音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

第25回障がい者制度改革推進会議(H22.11.15) 新谷友良委員提出資料

国際難聴者連盟(IFHOH)が2010年8月15日、人工内耳に関する見解を発表しました。「障害の予防」に関する参考資料として提出いたします。

人工内耳に関するIFHOHの見解

【背景】

 人工内耳は、ろう者や重度の聴覚障害者に音の感覚を取り戻す機器です。人工内耳は、耳の後ろに取り付ける受信機及びプロセッサーからなる体外機器と蝸牛に埋め込まれる電極からなる体内機器で構成されています。人工内耳は、聞こえを正常な状態に回復するものではありませんが、音を聞き取ることが出来るレベルまで聴力を回復させ、会話の理解を助けることが出来ます。アメリカ食品医薬品局(FDA)の調査によれば、2009年4月現在、世界で約188,000人の人が人工内耳を装着しています。

 開発されて30年間を経過し、人工内耳は研究・実験段階から臨床的な段階に発展しました。初期のころ、人工内耳は非常に簡単なもので、最も特徴的な(例えば母音など)を検知することが出来る単一チャンネルの機器でした。最初、人工内耳の手術を受けたのは主として成人のろう者で、残存聴力のない方でした。この世代の人工内耳は、読話技術と聴能と云った限定された機能しかありませんでしたが、機器の継続的な研究開発を促進するには十分有効なものでした。

 初期の研究では、人工内耳は読話技術を向上させるのには役立つものの、例外的な場合を除いて、通常の環境での聞き取り効果は少ないか、またはほとんど期待できないものと思われていました。

 しかし、ここ数年の間のマイクロプロセッサーと電子回路微小化技術の非常な技術革新は、人工内耳の開発に大きく寄与しました。初期の単一チャンネルの人工内耳は、複合的な多チャンネルのデバイスに置き換えられました。技術進歩によって、プロセッサーは音声入力の波形を非常に正確に再現できるようになりました。これに加えて、解析技術の向上は、音声情報の電極の様々な位置への電気刺激により様々な情報を電子配列への電気的な刺激に変換することを可能なものにしました。

 現在、人工内耳を開発している会社は数社あります。各社の人工内耳は同一の原理に基づいた、似かよった機能をもっていますが、それぞれユニークな機能や特長を備えています。現行の全ての機器は多チャンネル刺激機能を備えており、体外機器と体内受信機との間の情報伝達に電磁波を利用し、テレメトリー機能(内耳電極の統合的な監視が可能)と最新の音声処理技術を採用しています。

 最近の機器はテレコイルを内蔵しており、FMシステムなどの補聴援助システムの利用が可能になっています。また、幾つかの機器は指向性マイクを使用しており、背景雑音からの影響を低減する特長を備えています。研究開発の進歩は、雑音や厳しい環境での人工内耳の機能改善を可能にし、音楽の聞き取り機能も改善されています。さらに、低い周波数帯域で残存聴力がある人に対しては補聴器と人工内耳技術を結合させた機器のように、人工内耳を装用しても残存聴力を保存する方法が開発されています。

 過去数年間、両耳に人工内耳を装用する傾向が高まっています。多くの医療機関では、装用が可能な患者に対しては両耳装用が標準に近い医療方法になりつつあります。この分野では多くの研究がなされており、成人・子どもを問わず同時または連続的な人工内耳両耳装用が顕著な効果をもたらすことが報告されています。

 音声言語を習得した後聞こえなくなった人については、人工内耳の装用によって著しい聴覚の改善がみられることが判明しています。また、これらの多くの人では、聴能のみでの会話の理解が非常に向上しています。現在までの研究結果は、人工内耳を装用した場合に、高度難聴の継続期間、残存聴力レベル、病因、補聴器の使用の有無など、様々な要因が寄与することを示しています。このグループでの人工内耳の問題は、この数年大きく変化しました。先ほど説明しましたように、当初はほとんど聴力を失ったしまった重度聴覚障害の成人のみが、人工内耳装用の対象と考えられていましたが、現在では中等度・高度の難聴者もまた装用の対象となっています。残存聴力のある成人の場合、人工内耳装用の可否は、絶対的な聴覚閾値のみならず、補聴器などを使用した場合の語音明瞭度に基づいて判定されます。これらのデータは補聴器などを使用した場合の語音明瞭度、毎日の生活で経験するコミュニケーションの困難さをより強く反映し、人工内耳を装用した時の聞こえの改善の可能性を示すと考えられています。

