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Ⅰ.障害別のニーズと配慮事項

5.知的障害

知的障害者について──災害時に困ること

災害発生時に知的障害者が「だれ」と「どこ」にいるかにより、状況は大きくことなるでしょう。ひとりでいる場合、あるいは近くに家族や支援者がいなくて、一般市民と一緒にいるような場合には、重度・軽度の障害程度の違いを別にして、知的障害者の特徴として、次のような困難があります。

1)知的障害の特徴が理解されない場合がある(周囲にいる人が知的障害と判断できない場合がある)

2)周囲の人からの状況説明を理解できない場合がある

3)周囲の人に自分のこと(氏名・住所・連絡先など)を説明できない場合がある

4)身体障害などとの重複障害がある場合、理解されにくい(コミュニケーションが困難)

5)災害による異常事態で情緒不安定やパニックなどが起こることがある。

6)知的障害者がひとりでいる場合、災害情報が防災放送や防災無線・有線などで伝達されても、内容の理解や対応に困難がある。

2004年10月23日(土)17時56分に発生した「新潟県中越地震」では、次のような事例がありました。

1)家庭や、グループホーム、入所施設などで、多動的傾向のあるの人は通常以上に多動となり、家族や支援者が一緒にいたり、移動(散歩)したりして、一夜を過ごした人もいた。

2)自閉症的傾向のある人の中には、“フラッシュバック”状態もあり、不眠状態が続いたり、2年以上経過した今でも、いまだに診療を受けたり、不安状態が残っている人もおり、トラウマ(PTSD)も見受けられる。 

3)通信網の損壊により、入所施設も同様であるが、特にグループホームでは家庭との相互連絡が取れず、安否確認が遅れたための不安も拡大した。

4)グループホームでは、世話人が常駐と非常駐(時間勤務)の差異があり、知的障害者の災害対応にも違いが生じる。

なお、季節、時間帯により、災害による困難の内容・程度は異なり、「新潟県中越地震」も、厳冬期や夜間に発生していた場合、困難は一層増大していたであろうと考えられます。

(1)日ごろの備え

本人の備え

1)もしものときの、緊急連絡や安否確認のため、緊急連絡先・連絡網を整備し、第三者にも提示できるようにしましょう。これは住んでいる場所や施設の形態、地域生活の状況に関わらず、必要となります。 

2)「防災カード(ヘルプカード)」(氏名・住所・連絡先・血液型・利用医療機関名などを記載したもの)を作成し、携帯しましょう。この種の情報は、災害時以外でも、例えば外出中に体調を崩した場合などに、救急車の手配と家庭への連絡に役だった事例があります。

3)隣人・町内会長・民生委員との接点をつくり、連絡や交流を密にしておきましょう(遠い親戚より近くの知人)
障害を隠さずに、必要な支援を平時より伝えることが必要でしょう。(支援=私縁)

家族の備え

1)母親任せでなく、父母協働による共育(教育)と日常生活が必要です。
障害の重いほど、年齢の低いほど、育児・日常生活が母親と一緒になりがちですが、特に男性障害児者の場合、避難所での生活も想定すると、母親離れと父親の関与が必要でしょう。

2)住宅の安全点検・非常口・非常時持ち出し品の確認と親子協働の避難訓練をしておきましょう。

3)最も厳しい季節や、対応の難しい時間帯を想定し、その対処について考えておきましょう。
(例:大都市であれば、通学・通勤時間帯。農村部であれば、厳冬期・夜間など)

周囲の備え

1)災害時には、知的障害者本人に、災害発生の情報提供を迅速かつ的確に、理解できるように伝達することが望まれます。しかし、個人情報保護法やプライバシー保護優先の社会では、その前提として、障害者側から自分自身の存在、障害内容、生活状況などをより近い周囲の人や自治会、民生委員などに伝え、緊急事態や災害時に支援を受けられるようにしておくことが大切です。

災害について話し合う

2)自治体の福祉担当者は施設等への訪問や現状把握を定期的に行っていますが、障害者の住宅へ直接訪問することはあまり多くないようです。しかし、災害時、緊急で最大の要支援者は、自宅やグループホームで生活している人たちと考えられますので、平常時から生活状況を把握しておくことが、地域生活移行に対応する配慮やサービスでしょう。

3)施設では特に火災を想定して定期的に避難訓練が実施されていますが、それに比較して、作業所やグループホームでは避難訓練の実施頻度が少ないようです。火災だけでなく、地震や風水害を想定した避難訓練が必要でしょう。

4)「新潟県中越地震」の事例では、グループホームを運営する法人職員が、そのホームに駆けつけるより先に、町内会や周囲の人たちが世話人と協力して利用者の安全確保と避難を率先して行い、利用者とその家族から感謝されたことがありました。日頃から周囲の人たちの理解、周知と周囲の人たちとの接触、交流が緊急時の支援につながることでしょう。「向こう三軒・両隣り」こそが頼りになります。

