盲老人の豊かな生活を求めて 援助の手引
全国盲老人福祉施設連絡協議会
項目 | 内容 |
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発行月日 | 1986年6月1日 |
盲老人の豊かな生活を求めて
もくじ
推薦のことば
- 厚生省社会局老人福祉課 老人福祉専門官 田中荘司
- 全国社会福祉協議会副会長 太宰博邦
序にかえて
- 全国盲老人福祉施設 連絡協議会会長 三浦昌武
- 処遇を展開するにあたって
-
第二節 日課の中での援助
- 一、日課の中での援助
- 二、体操
- 三、朝の放送
- 四、散歩
- 五、通院、入院
- 第三節 排泄と入浴の援助
- 第四節 食事と栄養
- 第五節 居室と廊下
- 第六節 クラブ活動
- 第七節 行事実施について
- 第八節 結婚問題
- 第九節 自治会活動
- 第十節 利用者の預り金品の取扱い
- 全盲老連の歴史と事業
- 全盲老連出版物一覧
- 全盲老連会員施設一覧
- 一、養護老人ホーム
- 二、特別養護老人ホーム
- 引用文献
編集後記
第I章 処遇理念
一、処遇課題
昭和五十九年十二月、全国盲老人福祉施設連絡協議会(以下「全盲老連」と称す)発行の「盲老人の幸せのためにII」第四回全国盲老人ホーム在所者実態調査報告書の中で、日本大学文理学部心理学科長嶋紀一助教授は、その要約の中で各項目毎に次のような課題を、今後の盲老人処遇の中で検討、解決へ向かって努力する必要があると述べておられます。
(1) 盲老人ホームの専門性や特殊性を追求する過程で、弱視者、晴眼者が視覚障害老人に及ぼす影響。
(2) ホーム入所の動機の中では、「施設での生活を希望して」という傾向が高い中で、その意味するところをさらに慎重に検討し、設備、処遇について専門施設としての盲老人ホームのあり方について研究していく必要がある。
(3) ホーム利用者のほとんどが有家族であること。家族との交流は面会によりかろうじて保たれていること。利用者の状態が、失明に加え、高齢と病弱化等ということから、定期的な交流の具体的方法を検討すべきである。
(4) ホーム入所時の不安の軽減は、その後の生活適応の方法を十分検討し、個別計画を立てる必要があるのではないか。
(5) 視覚障害老人にとっては、特殊な設備や、教育、援助サービスより、むしろ、職員の基本的処遇技術、即ち、介護、看護および、接遇の技術などの大切さが示唆されているのではないかと思われ、そのためには、視覚障害老人の理解の方法および、介護、看護、接遇等の技術についての研究と開発に力を注ぐことが必要でないか。
(6) 利用者を個別に把握、処遇することを基本として、盲老人ホームの生活の中に何らかの楽しみを見い出したり、適応への援助を行っていくことが必要であり、その年齢にふさわしい経験を備えた存在として把握、理解するよう心掛けることにより、個別計画をたてるべきである。
これらの諸課題は調査結果からみた今後、盲老人ホームが研究していかなければならない問題ですが、実際の処遇場面においては一つ一つの場面にまだまだ、深く追求すべき問題が山積している訳です。
盲老人ホームにおける処遇課題
日本大学助教授 長嶋紀一
福祉ニーズの変化に伴って、老人の医療や福祉のあり方が大きな問題になっている。つまり高齢化、病弱化した時点での生活の場を施設や医療機関に求めるか、あるいは在宅かということである。結論的には、施設は後期老年層が利用するものになるであろう。しかし、視覚障害老人の場合には、障害の起こった年齢、障害の程度などにより差はあるにしても、一般の高齢病弱老人とは異なると考えられる。それは視覚障害という大きな障害があるために、生活場面において特別な設備や専門的な介護あるいは援助技術や知識を必要とするからである。
ここでは、一九八三年に実施された第四回全国盲老人ホーム在所者実態調査の結果に基づいて、盲老人ホームにおける処遇課題について考えてみることにする。
一、盲老人ホーム利用者の特性について
(一) 高齢化・病弱化・重複障害
調査結果からみる限り、特養と養護とでは利用者の年齢と健康度に大きな差がみられる。すなわち、特養では年齢の高齢化、病弱化と重複障害が顕著であり、養護では入所時の年齢が六十五歳未満の者が多く、身体面の健康状態は比較的良好である者が多いことが特徴的である。また、入所時の年齢をみると、養護では六十五歳未満の者が多く、特養では八十歳以上の者が多いことが特徴としてあげることができる。さらに、盲老人ホーム利用に、弱視者や晴眼者が比較的多く、養護で約二〇%、特養で約三〇%と高い割合を示しているのも特徴的であるといえよう。
以上のことから、養護には視覚障害はあっても、比較的年齢が若く身体的に健康な老人が多く、特養には高齢病弱化し、しかも重複障害のある老人が多いという現状にあわせて、処遇目標を設定して具体的な処遇方法を検討する必要がある。たとえば、養護においては、年齢や障害の程度、残存能力などに応じて、日常生活能力を増大させるための生活訓練など、より専門的で開発的な個別的処遇援助をサービスの中心に設定してもよいであろう。一方特養においては、高齢病弱老人が生活するための環境条件の整備と食事、排泄、入浴介助など人間的接触を基本に据えた基本的生活援助をサービスの中心に設定してもよいであろう。
(二) 入所理由と入所時の不安
養護、特養とも、「単身生活が困難」、「施設での生活を希望」という理由で入所した者が多い傾向を示している。当然これらには、「失明しているから」とか、「健康上の理由」が含まれているものと考えてよいであろう。
入所時の不安については、「新しい環境に適応できるか不安」、「入所者同士の人間関係がうまくいくか不安」、「施設に対する認識がなかった」などが指摘されている。しかし全体として、入所時の不安はあまり高くない傾向が示されていたようである。
入所理由にしても、入所時の不安にしても、質問紙法や面接法でどの程度正確にとらえられるか問題であるが、「施設での生活を希望」していながら、実際に入所の段階ではもろもろの「不安」を感じるのが当然であろう。
盲老人ホームにおける処遇を考える場合、入所理由として、「単身生活が困難」、「施設での生活を希望」という選択肢を選んだ“理由”、つまり中身をよく吟味しておくことが大切である。つまり、視覚障害老人がなぜ「施設での生活を希望」しなければならなかったのかという“原因”や“理由”を慎重に吟味して、彼らが盲老人ホームに対して何をしどのような処遇を期待しているかを考えるべきであろう。そして、視覚障害老人を対象とした専門施設として、彼が生活するのに必要な設備・備品や処遇のあり方などについて明確にしておくことが必要である。
同じように、入所時においても処遇の一端として、不安と緊張をかかえて入所してくる視覚障害老人に個別的に対応すべきである。視覚障害老人に限らず、入所時の不安は、入所者の入所直前の心身の状態、生活状況、人間関係、性、年齢、入所理由などによって異なるであろう。入所(受け入れ)に際しては、できる限り不安を軽減し、一日も早く施設での生活に適応できるよう配慮すべきである。たとえば、面接や見学はもちろんのこと、体験入所などをとおして、処遇内容に関する情報を十分に提供すると同時に、受け入れ態勢についても十分に調整して、少しでも安心して入所できるよう計るべきである。処遇の一端としてのこのような入所時の適応援助が、入所後の生活適応の成否を大きく左右するはずである。養護においても、特養においても、入所者の心身の状態や生活歴などをふまえて、処遇の方法について十分に検討し、個別計画を立てるべきであると考える。
二、入所者の期待について
盲老人ホームに対する期待については、養護と特養とでは、入所者の心身の健康度や年齢に違いがあるために、その内容に差がみられるのは当然のことであろう。養護では、「歩行、誘導についてもっと研究してほしい」、「盲老人に適した各種の設備を整備してほしい」など、全体に数は少ないものの、視覚障害老人に対する専門的で特殊なサービスや設備などが専門施設として期待されている。特養では、「寮母と話しあう時間がもっとほしい」、「看護婦と話しあう時間がもっとほしい」、「身の回りの世話をもっとしてほしい」など、人的、接触的、相談的な直接的な濃厚なサービスが期待されているようである。このことは、養護においては、視覚障害老人に対する専門的で特殊な設備・備品や教育的・訓練的な援助サービスよりも、むしろ基本的処遇技術、すなわち、介助・介護や看護、接遇や面接の技術の大切さを示唆しているように考えられる。