 先天的に聞こえの障害のある成人や年長の子どもへの人工内耳の施術は、後天的な失聴者よりも非常に個人差があります。環境音の聞き取りのみならず読話技術や聴能のみでの会話の理解が進んだ改善報告がありますが、人工内耳の装用による顕著な改善がない例や結果的に人工内耳を利用しなくなった例も報告されています。後天的な失聴者と同様に、このグループでも母体内で聴覚に障害を受けた時期、最初に補聴器のフィッティングを受けた年齢、重度の聴覚障害の継続期間、コミュニケーション方法など、様々な要因が関係することが示されています。例えば、主要なコミュニケーション方法として手話を使用している人にとって、人工内耳の効果は限定的なようです。同様に、重度の聴覚障害の継続期間は、聴覚の喪失程度や電気的刺激に対する聴覚経路の利用能力に大きく関係しています。このグループの装用結果は、非常に変動的で、個別的でかつ主観的な要素が大きく作用しています。例えば、個人差が大きく、語音明瞭度が0%にとどまっている場合は、臨床的には不成功とみなされますが、ある人にとっては、環境音の聞き取り能力の向上は非常に意味のあることで、大きな成功例とみなされます。

 後天的な聴覚障害であれ、先天的な聴覚障害であれ、成人の人工内耳施術の判断は、十分な説明のもとになされなければならず、手術に伴うリスク、また術後のリスクも患者に十分に告知する必要があります。

 子どもに関しては、人工内耳を受ける年齢がここ数年非常に低くなっています。これは、子どもの場合、より早く人工内耳の手術を受けることで会話や言語の遅れを最小限にとどめることが出来るという研究結果がその原因となっています。

 研究結果は、早期の人工内耳の装用が発語の発達に非常に大きな影響を与えることを示しています。両親の施術決定は、十分な情報提供のもとになされなければならず、また術後の長期にわたる見通しを踏まえてなされなければなりません。現在の研究では、子どもに対する施術の結果は、下記の二つのグループに分類できます。

 一つ目のグループは、生まれた時は正常な聞こえの状態であったがその後高度・重度の聴覚障害になった子どものグループです。最も施術に適した子供は、正常な聞こえの状態の時期が長く、施術までの重度の聴覚障害期間が出来る限り短い子どもです。これらの子どもに対する人工内耳の手術結果は、聴能を通してほとんどの音素やその組み合わせを理解することで、重要な音声の特徴を素早く身につけることが出来ることを示しています。手術後は継続的な言語訓練が必要で、訓練と経験で多くの子どもが聴能のみを使用して会話を理解することが出来るようになります。彼らへの訓練は聴能の継続的な発達に力を入れるため、正規の聴能訓練とは内容が異なります。

 第2のグループは、先天的に聴覚の障害がある子どもたちです。このグループでは人工内耳を装用しても、第1のグループの子どもたちと同様な聴覚反応は見えません。聴覚による記憶が蓄積されていないので、この子どもたちに対する目標は、聴能の発達を促すことにあります。以前に蓄積された聴覚の記憶を改めて刺激する1番目のグループの子どもたちと異なり、2番目のグループの子どもたちは、周りの音に気づくことを学ばねばなりません。周りの様々な音を注意を向け、聞き取り、入ってくる会話音をまねることが必要になります。

 このグループの子どもたちの改善はゆっくりとしたものです。しかし、研究や臨床での観察は、適切な訓練で聴能の継続的な改善が進むことを明確に示しています。最新の観察では、数年にわたる経験の積み重ねと訓練で、これらの子どもたちが1番目のグループの子どもたちと同じ聞こえの発達レベルに到達することを示唆しています。

施策の指針

A.はじめに

 IFHOHは、耳の後ろに手をかざすことから始まり、非電子機器であるトランペット型集音器、電子機器である様々な種類の補聴器、そしてあらゆる種類の音響信号プロセッサーに至る補聴機器の中で、人工内耳を現在における最も進んだ「補聴器」と考えています。医療技術の進歩は、聴覚の脳中枢機能への機器の埋め込みや、幹細胞研究の応用、内耳有毛細胞の再生、その他未知の可能性を示しています。概念的にも機能的にも、これらの機器や技術は同じ目的をもっています。それは、音声によるコミュニケーションを改善すると云うことであり、人工内耳に於いても異なるところはありません。他の機器や技術と同様、人工内耳を装用するかどうかは、関係する個人の必要性と期待と評価にかかっています。

