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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年5月号

耳が聞こえなくても旅はできる

片桐幸一

1980年代の海外旅行時代の幕開けから、旅のカタチは個人旅行、シニア旅行、オンライン予約、インバウンド旅行など、ニーズに応じてさまざまに多様化してまいりました。H・I・S・ユニバーサルツーリズムデスクは2002年に、障害があるお客様の旅行を専門に取り扱う旅行デスクとして創立。以後、車いすをご利用のお客様向けに介護資格や看護師の資格を持つ添乗員同行オリジナルツアーやハワイでのリフト付き車両手配の他、聴覚障害があるお客様を対象に、手話対応での旅行相談や手話対応添乗員が同行する募集型オリジナルツアー『しゅわ旅なかま』などさまざまな旅のカタチをお客様にご案内しています。

当デスクがご案内するツアー企画のほとんどが、聴覚障害があるお客様の声から生まれたものです。「現地ツアーガイドの話す内容が分からない」、「他の旅行会社からツアー参加申込みを断られた」など、お客様のニーズから生まれた『手話対応添乗員が同行する“しゅわ旅なかま”』もその1つです。現地の情報を添乗員が手話でご案内するだけでなく、あらかじめ出発前に旅のしおりとして書面でもご案内。移動中の車窓観光も、ガイドの説明を聞きながら窓の外を眺めるのではなく、1.添乗員による手話での観光案内を見るのか、2.観光スポットを見るのかと、情報を聞くのではなく“見る”聴覚障害者にとってはどちらを選べば良いのか難しいところです。こういった課題をクリアするために、現地ガイドの説明内容はあらかじめ出発前に書面でご案内。ツアー中は思う存分に感動を目に焼き付けていただきたいと思います。

また、同じ聴覚障害者同士だからこそ、旅の中で得られる感動や驚きを共感し合えるのもこのツアーの魅力の1つです。ツアー中に出会った仲間はこうして新しいつながりを生み、また新しいツアーに一緒に参加する仲間となって、旅の輪が広がっていきます。

他の店舗で初めての海外旅行を相談された、とある聴覚障害があるお客様。当デスクを紹介されて、旅行の希望条件をあらかじめ書いたメモ用紙を持ってご来店。手話対応ができるスタッフがいると分かると、パァッと笑顔になり、オーストラリア、アフリカ、カナダ…行きたい所を次々と手話で伝えてきます。1人で参加する場合にかかる“1人部屋追加代金”も相部屋で構わないから、という、お客様の熱意で始めた「相部屋制度」。いつの間にか、数多くのお一人様がご利用いただくようになりました。

現在、このお客様は年に3回もご利用いただく“しゅわ旅なかま”のリピーターで、アルゼンチン・パタゴニアにある氷河の上でかき氷を作ったり、南アフリカの喜望峰やチベット遊覧飛行を楽しむほど、コアなトラベラーになりました。

こうして今まで知らなかった世界、知らない仲間との出会い、旅への一歩がお客様自身の自立を促し、お客様の中には従来のツアーに対してもっと改善してほしい、もっとこんな企画があればと、積極的に相談に来られるお客様もいらっしゃいます。担当スタッフの私自身も聴覚障害がありますが「食事中は、ナイフやフォークを置いて手話で会話をするから、その分、食事の時間を長くしてほしい」というお客様のご指摘は、自分でも気付かないツアー中の盲点や改善点として大変勉強になりました。

聴覚障害があるお客様にとって、より良いツアー・企画とは何かを考えるとき、お客様当事者の声は必要不可欠です。だからこそ、私たちはお客様の声をきちんとすくいあげること、お客様の声をカタチにすることは大切にしています。この繰り返しを経て、より新しく、より良いツアー・企画を生み出すものだと私たちは信じています。

2016年4月に施行された障害者差別解消法の施行から1年を過ぎましたが、障害があるお客様に添った旅のカタチはまだまだ十分に形成されているとは言えません。障害があるお客様が安心してお申し込みができる店舗づくりから始まり、安心して旅をお楽しみいただくためのサポート体制を、お客様の声を的確に反映しつつ改善していく必要があります。

また一方で、旅行会社が求められるニーズも時代とともに大きく変わりつつあります。旅に出て楽しむだけでなく、1.社会貢献、2.障害があるお客様自身の自立を促す、3.地域福祉の活性化や現地の障害者福祉を活性化する等、旅を終えた後にも繋(つな)げられるような、より専門性の高い企画造成が必要です。

私はこれから先も変わらず、常にお客様の声に目を向けていきたいと思います。

(かたぎりこういち H・I・S・ユニバーサルツーリズムデスク)