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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年12月号

ナショナル・ミニマムとしての障害者差別解消法
―自治体条例策定の経験から法の実効性を考える―

岡島実

1 大きな盛り上がりを見せた沖縄県条例制定運動

2013年10月11日、沖縄県庁前広場に集まった数百人の障害当事者・市民が、「沖縄県障害のある人もない人も共に暮らしやすい社会づくり条例」の成立を祝福した。県議団や県職員も祝福の輪に加わった。この日は、地域におけるインクルーシブ社会構築への第一歩としても、住民自治の誇るべき実践例としても、沖縄県史に貴重な1ページを刻む日となっただろう。

沖縄県条例制定をリードしてきたのは、障害当事者を中心とした市民グループ「障がいのある人もない人もいのち輝く条例づくりの会」であった。会は、2008年3月、障害者の権利について考える、ささやかな勉強会として活動を始めた。新門登、長位鎌二良、長位鈴子ら当事者たちの社会参加への思いが、多くの市民を巻き込んでいった。高嶺豊や筆者ら障害をもつ専門家も呼応し、勉強会や意見交換会を重ねた。多くの若者たちも、障害の有無にかかわらず、活動の輪に加わった。沖縄の障害者自立運動の「父」とも呼ばれ多くの当事者に慕われてきた新門は、条例成立に立ち会うことなく、「重度障害者にも差別のない医療を」という言葉を遺して他界した(2009年5月)。しかし、上里一之ら新門の遺志を継ぐ人たちが新たに活動に加わるなど、社会参加を求める当事者たちの歩みが止まることはなかった。2011年1月、当事者らが沖縄じゅうを行進して集めた署名31,000余筆を知事に提出。これを受けて県民会議が発足した後も、「条例の会」のメンバーが議論をリードして、条例制定まで駆け抜けた。

障害者の権利条約の採択を起点とした世界的な障害者の社会参加に向けたうねりは、障害者基本法改正、差別解消法制定、各地方での条例制定、権利条約批准といった一連の国内法システム整備によって、日本にも大きな転換期をもたらした。だが、それはスタート地点に立ったという意味での「転換」に過ぎない。それを実質的な意味でも「転換」たらしめることができるかどうかが、これから問われる。

2 インクルーシブ社会とは何か

障害者たちを突き動かしてきたものは何か。それは、社会からの隔離・排除によって、人として持つことのできるはずの当たり前の夢や希望を奪われてきた者たちの、人としての尊厳への問いかけであった。その問いかけの結晶が障害者の権利条約であり、そこで提示されたインクルーシブ社会の理念である。今後の課題は、インクルーシブ社会の理念を、各国の法制度の中でいかに現実化していくかにある。このような観点から、外してはならない3つのポイントがある。それは、

1.障害者が社会参加の主体であること

2.障害者の社会参加を妨げる社会的障壁の存在を社会の共通認識とすること

3.社会的障壁の除去を社会の共通課題とすること

の3点である。そして、社会的障壁となる事物・制度・慣行・観念等は、複雑に絡み合った構造体として障害者の前に立ちはだかっているとの認識が必要である。

たとえば、障害者に対する無理解・偏見は障害者を隔離する制度と密接に結びついているし、隔離を前提として社会資本整備も進められてきたという形で、事物のあり方とも結びついている。法の実施過程においても、こうした理解の下、長期的な視野で差別解消を実現していく姿勢が求められる。

3 ナショナル・ミニマムとしての差別解消法

差別解消法の規定は、自治体条例においてより高度の義務を定めたり(上乗せ)、より広い範囲の施策を定めたり(横出し)することを妨げない。つまり、差別解消法は全国的な最低基準(ナショナル・ミニマム)を定めたものに過ぎず、自治体において、さらに実効性の高い施策を定めることができる。たとえば、差別解消法では、事業者の合理的配慮は努力義務規定に止まっているが、沖縄県条例をはじめとして、事業者を含む一般の法的義務規定としている自治体条例がすでに存在している(注1)

法の実施に当たっては、このことが強調される必要がある。すなわち、差別解消法はあくまで差別解消に向けた「最初の一歩」に過ぎず、各自治体において、これをさらに前進させていく創意工夫が求められているのである。

4 法制定の意義と実効性確保の条件

「最初の一歩」に過ぎないとはいえ、全国的に「最初の一歩」が踏み出される意義は小さくない。しかし、インクルーシブ社会の意義が理解されないまま法が実施過程に移されても、法はその存在価値を発揮しえないだろう。したがって、行政、企業、学校、地域など社会のさまざまな現場で「インクルーシブ社会」の理解を浸透させる取り組みが不可欠である。たとえば、行政等の相談窓口にインクルーシブ社会について理解のある障害者を配置するなどの取り組みは効果的だろう。

いまや、全国で無数の障害者が社会参加の機会を希求している。「障害」のあり方は多様である。その多様性を地域社会の中で生かすのが「インクルーシブ社会」であり、その構想が実現したとき、日本社会に新たな活力が生まれるに違いない。

(おかじまみのる 弁護士、障がいのある人もない人もいのち輝く条例づくりの会顧問)


(注1)既存の各地自治体条例の内容については岡島実「インクルーシブ社会条例の比較と評価」(障害学会HP掲載)。