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厚生労働科学研究費補助金(障害者対策総合研究事業)分担研究報告書

障害(児)者のニーズと有効な支援のあり方に関する研究
3-4. 呼吸器利用・電動車いす利用で単身生活を行う難病盲ろう者の自助による災害対策

研究協力者 福田暁子 国立障害者リハビリテーションセンター研究所 技術補助員

研究代表者 北村弥生(国立障害者リハビリテーションセンター研究所 主任研究官

研究要旨

 災害時要援護者のうち電気を使う生命維持装置は支援の最優先要件のひとつである。本稿は、非侵襲型の人工呼吸器を使用するだけでなく、全盲全ろうで、電動車いすを使用して単身生活をするAさんによる自助としての災害対策を紹介する。Aさんは周到な備蓄と連絡方法の確保を行っていたが、高層階からの避難、単独移動中の避難、長期停電への対策、介助者の確保、清潔な水の確保、円滑な医療連携の確保は課題として残されていた。

1. はじめに

 災害時に避難所までの移動に援護を必要とする人を災害時要援護者(以下、要援護者)と称する。すでに火災、集中豪雨、阪神・淡路大震災で、70歳以上の高齢者の死亡率は被災地の住民死亡率の約2倍であることは繰り返し報告されている[1]。東日本大震災では、障害者手帳保有者の死亡率が住民死亡率の約2倍であり、特に身体障害者の死亡率が高かった[2]。また、地震や津波による停電に対する電気を使用する医療機器利用に関する課題が表面化した[3]。
 要援護者に対する施策について、内閣府は「災害時要援護者支援ガイドライン」(平成17年度)[4]、「災害時要援護者支援調査報告書」(平成21年度)[5]、「災害時要援護者支援事例集」(平成22年度)[6]を、すでに公表している。また、全国民生委員児童委員連合会は平成19年度から「災害時に一人も見逃さない事業」を実施し[7]、自治会による問題意識も高い[8]。しかし、要援護者支援の課題を解決し方法を具体化した自治体・町内会は全国的に見当たらない。また、これらの支援で想定された災害は集中豪雨であるため、予測可能で、限定的な地域で、1日程度の避難または停電で復旧が見込まれる場合であった。予測が困難な地震、被災地が広域に渡り支援を得るのに時間を要する場合、避難や停電が長期に続く場合について、要援護者への支援のあり方の想定は、見当たらない。
 一般的な災害時の対策は、自助、共助、公助が7:2:1の比率であると歴史的に言われており [9]。車椅子利用者にとって、消防庁が勧める地震への備え[10]の多くは可能であるが、発災時の対応[11]の多くは独力では出来ず、要援護者が発災時にどのように自助を行うかのモデルに乏しい。発災時の対応とは、身の安全を守る、火元確認と初期消火、怪我に注意、出口確保、塀に近寄らない、確かな避難、正しい情報、近隣の安否確認、救出、避難の前に電気とガスの安全確認である。そこで、本稿では、人工呼吸器を使用する重度の重複障害者であるAさんによる自助体制と課題を紹介し、共助と公助で補うことが期待される内容を明らかにする。

2. 対象と方法

 対象者Aさん(第一著者)から提示された資料を、第二著者が整理し、第一著者が修正して原稿を完成させた。資料及び草稿は電子ファイルとして、メールに添付され、第一著者は携帯点字端末ブレイルセンスオンハンド(エクストラ社)で修正作業を行った。資料提供は2012年に、原稿修正作業は2013年行われた。