以上のことから、養護においては、専門的で特殊な設備や備品を用いての教育的・訓練的な援助的サービスによる処遇、特養においては、視覚障害老人の理解の方法、すなわち視覚障害老人に対する老人観の確立、介護・看護技術および接遇・面接技術などによる処遇についての研究や開発に力をそそぐことが必要であると考えられる。
つぎに、盲老人ホームのよい点わるい点についてみると、まず、よい点については、養護と特養とでは差があるものの、「職員が盲老人に理解がある」、「娯楽、入浴、食事等が専門的に配慮されている」、「設備が盲老人に適している」、「盲老人同士のため違和感がなく精神的に安心感がある散などの選択肢に共通して比較的高い回答がみられている。一方、わるい点については、「夜間、非常災害時に職員が手薄なため大変不安だ」、「家族との交流がうすくなった」、「盲老人同士なので不安だ」などの選択肢に比較的回答が多い傾向がみられている。
これらの結果は、入所者が、「盲老人に理解のある職員」、「盲老人に適した設備」、「専門的に配慮された娯楽、入浴、食事等」などを高く評価し、期待していることを示唆していると考えられる。また、「夜間に職員が手薄」、「家族との交流がうすくなった」などに対して、不安や不満があることが理解できる。一般に、老人ホームには、入所者の生命・安全・健康の確保、さらに娯楽や文化・人間関係の確保と拡大などが期待されるが、盲老人ホームにおいてはこれらの他に視覚障害老人の生活施設としての特殊性から、設備、職員の資質、処遇技術などについても、その専門性について広い視野からの研究と検討が必要であろう。
利用者の期待ということに関連して、老人ホームでの楽しみについてみると、養護、特養とも、性、年齢によって差はあるものの、「食事、飲酒、外食」、「クラブ活動、行事、趣味、娯楽、旅行」、それに「入浴」など、同じような傾向を示している。そして、養護では、「日常生活を自由に行動できる」、特養では、「家族、外部の人との交流」などが楽しみとしてあげられている。
“楽しい”という感情は主観的なものであり、入所者の年齢、心身の状態、生活経験などによって、“楽しみ”に違いがあるのは当然のことであろう。処遇という観点から大切なことは、個々の入所者が盲老人ホームでの生活の中に、何らかの“楽しみ”を見出せるよう、援助していくことが必要であるということである。そのためには、原則として入所者を個別に把握して、個別に処遇することが基本となる。入所老人一人ひとりを、その年齢にふさわしい経験を備えた存在として把握し、理解するようこころがけて、個別処遇計画を立てるべきである。
以上、実態調査の結果に基づいて、盲老人ホームにおける処遇課題について概観してきたが、つぎに盲老人ホームの役割と機能という観点から、盲老人ホームのサービス内容について私見を述べることにする。
三、 サービス内容の再検討
老人福祉のあり方が、施設福祉から在宅福祉へと転換されつつある現在、盲老人ホームの専門性や特殊性を追究し、処遇の中に確立することは大変な熱意と努力を要することである。一般に、専門職といわれるものは、1知識や技術を修得するために長期間の教育と研修、2職務に関して絶えざる研鑚、3社会に貢献、4社会的に信頼される、5経済的なものを追求しない、6人格形成に影響を与える職種などの要件を備えていなければならない。盲老人ホームの専門性や特殊性を確立するためには、いくつかの要件を満たさなければならないであろう。ここでは盲老人ホームの役割と機能を中心に、サービス内容について考えることにする。
(一) 自立した生活に必要な安全の保障
処遇計画を立てる際に、まず必要なことは適切な社会診断ができるということであろう。そのうえで、個々の条件にあった生活のための環境条件の整備と人間的接触を計ることが必要である。つぎに生命の安全と人間としての尊厳を維持するために必要な基本的な生活援助を計ることが久要であろう。具体的には食事、排泄、衛生管理などを中心とした身辺介護のことである。これらの中で最も重要なのは、栄養のある食事の提供であろう。とくに、高齢病弱老人に対する基本的な生活援助では、単なる食事管理ではなく、栄養のある食事の提供ということを中心とした処遇が大きな意味をもつであろう。つぎに、自立した生活に必要な個別的処遇援助が必要となる。高齢病弱老人や視覚障害老人が少しでも自立した生活ができるように、1自立への意欲支持、2自立回復への援助、3自立補完のための介助などを、心身の状態にあわせて行うことが求められる。
たとえ寝たきりの状態であったとしても、残存機能に刺激を与えることにより、自立意識を高めるような処遇方法を個別に考えていくことが大切である。
(二) 人間関係の改善と確保
視覚障害老人に限らず、病弱化したり痴呆症状がでたりすると、どうしても人間関係が崩壊したり、孤立化しやすくなりやすい。施設内および地域社会との交流の機会を設けることにより、人間関係の改善と確保を計ることが大切である。盲老人ホームにおいても、在宅福祉サービスの一環として、ファミリー・リリーフ・サービス(The Family Relief Service)を実施してもよいのではないだろうか。具体的には、施設内デイ・ホームに地域の老人も受け入れることである。つまり、盲老人ホーム入所者が通う施設内デイ・ホームを地域にも開放することにより、地域の老人との交流を計るのである。入所老人にとっては新しい人間関係の成立が期待できると同時に、在宅老人に対してはデイ・ホーム・サービスを提供することになる。
(三) 趣味・娯楽・情報の提供
視覚障害老人にとって、最も注意しなくてはならないことは感覚遮断の状態にしないことである。視覚的刺激が受容できないために、どうしても外部からの情報が少なくなりやすい。できるだけ興味・関心のある情報を提供するよう工夫・実践することが必要である。一般に、趣味や役割は生きがいに通じるので、できるだけ何らかの趣味がもてるよう援助することが大切である。もし、趣味の提供が困難である場合には、娯楽の提供をとおして社会化を計るよう工夫すべきである。そして、少しでもハリをもった生活ができるよう援助すべきである。感覚遮断の状態で放置しておくと、老化が進みやすいだけでなく痴呆化してしまう危険があるので注意したいものである。
(四) 各種相談業務の充実
視覚障害老人の生活施設である盲老人ホームでは、生活に関してもろもろの悩みごとがあって当然であろう。一般に、老人ホームは集団生活だからということで、在宅生活では到底考えられないような規則が設けられているのが実情である。そのために、入所者は規則と時間にしばられて生活していることが多いように思えてならない。このような状況での生活では、深刻なストレス状態に陥りやすく、相談ごとも増えるかもしれない。できるだけ規則や規制される時間が少なくなることが望まれる。
それにしても、老人からの相談に対応するためには、施設職員として老人福祉に関する専門的な知識はもとより、老後生活に必要な生活技術に関する知識なども必要となるであろう。とくに、カウンセリングに関する知識と技術が必要になってくると考えられる。
最後になったが、盲老人ホームの専門性を確立するために、設備面も含めてサービスのあり方について、入所者のニーズを十分に勘案して、施設で働く職員一人ひとりに考えていただくことをお願いしたい。
二、 処遇理念
処遇理念、処遇方針を決める前に大切な事は、その理念が方針とどのようにかかわりをもっているかということを明らかにしておくことが必要です。全盲老連発行の「盲老人福祉ハンドブック」(昭和五十五年九月発行)の中では、ホーム入所に至る過程の分析、状況の理解の上で、主たる援助活動は、図-1のような流れにそって考えるのが望ましいとしています。
結局は、利用者のニードがどのように処遇方針の中に取り入れられ、利用者、職員の同一目標として設定されているかが、重要だということです。しかし、その根底には常に老人福祉法第二条、第三条の「基本的理念」があることはいうまでもありません。
盲老人ホームにおいて、さらに考えていくべきことは、「視覚の喪失」により生ずる諸課題の認識が、盲老人処遇の過程で、しっかりと職員の間で意志統一されて歩んでいるかどうかということでしょう。形の上だけでなく、それぞれが、自然にその理念をもって援助できるよう、常に話し合われ、研鑚されていくことが必要です。
全国の盲老人ホームの事業計画の中より、この理念が、どのような内容で示されているかを見てみたいと思います。
図1-1 盲老人ホーム処遇内容
盲老人ホーム
- 視覚障害というハンディキャップをもった老人の生活の場として
