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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年12月号

1000字提言

情報なくして政策なし

中島隆信

2014年2月より内閣府に設置された統計委員会の委員を務めている。統計委員会とは、日本の統計行政に関して政府にさまざまな提言をする諮問委員会のことである。

統計は健康診断のようなものだ。健康なときは結果も気にかけないし、面倒がって受けないこともある。でも、普段から健診を受けていれば病気の早期発見につながり、治療のための基本的な情報が得られる。統計も同じだ。正確な統計があれば、社会の変調を事前に察知できるし、問題の原因を突き止め、対処法を考えられる。

この点からいえば、障害者福祉行政はなんとも心許ない。たとえば、障害基礎年金や法定雇用率を決めるとき、障害者の経済状況や失業率は必須の情報だろう。実際、生活保護費算定では総務省「家計調査」が活用されているし、同「労働力調査」における失業率や厚労省が発表する「有効求人倍率」は景気動向を見るうえで重要な指標となっている。

しかし、障害者を対象とするこれらの情報は、公的な基幹統計から入手することはできない。その理由は、母集団情報を与える「国勢調査」に「障害者フラッグ」が立っていないからだ。ようするに調査票の項目に「障害者」の欄が無いのである。

公的統計は「国勢調査」などの母集団情報をもとに適切なサンプリングを行なっているため、限られた数の標本調査でも全体像を推測できる。したがって、母集団情報に「障害種別」が含まれていれば、通常の公的統計から障害をもつ人たちの就業状態や生活水準などが分かるのだ。

今から7年前、私が統計委員会の事務局となる統計委員会担当室の室長だったころ、前記の問題が気になり統計局に問い合わせたことがあった。ところが、担当者は「障害者フラッグ」を立てることには消極的だった。理由は「国民の理解が得にくい」とのこと。つまり、「国勢調査」に「障害種別」の調査項目を入れたら、国民の協力が得られず調査自体が成り立たなくなるというのである。

もし、これが本当だとしたらとても不幸なことだ。正しい情報に基づかない政策は国民の福祉の向上につながらない。予算配分でもおかしな政治力が幅を利かすようになるだろう。

ここで障害者団体に期待したいのは、全国の障害をもつ人たちに対して進んで統計調査に協力するよう働きかけていただきたいということだ。もちろん個人情報保護の重要性は理解できる。しかし、自分たちの情報を提供せずして、適切な政策の立案は困難であるということを今こそすべての国民が肝に銘じるべきだろう。


【プロフィール】

なかじまたかのぶ。慶應義塾大学商学部教授。専門は応用経済学。1960年生まれ。83年慶應義塾大学経済学部卒業、01年より同大学商学部教授。博士(商学)。