音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

調査結果に対するワンポイント・コメント

東 俊裕(熊本学園大教授 弁護士)

1.はじめに

国は、従来、市町村の先行的な取り組みを元に「災害時要援護者の避難支援ガイドライン」を示してきた。しかし、東日本大震災を受けて、これまでの取り組みが十分な効果を発揮できなかったことや個人情報保護条例の例外規定をベースとした要援護者名簿作成にはさまざまな制約があることを踏まえ、従来の災害時要援護者名簿制度を改め、新たな仕組みとして「避難行動要支援者名簿の作成等」を2013年の災害対策基本法(以下「災対法」という)の一部改正に盛り込み、2014年4月から施行に踏み切った。

2.名簿の作成状況

総務省消防庁によると、名簿自体の作成率は、2015年4月1日現在で、調査対象市町村(1,734団体)のうち52.2%(906団体)が作成済1であったが、2017年6月現在では、全域が避難指示の対象となっている2町を除く全市区町村の93.8%がすでに作成済みであり、同年度末まで99.1%が作成済みになる予定であるとしている2

本件アンケート調査は、この法改正を受けた各自治体取り組みにおける課題等を明らかにしようとするものである。調査対象たる1,741の市町村のうち、30%弱である516の自治体からの回答がなされている。

3.避難行動要支援者名簿の対象者と搭載された個人情報の活用

ところで、改正災害対策基本法は、「高齢者、障害者、乳幼児その他の特に配慮を要する者」を「要配慮者」と位置づけ、そのうち、「災害が発生し、又は災害が発生するおそれがある場合に自ら避難することが困難な者であつて、その円滑かつ迅速な避難の確保を図るため特に支援を要するもの」を「避難行動要支援者」としている。

災対法はかかる定義のもとで、市町村長に対し、避難行動要支援者の把握に努めたうえで、彼らに対する避難支援等の措置を実施するための基礎となる名簿の策定を義務づけている。これが「避難行動要支援者名簿」である。

この名簿情報の活用については、事前公開に同意のある個人情報については、平時においても避難支援等関係者に対して提供されることになるが、災害が発生し、または、予想される場合で、本人の生命や身体を保護するうえで特に必要な場合には、事前公開に同意が得られなかった個人情報を含めて、名簿情報の提供できるとされている。

4.避難行動要支援者名簿の策定のあり方

こうした災対法の構造からすると、まずは、地域防災計画において避難行動要支援者として認定するための要件を定めることが必要となる。そのうえで、地方自治体が保有する障害者や支援の必要な高齢者に関する個人情報などをベースに避難行動要支援者の全体状況を把握し、該当者を名簿に登載するという手順になると思われる。そして、その中から、事前公開に同意するのかどうかの意思確認については、郵送や個別面談により障害者団体との連携なども図りながら実施していくことになる(詳細は平成25年8月付けの内閣府防災担当「避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針」3)。

5.実質を伴わない名称変更

ところが、自治体によっては、避難行動要支援者支援制度の登録対象者として、「次に掲げる方のうち、災害時に地域や防災関係機関の支援を希望される方で、住所・氏名等の支援に必要な個人情報を、避難支援等関係者へ提供することに同意された在宅の方です。」として、申請を前提とした名簿作成方式を取るところも存在する。

仮に、このような形で申請の募集をしている自治体が、事前公開への同意を前提とした申請者だけを避難行動要支援者名簿に載せ、それ以外の者を載せないというものであれば、これは法改正以前の手上げ方式を踏襲するものであり、災害時要援護者の名称を避難行動要支援者に変えたにすぎない。しかし、改正災害対策基本法は、避難行動要支援者の全体状況の把握を求め、その指し示す定義は、客観的な要素で構成され、本人の希望とか同意といった主観的要素を含めていないだけでなく、事前開示に不同意の場合があることを前提としているのであるから、このような名簿の作成は狭きに失すると言わざるを得ない。

6.アンケート調査結果から見えるもの(その1)

こうした観点から注目しなければならないのは、「貴自治体では、避難行動要支援者名簿(要援護者名簿)から、必要な人が漏れないよう、どのような対応をしていますか。」(問1-1)という問に対して、「障害者手帳の情報を活用して名簿を作成する」と答えた自治体が55.6%にすぎないことである。

障害者の手帳台帳や支援の必要な高齢者に関して、行政が保有する情報を利用せずに名簿を作るとすれば、本人の申請を前提にした手上げ方式を採用する以外にないと思われる。しかしながら、手上げ方式では制度の周知が困難であること、知っていても遠慮して手を上げないなど、大きな問題点があることは明らかであり、本来支援が必要であるにもかかわらず、いざ災害発生時には何ら支援が及ばず、結局のところ有名無実化する恐れさえある。