- 視覚障害によりもたらされた自立生活喪失に対する個別理解と援助
- ホームでの生活適応に対する援助
- 健康管理に対する援助
- 余暇活動に対する援助
- 生活意欲を持たせるための援助
- リハビリテーション
- 安全対策
*老人福祉法 基本的理念
第二条
老人は、多年にわたり社会の進展に寄与してきた者として敬愛され、かつ、健全で安らかな生活を保障されるものとする。
第三条
老人は、老齢に伴って生ずる心身の変化を自覚して、常に心身の健康を保持し、その知識と経験を社会に役立たせるよう努めるものとする。
二 老人は、その希望と能力とに応じ、適当な仕事に従事する機会その他社会的活動に参与する機会を与えられるものとする。
■北海道・旭光園(処遇理念)
目は失ってもこれを嘆くのではなく、その痛みを理解しどれだけ個々の持っている人間としての可能性を回復していけるかが仕事の基本である。
そのためには、一つ一つの仕事が人間の回復につながるという自覚を持ち、盲いた老人を受け容れていく優しい言葉かけと思いやりと理解により、夫々が有する問題点の解決に努め、あわせて老人個々の自立性を培い、ホームにおける生活が真に憩いの場であり、しかも生きがいのある楽しい生活の場となるようみんなで力を合わせてこれを実践していこう。
■徳島県・羽ノ浦荘(処遇理念)
羽ノ浦荘は老人福祉法の基本的理念に基づき、居宅において養護を受けることが困難で、かつ視覚障害を有する老人を受け入れ、社会性の開発や残存機能の保持に努めるとともに、できるだけ家族に近い生活が営めるよう援助していくことを施設運営の基本方針とする。
■熊本県・熊本めぐみの園(処遇理念)
「失明」という人間最大のハンディキャップをもつお年寄りが、そのハンディを感ずることなく施設内を自由に行動し、各種行事、クラブ活動に参加することにより生活の変化が保たれるような、自主生活の援助を念頭におき、事業の計画を樹立します。
その援助においては同じ人間として接することはもちろん職員として常に奉仕の心を持ち、チームワークを重んじ、盲老人ホームとしての特殊性を配慮し、従来の収容施設から生活の場へ、また、利用の場とならんことを目標とします。
そのために職員としての自覚、および反省を忘れずに常に研鑚練磨を心がけ、施設内研修のみならず、自主研修も各自実施するよう、職員一同、心がける所存です。
三、処遇方針
処遇方針は、理念の具体化に向けての最も大切なものですが、ともすれば、「どうせ毎年変るものではなし」と余り考えられていない部分もあります。
理想的な処遇方針の羅列や、開設当時と全く同じという施設もありますが、要は方針の内容がどの程度ホームの現況や利用者のニードに即して検討されているかということです。利用者のニードの受けとめ方には、利用者代表者との会合、常会、懇談会、茶話会、自治会等の定期的な会合をもうけたりする方法や、個別には、意図的面接、居室訪問、アンケート調査、また、日常生活状況からの観察、洞察等という方法により理解に努めますが、盲老人の心理的特質と個々に対する状況の理解という前提のもとに、はじめて表面的訴えの背景が読みとれるものと思います。苦労して得られたニードはともすれば、その場限りの話し合いの中で忘れられがちですが、まとめの意味や、総体的な内容としていくためには是非とも、これを記録にとどめていく必要があります。利用者の人間性の保障という大きな観点のもとにニードを総合的に分析し、一つ一つ処遇の実践に向けての根拠を科学的に考えていかなければならない訳です。
また、処遇方針は処遇実践に必要な具体的目標を作成する基になるものですから、より現実的な内容を含んだものであることが求められます。
これらの観点から、各ホームの処遇方針を紹介します。
■東京都・聖明園曙荘(処遇方針)
老人福祉法の基本的理念と聖明福祉協会の目標である「明るく楽しい豊かな老後」を実現するために、高齢期失明老人の特性を十分考慮した上で、在園者個々に次のことを基本援助方針として実施にあたる。
- 一、視覚喪失によって失ったものにこだわることなく残存感覚機能を活用した日常生活諸動作の自立を目ざす。
- 二、在園者一人ひとりの人権とプライバシーおよび人格を十分に尊重して処遇にあたる一方、失明による第三者への依存心をなくす。
- 三、視覚障害からくる孤独感の防止や運動不足等の解消のため積極的なレクリエーションの機会と場を設けていく。また、在園者自らの自主的なクラブ活動やリハビリとしての手工芸作品づくりの育成に努めることにより、生き生きとした生きがいのある生活の場づくりに取り組む。
- 四、クラブ活動や行事を通して、積極的な地域社会への参加を図り、もって地域社会の一員としての自覚を養う。
- 五、視覚障害のために非衛生的になりがちな衣・食・住に対して、自主的に清潔を保持出来るように助言・援助する。
- 六、加齢と視覚障害による施設内外での在園者の不慮の事故を防止するために、常日頃から設備や器具等の安全使用対策に心がける。
- 七、視覚障害だけでなく、聴覚障害をも合わせてもつ重複障害者には情報の伝達やニーズの傾聴等の個別処遇に心がける。
- 八、家族交流の機会を多く持っていく。
■徳島県・羽ノ浦荘(処遇方針)
入園者は視覚障害に加え、聴力障害、肢体不自由など高齢化に伴う重複障害により、安全で健康的な生活が営めなかったり、家庭や地域内での適切な介護を受けられず入園した者や、安全で快適な生活環況を求めて、またリハビリテーションや生きがいの追求等、自発性をもって入園する者など様々である。しかし、いずれも盲老人という同じハンディキャップをもつことによる、仲間意識を前提とした精神的安定を求めている。
これらの観点にたち、視覚喪失による心身のハンディキャップの克服、生活適応、社会的ニーズの充足、自立生活の実践等を職員と在園者とのふれあいを通して、また直接的、間接的働きかけによってサービス、援助していく。
- 一、具体的援助目標について
- 視覚障害からもたらされた、自立生活喪失に対する個別的理解と援助
- 環境の変化への適応
- 集団生活への適応
- 生活意欲の保持
- 余暇の利用
- リハビリテーション
- その他安全対策
- 二、個別処遇方針の樹立について
入園時、本人や家族、医療機関などとの十分な面接、調査を行い、すみやかに園での生活に適応できるよう処遇の目標を定める。特に精神面の援助、信頼関係の樹立に力を注ぎ、変化に応じて、その都度目標を見直し、個別処遇方針の樹立に努める。 - 三、クラブ活動等の充実について
クラブ活動をさらに充実させるため、担当者がより以上の創意工夫を行い、在園者の生きがいのある生活につながるよう努力する。また、現在クラブ活動にあまり参加していない在園者が、参加できる新しい方法等を検討していく。 - 四、給食内容の充実について
盲老人という対象の特殊性を理解し、年二回の嗜好調査をもとにした献立づくりをする。また、減塩・乳・菜食を中心に脂質の少ない魚や鳥肉、時には豚・牛などを取り入れ、毎日の献立が単調にならないよう工夫する。 - 五、健康管理の徹底について
年二回の定期健康診断のほか、週一回の嘱託医による診察や協力医療機関への通院、入院体制を確保する。また、状態に応じて毎日、血圧測定や医師の指示による処置を実施するとともに、日常の健康管理指導を行う。特に今年度は、嘱託医から指摘のあった肥満対策を、各職域にも協力を求め、実施していく。 - 六、自治会(えびす会)活動の援助
在園者の自主的活動を進めるために、えびす会活動を援助し、在園者の自立意欲を高める。なかでもその中心となる世話人会をさらに育成強化していく。
四、処遇計画
処遇計画は、処遇理念、処遇方針にそい実践を行う上での具体的なものであり、盲老人ホームが、視覚を喪失した利用者にとってどのような有機的価値感があるかを問われる大切なものです。指導員や寮母といった直接処遇職員のみならず、全パートで検討された内容を年間の流れの中で位置付ける必要があります。同時に前年度の処遇内容および、現在の業務内容に対する分析を十分に行うことが前提条件です。
このような過程をふんで、処遇計画は実践化され一日一日の生活が過ぎていく訳ですが、本当の意味での処遇はここから始まります。集団としてのホーム機能が、計画の通り遂行されているかどうかはむろんのこと、利用者個々が、どう受け止めているかが、一番重要な点です。
各日課、行事への個々の参加状況や日常生活状況から、ホームに適応しきれないで、不安を表わしている利用者に対して話し合いや直接的援助を行い個々が満足のいく、いわゆるニードの充足された状態を目指して個別処遇を実践していくことが大切なのです。特に、障害を持つ利用者の全人格的保障という立場に立つ私達が、最も力点を置かなければならないのはこの個別ニードの充足ということであると思います。
