音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2018年1月号

列島縦断ネットワーキング【岩手】

被災経験を安心と優しさを込めた形へ
もしも…に備える新しい災害備蓄品「逃げた先にある安心。もしもの備え」

吉田富美子

2011年3月11日14時46分に東日本大震災が起きた日の夜、雪が降る寒さ、地震や津波でさまざまなものを失った地獄絵図のような街。緊張感と悲壮感いっぱいの避難所という空間の中に多くの人が命からがら、着の身着のまま身を寄せていました。

「避難物資を配布します」とおにぎりの列に並び、水の列に並ぶ。受け取るまでに長時間。缶詰が配られても缶切りが無い、カップ麺が配られてもお湯が無い。「1家族1個でお願いします」という物も…障害児は並んで待っていられず、もらえない。「体育館は運動する場所」と学校で学んでいる雑魚寝の避難所で走って、ジャンプ!「うるさい。静かにさせろ!」と怒鳴られ、「すみません。ごめんなさい」と隅へ押し込み、毛布をかぶせる…。

物資を配っているボランティアさんもご家族の安否が分からないなか、町内会役員だったからと駆り出されている…、朝・昼・夕・その他連絡係と一日中世話役。目にするだけで、辛く切ない思いをする避難所生活を体験した私たち家族。

「なぜ“1人一式”というキットのようなものが無いのだろう?」、「これがあなたの分です」「何人分要りますか?はい、どうぞ」と渡せればどんなに待ち時間や手間、ボランティアの数が減らせたのだろう?と疑問が生まれた。そして、冷たいおにぎりではなく、日常当たり前の「温かいご飯」が 口にできたら、どんなに非日常的な現実から気分的回避ができたのだろう、温もりの癒やしがあったのだろう…、こんな気持ちが商品開発に取り組むきっかけでした。

災害備蓄品、防災バッグ(リュック)など世の中には何百種類と発売されているのに、避難所には見当たらない。お年寄りには大きく重いのです。災害時はお隣さんと手をつないで、孫の手を引いて、避難所へ…となるのが現実です。

“地域防災”という概念が普及しているなか、なぜ災害備蓄品は「持って逃げる」数日間サバイバルするようなキットなのでしょうか?まずは、安全な場所へ、数日すればさまざまな支援の手が差し伸べられます。「それまでの1食・2食をどう繋(つな)ぎしのぐか…」。

“持って逃げるではなく、逃げた先にある安心”という地域防災の形は作れないのか?避難所や各家庭に1食・2食を自分のため、逃げ込んで来た人のために備えるような災害備蓄品という形は作れないものか?と、所長と私で企画・制作を始めました。

商品の中身は、「こめ」=陸前高田市の復興ブランド米「たかたのゆめ」を使ったアルファ化米(炊飯したお米を乾燥させたもの)、「しお」=野田村の天然塩を使い、塩分の補給+食べやすく味付、「ねつ」=火を使わずに蒸気を発生し、ご飯やほ乳瓶、レトルト食品などを温められるヒートパック、「さじ」=食べるためのスプーン、そして「みず」=世界遺産白神山地の保存水。食物アレルギーなどのことも考え、生きるための必要最低限の5つのアイテムを5年保存可能な形で揃えることにしました。

着の身着のまま逃げ込んだ避難所では、財布や箸、コップや歯ブラシをしまう場所にも困った経験から“避難時のマイバッグ”として二次利用できるようにした「取っ手型」のデザインもこだわりの一つです。

こういったパッケージは、印刷が主たるお仕事の北上市の福祉作業所へ応援依頼。心を落ち着かせる色である“青”を基調色としたデザインをご提案いただきました。また、“少しでも小さくしてたくさんの備蓄ができるようにしたい”という行政や企業様の要望もあるであろう…ということで「コンパクトBOX型」もラインアップし、“TOHOKU Kit”として販売体制を整えることにしました。

商品開発にはしっかりしたさまざまな“思い”がありますが、災害備蓄品はパンやクッキーなど日常消費するような物ではありません。商品化する意味はあるのか?“思い”が共感、理解を得られるものでなければ、お客様に商品の魅力を感じていただけないはず。恩や義理で買っていただく商品はリピートされにくい。復興支援ではなく、被災者の経験を次の防災や対策へ活かしていきたい…という試験・評価の意味も兼ね「審査員の心へ響かなければ商品化してもお客様の心にも響かないだろう」と「グッドデザイン賞2017」へエントリーしました。

一次審査通過で驚き、二次審査通過=受賞が決まった時には泣き崩れました。「思いが届いた…」そして、「障害者作業所が企画し、形にするものでも魅力的な商品が作れる…」という喜びでいっぱいでした。

しかし、喜びと感動だけでは、作業所で頑張る利用者さんの工賃にはつながりません。また、行政・企業・学校等の数あるニーズに応える商品とならなければなりません。手に取って「買おう」と思った時に「賞味期限が3年?、これって5年保存の商品じゃないの?」とならないようにしたい。廃棄や無駄をなくしたい。ということで、年3回(3月11日、7月、11月を予定)の予約販売を基本としました。

手にとって商品を見ることができない。「いいなぁ」と思った時に購入できない。というのはお客様を逃してしまうこともあるかもしれませんが、防災訓練や数年に1回の入替で消費すること、備蓄品は予算を確保しながら整備していただくことが多いであろうと考え、計画的な購入を自治体・企業・学校・町内会などと連携したい、それならば作業所も生産計画が立てやすいのではないかと考えました。できるだけ使われる機会がない方が良い備蓄品であるけれど、「経験と思い」のある商品だからこそ「丁寧にお届けしたい」と思っています。

商品名は「もしもの備え」です。備蓄倉庫の中だけに置いてほしいとは思っていません。山道でパンクして助けを待たなければいけなくなった時のために車のトランク内に、急な残業、電車が事故で動かない時の会社のデスクやロッカーの中に、家の玄関に…といつ“もしも…”の事態が起きても1食は確保できる安心。誰かが「助けて…」とかけ込んで来た時に「これ、どうぞ」と差し出せる思いやりのあるまちづくりのためにコンビニや商店、公民館などあちこちに置いていただけることで安心と優しさが増していくと思っています。

近年、土砂災害、風水害などいつどこで、どんな事態になるか分からない事案が増えているように感じます。「3・11を忘れないでほしい」とともに「緊急事態に備え、思いやりを忘れないでほしい」という願いを込めて企画した商品です。「KANSAI(関西)Kit」「KYUSHU(九州)Kit」など地域で食べ慣れたお米で、この企画を引き継ぎ広めていくことも考えています。「逃げた先にある安心。もしもの備え」。新しい防災備蓄品の考え方が“万が一”の不安定な心を温めるホッとする一品になれれば幸いです。

(よしだふみこ 就労継続支援B型事業所かたつむり)