3 結果

3-1. Aさんの障害と日常生活とサービス利用

 Aさん(35才、女性)は先天性網膜症のために弱視であり、高校で多発性硬化症を発症し、さらに視力が低下したため(右:0.02、左:0.03)に一般校に在籍しながら盲学校の支援を受けて、都内の大学に進学し単身生活をはじめた。障害の重複重度化のため2012年9月に退職した。職場は自宅から電車を乗り継いで70分の場所にあった。
 多発性硬化症の進行により、調査時は、視力(視力:右0、左:手動弁)、聴力(右124dB、左135dB)、肢体不自由(上肢下肢、ともに身体障害者1級)で電動車いすを、呼吸機能障害に非侵襲型の人工呼吸器(フィリップスレスピロニクス社:LTV1150)を、嚥下障害に胃ろうを使用する他、膀胱機能障害では膀胱留置カテーテルを使用している。他に、薬剤性肝障害による糖尿病症状、褥瘡、てんかん発作などがある。
 日常生活での人的サービスは、ヘルパー派遣(重度訪問介護)は原則7時半から23時まで1日15時間半のうち11時間程度、通訳・介助者(東京都から盲ろう者に派遣)は年間630時間程度、手話通訳者は年間350時間程度を利用している。手話通訳者は市から派遣されており、利用時間の制限はないが利用目的に制限はある。また、市から派遣される手話通訳者はガイド行為(移動支援)をすることは認められていない。在宅訪問診療ではかかりつけ医師が月に2-3回在宅訪問し、訪問看護は週1回全身状態の確認と呼吸器の回路や膀胱留置カテーテルの交換などを行う。訪問リハビリでは、マッサージ師が拘縮予防(可動域の維持)、廃用症候群予防のための身体の調整を行う。
 コミュニケーションは、情報の受信は主に触手話・指文字で行うが、必要に応じて手書き文字・点字・指点字を使用する。発信は発声もしくは触手話・指文字・指点字で行う。また、携帯点字端末も利用しており、6点入力によるノートテイクおよびメールの発信と点字ディスプレイによるメールの受信ができる。Aさんの電動車いすには、前面の見える位置に5cmx9cmのプレートがついており、表面には「盲ろう者:耳は全くきこえません、目は見えません、トントンたたいてお知らせしてね」、裏面には「手書き文字(手のひらに字を書く)、手話を触る(触手話)」と記載されている。しかし、症状の進行に伴い、体調が悪いと「手書き文字」が読めないことも出てきた。また、症状には日内変動もあり、発声ができず、手の拘縮も強くなり、コミュニケーションが非常に困難になることもある。

3-2.  東日本大震災での経験

 Aさんは発災時には職場を早退し、昼食を一緒に食べた同僚と分かれて、近所の病院に一人で向かう途中であった。発災後に、Aさんは自宅に引き返した。同僚は、夕方、Aさんのマンションを訪問する約束であったために、Aさんをマンションの1階で待った。エレベーターは止まっていたが、自宅から徒歩15分の距離に住むヘルパーが自発的にマンションに様子を見に来たため、電動車いすを1階において、同僚とヘルパーの2名に背負われて5階の自室に移動した。同僚は震災後3日間泊まり、電動車いすは、エレベーターが復旧してから、同僚がAさんの部屋に移動した。
 ヘルパーは近隣に住み、震災後は徒歩もしくは自転車で来ることができる人員を確保できたため、震災直後にも介助面においては支障をきたすことはなかった。通訳・介助者に徒歩圏に住む者はなかったが、 当時は筆談できる視力があったため、通訳・介助者の派遣は必要としなかった。
 帰宅した時に室内では、テレビがベッドの上に落ち、ベッドの足下に置いてあったアロマポットが飛んで割れていた。後日、テレビを壁に固定し、テレビの下には滑り止めのマットを敷いた。アロマポットは同じ物を購入し、同じ場所に置いてあり、「検討が必要」とAさんは話した。
 Aさんの居住市では計画停電は免れたが、停電の対処について、東京都からは平成23年7月に開始された在宅療養患者緊急時対応支援事業補助金により6時間分の予備バッテリー、手動式人工呼吸器、吸引器などが配布された。これらの物品は、在宅人工呼吸器を管理する医療機関が申請し、呼吸器メーカーが自宅に納品した。また、平成24年9月より、保険適用により外部バッテリー8時間分が自己負担なくレンタルできるようになった。
 Aさんの所有するバッテリーの最大合計蓄電時間は17時間あったものの、日中に被災した場合は外部バッテリーをある程度消費していると考えられるので、有効な蓄電時間は7時間程度で、翌日の朝まではもたない。そこで、電動車いすのバッテリーから呼吸器、吸引器、吸入器、エアマットレスなどを動かせるように、車いす業者に依頼して改造して緊急時に備えた。改造に関する情報は、呼吸器仲間の団体「呼ねっと」のメーリングリストで在宅呼吸器利用者同士の意見交換及び車いすの業者から得た。「呼ねっと」には当事者に限らず、医療関係者や、呼吸器を搭載するための車いすをカスタマイズする車いす業者なども参加している。外出時には車いすには人工呼吸器が10時間動かせる程度のバッテリーしか搭載していないため、震災後、余震のため電車内に2時間弱、閉じ込められた際には、電動車いすから呼吸器を動かした。呼吸器にバッテリーを装着した状態でしかバッテリーを充電できないタイプの呼吸器を使っている場合は、充電のためだけに呼吸器がもう1台必要となる。