さらに個別化へ向け努力していく過程が、職員の研修や、技術習得と深いかかわりを持ち、専門施設職員として位置付けられていく訳です。
処遇計画には次のような内容が含まれてきます。
(1) 日常生活の基本的介護、看護
(2) 行事、クラブ活動、レクリエーション、余暇
(3) 依存からの脱脚、生活空間の拡大
(4) 生活適応、精神的安定
(5) 家族交流
(6) 健康管理
(7) 栄養管理
(8) 生活環境整備(日常生活上の安全確保)
(9) 非常災害対策
処遇計画は、以上の内容を日課、週課等の中に組み込み、ホームの生活の流れをつくっていきます。しかし、この流れも盲老人のペースに合わせて流動的な、幅のある内容にしていく必要があることはいうまでもなく強制や、利用者にとって負担となるものであってはなりません。
職員個々のちょっとした配慮不足や、言葉の使い方により誤解を生ずることも処遇場面では多く見られます。個人の問題というよりもホーム全体の問題として考えていかなければならないでしょう。
これらの目標や項目が、日課、週課、月間、年間の中にどのように生かされているのかみていきます。
■北海道・恵明園(月別目標)
(月別目標) | (実施内容) | (健康管理目標) | |
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4月 | 火災予防 | 1 喫煙器具の総点検 2 朝の放送による防火呼びかけ 3 消火器具の点検 4 ベランダ、非常口の整理 5 就寝時の煙草吸いがら回収 |
風邪の予防、皮膚の清潔 |
5月 | 美化運動 | 1 屋内外大掃除 2 全花壇の整理 3 ベランダ附近の整理清掃 4 全居室および食堂に切り花を飾る |
室内日光浴 |
6月 | 屋外行事への参加 | 1 屋外散歩の奨励 2 行事への参加よびかけ 3 予め、行事内容を周知徹底 |
屋外日光浴 |
7月 | 体力増進 | 1 日光浴の奨励 2 中庭利用による屋外散歩 3 歩け歩け運動、積極的参加呼びかけ |
衣類交換(発汗の為) 皮膚病の予防 |
8月 | 食中毒の防止 | 1 手洗い励行 2 床頭台、冷蔵庫等の点検 3 ハエ、蚊の駆除 4 なま物購入の注意 |
栄養水分の補給 (常時臥床者) |
9月 | 家族交流 | 1 文通週間の積極的利用 2 家族会への参加呼びかけ 3 代筆、電話等の積極的利用援助 4 家族台帳の点検、整理 |
屋外日光浴、伝染病予防 |
10月 | 社会奉仕 | 1 雑巾寄贈 2 赤い羽根共同募金街頭奉仕活動への 参加協力呼びかけ 3 独居老人に対するひと鉢、湯呑み贈呈 4 豊幌駅、バス停の清掃 |
風邪の予防 |
11月 | 冬の準備 | 1 衣類の入れ替え 2 暖房器具の点検整備 3 蒸発皿および加湿器の点検 4 冬囲い、除雪用具の点検整備 5 ベランダ整理 |
風邪の予防 |
12月 | 風邪の予防 | 1 入浴後の湯ざめに注意 2 室温、湿度の調節 3 うがい励行 4 衣類調整 |
室内換気に注意 |
1月 | 事故防止 | 1 左側通行の徹底 2 ひと声運動 3 通院時の事故防止 4 廊下における器具の整理整頓 5 床の水こぼれ拭き徹底 (トイレ、廊下、洗面所) |
皮膚、栄養、衛生管理 |
2月 | 体操への参加 | 1 健康体操への積極的参加 2 健康体操の個別指導 |
風邪の予防、健康管理 |
3月 | クラブ活動への参加 | 1 クラブ活動への積極的援助 2 各クラブ活動への参加呼びかけ 3 園内クラブ交歓発表会 |
衣類と体温調節 |
■東京都・聖明園曙荘(業務分担表)
各職域の計画
一、生活指導員
- 在園者の人権・プライバシーの保護、推進役としての業務の向上。
- 処遇の連絡調整および点検・開発。
- 地域社会との連絡調整。
- 地域社協等とのタイアップによりボランティアの内容開拓と受入れ。
- 福祉情報の処理および収拾分野の合理化についての検討。
二、寮母
●目標
残存機能を活用した日常生活が自主的に危険なく行えるように目を注ぎながら可能性の喜びが生きがいに結びつくようにともに行動しながら援助する。
●計画
- 自立した日常生活を送るための援助
○居室巡回を朝一回として、その後、用件のある人は寮母室へ各自申し出るように助言して、自主的な生活を送るための援助をする。
○孤独化を防ぐために、訴えの少ない在園者との対話を多くする。 - 残存機能の再開発と自己実現のための援助
クラブ活動・レクリエーション・作業・軽運動の実施介助と未参加者への対応。 - 選択制献立・お好み駅弁・寿司賞味会など昼食に重きを置いた食事介助の充実を図る。
- 保健衛生日の居室巡回を継続して、看護婦・指導員・寮母が一体となり衛生面の助言と整理の介助をする。
・食品・押入れ・冷蔵庫・寝具・電気製品など - 支給品について
○日用雑貨品のニード調査に基づいた物品の配布。
○買物をする楽しみを味わうために現金支給を年四回として、ショッピング外出年二回、各業者の出張販売の回数を増す。
三、看護婦
●目標
健康の保持・増進につとめ、自立した日常生活が維持していけるように援助を行う。
●計画
- 在園者個々の、心身状態の把握につとめ、必要に応じて助言援助を行う。
- 健康生活を維持していくために、本人自身で健康管理ができるように助言援助する。
- 「保健衛生日」等を通して、環境衛生についての意識を高めてもらう。
- 関連医療機関との連携を密にして、医療の向上をはかる。
○眼科医師による診察日を月一回設ける。
四、栄養士・調理員
●目標
在園者に対し、栄養的・嗜好的・味覚的に満足できる食事を提供するのみでなく、日常の食事を通して、各人の健康を維持し、増進を図る。
さらに、栄養についての正しい知識を提供し、また、その場を設け、食生活の改善向上を図る。
●計画
- 昼食の選択食制
従来の給食における単一の主食形態でなく、各在園者の嗜好および味覚的に合うものを複数の中から自由に好みで選択し、喫食していただき、楽しみおよび満足感を少しでも得てもらう。
○主食の選択は、週三回の実施とする。
御飯
食パン(希望者には、トーストとする。)
その他
○同様に、複数の主食献立により選択制は、月二回(第二週・第四週)の実施とする。 - 嗜好調査および残菜調査・給食懇談会
集団給食の枠の中で、できるだけ多くの在園者が満足を得られるように、在園者の生の声を聞き、また、統計的に全体の嗜好および給食に対する希望を把握し食事に反映する。
○嗜好調査……四月・八月(敬老月間の食事について)・一月
○残菜調査……五月・十月・二月
給食懇談会および希望献立は毎月一回の実施とする。 - 曙喫茶
自分で自由に外出することのできない在園者に食事ではえられない嗜好的な楽しみを得る場を提供、自分でお金を負担することにより、精神的にも豊かな気分を味わってもらうことを目的とする。
隔月の実施(五月・七月・九月・十一月・一月・三月)とし、喫茶メニューは、季節感を充分出すよう心がけ、実施する。 - 話し合い会
在園者に対し、充実した給食を提供できるように職場内で、月一回実施して、給食に従事する者としての技術および精神性の向上を図る。 - 給食についての配慮
ア 献立の中に季節の材料や行事食を取り入れ、単調な生活の中に色彩をそえる
イ 各自に配膳し、献立の説明は文字盤(時計)に例える。
ウ 喫食できない食べ物に関しては代替えを出し、少しでも多く、摂食してもらうことにする。
エ 希望者には、食べやすいように魚の骨を除く。
オ 各人の量にあわせて、御飯の盛り付けは、大盛・普通盛・小盛などと身体の状況に合わせる。
カ 箸不用の人には、スプーン・フォークなどを用意する
キ 主食・汁物は適温給食を配慮して、調理員、寮母が協力して配膳する。 - 検便(毎月一回実施)
- 栄養月報報告書 六月・九月・十二月・三月
第II章 処遇実践上の基礎的理解
視覚障害に対する理解
順天堂大学眼科講師 赤松恒彦
はじめに
日本に於いて、視覚障害老人について殆ど理解されていないと言ってよい。
多くの老人は、眼が衰えるのはあたりまえと思っており、また、周りの人も同様に考えている。その上、老人は自己主張が少なく、周りに迷惑がかかるような訴えはしないようにしている。これらのことが、老人の視覚障害の発見に大きな妨げになっている。
眼科の線門医は数が少なく、都会を除いて眼科の専門医の診療を受けることは老人にとって生易しいものではない。また、往診をしてくれる眼科医は極まれである為、身体障害のある老人の殆どは眼科医から見放されていると言っても過言ではない状態である。
