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Ⅱ.課題別の対応

2.要援護者情報(障害者の個人情報)の共有化と管理

「ガイドライン」以降の災害時要援護者避難支援計画

はじめに

平成17年3月に国の「災害時要援護者の避難支援ガイドライン」(以下、「ガイドライン」という)が示されて以来、各地において要援護者の避難支援体制作りのための「災害時要援護者支援斑」の設置や、要援護者に関する情報収集および避難支援の策定に新たな動きが見られる。特に、平成18年3月に改訂されてからの動きには、要援護者に対する避難支援策が新たな段階に入ったということが印象づけられる。

おそらく今後、国のガイドラインが示した「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」の第8条(利用及び提供の制限)の解釈は、全国各地における災害時要援護者の避難支援に強く反映されるだろう。具体にはガイドラインが求めている要援護者支援斑の設置ならびに要援護者リストおよび避難支援計画の策定にも色濃く投影されることは間違いない。そのことは、災害時要援護者に対する避難支援策が確立して行く事であり、新たなステージへの移行でもあり、基本的には歓迎されなければならない。何故ならば、災害対策は平常時における備えがすべてだからだ。日常にどんな避難訓練を実施し、どんな手を打つか、要するにどんな準備をするかが重要である。平常時に要援護者を特定し、必要な情報を収集し、その情報を活かして支援策を策定し、避難訓練を繰り返し実施して行かなければならない。要援護者の情報を行政だけが縦割り的に所持していても、発災時には役立たないばかりか、要援護者の避難行動は支援できない。

そうは言うものの、行政における要援護者の個人情報の内部利用は、慎重でなければならない。ましてや自主防災組織など関係機関へのリスト提供(情報の共有)に関しては躊躇せざるを得ない。しかしながら、生命とプライバシーを天秤にかけるとき、迷っている時間はない。支援策が一歩、前へ踏み出すための決断を、それも至急、せざるを得ないのもまた事実である。

これらの観点から、ガイドラインを基本とする新たなステージを、いくつかの疑問は感じつつも原則的には是とする立場で、どうすれば要援護者自らが災害対策に能動的に取り組む気運を醸成できるのか、実効性の高い支援プランが作成できるのか、検討を加えたい。

災害時要援護者は障害者や高齢者、あるいは外国人など幅広い層の人々が対象となる。ここでは、要援護者の中でも障害者の立場から、主に災害時要援護者に関する情報、つまり、障害者の個人情報の収集および共有化ならびに管理について問題点や懸念される点、更には欠如している点等について考えてみたい。

1 ガイドライン以降の避難支援計画の概要

(1)障害者の避難支援、新たな段階

先駆的な取り組みをされている地域のひとつである静岡県から、平成19年4月に「市町災害時要援護者避難支援モデル計画」(以下、「モデル計画」という)が示された。この「モデル計画」は、国のガイドラインに沿って同県が、県下の市町における避難支援計画の策定を支援・促進するために作成されたものである。この「モデル計画」を同県が平成15年3月に示した「災害弱者支援ガイドライン」と比較すると、当然、違いが見える。最大の差異は、国のガイドライン(平成18年3月改訂)が示した個人情報保護法の解釈が強く影響している点である。先の「災害弱者支援ガイドライン」では個人情報保護法に対して極めて慎重である。ちなみに、その時点で把握されている同県の「要介護者台帳」の整備状況は整備済みが18.3%となっている。思うように整備が進まない理由としては①プライバシー保護上の問題と②作成自体が面倒であることが挙げられている。(「要介護者台帳」とは「災害弱者支援ガイドライン」で用いられていて、ガイドラインでいうところの「災害時要援護者リスト」および「避難支援プラン」に相当する。平成19年の「モデル計画」では「要援護者台帳」と改称されている)今回のモデル計画で、避難支援プランの状況はどのように変化するのだろうか。

