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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年6月号

1000字提言

僕たちは、阿弥陀さまに提出する卒業論文を書いてるんだよ

今中博之

誰かに教わったわけではないが、他者の目を「すり抜け」ることを、子どものころから心得ていた。「あの子、歩き方が変だよ」「なんで、あんなに小さいの」「見ちゃダメ」そんな親子の会話を、私は聞こえない振りをして「すり抜け」ようとした。

みんなと同じように走ったり、飛んだりできるようにリハビリもした。しかしいつしか、みんなと同じではない現実を知り、リハビリを投げ出した。「すり抜け」ることも諦(あきら)めた。最愛のお婆ちゃんは、そんな私に、「あんたには、この世に生まれた〈お役目〉があるんどす」とかんで含めてくれた。「すり抜ける」のではなく、他者の目を釘付けにする「わたしとは、何か」との向き合い方を教えてくれたのだ。

あれから30年近く経って、私は企業のデザイナーから転身し、「アトリエ インカーブ」(以下、インカーブ)を立ち上げた。インカーブは、社会福祉法人素王会のアートスタジオとして2002年に設立された。18歳以上の、知的に障がいのある現代アーティストたちの創作活動の環境を整え、彼らが作家として独立することを支援している。

わが国では、「障がいのあるアーティスト」というだけで、さまざまなスティグマが付与される。彼らが作り出す作品は、障がい者アートにカテゴライズされ、その作品の多くは、バザーという市場でやり取りされてきた。

しかし近時、そのことに対して抗弁するアーティストや支援者が増えつつある。多様性を認める/認めたい、そう願う民意の現れではないだろうか。

一方で、彼らのアーティストとしての「お役目」を認める/認めたい、というところまでには至っていない。誤解のないように断っておくが、すべての障がい者がアーティストの能力を備えている訳ではない。お役目は一様ではないのだ。

比叡山延暦寺の千日回峰業を二度満行した天台宗の僧侶・酒井雄さんは、「僕たちは、阿弥陀さまに提出する卒業論文を書いてるんだよ。それを出さなきゃ死ねないってことになってるんだ」(1)と面授で聞かせていただいた。

卒業論文は、研究した結果を記したものである。研究は、「問いに対する答え」であり、良い研究は「その問い」の質に依拠している。卒業論文の上段には、名前や学生番号を。中段の研究テーマの欄には「わたしのお役目」を。下段には「わたしの提出期限」を書くのだろう。万事滞りなく完成すれば、阿弥陀さまに提出するためにお浄土に還るという運びだ。

わたしに与えられた研究テーマという「お役目」は、わたしだけのものである。他者の目を「すり抜ける」必要などない。


(1)酒井雄・村木厚子著『自分の「ものさし」で生きなさい』(2014年)。日経BP社の取材に同行したときの筆者のメモより。


【プロフィール】
いまなかひろし。1963年生まれ。先天性下肢障がい。社会福祉法人素王会 理事長。アトリエ インカーブ クリエイティブディレクター。2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会エンブレム委員、同委員会文化・教育委員。厚生労働省、文化庁構成員等。賞歴:Gマーク・通産大臣賞等。著書:『観点変更』等。