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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年7月号

65歳問題に関する現状と課題

長岡健太郎

1 65歳問題とは

介護保険と障害者総合支援法(以下「総合支援法」)が交錯する領域での問題事例(65歳問題)として、

  • 総合支援法に基づき、訪問介護(重度訪問介護)を1日10時間利用してきたが、65歳を迎えると、介護保険を優先的に利用しなければならなくなり、新たに利用料の1割負担が発生した。また、介護保険では1日3時間しか認められないが、市町村が総合支援法の上乗せ利用を認めてくれない(事例1)。
  • 総合支援法により、日中活動の場として生活介護へ通っていた。知り合いも多く、プログラムも気にいっていたが、65歳を迎え、別の事業所で介護保険法によるデイサービスを利用するよう市町村に求められた(事例2)。

といったケースがある。

総合支援法7条は、「自立支援給付は、当該障害の状態につき、介護保険法…の規定による介護給付…のうち自立支援給付に相当するものを受け、又は利用することができるときは…、行わない」と規定している。つまり、障害のある人は、介護保険、総合支援法の両方を利用できるときは、介護保険を優先的に利用しなければならない。その結果、総合支援法を利用していた者が65歳を迎え、介護保険対象年齢となると、介護保険をまず利用しなければならなくなる。具体的には、1.介護支給量をはじめとして支給内容が大幅な変容をきたす問題と、2.利用者負担が生じる問題として現れる。これがいわゆる65歳問題である。

以下、1と2に分けて、65歳問題に関する現状を整理した上で、本年5月26日に成立した改正総合支援法の内容も踏まえ、今後の課題について述べる。

2 現状~1.支給内容の変容について

(1)現在の枠組み

厚生労働省による平成27年2月18日付事務連絡「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく自立支援給付と介護保険制度の適用関係等に係る留意事項等について」が、現在の介護保険と総合支援法の関係を示している。

基本的な考え方は次の通りである。

  • ある障害福祉サービスについて、介護保険に相当するサービスがない場合(移動支援や行動援護など)は、介護保険対象年齢になっても引き続き障害福祉サービスを受けられる。
  • 介護保険法に相当するサービスがある場合でも、それを使っても十分な支援が受けられない場合は、上乗せで障害福祉サービスを利用できる。
  • 介護保険法のみで適切な支援を受けられるか否かは、個別のケースに応じて、障害福祉サービスの利用意向を障害者からの聴き取りにより把握した上で、適切に判断しなければならない。
  • 介護保険利用前に必要とされていたサービス量が、介護保険利用開始前後で大きく変化することは一般的には考えにくいから、個々の実態に即し、適切に総合支援法の上乗せ利用を認めなければならない。

(2)事例1について

冒頭の事例1においては、介護保険を優先的に利用しても、1日7時間は介護支給量が不足するから、1日7時間は重度訪問介護の上乗せ利用が認められなければならない。

ここで、現実には多くの市町村が、総合支援法の上乗せ利用について「介護保険の要介護度4以上の者に限る」、「総合支援法に基づく障害支援区分5以上の者に限る」など、内規で制限を設けている。しかし、これらの内規はすべて違法である。総合支援法の上乗せ利用を適切に認めることによって、65歳の前後で当事者に認められる介護支給量は変化しない、というのが現行制度上あるべき姿である。

(3)事例2について

事例2でも、前記の考え方を踏まえ、介護保険法に基づくデイサービスが利用できるからといって、直ちに生活介護を打ち切るべきではなく、生活介護とデイサービス双方での具体的な支援内容や当事者の意向などを踏まえ慎重に検討しなければならない。特に、こだわりがあったり、環境の変化に弱い当事者の場合や、当事者が生活介護で受けていたプログラムの継続を望む場合などは、介護保険に相当するサービスがない場合として、生活介護の継続利用が認められることとなろう。

3 現状~2.利用者負担について

総合支援法の利用者負担に関しては、平成20年に障害者自立支援法違憲訴訟が提起され、平成22年1月には国(厚生労働省)と原告団・弁護団との間で「基本合意文書」が交わされた。これを受け、同年4月より、市町村民税非課税世帯等の低所得者については、利用者負担はゼロとなっている。

一方、介護保険法では、生活保護利用者は利用者負担がゼロとなるが、市町村民税非課税世帯でも1割負担が生じる。そのため、総合支援法7条を前提とする限り、優先利用した分の介護保険に関する利用者負担は免れない。このような介護保険優先原則に関しては、現在、岡山地裁や千葉地裁で裁判が提起されており、結果が注目される。

4 総合支援法改正と今後の課題

(1)改正内容

今回の法改正では、総合支援法7条の介護保険優先原則は維持された。利用者負担について、介護保険に移行後、新たに1割負担が生じる低所得者につき、負担軽減策が設けられることとなった。ただし、具体的な軽減内容や対象者の範囲は未定である。

(2)今回の法改正の意義と今後の課題

国との間で交わされた基本合意文書においては、原告団・弁護団から「介護保険優先原則を廃止し、障害の特性を配慮した選択制等の導入をはかること」との指摘がなされ、国は、「新たな福祉制度の構築に当たっては、現行の介護保険制度との統合を前提とはせず」検討を行うこととされた。

基本合意文書を踏まえ、障害者を中心として新たな総合的な福祉制度を制定するために設けられた障がい者制度改革推進会議の総合福祉部会が平成23年8月に取りまとめた骨格提言では、障害者福祉制度と「介護保険法とはおのずと法の目的や性格を異にするものである」から「それぞれが別個の制度として制度設計されるべき」とされた。また、「介護保険対象年齢となった後でも、従来から受けていた支援を原則として継続して受けることができるものとする」とされた。

基本合意文書及び骨格提言では、自立支援法は廃止するとされたが、現実には、自立支援法を一部改正した総合支援法が平成25年4月から施行されたに留(とど)まる。しかし国も「骨格提言は段階的・計画的に実現したい」とし、総合支援法附則では、骨格提言に盛り込まれた多くの項目について、施行後3年の見直し時に所要の措置を講ずるとされた。「高齢の障害者に対する支援の在り方」も見直し事項に含まれている。

今回の総合支援法改正は、骨格提言の積み残しを実現するための見直しとして位置付けられる。法改正の内容を評価し、今後の課題を考える際には、基本合意文書及び骨格提言がどの程度尊重され、実現したかという観点が不可欠である。まず、1.支給内容の変容に関し、「介護保険対象年齢となった後でも、従来から受けていた支援を原則として継続して受けることができるものとする」という骨格提言の指摘については、現行制度の下でも、65歳を越えても従来から受けていた支援を引き続き受けられるはずである。が、現実には多くの市町村でそのような取扱いにはなっていない。次に、2.利用者負担については、今般の法改正で介護保険優先原則が維持されたことに対し、65歳を越えた途端、1割負担が発生するのでは、応益負担制度を廃止すべきとした基本合意文書に反するとの批判がある。

このように、基本合意文書及び骨格提言は、今でも、高齢の障害者の分野においても到底実現したとはいえない。

今後も、さらなる制度の見直しがされていくであろうが、そこでは基本合意文書及び骨格提言の趣旨を実現するという観点が不可欠である。

(ながおかけんたろう 弁護士)