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厚生労働科学研究費補助金(障害者対策総合研究事業)分担研究報告書

障害(児)者の個人避難計画と避難所における配慮ガイドラインの作成
3-3.社会福祉法人による甚大災害への準備活動と課題
愛知県名古屋市「AJU自立の家」の場合

研究代表者 北村弥生 国立障害者リハビリテーションセンター研究所 主任研究官

研究協力者 水谷 真  AJU自立の家 わだちコンピュータハウス所長
      菅沼良平 AJU自立の家 わだちコンピュータハウス 防災企画グループ
      天草大幾 AJU自立の家 わだちコンピュータハウス 防災企画グループ

研究要旨

 阪神・淡路大震災以降、災害時要援護者支援を行っている自立生活をする肢体不自由者を中心とした事業所の防災企画グループメンバーに対して、自己組織による防災対策について面接法による調査を行った。その結果、明らかになったのは、1)市及び自治会における防災活動にAJU利用者は住民として参加していなかったこと、2)東南海大地震、東海豪雨に対しては、名古屋市内外に散在する職員が近隣の利用者の安否確認と事後支援を、AJU事務所を拠点として行う仕組みが、事業所のサービスとして作られ始めていた。これらの結果から、地域と障害者との関係が構築されるまでは、地域に対する障害者支援に関する相談機関として、障害者施設が窓口となることも有効であると考えられた。

1 はじめに

 災害時に避難所までの移動に援護を必要とする人を災害時要援護者(以下、要援護者)と称し、その施策について、内閣府は「災害時要援護者支援ガイドライン」(平成17年度)[1]と「災害時要援護者の避難支援に関する調査報告書」(平成21年度)[2]を、総務省消防庁は「災害時要援護者の避難対策事例集」(平成22年度)[3]を発表した。また、全国民生委員児童委員連合会は平成19年度から「災害時に一人も見逃さない事業」を実施し[4]、自治会による問題意識も高い[5]。しかし、要援護者支援の課題を解決し方法を具体化した自治体・町内会は全国的に見当たらない。多くの先行例では、市町村が作成した災害時要援護者名簿は、民生委員や町内会に提供され、地域で支援者とのマッチングを行い、個別支援計画を立てることが目指されているが、25%の町内会が名簿を受け取らなかった報告もあり[6]、全ての先行事例で、マッチングと個別支援計画作成に課題が残っていることが指摘されている[2]。障害者施設は消防法により、消防署に火災時避難計画を提出し、毎年2回の火災訓練を行うことが義務づけられているが、地震・津波・集中豪雨などの自然災害時の避難計画の作成義務はない。火災時避難計画も、職員の行動計画であり、利用者が計画作成に関与したり、主体的な避難行動をとることを期待される場合は少ない[7]。そこで、本研究では、要援護者支援に先駆的な障害者組織の所在地域における要援護者支援状況と障害者組織による災害時準備状況を明らかにし、地域における災害時要援護者のあり方を考察した。

2 対象と方法

(1)対象

 調査対象は、愛知県名古屋市にある社会福祉法人「AJU自立の家」(以下、AJU)とした。AJUは、阪神・淡路大震災、東海豪雨、能登半島地震、中越沖地震、東日本大震災では、被災地の障害者・高齢者を中心とした支援、国や地方自治体への政策提言、災害時要援護者支援のための地理情報システムの開発[8]、地域の防災プログラムへの障害者の参加支援[9]などを行っており、要援護者に関する経験に長けていると考えられたからである。
 AJUは、昭和48年に、車いす利用者による「愛知重度障害者の生活をよくする会と愛の実行運動(AJU)」からはじまり、健常者も障害者も共に、誰もが住める福祉の街づくり運動に取り組んでいる。昭和59年、重度障害者の働く場づくりをめざして小規模作業所「わだち作業所」を開設し、平成2年にAJUが完成した。AJUは、「わだちコンピュータハウス」「福祉ホームサマリアハウス」「デイセンター」から成り、障害当事者が障害者の自立をめざし福祉のまちづくり運動に取り組み、特に、「わだちコンピュータハウス」の「防災企画グループ」は、災害支援のユニバーサル化をテーマにした活動を行っている。