3-3.  災害準備

 災害準備のうち、Aさんには、自助によりほぼ対応ができていることと、不安を解決する方法が見いだされていないことがあった。ほぼ対応ができていることは、「備蓄」と「情報収集・連絡方法」であり、3-3-1に記載する。解決方法が見いだされていないことは、「火災・建物の崩壊時の避難、電源の喪失時の対処、外出時の対処、清潔な水の確保(飲み水というより医療機器の洗浄用)、ヘルパーの確保、円滑な医療連携」であり、3-3-2に記載する。

3-3-1.  対策がほぼできていること

(1)緊急時のための備蓄

 Aさんは平常時からの支援方法を自分でまとめたファイル(Aさん取扱説明書(ヘルパー向け:赤)(医療者向け:黄)))と持ち出し用のリュックを準備していた。しかし、「持ち出し物品の吟味は十分でなく、被災地調査報告などを通して考える必要がある」といい、病気の進行に伴う症状の変化も予測されていた。ファイルには、連絡先一覧(家族、かかりつけ医など)、コミュニケーションの方法、医療情報などがまとめられていた。
 非常時に、必要な全ての物品を持ち出すことは量的に不可能なため、災害時用品を「常時車いすに載せているもの」「自宅で被災した場合、避難する際に持ち出す袋」「避難した後で帰宅できない場合に、自宅に取りに帰ってもらえば済むもの」「避難しないがライフライン等の断絶により自宅で必要になるもの」の4つのカテゴリーに分けられていた。表1に、Aさんのリストと東京都の「在宅人工呼吸器使用者のための災害時個別支援計画」のリストを対照させて記載する。Aさんのリストは全41種類で、そのうち医療品は胃瘻と膀胱カテーテルに関係する物品も含めて20種類であった。一方、東京都が作成した人工呼吸器に限定したリストは15種類であった。ただし、発電機と燃料は東京都のリストのみにあった。また、Aさんは、毎月11日を防災の日と決めて、薬、医療物品、水、食品等の消費期限の確認を行なっていた。
 懐中電灯は自宅の壁にもつけてあったが、「常時、車いすに載せている」荷物に入れていないのは、携帯電話に入っている懐中電灯のソフトや車いすのライトで代用できると考えたためであった。また、手回し式のライトは重いため電源確保を優先した。

表1 災害時に備えて準備しておく物品リスト

Aさんのリスト東京都のガイドラインによるリスト
1.常時車いすに載せているもの 
呼吸器用外部バッテリー(最大9時間程度)、人工鼻呼吸器用外部バッテリー
手動式吸引器手動式吸引器
吸引カテーテル吸引カテーテル
アルコール綿アルコール綿
カテーテルチップ、胃ろうのチューブ 
膀胱留置カテーテル16Fr 、シリンジ、蒸留水(20ml)
電動車いすから呼吸器等を動かすために使用するインバーター 
2週間分の常備薬と頓服薬薬(7日分)
経管栄養剤2回分 
水500ml 
アルミシート2人分 
メモ用紙と筆記用具 
はさみ 
ライター 
ごみ袋 
 