視覚障害に陥った場合、視覚障害者に対するリハビリテーションが必要であるが、老人の場合、職業的自立を必要としない、または、訓練をする体力がない等の理由で視覚障害者に対するリハビリテーション施設からも見放されている。
視覚障害に陥った老人を放置していると、運動機能が間もなく衰えて、寝たきりになる場合が多くみられる。
寝たきりになると家族を含めた周辺の人々に多くの手を煩わさなければならなくなる。
視覚障害老人を作らない、寝たきりにしない、を多くの人々に理解していただいて、先手先手を打つ対策を建てねばならない。
一、日本に於ける視覚障害者の変遷
日本に於ける視覚障害者の統計は、戦前には内務省の統計が、戦後は昭和二十六年より厚生省が身体障害者実態調査を五年毎に行って明らかになってきた。
その統計も一部の反対によって昭和五十年と六十年には実施ができなかった。
しかし昭和六十一年度には小規模になったが身体障害者実態調査ができることになったと聞いている。障害者の数が判らないといろいろな意味で対策が遅れることに成り兼ねない。
今後もこのことを良く理解して頂いて障害者の方々に協力願いたいものである。
視覚障害者の変遷は表2-1に示した通りである。昭和二十六年から三十年の四年間と昭和四十五年から五十五年十年間のそれぞれの間に視覚障害者が大幅に増加している。
二十六年と三十年の間の増加は何を意味するのか判らないが、おそらく障害年金等、そろそろ福祉の体制ができかかってきた時代で、国民の障害者に対する関心が少しずつ高まって来た時代を背景としており、この四年間に大量の失明者が出たとは考えられない。
表2-1 視覚障害者の年次推移
- | 推計数(単位千人) | 対前回増加割合 |
---|---|---|
昭和26年 | 121 | - |
30年 | 179 | 147.9% |
35年 | 202 | 112.9% |
40年 | 234 | 115.8% |
45年 | 250 | 106.8% |
55年 | 336 | 134.4% |
75年 | 499 | 148.5% |
昭和四十五年から五十五年の十年間の増加は途中の五十年に実態調査が行われていないので、これもはっきりとしたことは判らないが、おそらく老齢人口の増加と無関係ではないと思われる。今後、老人は少なくとも二十五年間程は増加すると言われている。
そこで西暦二〇〇〇年すなわち昭和七十五年に於ける人口推計を基に視覚障害者の数を推計してみると、昭和五十五年から四八・五%増加して、四九・九万人に増加すると考えられる。
各年齢に於ける視覚障害者の変化を推計したものを表2-2に示した。
これでみる通り、六十歳までの視覚障害者は人口の増減が殆どないと考えられ、従って視覚障害者の数も増減はない。
しかし、六十歳以上の老人に於いては、増加が著しく、現在より七九%も増加して、全体の視覚障害者約五十万人の七四.一%を占めるに至ると推計される。
表2-2 視覚障害者数の推計
- | 55年視覚障害者数 | 人口10万対 | 75年推移 |
---|---|---|---|
0~59歳 | 129,070人(38.4%) | 131人 | 129,000人 |
60~64歳 | 41,250人(12.3%) | 923人 | 68,302人 |
65~69歳 | 46,130人(13.7%) | 1,171人 | 78,417人 |
70歳以上 | 119,310人(35.5%) | 1,798人 | 222,932人 |
60歳以上 計 |
206,690人(61.6%) | 1,370人 | 369,711人 |
総計 | 335,760人 | 280人 | 498,781人 |
55年身体障害者実態調査及び人口推計より
1 老齢人口の増加と視覚障害者
老齢人口の増加に伴う老齢視覚障害者の増加については、前項で述べたが、人口構造の変化、特に老齢人口の増加に伴った生産人口(十五歳~六十四歳)の増加がない場合に問題が起こる。
表2-2を詳しく見て頂ければ判るが、昭和七十五年に六十~六十五歳では六五・六%増なのに六十五~六十九歳では七〇・〇%増、七十歳以上では八六・九%の増加となっている。
高齢に成る程、身体機能が衰える老人に、視覚障害者が増加することは、視覚障害者老人の多くが、放置して置けば『寝たきり』になってしまう可能性が多いので、その介護に多くの生産年齢の者が手をとられることになる。寝たきり老人の介護には一説によれば、平均一・五人の人手が必要とされると言われている。
しかし寝たきりとならないまでも、視覚障害老人にはなんらかの介護者を必要とする。
それで計算してみると、昭和七十五年にはおおよそ視覚障害老人の介護の為に、四十万人の生産人口の人手を取ることになる。
視覚障害老人がもし、身辺管理能力を基礎的な訓練と、その後の組織的指導によって一人でできるようにするならば、若いひとの手を多く煩わさないですむことになる。
視覚障害者のリハビリテーションは現在、職業的自立が可能な者を対象として行われているが、今後、老人の視覚障害者の身辺管理能力を高めるリハビリテーション体系を作ることによって、生産年齢の視覚障害者の社会復帰による効果よりもはるかに多くの社会的効果を生む可能性があり、この面の取り組みを社会的に押し進める必要がある。
二、老人の視力と活動能力
1 老人ホームと一般老人の視力比較
われわれは昭和五十八年に茨城県の老人ホーム収容者四〇〇名の養護、特別養護、盲老人ホームを併設した施設の眼科検診を行い、また、昭和五十九年には岩手県沢内村に於いて住民の五分の一抽出調査による住民の眼科検診を行った。
その結果を図2-3に示した。
沢内村は奥羽山脈と北上山系にはさまれた都会から隔絶された山村で、眼科の医療機関には、少なくとも一・五時間を要する所である。
従って眼科医療が非常に希薄な場所であるが、住民の健康に対する関心は村を上げての健康村にするという意識が高い地域である。
沢内村の人口は四、八〇〇名程で、老齢人口は約二二%を越えている。この村の老人と老人ホームの老人の比較をしたのは、家族が介護し得なくなって、老人ホームにお願いした動機として、身辺管理能力の減退が考えられ、その中で視力障害がどの程度関与しているかを明らかにする為である。
図2-3で明らかなように、老人ホームの老人の視力の方がはるかに悪いことが判る。
老人ホームの老人は視力を矯正した後でも約六〇%の老人が視力〇・五以下であり、一方沢内村の老人では矯正視力〇・五以下の老人は約二二%である。
このように明らかに視力障害が老人の身辺管理能力の減退に関係していることが判る。
2 寝たきり・痴呆老人の視力
東京都は昭和五十五年に老人生活実態調査を行った。この調査は老人の身体状況、生活状況全般について調査したもので、特に寝たきり老人と痴呆老人については詳しく調査している。
この調査結果から、視力に関連する部分を取り出して表にしたものが表2-4である。
アンケート調査であるので、視力が測定できないため、視力については、表のごとく日常生活に於ける障害の度合を具体的に質問している。
おおざっぱに見て、『読書可能』は〇・一以上の視力と考えられ、『新聞の見出し程度』は〇・一以下で身体障害者福祉法による身体障害者と見てよいであろう。
『障害のある老人』は『寝たきり』や『痴呆』老人の他に視覚障害老人も含んでいるので、視覚障害は多く出ているが、ここで注目して欲しいのは、『寝たきり』と『痴呆』老人の視力障害の多いことである。
『新聞の見出し』程度以下の視力の老人が『寝たきり』で三五・六%、『痴呆』で三六・九%もあり、『普通に見える』がそれぞれ四七・一%と二八・八%しかないことである。
特に『痴呆』老人の視力の悪さが問題で、痴呆の為に読書をしなくなったので見えないと判断したのか、または本当に見えないのか判らない。しかし我々眼科医は、視力の悪いままで放置されている老人は記憶力の低下が著しく、読書や表字能力は年齢とともに急速に落ちることを経験している。この記億力の低下や書字能力の低下が即痴呆とは言えないが、外からの刺激や情報の低下が『痴呆』の誘因と言われており見過ごすことは出来ない。
『寝たきり』老人の場合は前述したが、視力低下→外出しなくなる→家の中の生活が中心になる→足腰が衰える→寝ていることが多くなる(便所には行ける)→一日寝ているようになる→全面的な介護が必要になる、というかたちで『寝たきり』になることが多い。