(2)方法

 災害時の要援護者支援に関してAJUによる利用者と職員の災害時避難に関して、第三著者がAJUわだちコンピュータハウス所長A氏と防災企画グループのB氏とC氏に対して面接調査行い、さらに根拠となる情報を収集し追加した。調査は平成24年7月と25年1月に各2時間半実施され、ICレコーダーに記録し逐語録を作成して内容を整理した。本研究は、国立障害者リハビリテーションセンター倫理審査委員会の承諾を得て行った。発表原稿は、A氏、B氏、C氏に地名等の固有名詞の表記を含めた内容の確認を依頼し、指摘された修正を加えた。

(3)名古屋市の要援護者支援

 名古屋市は、伊勢湾台風及び東海豪雨の経験と当南海大地震の危険があるために、災害時対策には熱心である。災害時要援護者の避難支援に関する調査報告書にも事例の一つとして紹介されている。

(ⅰ) 名古屋市と昭和区の概況

 AJUがある名古屋市は愛知県南西部に位置する政令指定都市であり、16区からなる。面積326.45Km2、人口226万6千人(平成24年9月現在)、高齢化率21.4%(平成23年国勢調査)である。また、AJUがある昭和区は、名古屋市の中央に位置し6大学がある文教地区であるが、近年、マンション建設が進んでおり、面積10.9Km2(16区中4位)、人口約10万人(同4位)、人口密度9,600人/Km2(同15位)であった。
 名古屋市の要援護者の候補となる障害者数は86,459 (3.8%)、75歳以上人口235,319 (10.4%)、4歳未満の乳幼児数97,862 (4.3%)、外国人数66,883(2.9%)で(平成23年12月末、愛知県多文化共生推進室)、合計すると総人口の21.4%であった。75歳以上の高齢者数を示したのは、後期高齢者であることと、要援護者支援で支援者側にある民生委員の定年は、民生委員法により75歳と定められているためである。

(ⅱ)名古屋市の災害経験と想定

 名古屋市は伊勢湾台風(昭和34年)、東海豪雨(平成12年)に代表される風水害と東海大地震の被害経験があり、東南海大地震甚大かつ広範囲な災害の発生が危惧されている。そこで、自助、共助、公助の理念を念頭に、市民、事業者及び市が協働して、安全て安心して暮らせる災害に強いまちつくりを進めていくことを目指して、平成18年「名古屋市防災条例」が定められた。その他の関連法規には、災害対策基本法(昭和36年)、大規模地震対策特別措置法(昭和53年)、東南海・南海地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法(平成14年)がある。
 名古屋市防災計画では、風水害は、高潮、洪水、内水氾濫が想定されており、それぞれ満潮位において伊勢湾台風級の台風が来襲した場合、庄内川水系河川整備基本方針による200年に1度の規模の洪水、平成12年9月の集中豪雨時に観測された総雨量最大が市内全域に降った場合が想定され、最大の被害は、被災面積52Km2(15.9%)、被災棟数118,000(19.3%)、被災人員426,000名(1.9%)であった。地震の想定は、東海地震(震度4~6弱)、東南海地震(震度5弱から6強)、東海・東南海連動地震(震度5弱から6強)、濃尾地震(震度5強から7)が想定されており、最も被害想定が大きい場合で、沿岸における津波最高推移2.5m、全壊23,000棟(3.8%)、焼失8,600棟(1.4%)、死者2,500名(0.1%)であった[10, 11]。