改訂版ガイドライン以降の各地の動きは、これまで腰が引けた状態での暗中模索で一進一退だった災害時の要援護者避難支援方策が一気に視界が開けたかのような印象さえ伺える。各地における要援護者に対する避難支援の一連の方策が一歩前へ踏み出し、新たなステージに入ったことを感じさせられる。

(2)ガイドライン以降の避難支援計画の概要

新たなステージにおける避難支援計画の概要をみてみよう。

それは、まず、要援護者の意志とは関係なく、行政が所持する要援護者の個人情報が「内部利用」されて要援護者リストが作成される。作成されたそのリスト(個人情報)は行政(防災、福祉担当)および自主防災組織等の関係者に提供され共有・管理される。その後、そのリストに基づいて要援護者の同意を得て個々人のための個別計画(避難支援プラン)が作成される。すなわち、要援護者リストと避難支援プランから成る2段階方式の避難支援計画の仕組みなのである。

つまり、ガイドライン以降、現在および今後は、要援護者に関する情報の収集、共有および管理が、「関係機関共有方式」ならびに個人情報保護法第8条(利用及び提供の制限)の解釈に基づき、本人の同意を得ずに進められるということである。少なくとも要援護者リストは要援護者の意志とは関係なく作成され、そのリストは自主防災組織や民生委員等の地域防災関係者に提供される状況に移行したということである。

要援護者リストは作成された後、「同意方式」や「手上げ方式」などと組み合わせて要援護者個々人に対する個別計画(「避難支援者プラン」)へと進化し、避難訓練や安否確認に用いられる。つまり、要援護者の意志とは無関係に作成された障害者の個人情報である要援護者リストは、要援護者支援斑(防災、福祉等の行政担当者)、社会福祉協議会、消防団、自治会・町会長、自主防災組織、民生委員・児童委員等の防災・避難支援関係機関の人々の管理下に置かれる。

今後、障害者はこの事実に立脚して要援護者の避難支援策の推進について考えて行かざるを得ない。

(3)国のガイドライン

ここで、国のガイドラインにおける重要ポイントである①個人情報保護法の解釈と②情報の収集、共有および管理を見ておきたい。

①個人情報保護法の解釈

ガイドラインは、「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」の第8条(利用及び提供の制限)の解釈を次のように示した。

個人情報保護法令は個人情報を有効に活用しながら必要な保護を図ることを目的としており、個人情報の有用性を理解し、国民一人ひとりの利益となる活用方策について積極的に取り組んでいくことが重要となっている。

そのような観点から、内閣府の国民生活審議会・個人情報保護部会・部会長代理でもある藤源靜雄筑波大学大学院教授は、福祉目的で入手した個人情報を本人の同意を得ずに避難支援のために利用することや、避難支援に直接携わる民生委員や自主防災組織等に提供することについて、要援護者との関係では、基本的に「明らかに本人の利益になるとき」である旨示されている。同時に、提供される側の守秘義務の仕組みを構築しておくべきである旨も示されている。

市町村は、このような趣旨を踏まえた上で、要援護者情報の避難支援のための目的外利用・第三者提供に関し、積極的に取り組むことが望まれている。

(ガイドライン P.8より)

 

②要援護者の情報収集

また、災害時要援護者避難支援に必要な要援護者の情報収集方法について、①関係機関共有方式、②手上げ方式、③同意方式の3方式が示され、それぞれ次のように説明されている。

(1) 関係機関共有方式

地方公共団体の個人情報保護条例において保有個人情報の目的外利用・第三者提供が可能とされている規定を活用して、要援護者本人から同意を得ずに、平常時から福祉関係部局等が保有する要援護者情報等を防災関係部局、自主防災組織、民生委員などの関係機関等の間で共有する方式。

(2) 手上げ方式

要援護者登録制度の創設について広報・周知した後、自ら要援護者名簿等への登録を希望した者の情報を収集する方式。実施主体の負担は少ないものの、要援護者への直接的な働きかけをせず、要援護者本人の自発的な意思に委ねているため、支援を要することを自覚していない者や障害等を有することを他人に知られたくない者も多く、十分に情報収集できていない傾向にある。