雑巾 
延長コード延長コード
グローブグローブ
2.自宅で被災した場合、避難する際に持ち出す袋 
人工鼻 
吸引カテーテル、アルコール綿 
カテーテルチップ、胃ろうのチューブ、経管栄養キット 
膀胱留置カテーテル16Fr、シリンジ、蒸留水(20ml) 
3日分の経管栄養剤経管栄養剤
経口補水液(大塚製薬OS-1)1リットル 
電池 
携帯電話の予備充電ケーブル 
懐中電灯つきラジオ(電池・手回し式) 
おむつ(尿とりパッド) 
おしりふき(ウェットティッシュにもなる) 
太い油性ペン 
ガムテープ 
3.避難した後、帰宅できない場合、自宅にとりに帰ってもらえば済むもの 
電気式吸引器、吸引カテーテル 
医療機器の予備(予備呼吸器回路、人工鼻、加温加湿器、精製水) 
7日分の経管栄養剤、経管栄養キット 
経口補水液(大塚製薬OS-1)5リットル 
おむつ(尿とりパッド) 
おしりふき(ウェットティッシュにもなる) 
簡易エアマットレス 
呼吸器用外部バッテリー(8時間分;レンタルされているもの。かなり重量があるので、急いで避難するときには持ち出せない) 
洗剤 
4.避難しないが、ライフライン等の断絶により、自宅で必要となるもの 
簡易給水袋 
保存食 
 発電機、使用燃料

(2)緊急時の情報収集および連絡方法

 緊急時の情報収集および連絡方法として、使いやすい順に、「ツイッター、メール、インターネット、ナカマップ(KAYAC Inc.)、ヘルパーにラジオ・テレビをつけて確認してもらう、安否確認にくる予定の支援者に状況を聞く」がAさんから回答された。Aさんは多くの場合、ブレイルセンスオンハンドを携帯しているため、ツイッターやメールが使えれば、支援者、ヘルパー(ヘルパー派遣事業所)、通訳・介助者(東京盲ろう者友の会)、市役所、近隣の住人(市の登録通訳者を含む)、民生委員、家族、友人等に自分の所在を知らせ、必要な支援を求めることができる。
 ナカマップとは、携帯やスマートフォンで使える無料アプリケーション・ソフトで友人と待ち合わせに使うために開発された。Aさんは通勤時にはヘルパー費用が公費から支給されなかったため、家を出てから会社に着くまでの移動を確認するために、このソフトを会社が採用した。位置は画面でしか見られないため、自分では確認できないが、ネットがつながっていれば世界中どこからでも確認できる。知られたくなければ自分の位置を隠す機能もある。

3-3-2.  解決策ができていない課題

(1)マンションからの避難

 火事や建物が倒壊した場合には、避難をしなければならない。しかし、Aさんはマンションの5階に住むため、停電時および災害時にエレベーターを使えない場合に避難は非常に困難である。まず、5階から降りる方法を検討しなければならない。東日本大震災後には、上肢障害の進行により、背負われた場合につかまることができなくなったからである。過去に救急車で運ばれた際には、Aさんの身体を担架に側臥位にバンドで数か所固定してレスキュー隊3名で抱え、救急隊員2名が呼吸器などの医療機器を操作し、搬送した。大災害時にこの体制がとれるとは想像し難い。Aさんは、海外の避難用品を検索し、候補の試用を希望した。
 次に、1階に下りてからの移動手段の確保が課題である。電動車いすは重くて手では動かせないことに加え、人工呼吸器を搭載すると総重量は約220kg(本人を含めると300kg近くになる)であるためエレベーターを使わずに5階からおろすことは現実的ではない。市販の手動車いすでは、医療機器が搭載できない上に、Aさんの身体は痙性が強く発現することもあり、ずり落ちてしまい危険である。チルト・リクライニング機能がある車いすに身体にあわせた座位保持装置を載せる必要がある。このような特注の手動車いすは高価であるが、市役所に手動車いすの交付手続き申請をしたところ、災害時目的という理由では車いすの複数交付は認められなかった。そこで、Aさんは以前に使用していた簡易電動車いすの部品を使用した手動車いすを設計し自費で購入した。手動車いすの支給を申請すれば電動車いすの交付は取り下げられる制度である。担架等で移送されたとしても、移送先での移動手段が必要となる。

 5階に住む主な利点をAさんは2点挙げた。第一は、盗難などの被害が少ないことである。第二は、蚊がいないことである。手が動かせないために、蚊を追い払ったり、叩いたりできないAさんにとっては重要だという。他にも、居住するマンションは、住み込みの管理人がおり、自動ドアでオートロックではなく、バリアフリーで、駅から単純な経路で近いことなど、利点が多いため、Aさんは1階への移動もマンションの転居も考えていなかった。

