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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年11月号

1000字提言

障害をもつ人と、読み書き

蟻塚亮二

読み書きができないことは深刻な劣等感を引き起こす。9月28日付沖縄タイムスの一面トップに次のような記事があった。

「引き揚げと戦禍越え学問の夢成就、高校を卒業」「沖縄戦で孤児になったSさん(74)が27日、泊高校定時制夜間部を卒業した。小学校にも通えず、「いつか勉強したい」と願いながら働いた幼少期。(中略)今回見事に高校卒業する。」

沖縄戦の中で親兄弟を失い、孤児になられた方たちがたくさんおられる。彼らの中には、孤児院から里親に引き取られたものの小学校にも行かせてもらえず、畑仕事や家畜の世話に明け暮れて、読み書きできない人々も多い。

そのような彼らは、「他人の前でいつも劣等感を感じて、いつも一歩引いて、いつも光があたる場所を避けて生きてきた」という。他人の中で発言する時には、「間違いだ」と言われるのではないかとビクビクしておびえて生きてきた。

しかし、そのための「他人の中で一歩引いて生きる」という回避的な行動により、人はチャンスや社会的参加の機会を失う。それは「自ら、ここぞという運を外す」生き方でもある。仮にそれを計算できるものなら、その逸失利益は途方もなく大きいはず。

このように読み書きというスキルは、社会で生きていくための扉を開くカギのような役割を果たす。だから、読み書きや一程度の学力を身につけるということはとても大切な問題である。

これとまったく同じことが、障害をもつ人たちの生活や人生にも当てはまる。英国の精神科医のジョン・ウイングによると、精神障害をもつ人々は疾病に由来する能力低下や社会的不利のほかに、しばしば病気になる前から養育や教育や職業訓練の機会などに恵まれないことが多いという。ウイングはこれを「病前のハンディキャップ」(premorbid handicap)と呼んでいる。読み書きや計算ができなくて「一歩引いて生きる」ことによって、拾わなくてもいいストレスをため込むことになり、精神疾患の発病の可能性が高まるのである。

読み書きができなかった沖縄戦孤児の人たちは、そのことを家族にも内緒にして来られた方が少なくない。まったく同様に精神障害をもつ人たちも、読み書きがよくできないことを秘密にされている方も少なくない。統合失調症を患っていたTさんが、廊下に張ってあるポスターの「憲法」という字の読み方を聞いてきたのは相当時間が経ってからだった。

提案。障害者福祉や貧困問題、虐待や精神疾患や自殺や非行などの分野で読み書きや学力の果たす役割に注目しよう。福島県相馬市で診療しながら、津波や原発事故などで被災した子どもたちの学力や心の問題が心配でならない。


【プロフィール】

ありつかりょうじ。1947年生まれ、精神科医。青森県で病院長、社会福祉法人理事長などを務めた後、2004年に沖縄に移住し「沖縄戦による晩年発症型PTSD」を見つけた。2013年より福島県相馬市のメンタルクリニックなごみ所長。著書に『沖縄戦と心の傷』、『統合失調症回復への13の提案』(共訳)など。孫8人。