(3) 同意方式

防災関係部局、福祉関係部局、自主防災組織、福祉関係者等が要援護者本人に直接的に働きかけ、必要な情報を収集する方式。

要援護者一人ひとりと直接接することから、必要な支援内容等をきめ細かく把握できる反面、対象者が多いため、効率的かつ迅速な情報収集が困難である。

このため、福祉関係部局や民政委員等が要援護者情報の収集・共有等を福祉施策の一環として位置づけ、その保有情報を基に要援護者と接すること。または、関係機関共有方式との組み合せを積極的に活用することが望ましい。

(ガイドライン P.6)

 

2 対象となる要援護者と非対象者

(1)対象となる要援護者

在宅の人が対象で、施設入所者は各施設で対応することとなるので除外される。また、対象となる要援護者は地域によって異なる。例えば65歳以上の高齢者は全員を対象としている地域もある。乳幼児、低学年児童が対象になっている地域もある。宮城県のガイドラインは、「具体的な要援護者としては、以下の者が想定される」とし、次の通り示している。

①高齢者(一人暮らし高齢者(高齢者のみの世帯)、寝たきり高齢者、認知症高齢者など)

②身体障害者(視覚障害者、聴覚障害者、肢体不自由者、内部障害者など)

③知的障害者

④精神障害者

⑤常時特別な医療等を必要とする在宅療養者(人工透析を受けている者、難病等の者(医療機器等装着している者)、低肺機能者(酸素吸入が必要な者)など)

⑥乳幼児・児童(特に低学年児童)
なお、災害時においては、妊産婦や外国人(日本語理解が十分でない者)、地域の地理に不案内な旅行客も要援護者となりうることに留意する必要がある。

(宮城県「災害時要援護者ガイドライン」 P.7)

 

優先して対応すべき要援護者の例

○一人暮らし高齢者(高齢者のみの世帯)、認知症高齢者

○身体障害者(1・2級)、知的障害者(療育手帳A)

○介護保険の要介護度3以上 等

(宮城県「災害時要援護者ガイドライン」 P.10)

 

ガイドラインは要援護者の定め方については次のように示している。

市町村は、自助、地域(近隣)の共助の順で避難支援者を定め、地域防災力を高めること。

また、人工呼吸器、酸素供給装置等を使用している在宅の難病患者等に対しては、保健所、消防署、病院など関係する機関と連携し、避難支援者とともに、病院等への搬送などの避難計画を具体化しておくこと。

さらに、避難行動要支援者について、市町村は、関係機関(消防団員、警察の救援機関を含む。)、自主防災組織、近隣組織、福祉サービス提供者、障害者団体等の福祉関係者、患者搬送事業者(福祉タクシー等)、地元企業等の様々な機関等と連携を図り、避難支援者の特定を進めること。

なお、避難支援者等は要援護者との信頼関係の醸成に努めること。

(ガイドライン P.10)

 

静岡県の場合は要援護者リストの対象者を在宅の人を前提として、原則的に次のように示している

○介護保険において要介護3以上に認定されている人

○身体障害者手帳保持者で1,2級の人

○療育手帳制度においてA1,A2の判定を受けている人

○障害者自立支援法で自立支援医療費の支給認定を受けている精神障害者

○特定疾患治療研究事業の医療助成を受けている難病患者

○前各号に準じる状態にある人

(静岡県「市町災害時要援護者避難支援モデル計画」 P.12より抜粋)

その他に母子保健事業の対象者名簿、住民基本台帳も「参考とすることも考えられる」とされている。

 

こうして、行政が所持する要援護者の個人情報を内部利用することにより、要援護者リストが作成され、関係機関の人々よって共有・管理される。そして、引き続き本人の同意を得て避難支援プランが作成されて行くことになる。

