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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年1月号

3.11復興に向かって私たちは、今

タイへ里帰り出産のまま遺児となった飛鳥君へ

矢羽々京子

タナポン様。

その後、お元気でいらっしゃいますでしょうか。

3.11の大きな悲しみの日から、早3年が経ちました。どんなにか嘆き、悲しみの中、辛い日々を過ごされたことでしょうか。心からお見舞い申し上げます。波の会岩手県支部の会員たちや、Sさんを知る全国の友人たちは、皆、彼の死を悲しみました。

思い起こせば、岩手県支部のサマーキャンプは、何度も高田松原の中の岩手県立野外活動センターで行われました。そのたびSさんは、早朝からお世話してくださいました。三陸海岸の美しかった松林とその前方に広がる穏やかな海での海水浴に興じ、彼が用意してくれた海の幸を存分に味わったものでした。しかし、7万本の松林は、たった1本を残して津波とともに海へ消えてしまい跡形もありません。その惨状は痛ましい限りです。

飛鳥君が成長し、日本を訪れること、さらには日本で教育を受けられ、父の故郷日本で生活してほしいと思っています。

このたび、マーヤゴータミー財団のご尽力で、タナポンさんにお会いすることになりました。大変うれしいことです。財団に深くお礼を申し上げます。

これからも困難な道が続くと思われますが、どうか飛鳥君の成長を見守りながら、元気に過ごされますようにと心から願っております。

このたび、バンコクで奥様と飛鳥君にお会いできますこと、この上ない喜びです。

遠路どうぞお気をつけて、お出で下さいませ。

2014年3月

新ダーナの輪の会会長 矢羽々京子

前記のような手紙をタイ語に訳して、津波で亡くなったSさんの奥さんに届けていただきました。奥さんのタナポンさんは、2010年に里帰り出産のためにタイに帰っていました。その年の12月に男児を出産し、Sさんは赤ちゃんとの家族写真を年賀ハガキにして、多くのお友達にお知らせしていました。とてもうれしそうでした。もっとも幸せなお正月だったと思います。

2011年3月11日の朝に、Sさんからタナポンさんにお電話があったそうです。しかしやがて、Sさんの訃報を受けることになったのです。

タナポンさん家族にお会いするまで

あの日、Sさんは自宅3階の窓から、避難のため移動する友達に手を振っていたそうです。鉄筋3階建ての店舗兼住宅でした。きっと津波には耐えられると思っていたのではないでしょうか。津波直後の報道写真を見て、誰しも絶望を覚えました。

タナポンさんの家族がタイのどこに住んでいるのか、手を尽くしましたが「個人情報保護法」により、日本では消息を知る手掛かりは全く得られませんでした。Sさんからの年賀状をもとに、タイの「マーヤゴータミー財団」に依頼しました。どうか居場所が分かりますようにと祈る思いでした。程なくして消息が分かりました。

2014年3月に、バンコクの財団事務所でSさん遺族に会うことができました。Sさんの一人息子の飛鳥君は、ふっくら色白の元気いっぱいの4歳児でした。岩手の子として成長してほしいと、切に思いました。

「いわての学び希望基金」受給手続き

3.11の震災直後、岩手県は「いわての学び希望基金」を創設しました。飛鳥君もその奨学金給付の対象に違いないと、手続きに取り掛かりました。しかし、必要書類の準備には多くの壁がありました。家族でない私たちは、住民票の交付手続きすらできません。タイから取り寄せた住民票や各証明書などは読解できないので、法テラスや多くの方々の協力を得て県の窓口に代理手続きをしました。財団と情報交換を繰り返し、まずは「子育て支援金」給付に漕ぎ付けることができ、安堵しました。

2015年3月に、私は財団の創立25周年記念式典に招待され、タイを訪れました。Sさんの奥さんタナポンさんから、現在、飛鳥君が通っている幼稚園は、小学校との一貫校であるため継続して奨学金を受けられたらと、タイ語の手紙を渡されました。財団のヒランブルック会長からも、英語でお願いの手紙が届き、それを岩手県の担当者に渡しました。紆余曲折がありましたが、ようやくここまでたどり着きました。

波の会岩手県支部としても微力ながら関係する方々の多大なご協力を得て、2016年4月から小学校入学以降の「いわての学び希望基金」の交付が受けられるようになりました。たった1家族への復興支援です。

3.11の大震災で夫とその両親を亡くしたタナポンさんの悲嘆は計り知れません。遺児となってしまった飛鳥君が日本の子どもとして成長してほしいと、期待するとともにこれからも支援を続けて参ります。

(やはばきょうこ 公益社団法人日本てんかん協会岩手県支部(波の会)副代表)


・ダーナの輪の会は、経済的に恵まれないタイの子どもたちへ、マーヤゴータミー財団の奨学制度に20年間、ささやかに協力して参りました。奨学金を受けている子どもたちは、毎年3月に行われるタイのお寺での合宿に参加が義務づけられています。私たち会員は、毎年その合宿に子どもたちと一緒に参加してきました。

・マーヤゴータミー財団は、岩手県雫石町出身のタイの高僧が財団創設者です。震災直後の5月には、財団とタイの僧侶たちは岩手県を訪れ、希望基金に5,000万円を寄付しています。