~50代は、年齢に応じて生活範囲が広がり、あらゆる分野で経験を積んでいることからの結果だと推察されます。
(1)差別の事例
回答事例は、1,387件にのぼりました。回答者数から単純に計算すると、一人につき3~4件の差別を受けていることになります。
ア.分野ごとの実態
一番多いのは、就労場面で165件、順に、医療機関で131件、教育現場で119件、交通機関を利用する時で110件、公共機関(市役所など)で103件で、それ以下は2桁の件数となっています。
イ.分野ごとの年齢層
就労場面について、一番多いのは、40代で45件、次は50代で41件、30代で37件、20代は20件です。医療機関では、50代で37件、30代で30件、40代で29件です。教育現場では、30代で31件、40代で26件、20代で25件です。交通機関を利用する時では、30代と40代とも26件で、50代で22件です。公共機関(市役所など)では、30代~50代はほぼ同じで、平均24件です。
差別の事例(聴覚障害者) | 10代 | 20代 | 30代 | 40代 | 50代 | 60代 | 70代以上 | 総計 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1.教育現場で | 2 | 25 | 31 | 26 | 21 | 7 | 7 | 119 | |
2.公共機関で | 16 | 24 | 23 | 26 | 9 | 5 | 103 | ||
3.政治参加の場面で | 13 | 14 | 14 | 16 | 3 | 3 | 63 | ||
4.就労場面で | 1 | 20 | 37 | 45 | 41 | 18 | 3 | 165 | |
5.福祉サービス利用の場面で | 11 | 14 | 8 | 6 | 3 | 3 | 45 | ||
6.医療機関で | 1 | 16 | 30 | 29 | 37 | 13 | 5 | 131 | |
7.図書館、資料館などで | 11 | 11 | 9 | 5 | 2 | 38 | |||
8.金融機関で | 13 | 16 | 17 | 16 | 8 | 2 | 72 | ||
9.交通機関を利用する時 | 2 | 14 | 26 | 26 | 22 | 14 | 6 | 110 | |
10.メディアを利用する時 | 2 | 17 | 18 | 17 | 16 | 11 | 5 | 86 | |
11.住まいに関して | 13 | 18 | 13 | 10 | 5 | 3 | 62 | ||
12.公園などで | 11 | 11 | 7 | 6 | 3 | 38 | |||
13.映画館、テーマパークなどで | 2 | 18 | 21 | 22 | 16 | 6 | 1 | 86 | |
14.レストランなど飲食店で | 19 | 21 | 24 | 21 | 9 | 2 | 96 | ||
15.ホテルなど宿泊施設で | 14 | 17 | 23 | 15 | 7 | 1 | 77 | 計 | |
16.その他 | 12 | 17 | 19 | 25 | 15 | 8 | 96 | 1387 |
(2)合理的配慮不提供の事例
回答事例は、1,184件集まりました。
ア.分野ごとの実態
一番多いのは、就労場面で113件となりました。次は、医療場面で90件です。交通機関を利用する時とホテルなど宿泊施設とともに、87件です。5番目は、映画館、テーマパークなどで84件です。
イ.分野ごとの年齢層
就労場面では、30代と40代とともに、ほぼ同じ件数で平均34件です。医療場面で30代、40代、50代とともに、ほぼ同じ件数で平均31件です。交通機関を利用する時では、30代と40代とともに、同じ件数で24件です。ホテルなど宿泊施設では、30代と40代ともほぼ同じ件数で平均21件です。映画館、テーマパークなどの娯楽施設は、30代や40代とともに、ほぼ同じ件数で、平均22件です。
合理的配慮不提供の事例(聴覚障害者) | 10代 | 20代 | 30代 | 40代 | 50代 | 60代 | 70代以上 | 総計 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1.教育現場で | 1 | 16 | 24 | 19 | 15 | 6 | 2 | 83 | |
2.公共機関で | 14 | 20 | 18 | 17 | 9 | 2 | 80 | ||
3.政治参加の場面で | 12 | 14 | 15 | 8 | 8 | 3 | 60 | ||
4.就労場面で | 1 | 14 | 32 | 35 | 22 | 9 | 113 | ||
5.福祉サービス利用の場面で | 11 | 14 | 9 | 5 | 3 | 2 | 44 | ||
6.医療場面で | 1 | 12 | 18 | 22 | 23 | 10 | 4 | 90 | |
7.図書館、資料館などで | 11 | 12 | 11 | 5 | 2 | 41 | |||
8.金融機関などで | 12 | 13 | 15 | 10 | 7 | 57 | |||
9.交通機関を利用する時 | 1 | 14 | 24 | 24 | 18 | 6 | 87 | ||
10.メディアを利用する時 | 1 | 14 | 17 | 22 | 15 | 9 | 3 | 81 | |
11.住まいに関して | 11 | 16 | 11 | 5 | 5 | 2 | 50 | ||
12.公園などで | 11 | 11 | 8 | 5 | 3 | 38 | |||
13.映画館、テーマパークなどで | 2 | 16 | 20 | 24 | 16 | 6 | 84 | ||
14.レストランなど飲食店で | 14 | 20 | 21 | 12 | 8 | 1 | 76 | ||
15.ホテルなど宿泊施設で | 14 | 19 | 23 | 14 | 12 | 5 | 87 | 計 | |
16.その他 | 14 | 17 | 31 | 32 | 16 | 3 | 113 | 1184 |
(3)年齢別の特徴
ア.差別の事例
20代で一番多いのは、教育現場で25件、次は就労場面で20件です。30~50代で一番多いのは、就労場面で平均41件です。60代で一番多いのは、就労場面で18件、次は交通機関を利用する時で14件です。
イ.合理的配慮不提供の事例
20代で一番多いのは、教育現場と映画館、テーマパークなどの娯楽施設で16件です。30~40代で一番多いのは、就労場面で平均34件、次は交通機関を利用する時と映画館、テーマパークなどで平均23件です。50代で一番多いのは、医療場面で23件、次は就労場面で22件です。
4 アンケート集計を通じて思うこと
アンケート作成時、聴覚障害がある青年から多くの事例を集めたいと、インターネットで回答できるシステムを設けましたが、情報発信力が弱かったこともあり、10代~30代の回答率が低い状態でした。聴覚障害がある青年が回答しやすくするための工夫が必要と感じました。
アンケート集計の結果を見ますと、一番大きな問題は、1.情報保障、2.コミュニケーション保障問題であり、聴覚障害の特性だと言えます。
たとえば、就労場面で、職員研修が義務付けられているのに、自分だけが受けられないという問題、また、指示内容が分からず、もう一度説明をお願いしても筆談が面倒くさいとの理由で説明を受けることができない、メモや資料などを読めばいいというだけでコミュニケーション保障を考慮してもらえない、という状況がデータから読み取れます。
以上のように、聴覚障害者が受けている差別、聴覚障害者が求めている合理的配慮について、皆さんにもっと知っていただきたいと思います。
1970(昭和45)年に手話奉仕員養成事業がスタートしてから、手話に対する理解、手話通訳に対する理解が広まりつつありますが、いまだに手話に対する無理解が多くあります。私たちは、手話言語法(仮称)、情報・コミュニケーション法(仮称)制定運動をさらに強く推し進めてまいります。
(まつもとまさし 一般財団法人全日本ろうあ連盟理事(福祉・労働委員会委員長))