(ⅲ) 名古屋市の災害時要援護者名簿

 名古屋市では、要援護者名簿の管理が公助と共助が異なるシステムで運営されているところに特徴がある。公助としては、庁内における福祉情報の電算化にあわせて要援護者名簿システムを開発した。災害時要援護者情報は、健康福祉局が日常業務で使用する福祉総合システムの方法をもとに、名簿システムに登録され、市役所と区役所の間で情報共有がなされている。平成12年の東海豪雨では市内・周辺地域とも多数の浸水被害を受けるとともに、災害後の要援護者の安否確認の作業が膨大であったことが電子化の理由であった[12]。このシステムには、災害時要援護者208,866人が登録されている(平成24.11現在)。登録数は、平成20年度には17万6千人であり、4年間に1.2倍に増加した。
 一方、共助としては、昭和56年から震災対策事業として、全ての町内会・自治会で自主防災組織が結成されている。この自主防災組織を中枢として、平成17年に防災を担当する名古屋市消防局が実施したモデル事業をふまえた「助け合いの仕組みづくり」が推進されている。「助け合いの仕組み」では、活動組織の形態を特定せずに、実用的な運用が進められているが、一般的には、行政と連携を取りながら、学区の防災安心まちづくり委員会を中心として、地域ぐるみで主体的に防火・防災に関する活動を行っている。
 具体的な流れとしては、まず学区防災安心まちづくり委員会が活動の企画を立て、地域住民が町内会・自治会ごとに結成された自主防災組織などの単位で、の企画に基づき、自主防災訓練などの活動を行う。消防署・消防団などの行政は、訓練指導や活動に対する助言、防火・防災に関する情報提供などの支援を行う。
 災害時要援護者支援ガイドブックがインターネットで公開されている区(たとえば、天白区と東名区)及び震災対応訓練(自主防災訓練)における要援護者者の安否確認や避難支援の対応訓練が報告されている区があった(名東区)。

(ⅳ)避難所

 名古屋市は、平成19年9月に「福祉避難所の指定及び設置運営について」を定め、関係施設に要請を行った。国の目安である1小学校区に1福祉避難所を目標にし、平成23年5月までに31か所(11.9%)を指定した。協力施設が増えない理由は、「従来の入所者や通所者への対応との兼ね合いや、24時間態勢で避難所を管理できるか、避難者のために十分なスペースが確保できるか等の不安があるめではないか」と報道されている[13]。
 昭和区には7カ所の福祉避難所が指定されている。1か所はAJU「サマリアハウス」で、定員20名の福祉ホームであり、デイセンターが併設されている。他に指定された福祉避難所は高齢者施設3、知的障害者の事業所2、高齢者を対象とした8室からなる公民館であった。
 東日本大震災の翌年(平成24年)には、名古屋市健康福祉局が作成した「避難所運営マニュアル」の改訂に関する意見募集が障害者団体連合会を介して関係機関に対して行われ、年度内に改訂された。たとえば、厚生労働省によるガイドライン[14]に基づき、一般避難所に「福祉避難所(要援護者のために区画された部屋等)」として利用できるスペースの確保に努めることを原則とした。また、避難者数の確認の際に災害時要援護者の把握に努めるために、避難所の受付名簿の様式に特別な配慮を書き込む欄を作った(図1)。さらに、提供する配慮の具体例をマニュアルに記載した。例えば、「子どもがいる避難者に配慮する」を「授乳やおむつの交換場所の確保、防音・衛生面での配慮等」に変更した。ほかに、ボランティア要請リストに「役割(手話等、専門的技能の要否)」が加えられるなどの進展が見られた。

図1 避難所の避難者名簿例(平成25年度に改正された名古屋市避難所運営マニュアルの例)

学区名 避難所名 町内会名 
氏名性別年齢住所体調状況
(けがや障害の有無)
避難日時退出日時
       
       
       

(ⅴ)社会福祉施設・事業者向け防災研修

 名古屋市は、施設職員の防災意識の向上、災害時要援護者への支援に資するための研修会を平成16年度から毎年実施し、委託事業者により講義及びグループワークが行われていた。

(ⅵ)名古屋市消防あんしん情報登録制度

 名古屋市消防あんしん情報登録制度は、65歳以上の身体障害者と70歳以上の独居高齢者のうち登録者に対して、登録者が病気やケガ等で救急車により搬送され、本人から家族等へ連絡できない場合に、あらかじめ登録された緊急連絡先に名古屋市消防局から連絡をする制度であり、3万人が登録している。しかし、登録の有無は、申請者には登録時に交付された「あんしんカード」の携帯で確認することから、使用実績は極めて少数である。実際にこの制度によって救急搬送された高齢者の家族や友人などの緊急連絡先に名古屋市消防局から連絡をした実績は年間に1件程度、意識不明者に出会った市民などからの照会は年間5~6件という。救急隊による使用実績が少ない理由は、「救急隊は特に重篤な場合は救命救急を優先するため」「カバンの中の敬老手帳の中に入っていることが多い登録者が携帯する「あんしんカード」は本人の同意を得られない場合は警察官の立ち会いの下で探すこととなり時間的余裕がないこと」が挙げられている。使用実績は多くなくても、登録者が安心して生活していただけている点でのメリットは大きいという評価もある。その他には、登録された医療情報などが更新できないことが課題としてあげられていた。

