「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年7月号

ADAの影響とEUの継続する改革

引馬知子

ADAが世界に与えた影響

「“ADA”は正義を完全に実現していないと批判する人たちに言いたい。それでは“権利の章典”や“十戒”はどうなのだと。これらは完全なる正義を実現したのか。正義は約束の地に到達できるまで、すべての者が永遠に追求しなければならない課題なのだ。」1)

ジャスティン・ダートJr.(ADAの父)

ADA(障害をもつアメリカ人法)は1990年、障害のある人々が、社会の一員として当然に得るべき権利を享受するために、市民権法2)として米国で制定された。同法は4大目標として、「機会均等」、「完全な参加」、「自立生活」、「経済的自足」を据え、雇用や公共サービス、電信や電話通信等の分野を対象に、合理的配慮の不提供を含む障害を理由とする差別の禁止などを定めている。

ADAの制定以前、世界の国々や国際機関は、障害のある人が直面する日々の困難や排除の問題を、主として社会福祉や慈善に関わる法を用いて解決しようとしてきた。一方で、これらの法の下で福祉サービスや特別な施設等が提供されても、それだけでは障害のある人が通常の社会に包摂されるには不十分な状況が続いていた。

こうしたなかでADAは、障害者を権利の主体に位置付け、障害のない人との均等待遇を規定した。これが従来の対応に変化を促し、EUや世界各国の障害者運動および障害分野の立法に大きな影響を与えたと考えられる3)。欧州の障害法の研究者であるデグナー(2005)は、「“ADAは、米国内よりも国際的に一層のインパクトを与えた”とする所感に賛同する者があろう。それほどに、ADAは世界の国々の法の展開に影響を及ぼした」と記している4)

ADAの影響は、EUの他、日本の障害者制度改革における障害者基本法改正(2011年)や障害者差別解消法の成立(2013年)にも見出せる。障害者基本法の目的は、同法改正前には「障害者の福祉の増進」にあった。これが改正後には、ADAに始まる国際的潮流を反映した「障害のない者との平等と共生」となり、障害者施策の目指すべき到達点が明確となった。

EUモデルへの模索と国連条約

(1)ADAとEU均等法の導入

ADAの内容は、欧州において議論を呼び起こした。1990年代当初、平等と参加を促す市民権に根ざす障害差別禁止(均等)法5)を欧州でも導入すべきとの意見が出される一方、これが、社会連帯により築かれた欧州の福祉制度下の、社会福祉や社会保障の権利を切り崩すのではないかとの慎重論が出された6)。議論の末に、EUは、多くの加盟国に先んじて市民権に根ざす法の導入に着手した7)。その先鞭は、1997年に調印されたEU基本法改正(アムステルダム条約)における第13条の挿入である。同13条は、EUが性別、人種・民族、宗教・信条、障害、年齢、性的指向を理由とする差別を解消する適切な措置をとれる旨を定めた。

このEU基本法改正の議論においては、広範な差別禁止に取り組む均等規定を設ける合意が進んでいたものの、当初、これに障害の事由を盛り込む想定はなかった。しかし、EUおよび国レベルの集中的なロビー活動と討議が障害の事由を規定に挿入させたのである。以後から現在に至るまで、EUおよびEU域内の障害均等(差別禁止)諸立法の策定は、多様な分野で急速に進展することとなった(詳細は次節)。

EUは、福祉制度下の権利とADAに象徴される市民権を相反するものでなく、互いに補完し合うものとして捉え、双方を用いた新たな「EUモデル」を生み出そうとするようになった。その背景には、いずれの手法にも一定の限界があるとの認識がある。市民権下の成果は、障害のある個々人が申し立てを行う財政的および精神的な意欲や能力に大きく依拠する点に限界がある。一方で、福祉制度下の成果は、時の経済政策や政府の政策により左右される点に限界がある。また後者の下では、障害当事者が必ずしも権利の主体とならない場合がしばしば見受けられた。たとえば、割当雇用制度未達成の制裁が雇用主に課され、必ずしも個々の障害者の雇用に結びつかない助成や補助の対象が障害のある特定の個人であるとは限らない等である。

