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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2018年3月号

ワールドナウ

社会モデルを軸とした国
ニュージーランド視察報告

斉藤新吾

ダスキン障害者リーダー育成海外研修派遣事業第37期生として、茨城県にある2つのCILからメンバーを募り、2017年11月にニュージーランド(NZ)へ視察研修に行ってきました。

NZで私たちは、ダニーデン、ウェリントン、オークランドの3都市を巡り、当事者団体、政府機関、サービス事業所、研究機関や学校など20か所を訪問することができました。研修期間中、宿泊していたホテルで火災報知器が鳴り、南半球の11月とはいえ寒い早朝に外へ避難したというハプニングがありましたが、それ以外は、食べ物も、もちろんワインも美味しく、人も親切な人と巡り会いながらとても快適に視察先を巡ることができました。

2015年、茨城県に「障害のある人もない人も共に歩み幸せに暮らすための茨城県づくり条例」が施行されました。この条例は、私たちの自立生活センターのみならず、障害の種別を越えた「茨城に障害のある人の権利条例をつくる会(いばけんつ)」が5年余り取り組んできた悲願でした。その翌年、障害者差別解消法が施行され、日本も障害者の差別をなくしていく土台ができました。しかしながら、この条例や法律が差別をなくすのではありません。この条例や法律をツールとして、これから差別をなくしていかなければならないという気持ちが私の中で強くありました。

そんなことをぼんやり考えていた時に、『障害のある人が社会で生きる国 ニュージーランド』(ミネルヴァ書房)という本に出合いました。その中に、NZのサービス支給決定の調査項目が、たとえば、レクリエーションについては「参加の機会はあるか」「本人の希望と参加のための必要な支援」や社会性については「友人や仲間に溶け込めず、孤立しているか」「何らかのグループに所属しているか」など、いわゆる社会モデルを軸とした調査内容になっていることが書かれていました。日本の調査項目は、いわゆる医学モデル的な質問内容です。NZは全く別なものになっていることを知り、社会モデルを軸としたサービス提供が、障害者にどんな生活を実現させているのかを自分自身イメージできていないことが分かり、一度NZを視察してみたいと思うようになりました。

現在のNZにおいて、当事者によるサービス事業体は存在しますが、日本のような自立生活センターは存在しません。24時間の介助保障を受けながら自立生活をする障害者は、介助を担う人とハウスシェアリングするなど、かなりの創意工夫が必要なことも分かりました。その一方で、知的障害があっても、簡単な仕事をしながら、介助サービスを受けて地域で生活している人もウェリントンでは珍しくないことが分かりました。

その中で、ここで紹介させていただきたいのは、Enabling Good Lives (EGL)という今最もNZでホットなサービスです。EGLは、障害者権利条約を実現するための制度として考えられています。特に、第19条「自立した生活及び地域社会へのインクルージョン」の実現に結びつけようというものです。この制度は、保健省、教育省、社会開発省の予算をひとつにまとめて、障害者個人及びその家族に個人予算として提供することで、地域生活、雇用、教育、訓練、スポーツ、レクリエーション、地域社会とのつながりなど、柔軟に活用できる制度です。2006年ごろから障害者5人、障害者家族2人、障害者サービス組織2人、政府機関4人の13人で構成されたCo-design groupで議論され、2011年にトライアルとして始まりました。そして2018年には、EGLのトライアルを通しての課題をCo-design groupで協議し、パーマストンノースという小さな都市で、EGLに代わりシステムトランスフォーメイションという制度として開始されます。今後、数年かけて全国で利用できる制度として広げていくようです。

この制度が障害者の社会参加に有効かどうかは、NZの障害者関係者の中でも意見が分かれているところではありました。その主なものは、個人予算をうまく使える障害者ばかりではないというものです。この課題については、EGLを利用する障害者が個人予算を利用する際に相談できるコネクターを指名できるようにすることで解決しようとしています。このコネクターは誰でもなることができるため、障害者本人がもっとも自分を理解してくれ信頼できる人を選ぶことができます。

このコネクターというアイデアは、NZの先住民族であるマオリ文化のトゥホノ(Tohono)から取り入れたものだそうです。トゥホノは、「リンクする」とか、「接続する」ことを意味し、マオリのコミュニティの中で、人々の幸福及び可能性を促進するために互いに関係やネットワークを提唱したり、貢献したりする存在です。

この制度が、10年後どうなっているかは、今後の調査結果にゆだねるとしても、この制度をつくりあげてきた経緯は、日本とは大きな違いがあると感じました。NZには、障害者担当局(ODI)があり、NZ障害戦略(The New Zealand Disability Strategy)の中で15の優先課題と113の障害行動計画(The Disability Action Plan)を設けて、ODIが他の省庁と調整を図りながら取り組んでいます。

また、政策立案の段階から当事者との対話が図られています。EGLについても、Co-design groupを設置するだけではなく、数年にわたり地域でワークショップが開催され、EGLの骨格づくりに反映されてきました。その中から個人予算の中に行政に利用を申告せずに障害者本人が自由に使える部分をつくる考えが採用されました。これは、人は誰もが失敗の中から学び、障害者も同様であるという考えから派生しています。つまり、すべてがサービスの管理下に置かれていることによって、失敗する自由が奪われないようにする方法です。このような考えはIL運動の中ではよく言われることではありますが、実際に公的サービスにこの考えが取り入れられていることに驚くと同時に、政府と市民が対話できる仕組みの力を感じました。

最後に、サラさんという車椅子ユーザーの女性に、彼女の半生を聞く機会がありました。彼女の話を聞いて、NZが初めから日本よりも障害者に理解があった国ではないことが分かりました。今のNZになるまでには、社会情勢ももちろんありますが、運動を含めた関わり合いの中で進んできたことが分かりました。日本でも当事者による政策へのアプローチはもちろん、さまざまな場面での障害の有無を越えた関わり合いが社会を変えていくことになると感じた旅でした。

(さいとうしんご つくば自立生活センターほにゃら事務局長)