(ⅶ)住宅用火災警報器設置促進

 名古屋市消防局が自作している「防災のしおり」を毎年、高齢者世帯3万世帯、障害1から3級、要介護度4または5の世帯を消防職員が戸別訪問し配布しているという。他に、住宅用火災警報器の設置促進策として、戸別訪問の実施、寝室への設置を求めるなどの具体的なピーアール、住民の意識が高まっている時を有効に活用するなどの工夫がなされている。平成23年度?の戸別訪問時には、約3700戸程度、居宅内に入り住宅用火災警報器が設置されているかどうかを確認した。その時の設置率は79.7%であった(完全設置の値ではない)。また、元気な高齢者世帯には、高齢福祉課の高齢福祉相談員を通して住宅用火災警報器の設置を促すチラシを配っている。ただし、高齢福祉相談員は居宅内に立ち入って住宅用火災警報器の設置確認まではしていない。
 住宅用火災警報器設置は、平成18年度からすべての新築住宅への設置が義務づけられ、既存住宅への設置については5年間の設置猶予期間が設けられていた。名古屋市では平成20年度から既存住宅への設置を進め、設置率は平成20年の義務化時点の65.8%から85.3%に増加した。ただし、半数は寝室に設置されていなかった。平成20年から22年の名古屋市火災統計による死者は53人で、その6割で住宅用火災警報器がなかったことが報告されている。住宅用火災警報器が付いていても一部設置で、寝室についていないことによる死者が2割、住宅用火災警報器を完璧に付けていたが、着衣着火や消火しようとして煙に巻かれるなどによる志望が割と分析されている。また、住宅用火災警報器は取り付けが難しかったり、電気工事が必要との誤解があることから、名古屋市内の電気商業組合175店舗が2つ1万円で設置することを、未設置であることがわかった高齢者世帯に紹介するようになった。

3.結果 AJUによる要援護者支援

3.1.避難訓練

 消防法により、福祉施設は火災訓練を行うことが義務づけられている。AJUも、毎年2回、屋内から屋外への避難訓練をしている。また、「毎年9月1日には、発災時の連絡の練習として、市役所を起点として福祉施設間の伝達リレーを実施していたが、東日本大震災で電話通信ができないことがわかったことから、平成24年にはリレーを止めて、メールとFAXの一斉送信のみとなった」という。
 また、AJUわだちコンピュータハウス防災企画グループでは、3?4年前から、事務所がある昭和区で、町内会が主催する避難訓練に参加している。AJUの全利用者数は避難所の定員の4割近いことから、町内会からは全員の参加は避難訓練の運営上難しいとして、毎年、交代で車椅子利用者1名程度が職員とともに参加するに留まる。また、「わだちコンピュータ」は、夜間居住者がいないこと等から所在地の町内会に入会資格がなく、避難訓練開催の案内を回覧板で得ることができなかった。そこで、町内会役員に避難訓練の日程を問い合わせて参加している。平成21年に、B氏が町内会の避難訓練に参加した際には、会場であった小学校の体育館は2階にあり、車椅子昇降機(チェア・メイト、(株)サンワ)があるという情報はあったものの、小学校の教員不在のために、機材の保管場所も操作方法もわからずに、町内会役員2名がBさんを手動車椅子ごと担いで2階にあげた。トイレも2階にはなかった。平成24年の車椅子参加者は、あえて運搬を依頼せずに階段の下に留まり、避難訓練参加者への問題提起を表現したという。
 また、A氏は避難所について3つの課題を語った。第一は、避難所に収容できる人数が少ないことであった。AJU事業所の最寄りの一次避難所である松栄小学校の学区の人口は16,000人であるが、体育館の収容人員は、一人当たり2m2として478人(3.0%)にすぎない[10]。名古屋市全体でも、人口は220万人に対して、指定避難所の収容人数は16.1万人。総人口の7.3%しか収容できない計算となり、甚大震災の場合に避難所を利用できるかは確実ではない。
 第二は、避難所の安全性である。AJU事務所の学区に隣接する学区の避難所である学校は、古地図によると、ため池であったという。「名古屋大学の福和伸夫教授から『以前にため池であった場所は、周辺地域よりも震度が大きくなる可能性がある。東日本大震災では、東京都千代田区の九段会館の天井が崩落して死者を出したのも池の上に立てたからだ。』と聞いたので不安である。」とA氏は話した。
 第三は、介助者の確保であった。AJUは福祉避難所の協定を名古屋市と平成22年に結んだ。「福祉避難所でも、介助員やコーディネーターの手配がどのように行われるかについての事前準備がないことに不安があり、平成24年に市に対策を依頼した」とA氏は話したが、調査時までに回答を得ていなかった。「災害時には、サマリアハウスに避難してきた人の中で、介助を必要としない高齢者やその家族に、障害者の介助や水運びなどの協力を求めることは実用的と考える。自立支援法前は年間延べ1万人のボランティアを依頼していたが、自立支援法後はヘルパー資格の取得を依頼し後述する連絡個票に登録されたヘルパーは450名であった。災害時の契約外の活動について依頼はしにくい。」とA氏と語った。