こうした自治体が回答の半数弱にのぼるということは、制度の根幹に関わる極めて大きな問題であると言わざるを得ない。

正確な実態は、「障害者手帳の情報を活用して名簿を作成する」と答えなかった各自治体の実施要項や名簿登載の手続きなど、子細に調査しないと見えてこないが、総務省消防庁の調査4から見ても、総人口に対する名簿搭載者の割合が極めて低いにもかかわらず、名簿総数のうち、事前に名簿情報を提供している者の割合が100%と回答する自治体も多い。

消防庁の調査によると、市区町村人口に占める名簿に登載された避難行動要支援者の割合がかなり高いパーセンテージを示しているところから1%未満のところまで存在する。

身体障害者の中で避難行動要支援者の枠にはいるのは、多くのところで重度障害者に限られているところが多いと思われる。重度障害者の割合は、少し古い資料5になるが、身体障害者全体の48.1%である。その割合を元に計算すると、重度障害者の割合は、国民の1.5%前後になると思われる。加えて多くの自治体が要介護3以上の高齢者を名簿に登載することになっていると思われる。要介護3以上の在宅の高齢者は国民の約1%に相当する6。重度の身体障害と要介護3以上の高齢者は重複している場合もあるので、単純に合計することはできないが、他にも知的障害や精神障害の一部なども行動要支援者の類型として位置づけている自治体があることを思えば、市町村人口に比し名簿搭載者の割合が極めて低いにもかかわらず、事前に名簿情報を提供している者の割合が100%と回答する自治体では、行政が保有している情報を元に名簿を作成しているのではなく、手挙げ方式で事前開示に同意した者だけを名簿に登載しているのではないかと推測される。このことは、本件調査とも相まって、災害対策基本法改正の趣旨がどれだけ徹底されているかを見るうえで、一つのポイントになるであろう。

避難行動要支援者名簿の作成等に係る取組状況の調査結果のグラフ

消防庁「避難行動要支援者名簿の作成等に係る取組状況の調査結果の詳細(市町村別の状況)」から作成

 

| グラフ テキストデータ |

 

7.アンケート調査結果から見えるもの(その2)

さらに本件調査で注目しなければならないのが、「貴自治体では、避難行動要支援者のための「個別計画」を誰が作成していますか」(問1-3)という問いに対して、「個別計画の作成は進んでいない」と答えた団体が194か所で37.6%に及んでいることである。同じく、総務省消防庁の調査でも、個別計画を策定済みと答えた自治体は、1,739の自治体のうち679か所、39%に過ぎず、6割近くの自治体で個別計画が進んでいない。

名簿自体が事前に避難支援等関係者へ提供されていたとしても、個別支援計画がなければ、いざというとき避難支援等関係者の組織的な動きを期待することができない場合が多い。しかも、個別計画は、単に避難行動の支援に留まらず、それ以後の安否確認であるとか、避難所生活における支援にも大きく影響を及ぼす極めて重要な仕組みであるので、個別支援計画がどの程度進捗しているのかは、名簿の策定のあり方と同様、制度の実効性に関わる課題である。

8.おわりに

災対法の改正により、形のうえではほとんどの自治体で名簿が出揃った状況となっている。しかし、その内実は、制度の根幹と実効性に関し、依然として大きな問題を抱えていることが分かった。災害対策は、災害時にだけ効果を発するものではなく、日頃の地域作りでもあり、地域社会を目に見えない形で支える力を醸成するものである。こういった意義を踏まえて、各自治体の担当者の皆様には、なおいっそうの奮闘をお願いしたいというのが、このアンケート調査結果を見ての率直な感想である。


  1. 消防庁「避難行動要支援者名簿の作成等に係る取組状況の調査結果」平成27年8月28日
    http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/houdou/h27/08/270828_houdou_1.pdf
  2. 消防庁「避難行動要支援者名簿の作成等に係る取組状況の調査結果」平成29年11月2日
    http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/houdou/h29/11/291102_houdou_2.pdf
  3. 内閣府防災担当「避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針」平成25年8月
    http://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/youengosya/h25/pdf/hinansien-honbun.pdf
  4. 前掲1の調査結果の詳細(市町村別の状況)
    http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/houdou/h29/11/291102_houdou_2-1.pdf
  5. 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部企画課「平成18年身体障害児・者実態調査結果」平成20年3月24日
    http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/shintai/06/dl/01.pdf
  6. 総務省統計局によると平成29年10月1日現在の総人口1億2670万6千人であり、平成29年度版の障害者白書によると在宅の身体障害者は386.4万人であるので、このうち、重度の在宅障害者の数は、1,858,584人と推計される。これは、日本の総人口の約1.5%に相当する。また、厚労省の介護保険事業状況報告(暫定)によると、平成29年11月における要介護3以上に認定された高齢者は在宅に限るとおよそ130万人であり、総人口の約1%に相当する。