「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年6月号
ワールドナウ
ALS/MNDの国際同盟会議に参加して
伊藤史人
はじめに
2016年12月4・5日、アイルランドの首都ダブリンにて、第24回ALS/MND国際連盟会議(International Alliance of ALS/MND Associations 24th Annual Meeting)が行われました。世界中のALSやMNDの患者会が集まる国際会議です。日本からは日本ALS協会理事の川口有美子さんをはじめ、ALS患者1人とそのヘルパーさんなど総勢10人で参加しました。
1 ALS患者、呼吸器を着けて海外へ
ダブリンへは日本からの直行便がありません。乗り継ぎのある過酷なフライト。まして呼吸器を装着したALS患者さんではなおさらでしょう。今回参加したALS患者は、日本ALS協会会長の岡部宏生さん。人工呼吸器を常時利用しており、当然ながら全介助です。岡部さんのケアに慣れた重度訪問介護のヘルパーが4人つき、約1週間の海外出張をこなしました。移動介助はもちろん、口文字を利用したコミュニケーションや会食時の即席ミキサー食に至るまで、実に鮮やかな連携ケア。ヘルパー間でもめること無く、海外での活動をフルサポートしていました。
2 第24回ALS/MND国際同盟会議
1.参加国
28の国や地域から100人を超える参加者がありました。アメリカが一番多く、次にイギリス。注目すべきは、極東日本からの10人。アジア代表として存在感を示したと言えるでしょう。一方で、1人ながらも果敢に参加している国も。ALSなどはやはり過酷な病気です。それぞれの国から使命感に燃えた方の参加があるのでしょう。
2日間の会議では、主に次のテーマで発表及び議論されていました。
- ALS患者やそのヘルパー(PALS/CALS)からの発表
- 患者会のパートナーシップとコラボレーション
- 研究と科学/最新の治療事情
- 多職種連携
- 投資ファンドとガバナンス
日本では、患者会の中で投資ファンドの話が出るのは珍しいとは思いますが、欧米の患者会からは堂々とこれらの話が出てきました。特にファンドレイジング(資金調達)の話は大変な盛り上がりをみせました。
3 各国報告のハイライト
各国及び組織から多様な発表がありましたが、ここでは紙面が限られているためいくつかに絞ってお伝えします。
1.日本
岡部さんが「Beyond Awareness Gaps」の題目で、安達佳奈さん(当時、一橋大学大学院生)による代読と柏原絵美さん(ヘルパー/映像作家)制作の同タイトルの映像にて発表しました。映像には岡部さんの日常がびっしり。多くの患者さんにとって当たり前になるべきだけど、なかなか実現できない「ありふれた」日常が詰め込まれていました。代読では、患者自身がヘルパーを育てて雇用する「さくらモデル」や、学生の活用によるヘルパー不足解消策についても触れられました。この時の模様は、筆者のブログにて発表原稿とともに動画付きで取り上げています(ポランの広場:http://www.poran.net/ito/archives/5203)。
2.イスラエル
イスラエルは人口や面積などは小規模ですが、テクノロジーの発達した国です。患者会は当初資金難に見舞われたそうですが、携帯電話会社とのパートナーシップにより資金的な基盤が確立。政府への働きかけにより、国内のすべてのALS患者約600人に数千ドル相当のコミュニケーション支援装置(視線入力装置等)を配布しました。ただし、死亡したら国へ返却し、きちんと使わない人からは回収するなど、実に合理的な仕組みで運用。
3.ロシア
もっとも印象的だった言葉は「私たちの国は大変広いので~」。そのため、患者の把握がもっとも困難だといいます。政府は積極的な対応をしてくれないため財団の設立を模索中。会議への参加者は2人であり、孤軍奮闘が見て取れました。
4.オーストラリア
ネットを通じたヘルパー等のオンライン教育プログラムを積極的に実施しています。ロシアと同様に広い国土なので、ネットをうまく使って専門家を育成しているのが特徴的です。
5.南アフリカ
いまだにアパルトヘイトの影響が残っている南アフリカ。ALSへの偏見や差別があり、患者は人前に出たがらない傾向があるといいます。ヘルパーは主に20歳以下の子ども(ヤングケアラー)が担当することが多く、教育の機会を逸しているだけでなく、ケアの訓練もなく現場に立つ例が多いようです。驚くべきは、ケアラーの中には親をHIVで亡くした遺児が少なくないということです。
参加国と参加人数
国 | 人数 |
---|---|
アメリカ | 26 |
イギリス | 22 |
日本 | 10 |
スペイン | 6 |
イスラエル | 5 |
オーストラリア | 5 |
カナダ | 4 |
台湾 | 3 |
ブラジル | 3 |
アイスランド | 3 |
中国 | 3 |
ベルギー | 2 |
アルゼンチン | 2 |
スイス | 2 |
ロシア | 2 |
マレーシア | 1 |
キューバ | 1 |
コロンビア | 1 |
モンゴル | 1 |
デンマーク | 1 |
フランス | 1 |
セルビア・モンテネグロ | 1 |
オランダ | 1 |
イタリア | 1 |
ボスニア | 1 |
ニュージーランド | 1 |
ドイツ | 1 |
アイルランド | 1 |
4 アドボカシーとファンドレイジング
どの国も希少疾患の患者会を維持するのは苦労しています。実際に患者を支援するには、医療的ケアを担当する専門家や日々の生活を支えるヘルパーの育成が課題となります。患者会だけの力では不足するので、財団の設立・政府へのロビー活動やアドボカシー(政府提言)などで問題解決を試みています。
そして、活動の継続には資金が欠かせません。日本では寄付や会費が財源の多くを占めますが、欧米では積極的なファンドレイジングで調達。たとえば、オランダのALS財団では、ベンチャーキャピタルファンドを使って投資ファンドを運用しています。組織には金融の専門家も加わり、会社顔負けの組織体系で動いているようでした。
5 ALS患者のコミュニケーション支援
コミュニケーション支援については、どの国でも大きな関心事です。たいていの国で支援機器を貸し出したり、政府に支給を促したりしています。スコットランドでは、当然の権利として、1か月でコミュニケーション機器の支給を法制化しました。一方で、制度の不備や貧困から何の手当もされない国もあり、今度の動向が気になりました。
さて、岡部さんとヘルパーさんによる口文字は、参加者の注目の的でした。日本でもまだ珍しい技法であり、海外ではなおさらです。楽しく「会話」する日本チームの姿は、会場のみなさんにはどう映ったのでしょうか。
おわりに
友達のようでいてプロのケアを提供する日本のヘルパーさん。他の国からもALS患者とヘルパーさんの参加はありましたが、仲良くしている姿は皆無。あくまでも雇用関係なのでしょう。その点、日本のケアチームはとてもフレンドリー。一方で、資金調達や組織づくりに関しては、欧米の患者会は実に合理的。双方のいいところをミックスすれば、きっとよりよりよい生活環境が実現できることでしょう。
※謝辞
会議の内容については、安達佳奈さん(NPO法人ALS/MNDサポートセンターさくら会事務局・研究事業部)の議事録を参考にいたしました。この場を借りて感謝申し上げます。
(いとうふみひと 島根大学総合理工学研究科)