このように老人の視力障害は老人の精神活動や身体活動に大きな影響を及ぼすわけで、老人の視力が衰えるのはあたりまえと放置していないで、積極的に視力を出しておかねばならない。その為には壮年・実年の時に視力の低下に関心を持ち、適切な管理をしておかねばならない。
また、視力障害に陥った老人は精神活動や身体活動を衰えさせないように適切な指導が必要であろう。
表2-4 寝たきり老人と痴呆老人の視力(%)
- | 総数 | 見える | 読書不可 | 新聞の 見出し程度 |
1Mで顔の 判別可能 |
まったく 見えない |
---|---|---|---|---|---|---|
寝たきり老人 | 100 | 47.1 | 17.3 | 13.8 | 14.2 | 7.6 |
痴呆老人 | 100 | 29.8 | 31.8 | 25.3 | 9.1 | 2.5 |
障害のある老人 | 100 | 44.2 | 12.8 | 12.8 | 23.6 | 6.6 |
普通の老人 | 99.9 | 86.8 | 10.3 | 2.8 | 0 | 0 |
三、老人の眼疾患
1 老人の失明とその疾患
老人の失明は、若い頃に失明したものと老人になって失明したものとではその原因に大きな違いがある。
現在の老人が生まれ育った時代は、医学も進歩しておらず、食料も不足しており、経済的にも疲弊していた時代である。
従ってその時代の疾患をそのまま背負ってきた失明が多くを占めている。
即ち、眼感染や栄養不良による角膜疾患、無眼球、眼球ろう、などが多い。
しかし将来はこれらの疾患は減少し、今後は先天性の疾患、先天性で後天的に発症してくる疾患(網膜色素変性症)や老齢による特有の疾患(白内障等)が多くなってくると考えられている。
表2-5に昭和五十五年度の身体障害者実態調査結果を年齢別で表にした。
これで見ると、七十歳以上ではそれ以前の年齢に比較して水晶体疾患(白内障)が最も多く増加しており、角膜疾患、網脈絡膜・視神経疾患は六十歳代とあまり変化していない。
表2-6は東京都心身障害者福祉センターの昭和四十三年と昭和五十五年に於ける、身体障害者手帳発行診断の統計である。
これでみる通り、近年老人の増加によって白内障が最も多くなり、食生活の変化に伴って糖尿病性網膜症が多くなっている。それに引き替え角膜混濁、視神経疾患は減少しており、医学の進歩と生活のレベルアップの恩恵が疾病構造を変えつつあることがわかる。
表2-5 疾病の種類,年齢階級別分布 1980年身体障害者実態調査
年齢 | % | 角膜 | 水晶体 | 網脈絡膜 十視神経 |
その他 | - |
---|---|---|---|---|---|---|
20~29歳 | 2.9% | 22.7 | 9.1 | 40.9 | 27.3 | (57) |
30~39歳 | 3.8% | 31.4 | 3.4 | 55.2 | 10.3 | (65) |
40~49歳 | 10.7% | - | 13.4 | 34.6 | 30.9 | (164) |
50~59歳 | 21.0% | 20.1 | 6.9 | 40.3 | 32.7 | (552) |
60~69歳 | 26.0% | 26.9 | 15.7 | 37.6 | 19.8 | (1040) |
70歳~ | 35.5% | 15.6 | 33.5 | 27.5 | 20.4 | (1798) |
( ):人数/10万対各年齢階級別
2 老人の眼疾患とその対策
表2-6に示した東京都における失明疾患は、白内障、強度近視、網膜色素変性症、緑内障、糖尿病性網
膜症となっている。
その他にも失明し易い疾患として、網膜剥離、ブドー膜炎、角膜混濁等がある。
表2-6 視覚障害者の失明原因
病名 | 順位 | 1968年 | 順位 | 1980年 |
---|---|---|---|---|
強度近視 | 1 | 12.8% | 2 | 12.3% |
視神経萎縮 | 2 | 11.6% | 7 | 3.8% |
網膜色素変性 | 3 | 11.5% | 3 | 9.7% |
角膜混濁 | 4 | 10.3% | 5 | 糖尿病 7.4% |
老人性白内症 | 5 | 9.5% | 1 | 13.3% |
未熟児網膜症 | 6 | 5.8% | - | - |
葡萄膜炎 | 7 | 5.8% | 9 | 3.3% |
先天性白内症 | 8 | 4.9% | 8 | 3.3% |
小眼球 | 9 | 4.2% | 6 | 6.4% |
緑内症 | 9 | 4.2% | 4 | 8.6% |
眼外傷 | 11 | 4.0% | 10 | 2.9% |
その他 | - | 15.9% | - | 29.0% |
対象数 | - | 845名 | - | 579名 |
東京都心身障害者福祉センター身体障害者手帳判定検査より
(イ) 白内障
白内障は眼の中にある、レンズ(水晶体)が混濁する疾患で、老人性、糖尿病性、先天性、外傷性、併発性等のいろいろの型がある。
一般的には老人性のものが多く、失明しても手術によって視力を取り戻すことが可能である。
手術の方法としては、一般的には濁った水晶体を取り出してしまい、水晶体に相当する眼鏡をかけることによって視力を出す。
水晶体の取り出し方にも種々の方法があり、より安全に、術後の安静を必要としない方法が開発されている。
従って、現在では米国に於いては、白内障の手術が入院を必要とせず、外来の手術になっている。(米国では単なる白内障の手術では保険で入院が認められない)
水晶体の代わりになるレンズの矯正方法としては、従来の眼鏡による方法、コンタクトレンズ、人工水晶体の方法がある。
眼鏡による方法はレンズが厚くなり、手術した眼の方が大きく見え(不等像視)て立体感が出ず、二重に見えるので、特に老人は歩くのに大変不便である。
コンタクトレンズは見えかたとしては良いが、入れ外しが困難で、難しい。最近一カ月くらい外さなくとも良いソフトコンタクトレンズが開発されたが、一カ月に一回消毒をする為に他人の手を煩わさなければならない点が欠点とも言える。しかし一カ月に一回位は術後眼科で検査してもらった方が良いのでこの時に消毒してもらうようにすれば良いとの論もある。ただ寝たきり老人や施設に入っている老人で、通院が出来ない場合には、家族や施設の職員の方に取り外しや、消毒方法を習ってもらわなければならない。
人工水晶体はもともと水晶体のあった位置にレンズを埋め込んでしまう方法で、今迄は副作用や合併症が多く問題が多かったが、最近は比較的問題が少なくなった。しかし十年、二十年と長く入れた場合どうなるかは今後の問題で、比較的若い人にはお進めしかねる。
原則として六十五歳以上の人に入れるべきだ、との論が多い。
(ロ) 強度近視
強度近視とは近視の度数がマイナス六・〇ディオプトリー以上を言うが、眼鏡を掛けても視力が充分に出ない強度近視のことである。
視力障害をおこす強度近視は網膜(映像を感じる膜で眼底を覆っている)が変性・萎縮をおこしている為に起こるものである。従ってこれを単なる強度近視と言わずに、『変性近視』と最近は区別して言う場合が多い。
この変性近視の予防方法はまだない。しかし視力矯正を良くしておくことが大切のようである。
(ハ) 網膜色素変性症
先天性の素因によって後天的に発症する疾患で、夜盲、視野狭窄、視力低下を主症状とする疾患で、治療方法は確立していないし、原因もつかめていない。
発病の年齢や進行の状況は個人によって違いが大きく、平均的な進行状況と言うものはない。従って失明するものか、しないものかは個々人によって異なる為に、指導に苦労する。只、六十歳以上の老人の網膜色素変性症患者の状態でみると、二五~三〇%の者は完全な失明状態になっており、あとの七〇~七五%の老人はある程度視覚にたよった生活をしているようである。
(ニ) 緑内障
緑内障は眼の内部の圧力が上昇して、眼の中に入って来る血液の流れが少なくなり、網膜や視神経の無酸素状態から失明する可能性のある疾患である。
老人がある時突然、頭痛と吐き気、眼痛が起こり、視力が低下して、一日か二日で失明してしまうようなものを『急性炎性緑内障』または『閉塞隅角緑内障』と言う。これは発作的に起こるが、発作が起こった場合に直ちに手術を行えば失明は避けられる。
これに対し、若い頃から時々頭痛があり、視力が何となく霞む、という症状から、だんだん視野が狭窄してきてしまうものがある。これを『慢性緑内障』または、『広隅角緑内障』、『開放隅角緑内障』とも言う。
これは視力の低下、頭痛などの際に眼科で検査を受けて発見される場合が多い。
広隅角緑内障は早期発見、早期治療、厳重な長年にわたる管理が必要で、薬による治療が主で手術は薬で眼圧のコントロールができない際に補助的に行うものである。