(2) 人的資源の確保

 Aさんの自宅から徒歩圏にヘルパーは1名いるが、居住地が被災地の場合にはヘルパーも被災者であり、支援を受けられる可能性は低いことをAさんは懸念していた。
 通訳機能に関しては、すでに記載したように、Aさんの家から徒歩圏に住んでいる通訳・介助者はいない。しかし、触手話を使えば、地域の登録手話通訳者に通訳を依頼できる。そこで、平時から、Aさんは市登録の手話通訳者の派遣も依頼して、交流し、自分の存在をアピールしているという。また、電源がない場合に、点字を知らない人と会話する方法として点字文字盤があり、Aさんはいつも持ち歩いていた。点字文字盤は市販品(ダイモ)もあるが、Aさんは自己作成品を使用していた。
 移動介助については、「近くにいる人に声をかけて、誘導してもらうことが現実的。勇気をもって『すみません』と声を上げられることが大事。」と、Aさんは話した。
 災害時における通訳・介助者等の個別の支援者の役割について、Aさんは「私のそばから絶対に離れないでほしい。必要があって移動する場合は一緒に移動してほしい。どういう状況なのか、墨字で構わないので、できるだけ逐一、メモを取っておいてほしい。『時間、場所、誰が、何をした、何が起こった等』について次の通訳・介助者やヘルパーに引き継ぐときに、盲ろう者自身が災害発生時の状況や経過を説明するのは困難であるため、正確な情報を共有し、情報の錯誤を予防することに役に立つと考えるから。」と、回答した。

(3)停電への対策

 すでに、「東日本大震災での経験」の項に記載したように、日中の有効蓄電時間は7時間であり、その日のうちに電源を確保しなければならない。電源確保の方法は、外部バッテリーの追加、近隣の非常用電源がある場所への移動、外部バッテリーを非常用電源がある場所で充電することの3つが挙げられた。非常用電源はソケット部分が赤いために識別が容易で「赤電源」と呼ばれている(図1)。

(4)外出先での避難

 外出先で災害に遭った場合に、2階以上にいれば建物からの脱出は自宅からの避難と同様に困難である。外出時の単独移動は少ないため、同行するヘルパーや通訳・介助者は、「Aさん取扱いマニュアル」を参考にして、Aさんが移送に必要な人員と方法を調整する補助が期待された。
 自宅から最寄りの駅までの徒歩10分程度の距離を、通常は、Aさんは単独で移動する。この間には信号が1箇所あるが、Aさんは白杖を持って、状況を把握しながら信号を渡る。周囲の人にサポートを頼むこともある。「雨天時や工事中には、風の方向や匂いもタイヤから伝わってくる路面の状況は変わり、単独移動は不安であるため、通行人にガイドを依頼している」とAさんは語った。「単独移動中に地震が発声した場合には、頭上からの落下物と道路の障害物を予想することは困難であるため、その場から動けなくなり、手引きが必須である」とAさんは考えていた。

図1 病院の電源例。赤色が非常電源。

図1 病院の電源例。赤色が非常電源。

(5)清潔な水の確保

 Aさんは自宅には医療用(主に人工呼吸器の加温加湿器用)に使用できる精製水を最低7リットル、飲料水を10リットル備蓄しており、外出時には20mlの蒸留水、500mlの飲料水と300ml相当の氷(体温調節が難しいので、体温を下げるために使う)を携帯する。医療用に使用する蒸留水は一日1リットルであり、避難時に持ち歩くのは現実的でないため、避難した場所で供給されることをAさんは希望した。

(6)円滑な医療連携

 平時は、かかりつけ医、訪問看護ステーション、薬局、呼吸器業者等の複数の医療サービスと福祉サービスを、Aさん自身がコーディネートしている。しかし、災害時に、それぞれに電話またはインターネットで連絡が取れない場面で、代替えのサービスが円滑に提供されるかについて、Aさんは不安を抱えていた。

6.考察

 本稿では、人工呼吸器を利用する重度重複障害で単身生活を送るAさんによる自主的な災害時準備を紹介した。Aさん自身も回答したように解決に至っていない課題も多い。ここでは、現段階の課題に対する解決策を考察する。Aさんをモデルにしたが、身体障害者及び難病患者を中心に多くの障害者適用できる解決策であると考える。2012年3月に東京都は「東京都在宅人工呼吸器使用者災害時支援指針」を定め、保健所と居住市区町村が中心になり人工呼吸器装着者の災害時個別支援計画を立てはじめた。共助と公助による対策がどのように達成されるかは、今後の課題である。

