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聴覚障害者の視点から調査結果を考察する

兵藤 毅(一般財団法人 全日本ろうあ連盟 本部事務所主任)

1.被災聴覚障害者への支援について

(1)聴覚障害者とは

2011年(平成23年)に厚生労働省が実施した「生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等実態調査)」によると、全国の聴覚障害を持つ身体障害者手帳所持者数は、約32万4千人と報告されている。

「聴覚障害者」は、「ろう者」「難聴者・中途失聴者」「盲ろう者」に大別される。

「ろう者」は、手話言語を第一言語として日常生活を送る人である。手話言語を日常的に使用できる環境整備、つまり言語的社会参加の促進が必要である。「社会モデル」を提唱している障害者権利条約も、ろう者のアイデンティティを尊重し、言語的障壁をなくすために手話言語の普及を規定している。

「難聴者・中途失聴者」は、日本語を習得した後に失聴した人で、要約筆記や残存聴力の活用によって日常生活を送る人である。補聴器を使っている難聴者や中途失聴者もいるが、ここで誤解されやすいのは補聴器を使っているからといって聞こえる人と同じように聞こえているわけではないということで、「聞こえる」と誤解され、苦しんでいる人も多くいる。

「盲ろう者」は、聴覚障害の他に目が見えない、あるいは見えにくいという視覚障害、すなわち、見えにくい、見えない、聞こえにくい、聞こえない障害をあわせ持った人たちで、見え方や聞こえ方の程度により、コミュニケーションの対応も異なる。

聞こえないまたは聞こえにくいことは外から見ただけでは分かりにくいため、困っていることに気づかれにくい。聞こえないために周囲とコミュニケーションが取りにくく、周囲で何が起きたのか分からないため、孤立することがある。

(2)東日本大震災・熊本地震の教訓から ~聴覚障害者の減災にむけた取り組み~

2011年3月11日に起きた東日本大震災は、死者15,893人、行方不明者2,554人と甚大な被害をもたらし、NHK福祉ネットワーク取材班の取材によると、総人口に対する死亡率は1.03%であったが障害者の死亡率は2.06%と一般の方々の2倍だったことが分かった。

聴覚障害者の場合は、テレビからの情報がなく、音声による津波警報が分からず、家にいて逃げ遅れて津波にのみ込まれた方もいた。一方で隣の人からの声がけで一緒に避難し、生き延びることができた方もいる。聴覚障害者の生死を分けるのは、音声以外の情報入手手段を整備することと、普段から地域とのつながりをもち、日常的なコミュニケーションの積み重ねで地域の一員としてのつながりをつくることが大切である。そのつながりが発災のときに大きな支えになる。

また、熊本地震では、全日本ろうあ連盟として、要援護者名簿の活用やガイドラインに沿った避難所運営、災害時マニュアルの整備による支援体制の速やかな立ち上げを行い、行政による情報保障者や相談支援者の公的派遣等の支援を行った結果、東日本大震災時に比べて円滑な支援活動ができた。しかし、社会資源の整備やつながり等の課題もある。

以上の点をふまえて、今回の調査を分析した。

2.今回の調査の分析について

(1)避難行動要支援者名簿について

東日本大震災の教訓を今後に生かし、災害対策の強化を図るため、平成25年6月に災害対策基本法が一部改正され、災害時に自ら避難することが困難な避難行動要支援者を対象とした名簿の作成が義務付けられた。この法改正に基づき、平成18年から実施している「災害時要援護者支援制度」は、平成29年8月より「避難行動要支援者支援制度」へ移行してる。

支援が必要な人が漏れない対応として、民生委員や児童委員を通じて必要な人の確認と名簿の登録を行うという回答や手帳保持者に郵送で通知するという回答が多く見られたが、聴覚障害者の中には、訪問があっても手話通訳者がいないと十分なコミュニケーションが困難で趣旨が伝わらない、日本語が第二言語になる関係で郵送された文書の内容を把握できない方もいる、視覚障害者の場合はポストに挨拶のメモが入っているのに気がつかない等の当事者に確実に伝わっていない状況が発生していると聞いている。「登録が漏れない対応」としては不十分ではないかと感じる。