(ホ) 糖尿病性網膜症
糖尿病性網膜症は近年非常に増加してきた失明疾患である。しかし内科的管理と本人の管理が充分であれば失明を避けることが出来る。また、最近は眼科に於ける治療として、ある程度進行した糖尿病性網膜症の場合に、レーザーで網膜を焼いたり、網膜を冷凍凝固することによって失明を回避する方法も開発された。しかしこれもあくまでも補助的手段であり、血糖のコントロールが治療の基本である。
(ヘ) 網膜剥離
網膜剥離は眼底の網膜が剥れてしまう疾患で、外傷や高度近視等に合併することが多い。外傷は主に、サッカーボールの様な柔らかい物での打撲の場合が多く、固い物が当たった場合は比較的少ない。
その他の網膜剥離では高度近視に多いが、ブドー膜炎や各種の眼底疾患に続発して起こる場合もある。
治療としては、手術が主体で術前術後の安静も大切である。術後の安静は最近あまり長くなく、おおよそ一週間程度である。
術後の視力の予後を左右するのは早期発見早期治療で、外傷の場合、眼内出血の為に眼底検査が不可能な場合は網膜剥離を予測して安静をとって置いた方が無難である。
外傷以外の網膜剥離は飛蚊症(視界に黒い物が飛んでいるように見える)や光視症(視界にピカッと光が走るように見える)が前兆となる場合が多いので、これらの症状が出た場合には眼科医の診察を受ける必要がある。
(ト) 角膜混濁
角膜白斑・角膜片雲・角膜えい・角膜混濁・癒着性白斑等の病名は角膜(黒目の部分)の混濁で、混濁を残していると濁りがじゃまをしてはっきり見ることができない。
角膜の固まった混濁は、角膜移植によって治療が可能である。
角膜移植は死体の角膜を提供して戴き、透明な死体の角膜と混濁した角膜を取り替える手術である。死亡してから二十四時間以内の眼球を摘出して、組織培養液に浸して低温にして置けば一週間程は新鮮なまま保存が可能である。この他に角膜を乾燥させて保存し、角膜の部分的な移植に利用する方法もある。乾燥保存角膜は、角膜の表層に混濁のある場合や、感染症や外傷で孔が開いてしまった場合に利用する。新鮮な必要がないので緊急の場合に大変役立つものである。
角膜移植の成功率は年々上がっている。
移植される眼の状態が良ければ、九〇%以上の透明治癒率が得られるようになった。
(チ) ブドー膜炎
ブドー膜炎は眼の茶目(虹彩)の組織が眼底まで続いており、ちょうど眼底では網膜をうらうちしている組織となっている。その為ブドー膜に炎症を起こすと、虹彩の部分からは濁った液が排出して眼内を濁らせ、眼底は網膜の機能を低下させる。
ブドー膜炎にはベーチェット氏病、原田氏病、虹彩炎、虹彩毛様体炎などの病気があり、失明する場合もある。
ステロイドホルモンの上手な使用が失明をまぬがせる様になったが、ベーチェット氏病ではステロイドの使用はなるべく避けたほうが良いとされている。
四、老人視覚障害者の今後の課題
1 老人視覚障害者の身辺管理能力向上
本文中でも述べたが、視覚障害老人の身辺管理能力向上を計らないと寝たきりになってしまう恐れがある、もしそうでなくとも介護のための人的資源の確保は大変である。
従って、老人視覚障害者の指導訓練施設は老人の住んでいる地域に密着して配置されねばならない。そのための指導員の養成は急務である。
2 老人の失明予防
老人の失明原因の中で最も多いのが白内障であった。白内障は当然手術をすれば失明が防げるわけで、手術をすればよいではないかと思うであろう。
ところが老人は手術に対する不信の他に、手術に於ける家族の人的、時間的負担を考えて手術に踏み切れない場合が多い。手術の時には入院して、基準看護の病院であれば手がかからないが、退院してからの通院に家族の付き添いがないと危ない場合もあり、また、入院の期間が長引けば家庭で老人の帰って行く場がなくなってしまう等、多くの問題がある。
これらの問題を解決する為には、
(イ) 地域で老人介護の協同責任負担体制を作る。
(ロ) 医療供給側の老人の医療供給体制を作る。
この(イ)、(ロ)の両者による老人の受渡しと介護のシステム化をしなければならない。
盲老人の心理
日本大学助教授 長嶋 紀一
「盲老人」というと、何か特殊な人間であるかのような錯覚、誤解あるいは偏見をもってみられがちであるが、まったく普通の人間であり、たまたま何らかの原因で視覚器官あるいは視知覚の領域に障害があるだけのことである。極く普通の人間が、いわば二次的に視覚障害を有していると考えるべきである。盲老人(視覚障害を有する老人)の心理を考えるに際しても、視覚障害のない晴眼老人の心理を基にして、つまり正常な老化を基礎にして考えるべきであると考える。しかし、現実には、視覚障害の程度、原因、起こった年齢、社会的・家庭的環境などにより、盲老人の心理への影響も微妙に異なってくるであろう。ここではまず、正常な老化および老人の心理について触れ、ついで盲老人の心理について述べることにする。
一、こころの老化に影響をおよぼすもの
何がこころの老化に影響をおよぼし、老人の心理的側面を変えて、老人らしさが表面化する原因となるかを規定することは困難である。しかし、誰にでも共通するものとしては、1身体的疾病があること、2脳の老化が起こること、3喪失体験が多くなることなどが考えられる。また、年をとると単に病弱化するだけでなく精神面の健康、社会面の健康も脅かされるために、身体的、精神的、社会的に健全な状態を維持することがどうしても難しくなりやすい。
たとえば、子どもとの同居やひとり暮らしに限らず、著しく病弱化すると、在宅での生活は難しくなる。身体的には健康であっても、退職や引退、役割からの解放などにより、一日中何もすることのない状態での生活では、同居家族や周囲の人たちと友好な人間関係を保てるかどうか問題である。
このように、高齢になると、老後生活が脅かされたり、破壊される状態にまで追いこまれることもあるであろう。つまり、高齢になると、日常生活のいろいろな面に支障が生じやすくなりやすいのである。具体的にはつぎのようなことが考えられる。
一、心身の機能低下
直接的な原因は、病弱化あるいは心身両面が不健康な状態になりやすいということである。そのために日常生活能力が低下し、自立した行動や生活ができにくくなる。たとえば、食事を作ること、食べること、後片づけをすることなども、ひとりではできなくなったり、面倒になったりする。その他、入浴、洗面、排泄、洗濯、掃除なども面倒になったり、できにくくなる。このように、家事や衛生管理など身のまわりのことができなくなると、老後生活は徐々に崩壊することになる。そして、生活調整能力が全体的に低下すると、人間らしい生活を維持することが難しくなる。
二、稼働能力の低下
心身の機能低下、病弱化、さらには社会の制度や習慣などにより、個人差はあるにしても、稼働能力が低下し、収入の道が閉ざされるために、経済的貧困に陥りやすい。稼働能力が低下し、収入や財産がなくなると、多くの場合誰でもが、家庭支持の役割を喪失しやすくなる。そして結果的には、家庭の中で自分の地位を確保することが困難になり、経済的にも精神的にも家族に依存しなければ、生活できなくなる。
三、孤立・孤独
老人の孤立や孤独の原因や理由としては、社会的要因と心理的要因が考えられる。社会的要因としては、長年続けてきた仕事(職業)や役割からの引退、心理的要因としては、配偶者や同胞および同世代の人々の死、子どもの成長や孫の出生、記憶力・記銘力の低下などが考えられる。高齢になるにしたがって、新しい友人や知りあいをつくることが困難になり、どうしても孤立化傾向が強くなりやすく、孤独な生活に陥りがちである。
しかし、孤独感は必ずしも孤立化している老人だけに強くあらわれるとは限らない。三世代家族や周囲に大勢の人がいても、孤立感、孤独感を強く感じるのが老人なのである。孤立化した生活をしていると、本人も周囲の人も気がつかないうちに、社会や集団の隅においやられ、自閉的な生活に陥り、社会性を失いやすいので、注意を要する。
四、喪失体験の増加
高齢になるにしたがって、内的にも外的にも失うものが多くなる。たとえば、内的なものとしては、記憶力や学習能力の低下、意欲や気力の低下、興味や関心の低下、病弱化など各種心身機能の低下が考えられる。外的なものとしては、仕事や役割の喪失、配偶者や友人との死別、経済的貧困などが考えられる。このように、内的には能力の喪失、外的には人間関係の崩壊や喪失が起こるために、日常生活で体験する内容(出来ごと)の受けとめ方や対応の仕方が若いころとは異なってしまうことになる。つまり、それまでは興味や関心ごとを持っていて、楽しいとかすばらしいと感じていたことに対しても、興味や関心が持てず、楽しさを感じることができなくなってしまうということである。