双方の両立を目指すEUモデルの具体的な試みは、EUの諸立法において、障害のある不特定多数の集団に対するポジティブ・アクションや、差別と不利益を防止する特別な措置を加盟国が維持できること、合理的配慮の提供に関する社会的および公的支援を促していること等に見出すことができよう。

(2)EUの国連条約への積極的な関与

EUは加えて、国連(第56回総会、2001年12月)が障害者の権利と尊厳の確保を促進する新たな法的文書の策定を決議した後、その策定の審議の場である特別委員会に積極的に参加した。この場で、国際的な法的文書がEU均等法を含む障害関連諸立法の内容と一貫性を持つよう働きかけたのである。EUの行政機関である欧州委員会(2003)は当時、「国連の新たな文書が非差別を重視することはEUのアプローチと一致し、国際的に法的効力を伴う効果的な制度の構築は、EU障害法政策の目的を必然的に補完する」と述べている8)

国連ではADA成立から16年を経て、その流れを発展させた障害分野の差別禁止と人権保障を謳(うた)う「障害者権利条約(2006年採択)」が誕生した。しかし、ADAを生んだ米国の上院は2012年、同条約の批准を否決した9)。これに対しEUは、加盟国の批准を積極的に支援し、あわせてEU自身も2010年、同条約を批准する初の地域的統合機関となった10)。この間に欧州では、「欧州障害フォーラム(EDF)」が、EUの支援を受けつつも、1996年に独立した組織として立ち上がった。EDFは、障害分野に関係する各国の団体を束ね、欧州全体の障害法政策の推進に障害者の視点から取り組む組織である。また、2007年には「EU基本権庁(FRA)」が、EUの専門機関として設立された。FRAは、障害者の権利を含む基本権に関わる情報やデータを収集および分析し、独立した立場でエビデンスに基づくアドバイスや啓発活動を行なっている。

EDFやFRAは、欧州オンブズマン、欧州議会、欧州委員会と共に「EU枠組」と呼ばれる、EUによる障害者権利条約の実施を促進し、保護し、監視するための「独立した仕組み」(同条約33条が規定)を2012年に形成した。EDFは現在、EU枠組の議長を、欧州委員会は事務局を務めている。EU枠組は、加盟各国の「独立した仕組み」を担う諸機関とともに、EUとEU域内の同条約の履行に関わる活動を行なっている。

2014年6月に、EUは同条約に基づく条約の履行に関する報告を、国連の障害者権利委員会に提出した"11)。同委員会の第14会期(2015年8月17日―9月4日)には、EUの審査(建設的対話等)が行われる予定となっている。

均等待遇に関わるEU諸立法の動向

前述の13条規定以降、EUでは複数の均等待遇2次法12)が成立している。また現在、審議中の複数の立法案がある。これらには、1.障害を含むいくつかの事由の差別禁止を規定する、“ホリゾンタルアプローチ”をとる立法、2.人の権利を定める法(障害に特化しない法)において、障害がある場合の等しい権利も定める“メインストリームアプローチ”をとる立法、3.障害の有無に拠(よ)らず製品や建物、サービスなどを等しく利用できるよう、“アクセシビリティアプローチ”をとる立法等がある。以下に主な立法を確認したい。

“ホリゾンタルアプローチ”をとる「雇用均等枠組み指令(2000年)」は、EU均等法のなかでも注目を集めた法である。同法は、雇用分野において、宗教・信条、障害、年齢、性的指向による、合理的配慮の否定を含む差別を禁止する。さらにEUでは2015年に入り、「宗教・信条、障害、年齢、性的指向に拠らない、人の均等取り扱い原則の実施に関する指令案(雇用外一般均等指令案)(2008年)」が集中審議の対象となっている。欧州議会選挙後の2014年11月、欧州委員会が新体制となり、膠着状態にあった同指令案の2015年内の採択が掲げられたのである。現在、加盟国の権限や負担、コスト問題等に関わる調整が進み、修正案が審議されている。

