音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

  

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年1月号

列島縦断ネットワーキング【埼玉】

反則OK?NPO法人かうんと5の取組み

石平裕一

NPO法人“かうんと5”の由来

唐突ですが、私は子どものころからプロレスが大好きでした。毎週金曜の夜8時はテレビのプロレス中継にくぎ付けでした。

プロレスの試合は“選手同士の信頼関係”に大きな意味があります。スターの華やかさだけでなく、反則技を繰り出す悪役レスラーや万年中堅レスラーたちの苦味・渋味が混ざり合い、試合に表情がでます。

ユニークさの極め付けは、多くのスポーツの反則を“してはいけない”という前提に対して、プロレスは5秒までなら“してもよい”というスタンスです。その“反則あり”がより試合に面白さが加わり、観客はいっそう盛り上がれるというわけです。しかもプロレスの“反則”というのは、どこか“やさしい”ようにも見えます

そんなユニークさが福祉の仕事にあってもよいのではと思い、多少の反則も込みで、障害のある人もない人も、みんなで一緒に街というリングで思い切り“プロレス”みたいに暴れようと、反則OKのNPO法人“かうんと5”とネーミングしました。

創作活動を通じて気づいたこと・気づかされたこと

私は、埼玉県嵐山町という自然豊かな町にある社会福祉法人昴デイセンターウィズという多機能型事業所(生活介護・就労継続支援B型)に勤務しています。生活支援員として、利用者の皆さんへ活動プログラムを提供しています。音楽やスポーツなどのレクリエーションメニューを提供し、利用者の皆さんに好きなこと、得意なことを楽しんでいただいています。かうんと5のシンボルでもある覆面レスラーの絵も、このウィズの活動から5年ほど前に誕生しました。

昼食後の一息つく時間に、絵を描きはじめたケンジさんにモチーフとして覆面レスラーの写真集を見せて描いてもらったところ、できあがった覆面レスラーの絵は、どこかとぼけていてユーモアあふれた表情で、大変驚きました。そして、試しに、その絵の余白にカズヒサさんの独特な書体の文字を添えると、とぼけた表情の覆面レスラーがあたかもセリフを吐いたように見え、より味わいのある作品になったように思えました。

私や多くのスタッフが2人の作品のとりこになってしまいました。しかし、2人のコラボ作品の面白さに夢中になるあまり、毎日のように絵を描くことをお願いしていたところ、ある日私の姿を見るなり、ケンジさんは、さーっと走り去ってしまいました。彼に無理を強いていたことに気づかされました。

このように、2人は自ら進んで絵を描くのではなく、スタッフの誘いや画材・モチーフなどの準備があって描き始めます。それ故に関わり方や環境を一から見直し、絵を描く時間が2人にとってより快適で、楽しい時間になるよう心掛けて取り組んでいきました。

作者・作品はどこへ?

こうして「傑作」が次々とでき上がっていきます。スタッフも作品を見て「いいねぇ」と声をかけます。本人もまんざら悪い気もしないようです。私たちは次のステップとして、近隣で小さな作品展を企画したり、都内のギャラリーなどでも機会を見つけては少しずつ展示をしたりする中で多くの人から好評を博しました。

ケンジさんも、ウィズのスタッフ以外の方との交流も増えました。そうした風景は支援する側にも心地よく、彼が社会参加していると思いがちにもなりました。しかしこの先、彼は、「いいね」と言われることだけで描き続けていてよいのかという疑問も沸き起こってきました。前述のように、ケンジさんは自ら進んで絵を描こうとはしません。なら彼にとって絵を描くことはどういうことなのか、彼に何がもたらされるのだろうかと考えました。

彼の描く覆面レスラーの絵は、絵画というよりポップなイラストの趣(おもむき)があります。むしろそのテイストを活(い)かし、グッズなどを展開し収入を得ていくこと、つまり絵を描くことを仕事にしてはと思いつきました。

