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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年11月号

ワールドナウ

ニュージーランドの障がい者への性の支援

坂入悦子

さまざまな映画の撮影地としてもお馴染みの、自然豊かなニュージーランドに春がやってきた。南半球なので日本とは反対の季節である。日本のように桜の木があって、この時期は満開の桜を楽しむことができる。少し郊外へ行けばたくさんの可愛らしい羊の赤ちゃんにも遭遇する。だいぶ暖かくなったとはいえ南極からの湿った風はまだひんやりと冷たく、桜の花を一層長持ちさせてくれる。そんなニュージーランドから、障がい者への性の支援について紹介する。

障がい者もインクルーシブ学校のセクシュアリティ教育

ここニュージーランドでは、学校での性教育は必須である。性教育というよりもここで行われているのはセクシュアリティ教育。身体的な面だけの性や生殖知識だけではなくもっと身体、社会、心理、感情、精神的な面なども含んだ包括的なセクシュアリティ教育である。性の情報をただ受け取るだけではなく、自分の頭で考えて分析することも学ぶのだ。

今年の6月には、このガイドラインが改正されて性における文化の違いも教えられることになった。インクルーシブ教育を行なっているニュージーランドなので、セクシュアリティ教育は障がい者もインクルーシブだ。面白いことに親が子どもに参加させたくないと考える部分は、親が学校宛に手紙を書いて子どもをその時間だけ参加させないこともできる。子どもの家族背景(宗教や文化)に配慮してのことなのだ。しかし、このセクシュアリティ教育にはまだ課題も残っている。セクシュアリティ教育に当てられる授業時間数や授業で触れる内容の深さなどは、それぞれの学校や先生に任されている部分がまだ大きく、いくら素晴らしいガイドラインがあっても全員が同じ内容を同じ分だけきっちり習っているとは限らないのだ。

Health Educatorの方々はその部分の改正とともに、障がい者の性の項目に関しても、その多様性に応じてこの中でしっかり教えていくことが必要だと話してくれた。

各種NPO団体の支援

学校のセクシュアリティ教育だけではなく、ここではさまざまなNPO団体が障がい者の性に関する支援を行なっている。その中から今回は3つのNPO団体を紹介する。

(1)障がい者向けの性教育教材:Health Click

Health Clickは、障がい者向けの性教育教材を開発するほか、両親、介護者、先生方向けのセミナーも開いている。彼らが開発した“Me”という知的障がい者向けの教材や、“Touch Myself”という障がい者のマスターベーションについて説明している教材はあちこちの学校で使われている。セミナーでは、性についての正しい言葉(定義)を使うことの重要性について説明する。なぜなら、障がい者が使っている性の言葉がずばりその行為を示しているとは限らないからだ。セミナーで話される内容も友人関係、交際、体の衛生を保つこと、許可を求めること、マスターベーションなど多岐にわたる。

ここで重要なのが、障がい者を性的な存在として捉えるということだ。知的障がいのある子どもが性的虐待の被害に遭うことへのリスクは常に考えなければいけないし、それが一番心配であるからこそ、性教育を身を守るスキルとして教えなくてはいけないのだと、教師と看護師の背景を持つ代表者のアネットさんは話してくれた。もし親も介護者もその話題に触れられないとしたら、何かあった時に子どもはどこに相談すればいいのだろう?性に関する知識を得ることは、性的虐待から自分の身を守るためにも必要なことであり、人権の一つでもあるのだ。

(2)障がい者の性のアドボカシーネットワーク:Paths Together

2013年に設立された、Paths Together。代表のトムさんは脳性マヒがある障がい当事者である。彼は、オーストラリアで障がい者の性をサポートする団体での経験があり、ニュージーランドにもそのような団体の必要性を感じ、このネットワークを設立した。ここは主に障がい者の性に関する情報提供や、各個人のニーズに合ったNPO団体を紹介している。障がい当事者からだけでなく、学校の先生や介護者などからの問い合わせも多く、そのネットワークはニュージーランド全土に及び、NPO団体側からも厚い支持を受けている。今はまだネットワークに留(とど)まっているが、いずれは各分野の専門家と連携してサービス提供なども行えるようにしたいそうだ。