3.2.「助け合いの仕組みづくり」

 AJUおよびAJU利用者が「助け合いの仕組みづくり」および区が行う避難訓練に居住者として参加した例はなかった。また、名古屋市が行う「災害時要援護者への支援に資するための研修会では、障害者ではなく高齢者が想定されている」とA氏は語った。一方、AJUは定期的に災害に関するシンポジウムを開催し、平成23年度には昭和区内でも災害時要援護者支援に熱心に取り組んでいる町内会長をシンポジストに招いていた。自治会長からは、「防災台帳で把握された重度の身体障害者や、精神疾患と思われる住民をどう支援してよいか分からない」という意見を聞いており、問題が具体化した際には相談があると推測されていた。

3.3.避難経験

 AJUの事業所が被災した経験はなかったが、平成12年9月の東海豪雨では、西区と北区の利用者1名が帰宅できなくなり、利用者と職員にも住宅が浸水被害にあった場合があった。利用者は独居であったため、「サマリアハウス」で住居の補修が完了するまでの約1か月を過ごし、浸水被害の片付けは職員が補助した。
 AJUの職員は、阪神・淡路大震災、東海豪雨、能登半島地震、中越沖地震、東日本大震災において被災地での災害時要援護者の支援を経験し、東日本大震災では宮城県の単身被災者1名の名古屋市での避難生活の支援も行った。

3.4.災害時個人避難計画の作成

 平成24年度に、AJUでは、大規模災害時の初動体制、特に、在宅時における安否確認体制を構築した。名古屋市が発表したハザードマップでは、AJUの事業所は浸水の想定地域にない。しかし、浸水危険地域に居住したり、浸水危険地域を通って通勤する利用者と職員がいるため、AJUで日中活動中に発災した場合は帰宅が困難になると考えられた。しかし、台風や集中豪雨による浸水は事前に予想できるため、出勤をやめるかAJUに事前避難することができる。そこで、個人避難計画の作成では当南海地震による甚大災害により、長期に亘り、電気、水、ガス、通信機能、公共交通機能が麻痺する場合を想定した。発災時期は自宅、通勤途中、事業所での活動中、休日外出中の4つの場合が考えられたが、滞在時間が長い事業所と自宅にいる時に発災した場合から検討を開始した。在宅時に被災した場合には、介助者の不足が深刻なことは最も懸念された。

(1)日中活動中に地震が起こった場合

 平成2年にできた「わだちコンピュータハウス」と「サマリアハウス」の建物は耐震震度6強で近隣では最も頑丈であるため、他の避難所に移動するよりも事業所に留まり7日間生活できる整備をする計画が立てられた。過去の震災の例では、被災地の指定避難所は足の踏み場がなく、健常者でも入りきれないことを、AJU職員は支援者として経験していたからである。また、前述したように最寄りの小学校の体育館は2階であり、車椅子利用者のアクセスは非常に悪い。そこで、事業所内の家具の固定と備蓄の整備が行われた。停電で医療危機器が使えなくなった場合に、人工呼吸器装着者を含めて緊急に電気供給の手配が必要な利用者がいることから、自家発電機も購入した。「サマリアハウス」は福祉避難所に指定されているものの特別な通信装置はないが、支援物資の問い合わせは受けられると期待された。地震等により重傷者が出た場合には、災害拠点病院である大学附属病院は350mの距離にあるため、AJUの車で搬送することは容易と考えられた。

