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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年6月号

国際的障害者組織とSDGs
―国際障害同盟の取り組み

長瀬修

障害分野におけるSDGsの重要性

昨年、障害者権利委員会の選挙に立候補した石川准(静岡県立大学教授)の国連本部での選挙活動に同行した際に、石川が触れると面談の相手である各国の外交官からの手ごたえを感じる機会が多かったテーマの一つはSDGs(持続可能な開発目標)であった。「自分が選出されたら障害者権利条約のモニタリングにおいて、SDGsを重視する」と石川が述べると、身を乗り出す外交官は多かった。環境や開発分野だけでなく、障害をはじめとする人権分野においてもSDGsを含む2030開発アジェンダへの国際社会の関心は高い(注)

障害分野においても障害者権利条約(以下、条約)とSDGsは車輪の両輪のような関係になりつつある。2015年にSDGsが採択されてからは、条約の総括所見においてSDGsへの言及が多くみられるようになっている。私も日本障害フォーラム(JDF)の傍聴団の一員として、2017年5月のジュネーブでの建設的対話を観察する機会があったカナダへの総括所見(CRPD/C/CAN/CO/1)を見ると、7つの条文に関して、関連するSDGsの目標への言及がある。

具体的には、平等・無差別に関する第5条(目標10:不平等の解消)、女性障害者に関する第6条(目標5:ジェンダー)、アクセシビリティに関する第9条(目標9:インフラ、目標11:都市と人間の居住地)、教育に関する第24条(目標4:教育)、労働・雇用に関する第27条(目標8:経済成長と雇用)、生活水準・社会保障に関する第28条(目標1:貧困撲滅)、国際協力に関する第32条(全目標)である。

現在まで、全般的に日本においてSDGsへの関心は低いままであり、障害分野においてもその傾向は同様である。しかし、2020年前後に想定される日本の審査においても、カナダと同様にSDGsとの関連で勧告を受ける可能性は非常に高い。

国際障害同盟(IDA)

こうしたSDGsの重要性を国際的な障害者組織のネットワークであるIDA(国際障害同盟)はどのようにとらえているのだろうか。

IDAは1999年に結成され、現在の正会員組織は14である。8つの国際組織:ダウン症インターナショナル、国際育成会連盟、国際難聴者連盟、国際二分脊椎水頭症連盟、世界盲人連合、世界盲ろう者連盟、世界ろう者連盟、世界精神医療ユーザー・サバイバーネットワーク、そして6つの地域組織:アフリカ障害フォーラム、アラブ障害者機構、アセアン障害フォーラム、ヨーロッパ障害フォーラム、太平洋障害フォーラム、ラテンアメリカ障害者団体ネットワークから構成されている。また、オブザーバーとして認知症国際同盟が加わっている。創設組織の一つである障害者インターナショナル(DPI)が依然として脱退状態にあるが、障害種別や地域的広がりという点で多様性に満ちたネットワークとなっている。

1999年に発足し、条約の交渉過程で大きな役割を果たしたIDAは、当然ながら条約の推進を「根本理念」であるとしている(IDAのHP)。しかし、近年は条約に優るとも劣らない重要性をSDGsに置いている。IDAはニューヨークの事務局を中心に、障害者の課題がSDGsに盛り込まれるように、ロビー活動を積極的に行い、SDGsに障害の課題が多く盛り込まれるという大きな成果を挙げた。そして現在は、条約とSDGsの実施のリンクに積極的に取り組んでいる。

以下、具体的なIDAの取り組みを紹介する。

SDGsと条約

SDGsと条約の関係に関して、IDAは国際障害と開発コンソーシアム(IDDC)とともに「2030開発アジェンダ:障害者向け入門ツールキット」と「2030開発アジェンダ:障害者向け総合ガイド」を作成した。IDDCはCBMやハンディキャップインターナショナルをはじめとする障害と開発に取り組むNGOや障害者組織の連合体であり、26の会員組織から構成されている。