(2)対象とならない要援護者

例えば身体障害者手帳や療育手帳等を所持していない人は原則的に除外される。何故ならば、行政があらかじめ所持する身体障害者手帳等の個人情報に基づいて関係機関共有方式により要援護者リストが作成されるからである。

何らかの理由で障害を受容できない人、自分や家族の障害を他人に知られたくない人、結果的に障害を公表していない人は今でもまだ数多く見受けられる。そういう人は実際には災害時には避難支援が必要であるにもかかわらず要援護者リストから漏れる可能性は大いにあり得る。そしてこれらの人はほとんどが障害者の組織にも属していない。実際、障害種別によっては、障害者団体に属していない障害者は実に多い。要援護者リストから外れるこれらの人びとについて、どう考えて行ったらいいのだろうか。

3 情報収集の方法

要援護者に関する情報の収集は、原則として、ガイドラインが示した①関係機関共有方式、②手上げ方式、③同意方式の3方式に地域の状況に応じた種々の方法が加味されて進められる。

「市町村は、要援護者情報の収集・共有に関しては、まず、関係機関共有方式により対象とする要援護者の情報を共有し、その後、避難支援プランを策定するために必要な情報をきめ細かく把握するため、同意方式により本人から確認しつつ進めることが望ましい」とガイドライン(P9)は示している。

これに対し、宮城県の「災害時要援護者支援ガイドライン」(平成18年10月)は比較的慎重である。要援護者の情報把握に関して「第2節 現状の課題とその対応策」において次のように示している。

【対応1】市町村は、要援護者の把握や避難支援体制構築の必要性について、行政機関内のみならず、自治会や自主防災組織内にも、広報等により周知し、その取組への気運を醸成するよう努める。

【対応2】要援護者情報の把握・共有に当たっては、個人情報保護の観点から、「手上げ方式」及び「同意方式」が望ましいが、その場合でも、後々のトラブル防止に備え、情報把握の同意については、文書で得るものとする。

なお、情報の把握に当たっては、各市町村の個人情報保護条例に従い適正に収集しなければならない。

【対応3】既に「手上げ方式」及び「同意方式」により情報収集を行っている市町村については、その取組の段階と実効性を考慮し、必要に応じて「関係機関共有方式」を積極的に活用する等、迅速な情報把握に努める。

(宮城県「災害時要援護者支援ガイドライン」第2編第1章第2節 P.8)

 

4 収集する情報の内容

要援護者台帳の記載事項については明確でない地域もある。あらかじめ記載事項を明確にしておくことが望ましいと考えられる。障害の内容、種別等については特に慎重を要する。同意後の避難支援プランにおいては詳細事項が必要だが、本人の意志とは関係なく作成されるリストの段階では必要最低限の情報に止めるのが妥当である。

静岡県の場合は「要援護者リスト」に記載する項目を次の通り示している。

ア 氏名

イ 性別

ウ 年齢(生年月日)

工 住所

オ 電話番号等(FAX番号、携帯電話番号、メールアドレス)

カ 所属自主防災組織・隣組

キ 避難先(福祉避難所)

(静岡県「市町災害時要援護者避難支援モデル計画」 P.15

 

5 情報の第三者提供および共有と管理

要援護者に対する一連の避難行動支援策において最も懸念される部分である。2の「『ガイドライン』以降の避難支援計画の概要」で前述した通り、本人の意志とは関係なく作成された要援護者リストは数多くの関係者によって共有される。

考えてみれば、行政が保持する個人情報は、元々、障害者や難病患者などが手上げ方式により提供した情報なのである。その情報は、本来、手上げの目的以外には利用されてはならないのである。しかし、災害対策上、生命かプライバシーかと選択を迫られれば、生命優先を決断せざるを得ない。障害者の立場からすれば、強制的に個人情報をさらけ出される、そんな気もする。その情報が災害対策という名のもとに地域近隣で、もし、安易に扱われるとしたら、いたたまれない。情報の扱い方は慎重を要する。