 2006年に採択された国連障害者権利条約は、社会における完全な参加とインクルージョンを促進するための援助技術の必要性を規定しています。生活のすべての分野での、聞こえに困難を抱えている人の社会参加を促進することに対するこれらの機器・技術の重要性を認識して、IFHOHはすべての国に対して、補聴器・人工内耳・その他の補聴援助機器の提供を含む、聞こえのリハビリテーションに関する保健プログラムを策定することを求めます。

B.成人

1.高度・重度、又は完全に聴覚を失っている先天的あるいは後天的な難聴者はすべて人工内耳装用の対象とIFHOHは考えます。補聴器を使用しても、聴覚を通じた言葉の理解に制限がある場合は、難聴と考えられます。人工内耳を装用するかどうかは、本人に対するインフォームドコンセントと医療専門家(例えば、言語聴覚士。耳鼻咽喉科専門医)の意見によって、本人が決定すべきです。

2.キーとなる前提条件は情報です。人工内耳を受ける患者は、術前の検査、手術方法、術後のプログラムの全てにわたって、全ての情報を得る必要があります。また、手術前、手術後全てにわたって満足な手術設備を提供する必要があります。

3.人工内耳の手術を受けることを考えている人は、十分な専門知識を備えた医療機関で検査と手術を受けることを、IFHOHは推奨します。医療機関を選ぶに当たっては、経験の蓄積、手術前検査の内容、定期的なフォローアップ検査の頻度、聴覚リハビリテ―ション・プログラムが推奨され実行されているかをチェックする必要があります。もし疑問な点があれば、セカンドオピニオンを求めるべきです。

4.IFHOHは、必要な場合両耳に人工内耳を装用することを推奨します。また、このような手術を可能にする国家的な保険プログラムの策定を望みます。

C.子ども

1.一般的なルールとして、難聴が発見されたら出来るだけ早く、また先天的な聴覚障害の場合には出来るだけ小さなうちに人工内耳の手術を受けるかどうかを決定すべきです。残存聴力を最大限活用することが出来るかどうかの適切な診断に基づく有効な治療期間を経て、人工内耳の施術を決定する必要があります。通常の治療で適切に増幅された様々な音声情報へのアクセスが制限される高度・重度難聴の子どもは、一般的に人工内耳の手術の対象です。人工内耳の手術を受けるかどうかは、単に聴覚検査のみによるのではなく、子どもの聴能の発達についての言語聴覚士の報告も併せて判断されなければなりません。

2.人工内耳手術の最終決定は子どもの両親によってなされるべきです。装用の過程に係る専門家チームの責任は、子どもの両親の決定に当たって必要なすべての情報を提供することです。耳の器官を交換するもの(多くの両親がそう考えています)ではないこと、正常な聴力を生み出すのではないことを明示的に説明するなど、予想されるすべての結果を両親に説明する必要があります。実際に人工内耳の手術を受けた子供の平均的な術後経過を予後マーカーとして利用することは有効です。

3.人工内耳によって子どもがどのような能力を獲得するかは、その後の教育プログラムと密接に関係しています。しっかりとした継続的な聴能に関する訓練プログラムを伴わなければ、人工内耳の潜在的な効果は完全には実現されません。

4.小さなろうの子どもへの人工内耳装用の最終的な社会的・心理的評価については十分な情報が現在は不足しています。そのような子どもが青年期になって自分の装用結果に対してどのように感じるかわれわれは十分に知ってはいません。通常の補聴機器を利用している高度・重度の難聴をもった子どもについての実績から判断し、統一的な見解はまだ得られていません。ある人は、そのような子どもに人工器官を押し付けることに反対していますし、ある人はそのような決断をした両親を称賛しています。

今回の見解は以前のIFHOHの見解を基にしています。今回の見解はRicki Salomon (Israel), Ruth Warick (Canada) 、Marcel Bobeldijk (Netherlands) によって起草され、Ahiya Kamara とGaby Admon-Rick (Israel)によって編集されました。