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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年6月号

列島縦断ネットワーキング【東京】

災害時、自らの身を守るために…
知的障害・発達障害児童生徒に向けた防災教育用アプリの開発

川口吾妻

活動の経緯

先日、地震調査研究推進本部より全国地震動予測地図2017年版が公表されました。大規模地震発生の確率を示す地図では、日本列島が真っ赤に塗られ、直下型地震に対する備えは喫緊の課題と改めて思い知らされます。

現状では、災害弱者(視・聴覚障害、肢体障害、高齢者、入院患者、乳幼児、妊産婦、外国人旅行者等)への大規模災害に対する対策は十分とは言えません。なかでも知的障害、発達障害の児童生徒にとっては、「災害」ということがら自体の理解が困難で、周囲の障害に対する理解も十分とは言えません。特に発達障害の子どもは、環境の変化に弱く、強いこだわりがあり、相手の気持ちや意図を読み取ることや、自分の気持ちをうまく伝えることが苦手です。先の東日本大震災、熊本地震では、ご家族を含め過酷な状況下にあったことが報告されています。

女子美術大学では、「障害への理解促進」、「心のバリアフリー」、「ICTを活用した障害者支援」、「インクルーシブ教育」をキーワードに「芸術」で障害児者を支援する取り組みに力を入れています。平成26年度から文部科学省から研究開発の委託を受け、主に特別支援学校やご自宅で、防災について学び、災害時には、障害児童生徒自ら自分を守るためのアプリの開発を行なってまいりました。

障害児療育用アプリ「たっちゃんのコネク島」

開発チームは、15年ほど前から、タッチパネルを使った障害児療育用アプリの開発を行なっていました。就学前の子ども向けに外への興味を引き出す「たっちゃんのコネク島」というアプリを開発。現在は、タッチパネルに替わってタブレットで無料でお使いいただくことが可能です。

福祉・教育・防災分野の専門家との連携

今回、発達障害や知的障害の児童生徒向けの防災教育と周囲とのコミュニケーションを促すためのアプリを開発しました。

アプリの企画には、発達療育の専門家、臨床心理が専門の大学教授、デザインの専門家による開発チームを組織し、全国の特別支援学校の先生や教育委員会、全国特別支援学校知的障害教育校PTA連合会にもご協力をいただき、防災教育用アプリの開発を行いました。特別支援学校の先生に直接ニーズや要望を伺い、試作段階では、現場の立場から評価をしていただきました。

親しみやすく、楽しく防災を学ぶことができるのが特長です。防災教育というと硬いイメージですが、制作したコンテンツは、優しい配色や綺麗(きれい)なイラストが特徴です。ビジュアルはデザイン担当の教員や女子美生、OGに制作していただきました。

パステルハート・プロジェクト

私たちチームは、芸術とICTで発達障害や知的障害児者を支援する活動を「パステルハート・プロジェクト」と命名しました。シンボルマークは、多様な個性が集まってハートの形を作るイメージを表しています。マークは障害者に対する支援機器であることを明示します。災害時に支援者がマーク付きのバンダナやバッジを着用し、発達障害、知的障害の児童生徒を支援することのできるスタッフであることを明示するなど、発達障害・知的障害支援のためのシンボルマークとして活用していただきたいとの思いからデザインしました。

アプリ紹介

主に、自閉症などの発達障害や知的障害のある児童生徒を対象とし、学校や家庭、地域で活用できる防災教育用ツール、ならびに災害時に保護者、支援者らとのコミュニケーションをサポートするツールとして活用できるアプリをご紹介します。

1.防災教育用アプリ『スキナのセレク島』シリーズ

防災教育用iPadアプリとして開発し、いずれも無料でご利用いただけます。キーワードは「好きなのSelect」。一人ひとり、障害の程度や関心、地域の特性に配慮してセレクト、カスタマイズできるのが特徴です。

(1)災害時のいざに備える学習ツール「まるばつクイズメーカー」

地震発生時にとるべき行動を◯×クイズで答えるアプリです。クイズをタブレットだけで作成でき、教材制作の負担を軽減します。タブレットで撮影した写真や動画も活用することが可能なので、工夫次第で児童生徒の興味や集中力を高め、理解度を高めるコンテンツ制作が可能です。インターネットから順次登録されるコンテンツをダウンロードできるほか、PCを介して学校の複数のiPadでクイズデータの共有が可能です。

(2)「すききらいカメラ」

自分が思っていることを他の人に伝えることが苦手な子どもたちに「私はこれが好き」「これが苦手」と写真で伝えるアプリです。写真や動画を撮りながら「すき・きらい・わからない」とタグ付けして、発災時には、周囲の人に撮った写真を見てもらえば、好きなこと、嫌いなことをわかってもらえます。

(3)「バウンドボックス」

避難所等で気持ちを安定させるアプリです。終わりなく楽しめ、「学習モード」では、防災知識を学ぶことができます。遊び続けてしまうお子様には、一定時間でアプリが終了するタイマー機能があります。写真や絵を使って学習アプリや、お友達紹介のコンテンツなど、みんなで楽しめるアプリを作ることができます。

2.子どもの居場所を特定できるアプリ『チップス』

障害児童生徒と保護者とのコミュニケーション・ツールです。子ども用はスマホやAndroidスマートウォッチフォンを持ち、保護者のiPhoneで子どもの状況確認を行うことができます。大震災での教訓から、緊急時や災害時に子どもの位置・動きの情報を把握。避難に関する指示やメッセージを発信することができ、平常時は、意思表示機能やメッセージ送信機能で保護者とのコミュニケーションをサポートするアプリです。避難場所の複数の候補を表示し、順位付けしながら距離と方向、高度差の情報を表示します。

インクルーシブと防災教育

災害時、避難所等では、障害児者に対して障害に応じた配慮や一人ひとり異なる個性の理解、そのためのコミュニケーションが大切です。家庭では、個別的な障害に応じた防災について準備し、障害児童生徒が自ら命を守ろうとする気持ちを育むためのアプリとして。一方、災害時は、周囲の支援者がアプリを活用することによって、個々の児童生徒の障害について正しく理解する手助けとなります。

今後、アプリ活用による防災教育、特別支援学校でのタブレット活用促進のため、ICT活用研修会を開催するなど普及活動を進め、「障害者インクルーシブ防災」や「心のバリアフリー」について考え、障害児者支援の活動を進めていきたいと考えています。

(かわぐちあづま 女子美術大学芸術学部アート・デザイン表現学科教授)