ガイドラインは関係機関共有方式の積極的活用を次の通り促している。

市町村では、関係機関共有方式を活用し、保有個人情報の目的外利用・第三者提供のために個人情報保護審議会の審議等を経ることについて消極的なところも多くみられるが、国の行政機関に適用される「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」では、本人以外の者に提供することが明らかに本人の利益になるときに、保有個人情報の目的外利用・提供ができる場合があることを参考にしつつ、(第8条第2項第4号・参考条文を参照)、積極的に取り組むこと。

その際、避難支援に直接携わる民生委員、自主防災組織等の第三者への要援護者情報の提供については、情報提供の際、条例や契約、誓約書の提出等を活用して、要援護者情報を受ける側の守秘義務を確保することが重要である。このことにより、個人情報の取扱制度への信頼も高まり、要援護者情報の共有も進んでいくことに留意すること。

(ガイドライン P.7)

 

近隣の家族に障害者がいるという今までは知らなかった情報を地域住民は要援護者リストによって、知ることとなる。繰り返すが、本人の意志とは関係なく、要援護者には有無を言わせず、である。

6 避難支援プラン

ガイドラインは避難支援プランについて次の通り示している。

避難支援プランは、市町村の要援護者支援に係る全体的な考え方と要援護者一人ひとりに対する個別計画(名簿・台帳)で構成すること。

全体的な考え方には、対象者の考え方(範囲)、支援に係る自助・共助・公助の役割分担、支援体制(各部局、関係機関等の役割分担)等について、地域の実情に応じ記述すること。

個別計画は、共有した要援護者情報を基に作成すること。その際、要援護者本人も参加し、避難支援者、避難所、避難方法について確認しておくこと。そして、個別計画は、要援護者本人とともに、避難支援者、要援護者本人が同意した者(消防団員・警察等の救援機関、自主防災組織等)に配布すること。

ガイドライン P.10

避難支援プラン・個別計画記載例 ガイドライン P.10より

(図3 避難支援プラン・個別計画記載例 ガイドライン P.10より)

 

避難支援プランは、同意を得る過程で聞き取った詳細な個人情報で埋められている。また、避難支援プランは市町長宛の同意ならびに登録申請書の書式として示されている。

(ガイドラインから)

○○市長殿 私は、災害時要援護者登録制度の趣旨に賛同し、同制度に登録することを希望します。また、私が届け出た下記個人情報を市が自主防災組織、民生委員、社会福祉協議会、在宅介護支援センター、消防署、警察署に提出することを承諾します。

(ガイドライン P.10 図3より)

 

示されている記載事項は、概ね次の通りである。

(表)

自治区名、民生委員の連絡先、要援護者の情報(住所、氏名、生年月日、電話他)、緊急時の家族等への連絡先、家族構成・同居状況(居住建物の構造、耐火造、着工時、普段いる部屋、寝室の位置)、特記事項(要介護4、聴覚障害あり、手話必要、など肢体不自由の状況、認知症の有無、必要な支援内容等)、緊急システム(あり、なし)、避難支援者(複数、名前、続柄、住所、連絡先)、

(裏)

避難勧告等の伝達者・問合せ先、その他担当している介護保険事業者名、連絡先等、避難所、避難所の要援護者班(○○さん、△△さん、□□さん)、福祉避難室:1階和室

以上、ガイドラインが示している記載項目である。

ガイドラインは居住状況において、耐震調査を明示していない。これに対して静岡県の「モデル計画」には、耐震調査が記載されている。地震の場合、死亡者の大半が家屋倒壊によるものであることは周知の事実である。耐震調査を実施して、家屋倒壊を防止することこそ優先されなければならない。

特記事項においては、「特段の必要がなければ、プライバシーに配慮し、病名等を記入する必要はない」としている。

7 問題点と提言

(1)国のガイドライン

想定されている災害は、何か。その目的は何か。誰が避難支援プランを具体化するのか。その予算は?など、いくつか気になる。

特徴としては、関係機関共有方式が強く押し出されている。これにより、要援護者の全体的な把握は進むが、実効性の高い支援プランが果たして実現するのか、有効に機能する支援対策の実現を目指して普及活動を進めている人たちの間では疑問視する声もある。