(2)在宅時に地震が起こった場合

 まず、AJUが開発した地理情報システムTown Watcherに、災害時に有用な資源と利用者・職員の居住地を登録した。名古屋市内の障害福祉サービス事業所1138件、介護老人施設147件、コミュニティーセンター178件、指定避難所744件、医療機関309件、登録ヘルパー450件、要援護者219件(AJU利用者及び当事者職員)、AJU職員119件であった。避難生活が長期化する場合に備えて、名古屋市が避難所マップで公表している災害時給水施設、災害時協力井戸、コンビニ、旅館、銭湯の位置情報も登録することが計画されている。また、耐震構造の建造物及びガソリンスタンドの登録も有益であると考えられている。データはクラウド上に保管し、所長を含めて2名が操作方法を知っている(図2)。

図2 自社製地理情報システムに利用者と職員の自宅住所を登録した画面(印刷では白黒であるが、赤十字は利用者自宅、緑家は避難所、黄丸は職員自宅を表示してある)

図2 自社製地理情報システムに利用者と職員の自宅住所を登録した画面

 次に、市内を5ブロックにわけ(図3)、同じブロックまたは近隣のブロック毎にグループを作成し、利用者と職員の安否確認を行い、必要な支援の手配を聞き取ったり、AJU事業所等介助者の確保が見込める場所に移動することを目的とした準備を進めた。
 第一に、電話通信は早期に使用できなくなると予測されるため、すべての利用者と職員はブロックの責任者(1?3名)に災害伝言ダイヤル、メール、ツイッターのうち可能な方法で連絡をすることとし、各自に練習することを促した。連絡がつかない利用者については、担当ブロックの職員が利用者を訪問して安否確認と必要な支援を確認することとした。

図3 ブロック別のAJU利用者数/職員数

図3 ブロック別のAJU利用者数/職員数

 第二に、利用者、職員、ヘルパーには「緊急時の連絡先等の確認個票」(図4)の提出を依頼し、職員は担当する利用者の個票情報と地理情報システムの該当地図の印刷を所持することとした。全員分の連絡個票と地図情報は印刷して事務所に保管するとともに所長が所持した。連絡個票と地図情報の管理方法については、利用契約時に重要事項説明書に記載して、利用者から許可を得た。また、職員は、平成24年10月末までに、担当する利用者の自宅の所在地を確認し、イメージをつかんだ。利用者の確認個票には、安否確認の優先順位が3段階で追加記入された。独居、障害者世帯、自宅が事業所から遠方な場合に優先順位を高くした。
 連絡個票への登録者は利用者162名、職員98名、ヘルパー184名であった。すべての項目が埋められている訳ではなかったが、市内居住は利用者137名84.6%、職員87名88.8%、ヘルパー128名69.6%であり、ヘルパーのうち44名23.9%は学生であった。利用者の世帯構成は、同居75名、独居42名、AJU施設入所10名、障害者世帯3世帯、グループホーム1名であった。利用者の移動方法は、独歩35名、電動車いす32名、手動車いす20名、自立走行不能7名、杖3名、松葉杖3名、白杖2名、這いずり2名であった。
 第三に、避難所に避難しなくてもよいように、自宅の耐震強度確認・強化と家具の転倒防止対策、連絡方法、備蓄等について、東京都の「みんなの防災ガイドブック」[14]を基にAJUの特記事項を追加したガイドブックを作成し、利用者と職員に配布した。

図4 連絡個票の登録項目

共通項目
番号 
氏名 
フリガナ 
性別 
年齢 
生年月日 
郵便番号 
住所 
電話番号 
携帯電話 
電子メール 
携帯メール 
利用者固有項目
緊急度1、2、3
所属施設名
世帯状況独居、障害者世帯、同居
移動方法独歩、白杖、松葉杖、手動、電動、自走不可
職員固有項目 
区分職員
配置施設名
ヘルパー固有項目
医療資格看護師、准看護師
運転免許証 