この結果、盲老人に限らず、年齢が高くなるにしたがって、身近な人、特に家族との深いかかわりを求めるようになる。そして、依頼心や依存心が強くなるようである。
二、老人心理の特徴―老化の影響―
高齢になると、心身の機能が老化することにより、社会的な面でのかかわりも少しずつ変化し、そのことが老人の心理面、行動面に影響をおよぼすために、心理的安定が保ちにくくなる。つまり、心身の老化により、老人は心理にも社会的にも、それまでに経験しなかった影響を受けやすくなる。
一、生活環境の狭小化
老人の生活環境や情報処理範囲は、心理的にも物理的にも狭くなりがちである。同時に情報処理の速度が遅くなる。たとえば、眼や耳に機能低下や障害が起こると、外からの情報を正確にしかも速くとらえることが難しくなる。そのために誤解や考え違いをしてしまいがちになる。
また、外部の出来ごとよりも、内部のこと(からだやこころの動き)のことが気がかりで、外からの刺激(情報)に注意を集中することができずに、自分の殻に閉じこもりがちになる。このような状態での生活では、外からの情報に対応できずに、生活環境を自ら狭くしてしまうことになる。そして、外部からの情報を処理できずに、あるいは拒絶して、狭い環境へ逃げこんだ状態での生活に陥ってしまうことになる。
二、行動範囲の縮小
老年期には行動範囲が縮小される。原因としては体力、特に脚力の衰えが強調されがちであるが、意欲や気力など多くの心理的な理由が考えられる。たとえば、目標や要求水準の設定、意欲をもって生活することをやめてしまうことである。加齢に伴う心身の機能低下を的確にとらえようとせずに、老化を悲観的に受けとめすぎることにより、物理的な行動範囲(移動距離)ばかりでなく、心理的な行動範囲(コミュニケーションを伴った交流)も狭くなる。コミュニケーションを伴ったこころの交流が狭くなると、情報量が少なくなるばかりでなく情報の質にも変化が生じ、孤立化、周辺化しやすく、物理的にも心理的にも行動範囲が狭くなり自閉的になりやすい。
三、人間関係の縮小
生活環境や行動範囲が狭くなると、かかわりをもつ人の数やかかわり方が少なくなり、人間関係が縮小されやすい。また、高齢になるにしたがって、配偶者、同世代の友人や知りあいなどの他界で、昔からの人間関係が崩壊する反面、新しい人間関係を成立させることができにくいために、極く限られた人とのつながりを保つだけになりやすい。そのために、ときには孤立した生活、自閉的な生活になりやすく、孤独に耐えて生活しなければならなくなる。
四、役割の変化と没頭体験の減少
誰でもが年齢に応じて、何らかの役割を担って生活している。年をとると、執ように役割を保持しようとしたり、逆に役割を放棄したりする人が多いようである。
老人の場合、家族や社会から使命感を感じとれるような役割を期待される機会が少ないために、役割を自覚したり生きがいや幸福感を経験することが少なくなりがちである。また、生きるための目標を見失なったり、仕事や趣味などの打ち込む対象を失いやすいこともあり、一日一日を緩慢に過ごしがちになる。
このような老化の影響が表面化すると、無力感や依存感があらわれやすくなり、自主的・自立的な思考や行動が少なくなる。そして、日々何をしたらよいかわからなくなり、空虚さしか体験できなくなり、無感動な生活に陥りやすく、最終的には性格面・行動面にマイナス面が出やすくなる。
三、盲老人の心理
盲老人の場合、正常な老化に加えて視覚障害があるために、視覚刺激に対して対応できないばかりでなく、歩行や運動、環境認知能力などが制限される。そのために、新しい環境(事態)への対応、生活環境や身辺の整理整頓が困難であるだけでなく、心理面にもマイナスの影響を受けやすくなる。たとえば、日常生活のいろんな場面で、常に第三者の手をわずらわせなければならないということで、依存的傾向や依頼心が強くなる。あるいは対人関係や社会性に問題が生じやすくなるなどが考えられる。
盲老人に関する心理学的な調査・研究は、本邦においては皆無に等しいが、ここでは臨床的な観察に基づいて得られた知見について述べることにする。
一、盲老人の悩み
盲老人の最大の悩みは、視覚的な環境認知ができないことであろう。人間は、外部からの情報の九〇%以上を視覚でとらえて、対応することにより生活しているからである。晴眼者であれば何んでもないことが、視覚障害のために外部からの情報を素早く、しかも正確に把握できないことで、生活環境への対応が十分にできにくい。誰かの手を借りなければ、視覚的な情報を認知し、理解し、対応することができないために、どうしても消極的になりやすく、劣等意識をもちやすい。
つぎに、視覚障害のために、歩行や運動が大きく制限されやすく、自立した行動が困難になることであろう。障害の起こった年齢によっても差があるであろうが、比較的高齢で障害を受けた場合には、訓練や練習の成果にもおのずと限界があるため、自由に歩行や運動することがなおさら難しくなる。そのために、極く狭い範囲での行動に限られてしまうことになる。このように歩行や運動が制限されることは、精神衛生上も好ましくないだけでなく、危険や災害から安全に退避することも難しくするなど、深刻な問題も含んでいると考えられる。
さらに、高齢で失明した老人の場合には、環境認知能力や歩行・運動の制限などはもとより、日常生活能力に支障をきたすため、絶えず第三者の介助を受けなければ、生命を維持することも困難になる。そのために、依存的傾向や依頼心が強くなりやすく、健全な人間関係を維持することも難しくなりやすい。
これらの他に、視覚を通しての情報による娯楽や学習などができないために、ますます消極的・孤立的・自閉的になりやすく、深刻な心理的な悩みをいだきやすくなる。
二、盲老人の心理的特性
盲老人の心理に影響をおよぼす要因としては、障害の起こった年齢、障害の原因と程度、障害が起こる前の心身の状態(性格や健康状態、教育歴、職歴など)、それに社会的環境などが考えられる。たとえば、失明した年齢によって、その後の教育・訓練の効果に差があるために、異なった心理特性を示すであろう。ここでは、老人福祉施設での臨床観察に基づいた盲老人の性格的特徴としてつぎのようなものが考えられる。
あきらめ……失明による視覚情報の遮断、行動の制限、娯楽の減少などからあきらめが強くなる。
自己中心性……失明による対人関係の狭小化、興味や関心の狭小化、新しい経験や知識の減少による思考力や判断力の減弱などが関係している。
猜疑・嫉妬……視覚的認知能力の障害により、周囲との交流や情報交換が不十分なことや各種の欲求が満たされにくいことが関係している。
依存性……失明による環境認知能力の減退をはじめとして、歩行、運動、日常生活能力などが十分でないことに関係する。
不安・不自由・愚痴……失明による孤独な生活、環境への不適応などから不安が高くなり、不満や愚痴が出やすくなる。
保守性……新しい経験を得ることが少ないために、考え方ややり方、現在の環境を変えることを嫌い、不安をいだく。
孤独感……視覚的情報の遮断や行動の制限、周囲との交流の機会の減少などが関係している。
興味・関心の減退……視覚障害により活動範囲が狭くなることや情緒反応の減退が関係している。
活動性の減退……体力の衰えに加えて、歩行や運動の不自由さが関係している。
三、盲老人の生活を阻害するもの
盲老人の生活を阻害し、不適応を助長する要因としてはつぎのようなものが考えられる。
劣等意識の増大……周囲からの援助や介助がないと生活が困難であることから、自らを弱者、劣った者としてとらえ、劣等への逃避欲求が強くなる。
依存性の増大……受け身的な生活態度、他律的な行動に慣れてしまいやすく、自由と責任から逃れ、依存への欲求が強くなる。
不理解の恐怖……視覚障害をもって生活することの大変さ、心理的負担は、周囲の人々には到底理解してもらえないという不安が強い。そのため悲観的で自己否定的になりやすい。
性格偏向の恐怖……失明を体験することで、それまでとは異なった情報の認知および対応を経験して、自らの思考や行動の変化に気づき、「これでよいのだろうか」という戸惑いや恐怖をいだくようになる。
主題:
盲老人の豊かな生活を求めて No.1
1頁~44頁
発行者:
全国盲老人福祉施設連絡協議会
発行年月:
1986年6月1日
文献に関する問い合わせ先:
全国盲老人福祉施設連絡協議会
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