入門ツールキットは1.2020開発アジェンダとは何か、2.2030開発アジェンダと障害者、3.SDGsとは何か、4.SDGsと障害者のインクルージョン、5.SDGsと条約、6.障害者のSDGsへの関与、7.世界レベルでの障害者の役割、という7つのパートからなる56枚のスライドである。総合ガイドは詳細な説明であり、17の目標それぞれと条約がどのような関係にあるかも具体的に示す90枚のスライドである。

こうした教材も活用しながら、IDAとIDDCが条約(CRPD)とSDGsのリンクを障害者に浸透させるために取り組んでいるのが、「ブリッジCRPD=SDGs研修」(以下、ブリッジ)である。これは、障害者の人権を開発と結びつけるための集中的な研修プログラムである。

ブリッジは地域ごとに開催されている。アジアでは東南アジアを対象に、2015年9月29日から10月7日までタイのバンコクで第1モジュールが開催された。参加したのはカンボジア、ラオス、ミャンマー、タイ、ベトナム、インドネシア、中国、インド、パキスタンの障害者リーダーである。私もファシリテーターの1人として参加した。

特に注目されたのは、ブリッジに初めて知的障害者が参加したことである。タイとミャンマーからそれぞれ知的障害女性2人ずつが積極的に参加した(1人は学校に通う機会を奪われ、読み書きができない)。こうした研修に知的障害者が参加することに慣れていない多くの障害者リーダーにとっては新鮮な経験となった。疲労が見える小柄な知的障害女性を気遣って、他の障害リーダーが声をかけた時に、彼女たちは「私たちは疲れています。でも、参加して、皆さんと交流して、もっと学びたいのです」と答えた。それはまさに、人権と開発両方の分野で阻害されてきた知的障害者の主体性が示された一瞬だった。研修のリーダーを務めたIDAのスタッフからも、「とても大きな瞬間だった」という感想が出たほどである。2016年3月に開催された第2モジュールでは、国際育成会連盟の本人理事がファシリテーターを務めた。

ブリッジへの知的障害者の参加を促進するためにもIDAとIDDCが作成したのが「分かりやすいアジェンダ2030:SDGs」である。たとえば、目標5は「女性と女の子に力を与え、女性と女の子が平等になるようにしなさい」という表現になっている。

ハイレベル政治フォーラム(HLPF)

SDGsのフォローアップとレビューのために毎年、国連本部で開催されるのがHLPFである。SDGs採択後、初めて開催された昨年7月のHLPFでは、早速22か国が自主的レビューを行なった。条約の審査も「レビュー」(review)だが、条約とは異なり拘束力のないSDGsの場合は、希望する国のあくまで「自主的」なレビューとなる。だからこそ、冒頭で触れたように、条約の審査においてSDGsを重視することが決定的に重要となっているのである。

IDAは、昨年のHLPFで大きな存在感を随所で示していた。「HLPFの自主的レビューへの障害者の貢献」に関するサイドイベントなど、複数のサイドイベントを開催したほか、コリン・アレンIDA議長(世界ろう者連盟会長)ほか、リーダーたちがさまざまな場面で積極的に発言するのを目にした。SDGsの実施過程で大きな役割を果たす市民社会グループとして認知された障害者ステークホルダーグループでもIDAは中心的な役割を果たしている。

本稿では触れる余裕がなかった重要なテーマであるSDGsの指標を含め、IDAのSDGsに関する広範な取り組みに関心のある方は、英文ではあるが、IDAのSDGsウェブサイトhttp://www.internationaldisabilityalliance.org/sdgを訪れていただきたい。

(敬称略)

(ながせおさむ 立命館大学生存学研究センター教授、前国際育成会連盟アジア太平洋地域代表)


(注)本来ならば2030開発アジェンダと表現すべきところも煩雑さを避け、分かりやすさを優先して、SDGsと記すことをご了解いただきたい。SDGsは2030開発アジェンダの一部である。

参考資料

International Disability Alliance (IDA)
http://www.internationaldisabilityalliance.org/

**本研究はJSPS科研費「障害者の権利条約の実施過程に関する研究」(25380717)の助成を受けた。記して謝す。