ガイドラインを読んでいて違和感を覚える。冒頭では風水害対策であるかのような印象を受ける。意図的に「地震」が避けられているのかな、とも思える。もちろん、全体的には、当然、地震災害も織り込まれている。結果は、渾然一体で漠とした災害のイメージになっている。ガイドラインに沿った各地の対策も同様に渾然一体となっている。

大雨災害、強風を伴う風水害とでは対策は異なる。ましてや、地震対策は基本的に異なる。いずれも、発災の事前と事後では、全く異なる。これらを区別・分離すべきではないのか。

まず、要援護者の命をどう守るか、に留意して支援策が策定されるべきである。家屋倒壊防止策の推進は重要かつ急務である。

近隣共助に比較して、公助の役割が見えにくい。予算も見えにくい。地方行政は予算で仕事をする。財政難で苦しむ地方では、支援プラン作成を推進しにくい地域もあり得るのではないか。

(2)形式主義に陥る危険性

要援護者の意志とは無関係に要援護者リストが作成され、関係者がその情報を共有できるので、要援護者の全体的な状況は容易に把握できることとなった。後は個々人に対する個別計画(支援プラン)をどう進めるか、どのように同意を得て行くか、実際に機能する支援プランをいかに作成するか、だ。

①不承不承の「同意」

ここで気になることは、正にその容易さ故に、各地域において形式的な要援護者避難支援対策に陥る危険性はないか、だ。要援護者リストを共有することで、避難支援プランを有している、と勘違いされないか。また、要援護者リストを携え当たり前顔で「同意」を求める市町村の民生委員など防災関係者の対応に対して、障害者の立場からすれば違和感を覚えたり強引な行為に思えたり、あるいは強制的にすら感じられたりしないだろうか。民生委員など近隣の人に説得されれば、断りにくい。不承不承の「同意」による避難支援プランとなる危険性はないだろうか。

②形式優先は危険

ガイドラインに沿って形を整えることに力点が置かれて形式が優先される時、同時に新たな課題を産み出す。災害対策の必要性を認識して納得した上で同意し、積極的に近隣の人々と日常的に交わり、災害対策にも参画して行くのが望ましい。形式的な支援プラン作成は、近隣における共助、地域における人間関係構築の災いとなりかねない。

市町村行政が責任回避的な形式主義に陥る危険性はないか。今、全国の市町村における行政の状況や政治モラルは信頼に足る状況か、気になるところではある。

③障害者団体・関係者の役割

とは言いつつも、慎重な同意作業は時間を要する。要援護者が危険な状態で放置された状態が続く。どうする。結局、行政も地域住民や障害者もすべての人が災害の恐ろしさを十分に認識した上で、本気で地域防災の行動を起こし、災害時の避難行動に支援を要する人たちも参加しやすい気運を醸成することが、早道なのだろう。その方策を、各地域の状況に応じて本気で努力して行くしかない、と考えられる。したがって、日頃の広報・普及、避難訓練等に知恵が求められる。実効性のある支援プラン作成を推進するために障害者団体・関係者は大きな役割を担う必要がある。一方で、当該地域において実効性の高い支援プランが推進されているか、形骸化していないかを検証し、要援護者の本当の声を関係機関に届けるためにも、障害者団体・関係者は当該地域における災害対策の認識普及と推進に積極的に参画して行くべきである。その余地は十分にあるし、必要であると考える。

(3)収集する情報と対象者

要援護者リスト作成のための情報収集方法として関係機関共有方式が突出している、と懸念する当事者も多い。

行政所持の情報は、元々、手上げ方式に基づく個人情報なのである。その行政が保持する個人情報に基づいて、要援護者に関する全体的な状況把握のために要援護者リストが作成される。それ故に、要援護者リストから外れる人たちもいる。これらの人たちの情報をどのようにして収集し、支援プランにどう反映するのか、検討を要する。

