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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2018年1月号

列島縦断ネットワーキング【東京】

子ども服からはじめるバリアフリー
~わが子が教えてくれた新しい人生~

奥井のぞみ

初めて母としてできたこと

赤ちゃんとの新しい生活を心待ちに、私は初めての出産み臨(のぞ)みました。しかし、待っていたのは私が想像していた出産とは違った結末でした。

長男である伊吹(7歳)は分娩時に原因不明の心拍停止になり、最重度の脳障害を負いました。産声もない動くこともない医療機器がつながった子どもを見ては、わが身に起こった運命を受け入れようと、毎日自分との葛藤の日々が始まりました。

生後3か月頃、医師から洋服を着せてもよいという許可が出ました。看護師と一緒に病院が用意した短肌着を着せてみます。しかし、動くことのない脱力した腕をどう曲げれば袖を通せるのかがわかりません。口から人工呼吸器を挿管しているので体を大きく動かせず、腕には点滴の針が入っています。洋服を着替えるということがこんなに難しいことだとは思ってもみませんでした。

ある時は点滴ルートに服が触れ、皮下に点滴が漏れて腕がパンパンに腫れてしまいました。「すみません…」点滴の刺し直しをする医師に申し訳ない気持ちと、痛い思いをさせてしまった子どもへの気持ちで胸が苦しくなり、次第に子どもに触れることが怖くなっていきました。

「医療が必要な子どもがいるNICUに、なんで着せやすい服がないんだろう」インターネットで子どもの介護服を検索しても、見つかるのは大人用の介護服ばかりです。「ないなら作ろう」という言葉がストンと頭に落ちてきました。赤ちゃんの服を作るための型紙の本を集め、寝ることも忘れて夢中になって服作りを始めました。

初めて作った服を褒(ほ)めてくれたのは、子どもがお世話になっている看護師でした。「この服着せやすい!病院にほしい」「お母さんが作ったの?すごい!」と言ってもらえたことが、母親としての自信・できることにつながりました。

多くの子どもの命を預かる現場で働く医療従事者の心身的な負担を洋服が着せやすいことで少しでも軽くでき、カラフルな服は笑顔を生みだし、病室の空間を明るくできることに気が付きました。

服作りに込める想い

現在、在宅介護の約9割を担っているのは母親です1)。子どもたちがおしゃれになるのは嬉(うれ)しいですが、日々ケアをするお母さんやお父さんたちも衣服を通して笑顔にしたいと願っています。日々使用する洋服や小物で、ほっと心が緩む瞬間はとても大切なことだと思い、palette ibu.の洋服たちを紹介しています。

【おしゃれな子ども服だけど、障害をもつ子どもも着られる機能性がある】このことを基本に、元気な子どもも着られて医療に配慮した機能性が盛り込まれるようにしています。

現在の販売している商品

palette ibu.では『病児服』と名付けた肌着を販売しています。健康な子どもも障害をもつ子どもも同じ「医療」を必要とします。近年では、病気の子どもが利用できる病児保育という言葉もあります。すべての子どもに着やすい服でありたいと思い名付けました。

また、子どもに着せやすい介護の服を探しても見つかるのは大人・高齢者向けの商品ばかりです。私自身、子どもが使えるケアグッズを探すことに苦労したので、必要な人にすぐに見つけてもらい、少しでも安心してもらいたいと思っています。

ベーシックとなる肌着は国内工場で生産され、国産の生地を使用しています。日本の子ども服の基準をクリアしているので医療現場でも安心してご使用いただけます。肩から袖口にかけて全部開くので、医療処置を受けていても子どもが痛みを感じることなく服を着ることができ、緊急時でも素早く服を脱げるので、スムーズな医療を提供できます。マジックテープやプラスチックスナップボタンを使用しているので、CT検査をする際でも洋服を全部脱ぐ必要がなく、着たまま診察が可能です2)。【写真1】
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真1はウェブには掲載しておりません。

入院中の子どもや家族、そして大切な命を預かる医療従事者にとって、病児服は日々ケアをする人の心の負担を軽減できます。この病児服は、私が初めて子どもに作った服のかたちをそのまま採用しています。

それに、この肌着は初めて洋服を着せる赤ちゃんも着ることができます。お風呂上りに素早く洋服を着せたい時など、袖を通す必要がないのでご家族にも赤ちゃんにもやさしい作りになっています。

フォーマルスーツは、見た目は市販のスーツと変わりのないデザインですが、脇部分が全部開くことで袖を通しやすくなり、車いすでも背中に縫い目がこないように工夫されています。合わせられるフロントシャツは、その日の気分に合わせて簡単にスタイルを変えられる付け襟になっています。ニットセーターやカーディガンの下に着せ替えのように襟を付けられるので、障害の有無を問わず毎日手軽にコーディネートを楽しむことができます。【写真2】
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真2はウェブには掲載しておりません。

購入された方からは、「おしゃれを楽しめるなんて考えていなかった」と感想をお寄せいただきました。当社の製品を使用する中で、「心がほっとほころび、思わず笑顔になった。日々の生活に追われ、おしゃれを楽しむことさえ考えたことがなかったけれど、おしゃれをすることを気付かせてくれた」というご意見もいただいています。【写真3】
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真3はウェブには掲載しておりません。

これからの目指す服作り

現在、用意している服は60サイズから120サイズまでですが、今後は160サイズまで幅を広げたいと考えています。障害をもつ子どもにとって、成長と共に着られる服がほとんどないので作ってほしいという声が次第に集まってきました。また、ベーシック以外でご用意している服は、すべて縫製のプロの手作りです。もっと多くの商品を提供していくためにも縫製技術を持つ方を大募集しています。

物が溢れる豊かな日本で、着るものに困っている子どもたちが少なからず存在します。医療的ケア児がここ2、3年でメディアに取り上げられるようになり、障害をもつ子どもがどのように生活をしているのか注目されるようになりました。

介護を必要とするのは大人だけではありません。医療の進歩により、多くの子どもたちの命が救われると同時に、常に医療を必要とする子どもたちも増えています。大人の介護の服があるなら子どもの介護の服があってもいい。そして、それがおしゃれだったらもっといい!

こういった服をわざわざ探さなくても、当たり前のように子ども服売り場に並ぶ世の中になってもらいたい。そのためには、私が社会に訴えていくことが必要で、それが私の役割だと考えます。

伊吹の存在が今の私につながっています。

(おくいのぞみ palette ibu.代表)


【脚注】

1)「障害児の医療ケアを背負うのは9割が母親 保育園に通いたくても門前払い」AERAdot.より引用。
https://dot.asahi.com/aera/2016102000149.html?page=2

2)着脱は医師や放射線技師の指示に従ってください。