(2)災害が起きたとき

必要な対応

1)グループホームや自宅にいる場合、特にひとりでいる場合は、その所在を速やかに周囲の人に伝えることが大切です。知っている人が近くにいてくれることは、安心・安全・安定が得られる一つの要素です。周囲の知人に支援を求めることは、危険を防ぐ手だてとなります。「向こう三軒・両隣り」の存在が大きいです。
「新潟県中越地震」の際も、近隣の人たち、町内会の人たちによる協力や支援が大きかったです。

2)外出中、あるいは通学・通勤途中の場合、自らが知的障害者であることを周囲の人に伝えることがまず第一でしょう。そのためには、そのことを声に出すことが望まれますが、困難な人も多いため、「防災カード(ヘルプカード)」を携帯し、有効活用しましょう。

必要な支援

1)ひとりでいる場合、あるいはグループホームにいる場合、家族や利用施設、支援者、緊急連絡先などに自分で電話連絡を取れない人も多いです。「ヘルプカード」や連絡先が記載された身分証明書などの情報から連絡が可能になり、安心や安全をかなり確保できるでしょう。

2)知的障害者の中には、定時的に服薬している人もいますので、その薬の確認も必要でしょう。また発作やてんかんのある人もいるので、その確認も必要でしょう。

3)多動性や徘徊的傾向のある知的障害児者には、その行動に合わせた付き添い・見守りが緊急時の危険回避のために不可欠でしょう。

4)個々人の知的障害の特性を把握することは困難な場合があり、初めて接する人には労を要しますが、近隣の住民や自治会の人が、その知的障害者のことを知っていてくれることは大きな手助けとなりますので、日ごろからの交流が防災にも役立つでしょう。また知的障害について知識を有する人の存在や、その人の付き添い・見守り・支援は緊急時において大きな役割を果たすことでしょう。

(3)避難しているとき(避難行動・避難生活)

必要な対応

1)体育館などで数百人が仕切りなしの一体的な避難所ではなく、知的障害の特性に配慮して、各家庭あるいはグループホームなどの生活単位ごとに仕切られた空間の確保が望まれます。可能であれば、専用の福祉避難所の設置が望ましいところです。「新潟県中越地震」の際、養護学校の一部では知的障害生徒と家族のために校舎の一部を避難所として開放したとのことです。障害特性を考慮した支援でした。

2)自身の必要とする支援を避難所担当者に正確に伝えるためには、療育手帳・ヘルプカードなどを携帯していると役立ちます。また常用薬を携帯していることが有効でしょう。

3)障害児者の男性でも家庭で母親からの見守り・世話・介助(例:入浴)を受けていることが多いですが、避難所では入浴や洗面所などは性別利用になり、父親・兄弟の介入が求められます。普段からの工夫として、母親離れや、父母協働の共育、男性の介入が必要です。

4)障害があっても、積極的に声を出して、必要な支援を求めた人たちには相応する支援が提供されていました。避難所では「沈黙は金でなない」ようです。

5)避難所にいても、地域(近所・町内会・自治会)の援助と、職域〔福祉事業者・利用施設〕の支援の両方を確保できた障害者は、物質面・精神面の双方でより良い状況にありました。

必要な支援

1)災害の状況、救援の提供、避難所生活に関する情報を知的障害者にも理解できるように伝達する必要があります。

2)グループホームなどから避難所へ直接移動した知的障害者の安全確認・安否確認を家庭や利用施設などに迅速・確実に伝える必要があります。

3)災害発生時の「いの一番」=「医の一番」でしょう。危険や痛みを正確に意思表示することに困難を覚える知的障害者は多いことを銘記すべきです。

4)知的障害者が安心して避難生活を送るためには、「3間=空間・時間・仲間」が不可欠です。

避難所生活の場合、

空間=世帯・家族・グループホーム単位の空間が確保されているかは、当事者だけでなく、他の人たちのためにも求められるでしょう。

時間=多動や自閉症傾向の知的障害者にとって、避難所においても付き添い・見守り・世話・介助の人との時間の共有を必要とするでしょう。また自由な時間帯においても、ボランティアによる健康維持や余暇活用の支援も必要でしょう。 

仲間=安全・安心・安定の確保には、日ごろからの顔見知りや、支援者の存在、声がけと時間の共有が大切です。このためには地域(近所の人・町内会・自治会)と職域(サービス事業者・利用施設の職員)の協働支援が期待されます。

災害時に知的障害児者のこころの拠り所となり得る空間・時間・仲間を常に確保することが望まれます。

停電でろうそくを灯す家族

5)災害発生後の第一段階は、発生から3日間くらいのサバイバル(生存・医療・食・住の確保)ですが、知的障害者等はこのサバイバルに困難が伴う可能性が高く、より細やかな配慮と対応が求められます。その第二段階は長期化による衣食住やこころのケアなど“QOL”(生活の質)の向上への配慮と対応が望まれます。

6)災害発生にあたって最も困難の多い季節や時間帯は、地域により異なるでしょう。その地域に適した、実行可能な防災対策が必要です。

7)“First Aid”(救急)=“Fast Aid”(急救)迅速な対応が望まれます。