6.1. 2階以上からの避難

 エレベータが使えない場合の避難は、歩行困難な多くの要援護者に共通する課題である。背負うための道具(例えば、おんぶ隊スタンダード:日本特装株式会社)、救護担架(例えば、救護用担架:ベルカ)や手動車いす昇降補助装置(例えば、EVAC+CHAIR, Evac Chair International Ltd.)の準備、避難用スロープの設置が選択肢として知られている。Aさんのように体位保持が困難な場合には、小学校では、おぶいひもの他にざぶとんとロープ[12]が勧められ、寝袋状の担架(例えば、ResQmat, Evac Chair International Ltd.)も活用の可能性が見込まれるが、何が実際に有効かは個別に試す必要があると考える。医療機器を同時に移動しなければならない場合には、特殊な装備が必要な可能性があり、補装具としての個別の開発も期待される。人工呼吸器装着時には、頻度の低い災害時の搬送の準備をする余裕はないと推測されるが、定期的な機器管理の過程で災害時の対処方法も医療職者と人工呼吸器業者の協力を得て、確認することが望ましいと考える。
 福祉施設では消防法により火災時の避難方法の確保が求められているが、火災以外の災害時を想定した避難方法の確保も必要であると考える。また、在宅の要援護者における災害時の備えも検討する価値があると考える。運輸機関、宿泊施設、飲食店、デパートなども、平時における要援護者数を推定して災害時の避難用品を用意し、従業員に避難用品の使い方の事前訓練を行うことも有用であると考える。緊急時の物品は個人への購入経費の公的給付の対象になりにくいため、自治体やサービス事業所で購入し管理する例もある。たとえば、東京都中野区では、利用者の実態調査の後、災害対策の補正予算で医療的ケアが必要な障害者が通所する3ヶ所の通所施設に予備の吸引器など医療的機器を配備した[13]。個人で準備するには高価であったり、保管に場所を要する物品、薬品、水を災害時に業者から円滑に入手するためのリストと移送方法を確保することも有用であると考える。

6.2. 電源の確保

 腎臓透析のように特殊な装置が必要な場合は医療施設での電源確保が必須である。東日本大震災後、国は医療機関の自家発電設備向けの補助制度を平成23年度に導入し、一部の自治体では中規模の医療機関にも自家発電装置や燃料タンクの設備への補助制度を追加した[14]。
 一方、人工呼吸器利用者のように、必ずしも医療機関に搬送する必要はなく、電源、燃料と介助者の確保が必要な場合もある。この場合、電源については、利用者を発電機がある場所に移動する、発電機のある場所から外部バッテリーの充電・配布を利用者の自宅に行う、利用者の自宅に発電機と燃料を手配するの3つの選択肢がある[13]。3つめの選択肢として、東日本大震災後、自家発電装置の購入助成を行った自治体もあった[15]。ただし、多くの自家発電装置の燃料であるガソリンは取り扱い方法が危険であることが指摘されており、取り扱いの安全な自家発電装置の開発も期待される。
 人工呼吸器を最初に導入する際および定期的な健康管理の際に、機器の保守、予備電源や緊急時の対応方法の確認を、訪問看護師と人工呼吸器業者が行い、利用者自身も含めた介護体制における平時からの充電や対応の理解を促すことも在宅マニュアルには記載されている[16]。人工呼吸器に加えて、吸引器、エアマットなど複数の電動式の機器、手動の代替え機器の整備と使用方法の確認も定期的に必要とされることは、東日本大震災の経験で指摘された[17]。また、利用者が外出中や旅行中に被災した場合に、どこに何を依頼するかの準備も必要である。