(3)障がい者とセックスワーカー:NewZealandProstitutes’Collective(NZPC)

ここニュージーランドでは、2003年の法改正でセックスワークが非犯罪化されて以来、セックスワーカーの権利は一般労働者と同様に守られるようになった。今回訪れたNZPCはセックスワーカーを守るだけでなく、障がいのあるクライアントとセックスワーカーを繋(つな)ぐ役割も果たしている。

映画セッションズでお馴染みのサロゲートサービスは、残念ながらニュージーランドには存在しない。かといって、オーストラリアのTouchingBaseのような障がい者を専門に扱うセックスワーカーの団体があるわけでもない。障がい者たちは個人でセックスワーカーと契約を結ぶのだ。

流れとしては、まず障がい当事者や介護士(家族やリハビリ担当者)などがこのNPOに電話をしてくる。そうすると、担当者がその条件を元にあちこちのブルセラやデーターベース化されているセックスワーカーに連絡を取って条件に合う人を探してくれるのだ。料金体系、車椅子やエレベーターへのアクセス、障がい者へのサービス提供の経験、介護士が一緒に付いて行って外で待っていてもいいかなどの項目を確認して紹介してくれる。少なくとも週に一度は障がい者からの問い合わせがあるそうだ。

思いがけず、老人や障がい者の介護住宅に出入りしているというセックスワーカーにも話を聞くことができた。脳損傷があっても彼らは何がほしいのか、何がしたいのか、ちゃんと分かっている。彼らにとって性行為そのものよりも、話をすることや、誰かと親しい関係を築くこと、触れることが癒しになるのだと話してくれた。施設の介護士は、以前に比べだいぶ理解してくれるようになったそうだ。セックスワークが非犯罪化されて以来、彼らを呼んだ介護士がトラブルに巻き込まれるということもなくなったため、以前よりも利用者のそのようなニーズに答えやすいのだろう。

今後の課題は、障がい者セクターと提携してセックスワーカーに包括的なトレーニングを行うことである。実際、障がい者にサービスを提供する上でクライアントの薬のことや副作用、既往歴、心理状態や身体的状態などセックスワーカーからの問い合わせも多く、過去にはトレーニングを行なったこともあるのだが、障がい者セクターとの提携というところまではまだこぎつけておらず、それができれば、もっと障がい者のことを理解できるセックスワーカーが増え、サービスも提供しやすくなるという。“セックスワーカーも信頼できる人だと、どこかで証明してもらえるようなシステムがあれば障がい者にとっては安心なのだけれど”とコメントを寄せてくれた障がい当事者もいた。もちろん、スリルを楽しみたい人もいるだろうし、そんなのいらないという人もいるだろう。ただ、大切なことは、障がい者の選択肢を増やすことではないだろうか?

終わりに

障がい者の性に関しては、動きもまだ少ないと言われるニュージーランドだが、それでも障がい者の性の権利のために声を挙げている人たちは確実に存在する。そして、そのような人々の努力が実を結び、社会は少しずつ変化しているのだ。

この話はフィリップさんという、障がいは多様性の一部である、と主張するコメディアンでアーティストでセクシャルマイノリティの車椅子使用者(本人談)との出会いから始まった。彼はTEDにも出演しており、彼との出会いからさまざまな方向に人の輪が広がっていった。今回快く取材に応じてくださったNPO団体の皆さま、コメントを寄せてくれた人たち、アドバイスをくださった方々に心から感謝したい。今度はこの輪を私が日本まで繋いでみようか。

(さかいりえつこ 国立オークランド大学教育・社会福祉学部博士課程)