 A氏、B氏、C氏は、いずれも名古屋市外に居住しており、甚大災害時には事業所に到達するのに日数を要することが予想された。東日本大震災の被災地支援の経験から、「被害が大きい場合には被災地では行政機関であっても対応は困難である」と考え、「事務所に行けない場合には、被災圏外の障害者団体(例えば、ゆめ風基金や日本障害者フォーラム)への支援要請や調整を行う予定であること、支援要請が行えない場合には平時から関係のある機関による訪問と支援が期待されること」がA氏から語られた。

4.考察

 障害者は、災害時要援護者支援に関しては、地域では目立たない存在であることが本研究でも示された。すなわち、名古屋市各区の要援護者支援の取り組みに住民として参加しているAJU利用者はいなかった。本報告書の別稿でも、災害時要援護者名簿における障害者の登録数が少ないこと、避難訓練への障害者の参加がないことは他の自治体において報告された。また、民生委員からは、地域における障害者に関する情報を得る手段がなく、存在を知らないだけでなく、対応の方法を知らないために研修で補う希望があることも指摘された。本研究の対象事業所は町内会の入会資格がなかったことからも、障害者が自治会の一員として平時の活動に参加する工夫を検討することも、災害時における障害者支援を考える上で必要であると考える。
 町内会や民生員をリーダーとした地域での支援整備を進める一方で、障害者に必要な配慮をよく知った支援者が被災時のニーズ抽出と対処方法を提案することは有効と考えられる。障害者が所属する組織において、多様な場合の災害時対策個人計画を当事者と共に作成し、練習することを平時に行うことが期待されるからである。また、地域と障害者との関係が構築されるまでは、地域に対する障害者支援に関する相談機関として、障害者施設が窓口となることも有効であると考える。
 すなわち、被災地での災害時要援護者支援に経験があるAJUが、自己組織による通所利用者の支援整備に取り組んでいることは、現実的な対策として重視すべきと考える。入所施設における災害時マニュアルはあるが[14]、通所施設における災害時マニュアルは少ない[15]。また、通学生を主体とする特別支援学校は東日本大震災以後、災害時対応マニュアルを見直した例はあるが[16]、家庭や休日外出時に被災した場合の対処が含まれる例は見当たらないため、今後の整備が必要と考えられる。

文献

[1] 内閣府. 災害時要援護者支援ガイドライン. 平成17年度

[2] 内閣府. 災害時要援護者の避難支援に関する調査報告書. 平成21年度

[3] 総務省消防庁「災害時要援護者の避難対策に関する検討会」.災害時要援護者の避難対策事例集.平成22年度

[4] 全国民生委員児童委員連合会. 要援護者支援と災害福祉マップづくり. 第2次 民生委員・児童委員発 災害時一人も見逃さない運動 推進の手引き(社福)全国社会福祉協議会.

[5] 横浜国立大学佐土原研究室. 横浜市内の自治会町内会における日常の活動と防災に関するアンケート調査 集計結果報告書. 2005.

[6] 神奈川新聞. 災害時要援護者2100人の支援者決まらず、高齢化など理由に/横須賀.2012年4月2日

[7] 北村弥生、久保義和、河村宏. 重度自閉症者施設における火災避難計画の作成と効果.国リハ紀要. 26: 1-8. 2005.

[8] AJU自立の家. GIS災害時要援護者支援システム開発報告書. 2011.

[9] AJU自立の家. 被災地の障害者支援および地域福祉底上げ事業報告書. 2012.

[10] 名古屋市. 名古屋市地域防災計画 風水害対策編. 2012.

[11] 名古屋市. 名古屋市地域防災計画 地震対策編. 2012.

[12] 内閣府(防災担当). 災害時要援護者の避難支援に関する調査報告書.2009.

[13] 東日本大震災:仙台に「福祉型仮設」 県が建設へ /宮城, 毎日新聞,2011.5.27

[14] 大阪市. 大阪市障害児・者施設等防災マニュアル. 2012.

[15] 高知県地域福祉部. 社会福祉施設における災害対応マニュアル?入所施設、通所施設のための災害マニュアル?.2010.

[16] 千葉県教育委員会. 学校における地震防災マニュアル. 2012.