6.3.  人的資源の確保

 Aさんは、自分への支援方法を「取り扱いマニュアル」に記載し、定期的に更新しながら日常の支援で使用しているため、災害時に臨時に支援にあたる介助者も、このマニュアルでAさんへの支援方法を知ることができると予想される。しかし、臨時の介助者の確保には、利用者個人では解決できない下記のような課題があることが東日本大震災の経験から報告されており、公助あるいは共助による解決が期待される。
 第一に、災害時のヘルパー派遣制度の整備の必要性が指摘された。例えば、避難のために追加で必要になった派遣費用の保障、災害時の安否確認の業務を介護報酬に換算すること[13]、逆に、ヘルパーの災害時保険の導入などである。平時から、災害時における公費派遣の基準設定、個別支援計画の中で災害時個別避難計画の策定、ヘルパーへの災害時の避難訓練の事前準備が必要であると考える。
 第二は、長期滞在可能な介助職員の不足の調整である。短期滞在であれば全国で 8,060人が派遣可能であったのに対し、介護施設や障害者施設などに派遣された介護職員は1,088人に留まったことが報告された(2011年5月25日現在)[18]。被害が大きかった自治体ほど行政の機能が低下し、ニーズ把握が遅れて派遣要請ができなかったことも報告されており[19]、事前に災害時に必要な介助者数を見積もることと介護職員派遣協定の締結が望まれる。

文献

[1] 東京消防庁 防災部生活安全課. 平成22年版 火災と日常生活事故のデータからみる高齢者の実態. 2011.

[2] NHK「福祉ネットワーク」取材班. 東日本大震災における障害者の死亡率.ノーマライゼーション. 61-63. 2011.11.

[3] 穏土ちとせ. 東日本大震災と障害者の医療・介護について?―人工呼吸器をつけた子どもたちとともに歩む立場から. 介護保険情報No.136. 2011.

[4] 内閣府. 災害時要援護者支援ガイドライン. 平成17年度

[5] 内閣府. 災害時要援護者の避難支援に関する調査報告書. 平成21年度

[6] 総務省消防庁「災害時要援護者の避難対策に関する検討会」.災害時要援護者の避難対策事例集.平成22年度

[7] 全国民生委員児童委員連合会. 要援護者支援と災害福祉マップづくり. 第2次 民生委員・児童委員発 災害時一人も見逃さない運動 推進の手引き(社福)全国社会福祉協議会.

[8] 横浜国立大学佐土原研究室. 横浜市内の自治会町内会における日常の活動と防災に関するアンケート調査 集計結果報告書. 2005.

[9] 河田恵昭. 「日本の防災行政システムの進展と今日の課題」コメント. 国際交通安全学会誌. 2(2):14-17, 2007.

[10] 消防庁. 地震に対する10の備え.

[11] 東京消防庁. 地震 その時10のポイント.

[12] 千葉県教育委員会. 学校における地震防災マニュアル. 2012.

[13] 佐藤浩子. 医療的ケアを必要とする障害児・者の実態把握の必要性 ―東日本大震災における首都圏の事例から―. Core Ethics, 8: 183-193. 2012.

[14] 日本経済新聞. 神奈川県、中小病院の自家発電に補助 停電対策後押し. 2012-4-19.

[15] 下田市. 発動発電機・人工呼吸器用外部バッテリー購入費の助成. 下田市ホームページ. 2011.

[16] 日本看護協会. 緊急時の連絡・支援体制.人工呼吸器装着中の在宅ALS患者の療養支援訪問看護従事者マニュアル. 平成16年.

[17]権藤 眞由美・野崎 泰伸 編.『医療機器と一緒に街で暮らすために――シンポジウム報告書 震災と停電をどう生き延びたか ~福島の在宅難病患者・人工呼吸器ユーザーらを招いて~』 生存学研究センター報告書. 2012.

[18]泉 眞樹子, 中村邦広, 近藤倫子. 被災地における医療・介護 ―東日本大震災後の現状と課題―. 調査と情報 第713号:1-12. 2011.

[19] 阪本真由美, 矢守克也. 広域災害における自治体間の応援調整に関する研究 -東日本大震災の経験より-. 地域安全学会論文集 18: 391-400. 2012.

図2 電動車いすの背面

図2 電動車いすの背面

図3 バッグにつけてある名札。コミュニケーョン方法を両面に記載。

図3 バッグにつけてある名札。コミュニケーョン方法を両面に記載。

図4 東京都が推奨しているヘルプカードの様式を使った自作のヘルプカード。

図4 東京都が推奨しているヘルプカードの様式を使った自作のヘルプカード。

図5 ヘルプカードの裏には、詳細な情報がQRコードで記載されている(コード変更済み)。

図5 ヘルプカードの裏には、詳細な情報がQRコードで記載されている(コード変更済み)。