埼玉県障害者アートマッチングサポート事業と出合う

とはいえ、いいアイデアがなく思案に暮れるばかりでした。そんな折、埼玉県の障害者アートマッチングサポート事業と出合い、支援を受けることができました。デザイナーやクリエイターを紹介していただき、素敵なデザインの覆面レスラーのTシャツやバッグ、ポストカードになりました。それらのグッズの発表と即売会でグッズは大好評で、予想以上の売れ行きでした。

この即売会には、ご家族もお誘いして一緒に出かけました。行きの車中では、お父さんが息子の障害のこと、日々の苦労話などを話され車中はやや暗いムードに…しかし会場について、Tシャツやバッグなどが綺麗(きれい)に陳列され、お客さんが購入されていく様子を見て出た一言が「お前、なかなかやるな!」でした。驚きと喜びの表情が入り混じる一言でした。

改めて2人の描く絵には、人を惹(ひ)きつける力が溢(あふ)れていると感じました。もっと多くの人に、いい気分、元気になれるグッズを届けていきたいと思いました。

かうんと5の設立

そうした経緯を経て、いよいよ、かうんと5はNPO法人として立ち上がります。かうんと5はグッズを製作、販売し、作家本人の収入に結びつけることが大きなミッションです。

ケンジさんたちには本の出版などと同じように印税を支払います。仕組みとしては、販売価格×制作数の10%をお支払いしています。たとえばTシャツが1枚3千円とし、100枚作ると合計が30万円になり、その10%3万円が印税になります。これまでにトップアーティストのケンジさんには30万円を超える印税を支払いました。他の作家さん2人にも10~20万円を支払っています。

覆面レスラーのユニークな表情のイラストは、2013年には国内最大級のロックイベント「サマーソニック2013」で、エイブルアートジャパンのコラボ企画としてのオフィシャルTシャツに採用されました。また、関西の医療機器メーカーの学会資料バッグのキャラクターとして使われました。

かうんと5の課題

■商品のクオリティアップ

作家が印税を得るためには、グッズを次々と世に出していく必要があります。そのためにもお客さんに喜んでもらえる商品の開発が求められています。

かうんと5では、プロのデザイナーの力を借り、魅力のあるグッズづくりを心掛けています。お客さんに楽しんでいただきながら、原作者であるケンジさんたちに想いをはせてもらえたらと思っています。

販路については、かうんと5は店舗を持たないので、オンラインショップの他、都内や県外の雑貨店、ミュージアムショップ等で取り扱っていただいています。また、さまざまなイベントにも出店しています。最大の取引先でもある吉祥寺のwelfare shopマジェルカさんとはパートナーシップ契約を結び、商品の取り扱いだけでなく、商品開発のアドバイスや販売促進のためのキャンペーン企画などを共同で行なっています。取引先のお店の方にも、“これは売れる”と思っていただけるパンチのある商品をプロデュースしなければなりません。

この覆面レスラーの絵が生まれたのは埼玉県嵐山町という小さな町です。覆面レスラーの絵が故郷の人たちに愛されるように、さまざまなイベントにも積極的に参加し、地域の人たちの中にも活動を拡げていこうと思います。

昨秋には、嵐山町の県の文化財に指定されている建物で地元の写真クラブと共同で作品展を開催しました。これからもこうした作品展やワークショップなどの企画も積極的に行なっていく予定です。もちろんそのためには、作家が楽しく創作活動に取り組める環境を大事にすることは言うまでもありません。そして、創作の場がもっと楽しい場になるようサポートにも今後、取り組んでいきます。こうした活動の起点は作品にあります。それ故決して、作家さんを置いてきぼりにし、支援者の「自己満足」の活動にならないよう、こんな反則だけは決して犯さず、たくさんの人を巻き込みながら、一緒に街というリングの中でプロレスをしていきたいと思います。

(いしだいらゆういち NPO法人かうんと5)