また、2000年代半ばからは、障害のある者と移動に制限のある者が他のEU市民と等しく、公共施設や公共機関を利用できるためのEU(EC)規則の形成が進んだ。「航空旅行における障害者および移動に制限がある者の権利に関するEC規則(2006年)」や、これに続く「鉄道旅客者の権利と義務に関するEC規則(2007年)」等である。後者の規則以降、「海洋および内陸路の航行(2010年)」、「バスおよび長距離バスの移動(2011年)」に関するEU規則が順次採択されている。これらは意図して、“メインストリームアプローチ”をとり、すべての者を対象とする法のなかで、障害者の権利や個別支援を規定している。近年EUは、障害問題や法分野の包摂を進める観点から、加盟国の法制定や改正においても、同アプローチを促している13)

アクセシビリティについては、公的機関のウェブサイトに関する「ウェブ・アクセシビリティ指令案(2013年)」が審議中である。加えて近時「欧州アクセシビリティ法案」が指令の形式で提出される予定となっている。

以上のように、ADA成立以後、EUでは、障害者の均等な待遇保障と社会参加に関わる取り組みが継続している。本稿では触れることができなかったが、雇用分野の差別禁止、アクセシビリティ等について、加盟国間のみならず、EUと米国との製品やサービス等の規格化等の積み上げや、定期的な対話も実施されている14)

EUの障害分野の挑戦は、多様な国々の経験の上に継続され、日本の障害者制度改革においても一定の影響を与えた。福祉や雇用制度等においてEUと共通点が多い日本にとって、米国とは一味違う非差別と福祉の両立を図ろうとするEUモデルの試みも、参考となる点があるのではないだろうか。

(ひくまともこ 田園調布学園大学教授)


【脚注】

1)Oklahoma Disability Law Ctr., Justin Dart at ADA Eleventh Anniversary, Protection & Advocacy, Sept. 2001

2)公民権法、人権法とも呼ばれる。人の属性を事由とした差別を禁止し、法の下の平等な保護や権利を謳うもの。

3)ADAと共に、国連の「障害者の機会均等化に関する基準規則(1993年)」も世界に大きな影響を与えたとされる。

4)Degener, T., Disability Discrimination Law: A Global Comparative Approach, Lawson, A. et.al (eds.), disability rights in europe, Hart Publishing, 2013

5)諸外国の障害を理由とする差別禁止法は、日本では障害者差別禁止法と訳出されることが多い。しかし、多くの国々の法は、「障害を理由とする差別」を禁止しており、その対象に障害者の関係者(家族)などを含む(EU司法裁判所の判例等を参照)。また、扱う障害の捉え方(範囲)は社会モデルに基づき、より広い。たとえば、英国のかつてのDDA(Disability Discrimination Act)も文字どおり訳出すると「障害差別法/障害差別禁止法」となる。

6)O’Hare, U., Enhancing European quality rights: a new regional framework, Maastricht Journal of European and Comparative Law, vol.8, No.2, 2001. 等参照。

7)英国、アイルランド、スウェーデンの3か国が、すでに非差別と合理的配慮義務を規定していた。

8)COM(2003) 16 final

9)否決の理由には、米国が国際法に縛られることへの懸念や反対などがある。

10)地域的統合機関による批准は、正確には「正式確認」という。

11)CRPD/C/EU/1、CRPD/C/EU/Q/1を参照。EUの報告に対して、EDFなど多くの組織からカウンターレポートが提出されている(現在9本)。

12)EU規則や指令等があり、加盟国内法に優位する。このため、EU2次法の内容を最低基準として、加盟国には法改正や新たな法制定が求められる場合が多い。

13)全加盟国政府とEUによる“Sixth Disability High Level Report(2013)”等参照。同時に、障害に特化した立法の重要性も認識されている。

14)EU―USサミット等参照。