また、当事者団体や各障害者支援組織による、各障害者向けの避難訓練等の周知、防災意識の向上の取り組みが大切だが、民間団体への名簿開示について、「可能である」の回答が41か所(7.9%)に留まるとともに、要支援者名簿の情報を活用して支援した事例はないとの回答が430か所83.3%にのぼる。

民間団体への開示可能な基準や名簿の活用を促進するガイドラインを整備して、開示・活用を促進する必要がある。

(2)災害時の情報伝達について

緊急情報や各種の情報を障害者に伝達する方法として、人口3万人以上の自治体ではさまざまな媒体を通して連絡する取り組みが進展していると評価できる一方、3万人未満の自治体ではメール配信等の多様なメディアによる周知が進まず、防災無線や広報車など従来手法での伝達に留まる傾向が見られる。また、電光表示板や掲示板での視覚情報の発信が22か所4.3%、障害者団体への緊急連絡が21か所4.1%と低水準な手段もあり、さらなる工夫が必要だ。

災害時の各種の情報伝達においては、手話通訳や要約筆記等の派遣・配置が重要だが、災害時協定を締結している自治体が15か所2.9%に留まり、締結していない自治体が375か所72.7%となっていること、さまざまな当事者すべてに伝わるような多様なメディアへの対応に時間や労力がかかるという自治体が266か所51.6%、音声の文字化や手話通訳等を相談できる機関や団体がないまたは連携が難しいという自治体が147か所28.5%にのぼる。またどのような対応が必要となるか把握できないという自治体が166か所32.2%となっている。

さまざまな障害者に伝わる情報伝達のために何が必要か、整備手配等に必要な社会資源などの情報を記載したリーフレットやガイドラインを作成して周知啓発する必要がある。

(3)避難時の対応

聴覚障害者の場合は、まず一般の避難所に避難することが多いのだが、一般の避難所での聴覚障害者の受け入れ準備が低水準である。例えば手話通訳者、要約筆記者の派遣や目で聴くテレビ・筆談ボードの配備、ビブスや腕章などの支援者グッズ等の準備・想定しているところが少ない状況だ。

その理由として専門機関等との連携が難しい、専門職の人材確保が難しいという理由が多く見られる。また、メールを利用していない聴覚障害者への情報伝達が難しいとの意見もあった。

しかし、手話通訳者、要約筆記者、相談支援者等の人材確保や連携、そしてメールを利用していない聴覚障害者への対応については、聴覚障害者情報提供施設や当事者団体との連携があれば対応が可能だ。また次項の福祉専門職の災害時派遣の制度も活用できることをさらに周知していく必要がある。

(4)福祉専門職の災害時派遣

東日本大震災では、他県の職員が手話通訳者、要約筆記者、相談支援員を現地に派遣する公的派遣を立ち上げるまでに1か月かかったが、熊本地震では、災害救助法に基づいた公的派遣は4月14日に災害発生後、19日後の5月3日より対応が行われている。このような制度の活用は支援者自身も被災する状況の中とても大切な取り組みになる。

しかし、DWAT、DCAT等のこのような取り組みをある程度知っている自治体が171か所33.1%に留まっているのは残念で、もっと活用されるような取り組みが必要だ。

また、熊本地震で明らかになった課題の一つとして、災害救助法による意思疎通支援者の派遣では手話通訳者等の行政窓口や相談窓口への配置は可能であるが、個人宅の訪問等は災害救助法に規定されていないので対応できないという点がある。情報を持っていないから窓口に来ない状況であり、個人宅を訪問することで安否確認やニーズ等の確認が初めて可能になるので、災害救助法の見直しを求めて行かなければならない。

(5)障害者の防災に関わる取り組みへの参加

当事者が防災に関わるさまざまな取り組みに、当事者または当事者団体の関わりがあるか聞いた結果、回答なしの自治体が39.5%で、何から始めてよいかわからないという回答も多く見受けられる。

各地域での防災訓練や防災セミナーなどの企画・実施は、聞こえない人が地域の中でつながりを作り、維持していくために必要な取り組みである。「当事者参画」の方策、具体的には当事者、当事者団体との協働を進めて行く必要がある。