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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年1月号

ワールドナウ

第17回世界ろう者会議報告

森壮也

2015年7月28日から8月1日までトルコのイスタンブールで、世界各国のろう団体が加盟する、世界のろう者を代表する国連NGOステータスを持つ世界ろう連盟(WFD、現加盟国数133か国)の第17回世界ろう者会議が開催された。

前回の南アフリカに続いて開発途上国での開催である。WFDの会議で大きな国際会議といえば、4年ごとに開かれる世界会議(World Congress)と2年ごとに開かれる国際会議(International Conference)とがあるが、前者はWFDが創設された1951年の大会以来開催されているもので、各国代表(OM)による最高意思決定機関である総会(GA)を伴っている。後者は、2005年にフィンランドで第1回が開催されたものであり、規模はより小さく、4年間の中間年期間に開催されるようになったものである。最も最近では2013年にオーストラリアで第2回目が開催されている。

今回の大会は、サミット等でも使われた国際会議場に97か国から1,312人が参加した大会となった。筆者は、第15回のスペイン・マドリッド大会での竹内かおりさん以来、日本人としては2人目、また、日本を基盤として活動している日本人ろう者として初めて、同大会での基調講演者の1人(手話・ろう文化)として招待され、同会議に参加する機会を得たものである。

同会議の構成は、基本的に毎回同様の形で開催されており、世界会議の前に前記の総会が開催され、予算や決算、活動報告、活動計画の承認等、通常の組織に関わる諸活動についての審議が行われる。

今回の会議では、この総会(74か国、合計128人参加)でも2つの大きなニュースがあった。ひとつは、オブザーバーというステータスではあるが、初めて朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の代表団の参加があったことである。この背景には、WFDと同国の障害者団体との協定1)により、在平壌ドイツ大使館内に設けられた、WFD代表部のロバート・グルンド氏の活動がある。かつては、国内に障害者は一人もいないと「宣伝」していた同国において障害者が認知され、さらに彼らに海外からの支援の手が届くようになったことに当事者団体も貢献したことは大きく評価されて良い。またこれまで長らく同国については、/北/+/朝鮮/という国名手話が用いられていたが、同国内では別の手話が用いられていることが総会で紹介され、国名手話については、基本的に当該国の手話を尊重するという原則があることから、新しい手話が総会出席者に紹介された。この新しい手話は日本の手話ニュースでも紹介された。

もう一件は、理事の改選である。この選挙で新たに、これまで東欧のボスニア出身理事に代わって同じ東欧からアルバニア出身のFlorjan ROJBA氏、またアジアはネパール出身理事に代わってモンゴルのJigjid DULAMSUREN氏が、中南米からはメキシコ出身理事に代わってブラジルのAna Regina Souza CAMPELLO氏、アフリカからはルワンダ出身のRwaka PARFAIT氏が理事として入った。近年、WFD理事は欧州中心を脱して、世界の各大陸からの代表で構成されるようになってきている。この他一部の理事の変更もあったが、他にも北欧のデンマーク出身のKasper BERGMANN氏が弱冠39歳で理事に選出されている。同氏はかつてのAsger BERGMANN理事の子息であり、大学では開発経済学を学んだ。2015年12月からは、WFDの人権担当官にも就任し、WFD加盟途上国でのろう団体リーダー養成面での活躍が期待されている。

総会を終えたあと、7月28日午後から、世界ろう者会議の開会式がトルコの文化色豊かに行われた。この日はWFDの名誉理事長であり、昨年、国連人権賞を受賞したLiisa Kauppinen博士が全体講演を行い、ろう者の人権、特に女性の人権の問題について訴え、式典では氏の業績を称えるL.カウッピネン基金の発足も発表された。

翌日29日からは、科学分科会がスタートしている。英語と国際手話が公用語となっているため、英語も国際手話も知らない日本のろう者の参加者の多くは、この科学委員会に出席せず、開会式と閉会式の式典のみに出席するというパターンが多い。しかし、世界ろう者会議で重要なのは、この科学委員会の発表とそこでの議論である。なぜなら、各会議では、この議論を反映した今後の活動に向けてのアジェンダが発表されるからである。

世界会議では、WFDの中に設けられた人権委員会、手話・ろう文化委員会、ろう教育委員会、アクセシビリティとテクノロジー委員会、途上国委員会、保健委員会の各常設委員会が、科学委員会のセッションの中心となる。これらの委員会の内部議論により推薦された基調講演が各委員会ごとに朝一番で行われた。その後、世界各地から応募のあった報告から選ばれた報告が夕刻まで続くという、従来と同じパターンで会議が進行した。委員会ごとの報告日程の後、ろう児とろう女性、通訳、青年、ろうとの重複といったそれ以外のテーマごとの報告も最終日の午後まで行われ、その後、閉会式となった。

科学委員会では、冒頭にも述べたように筆者が、手話・ろう文化委員会の基調講演者として登壇し、勤務先のアジア経済研究所で行なってきた障害者の生計調査の実証分析をベースとした「ろう者にとっての多様性、それとも普遍性?―途上国での諸研究から」(“Diversity or Universalism for the Deaf ? - from researches in developing countries”)という講演を行なった。基本的なメッセージとして、世界会議で多く見られるさまざまなアイデアに、それを支える実証研究が大事であるということを強調した。

この他、科学分科会の報告では、日本からは、全日本ろうあ連盟理事の小出真一郎氏の震災関連の支援の報告、吉野幸代理事の日本の女性ろう者についての報告があったが、これら2つは、同連盟の機関紙で詳細が報告されている。従って、本稿では、連盟機関紙では簡単にしか報告されなかったそれ以外の人の発表を紹介したい。

手話・ろう文化委員会では、国立民族学博物館の相良啓子氏の「世界の手話の数詞体系」、アクセシビリティとテクノロジー委員会では、井上正之筑波技大准教授の「日本における電気通信での完全なアクセシビリティのための課題」、重複のセッションで、日本のLGBTコミュニティーから、山本芙由美、川端伸哉、前川和美、武田太一の各氏による「LGBT―ろうの性的少数者コミュニティーの現今の問題と支援」の3つの発表があった。いずれも自らの研究テーマやコミュニティー活動の成果などを分かりやすく報告しており、フロアからも積極的な質問が寄せられていた。

かつて日本からの参加者の多くは、世界ろう者会議では、観客でしかなかったが、1991年の東京で開催された第11回会議以後、全日ろう連からの発表を含めると全部で6つの報告と一定の位置を占めるようになってきたことは感慨深い。また、前回の南アフリカ大会では、自分の発表を日本から同行した国際手話/日本手話通訳に依存していたケースもあったが、今回は、全員が登壇したあとに、国際手話で自ら講演を行なっている。こうした面での日本の努力を見ることができる。

なお、手話は各国で異なるため、この会議で使用された言語は音声言語も含めて全部で49言語、90人の通訳とボランティア100人が関わったという。さらに日本だけでなく、報告も途上国からの報告の分科会が朝の9時から夜の6時45分まで1日開催されるなど、全地球規模で各国のろう者たちが抱えている問題について共通しているもの、異なるものを学ぶ機会でもあったことを最後に報告しておきたい。

(もりそうや 日本貿易振興機構アジア経済研究所主任調査研究員)


1)この協定については,以下のWFDから発信されたニュースで確認できる。
http://wfdeaf.org/news/world-federation-of-the-deaf-signed-historic-agreement-with-north-korean-disability-organisation