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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年5月号

旅行におけるトラブルを楽しむ!?

指田忠司

私は仕事柄海外の施設を訪問したり、会議に出席したりする機会が多い。これまでに、欧米諸国のほか、東南アジア、アフリカ、南米など22か国を訪問している。

全盲の私が安全に旅行するには、目の見える方と一緒に出掛けるのが望ましい。しかし日程や経済的制約もあって、単独で出掛ける場合も多い。単独の場合には、予(あらかじ)め航空会社や、訪問先施設に移動面での支援を依頼している。ただ、突発的な事態の変化には必ずしも十分な対応は難しい。本稿では、私が体験した航空機や鉄道の利用に伴うトラブルなどについて紹介してみたい。

2008年12月、私はロンドンで開かれるWBU(世界盲人連合)の本部役員会に出席するため成田空港に向かった。この時は単独で行くことにしていたため、英国航空の直行便でロンドンに行く予定で、事前に現地の施設と連絡をとって、空港での迎えを頼んでおいた。

しかし成田空港に着いてみると、機体故障のため予定の便が欠航になるというアナウンス。しばらく待っていると、アリタリア航空の振り替え便に搭乗するようにとの指示が出た。この便でロンドンに行くには、ミラノで乗り換えなければならず、到着が5時間以上送れるという。訪問先施設に電話しても、真夜中で連絡がつかないため、航空会社のスタッフに施設への連絡を任せて、指示通りの便に乗った。

ミラノでは約3時間の待ち合わせ。イタリア語がしゃべれないため、英語だけで最低限の用事を済ませた。そして、ロンドン行きに無事乗り換えて、ヒースロー空港に着くと、航空会社のスタッフが日本語で話しかけてきた。予想もしない歓迎(?)に人心地着いた気分。この女性は東京の田端付近に住んで、日本語学校に通っていたという。しかし、到着が夜中になったため、私をタクシー乗り場の列に並ばせると、すぐに「Sayonara」と言って帰ってしまった。ヒースロー空港の外のタクシー乗り場は冷え込んでおり、夜中では銀行も閉まっていて両替もできないため、手持ちのポンド紙幣でタクシー代が払えるか不安で心細かった。

幸い、数台待ってタクシーでロンドン市内のホテルに向かった。代金は50ポンド。手持ち現金を使い果たして何とか支払った。ところが、ホテルに入ってみると、部屋の窓がきちんと閉まらず、冷たい風が吹き込んでくるし、外では夜中というのに若者が騒いでいる始末。翌朝8時から会議が始まるというのに、これでは眠れそうもない。

そこで、フロントに電話して、バーに降りて行った。バーには食べ物は無かったが、アップルサイダーならあるという。これを一瓶買って、アルコール分を入れて眠ることにした。朝、自宅を出てから30時間、気の休まらない長い1日であった。

搭乗便の変更とは別に、比較的多いのが出発時間の遅延である。

2008年5月、北京で開かれたWBUAP(世界盲人連合アジア太平洋地域協議会)マッサージ・セミナーに参加するため、日本代表団一行は成田空港で日航機に乗り込んだ。ところが、何時間経ってもなかなか出発しない。どうやら、北京の空港上空で雷雨が発生し、着陸制限があるという。結局8時間待ってから、運行スタッフをすべて入れ替えてようやく出発した。到着は夜11時。でも、しっかり現地のホスト団体の方が待っていて、すぐにホテルに送ってくれた。一部の人は待ち時間にビールを飲みすぎてすっかり酔ってしまったようだ。

もう一つ、鉄道利用をめぐる面白い体験を紹介したい。

1992年11月、私はベルギーのオースチンから英国のドーバーにジェットホイルで渡った。1987年にもドーバー海峡を渡ったが、その時はフェリーの夜行便で5時間もかかった。ジェットホイルでは約1時間ほどで海峡を渡り、すぐにロンドン行きの列車に乗り継げるはずだった。ところが、船着場で英国への入国手続きに手間取っているうちに列車が出発してしまったのである。途方にくれて、偶然、無人列車が停っているホームで次の列車の発車時刻を駅員に尋ねると、「この列車はロンドンまでの回送列車です。ゴミ箱など掃除ができていないが、よければ乗ってもかまいませんよ」との返事。これは面白い、とその言葉にしたがって列車に乗り込んだ。途中、ノンストップで、しかも通常の列車が通らないバイパスを使ったため、乗りそこなった列車よりも20分も早くキングズクロス駅に到着した。生真面目な日本の駅員なら、決して回送列車への乗車は許可しないだろう。列車に乗り遅れた可哀想(かわいそう)な視覚障害者とその妻をみて、同情してくれたにしても、予想外の心憎い、有難い対応だった。

海外旅行に出ると、突発的なトラブルや思いがけない体験はつきものだ。これらに一喜一憂していては身がもたない。予定通りにいくことがむしろ稀(まれ)である。命にかかわらない限り、すべてを許し、おおらかな気持ちで事態に対処し、トラブルを楽しむくらいの胆力を備えたいものである。

(さしだちゅうじ 障害者職業総合センター)