要援護者リスト時点で収集する情報は必要最小限にすべきである。また、各県が市町村のために作成する対策案においては、記載事項の具体案を示すのが望ましい。

避難支援プラン作成のための情報は、想定される災害ごとに収集するのがより有効である。

(4)リストの共有、管理

想定される災害およびその対象者によっては、要援護者のリストは行政による管理でいいのではないか。災害対策という拒否しにくい大儀の前に、障害者の個人情報が安易にさらけ出されていいものだろうか。それも、漠と想定された災害対策のために。

想定される災害ごとに分離・区分すれば、本当に必要な情報はおのずと見えて来るのではないか。

まだ心配な点はある。情報の管理である。個人情報が多くの人々の管理下に置かれることから派生するかも知れない人為的な諸問題である。情報の流出から始まって、心ない人たちにより新たな差別が産み出されないか、懸念される。

また、電子データの流出が危惧される。数多い地域防災関係者は、誓約書を書くことで、意識的であるにしてもそうでないにしても、本当に流出を防げるか、甚だ心配な点である。

(5)避難支援プラン

避難支援プランがあれば、障害者の命を守れるか。

避難支援プランは、想定される災害ごとに作成されなければ画餅に陥る可能性は大である。例えば、大雨と地震とでは、避難先の設定一つにしても異なるではないか。無意味かつ安易に個人情報が多くの人々の前にさらけ出されてはならない。

誰が避難支援プランを具体に作成するのか。誰に、どのような避難行動支援が必要なのか、障害者の実情をよく知っている人たちを中心に対象者の絞り込みを想定される災害ごとに行い、避難支援プランを作成するのが望ましい。消防、民生委員で支援プランを作成しようとしている地域もあるが、果たして可能だろうか。ガイドラインは、自主防災組織、自治会、民生委員など近隣の共助で推進するよう示している。しかし、地域の実情としては、一般的に自治会長・町会長と民生委員の接点は原則的に、ない。ごく一部ではあるにしても、最近の民生委員の実情を危惧する人もある。近隣における共助は聞こえはいい。馴れない作業を強いられる近隣の防災関係者や責任のある避難支援の役を担わされる避難支援者達は、負担を感じないだろうか。

むしろ、介護業者に任せる方がいい、ケアプランに防災を追加してはどうか、という支援対策の専門家の声もある。いずれにしても、誰がプランを具体に作成するのか、誰なら実効性の高いプランが作成可能か、当事者がもっと参画するにはどうしたらいいか、更なる検討を要する。確かに言えることは、支援プラン作成は、実効性を高めるためにも、当事者参加による推進を図るのが有効かつ早道である。

(6)全体を通して

①行政の障害者像は

当然なことだが、ガイドラインおよび各地における一連の避難支援計画は行政の視点で策定されている。行政が把握している障害者像とはどんなイメージなのだろうか。全体を通してあらためて思うことは、障害者の声をもっと反映させなければならない、ということである。

②障害者の本音はどこに

要援護者のリスト作成がこれまで進みにくかった理由として、個人情報保護法が妨げになっている、とよく言われてきた。確かにそれも理由のひとつに違いない。しかし、本当にそれだけなのか。障害者はひょっとして、プライバシーを盾にしているのではないか。消極的な要援護者の胸の内には、行政の側からは見えにくい何かが隠されていないだろうか。それは各地の県の責任というのではなく、もっと根深い何かが。例えば、日頃からの障害者福祉施策に対する不満・不信感や疑念だとか、これまで見聞きしてきた経験や知識による災害時、特に発災時における行政の無力さ、あるいは避難所における生活の困難さを考えると、行政の呼びかけに対してつい躊躇してしまう、など。拒絶とまでは言わないにしても、プライバシーを盾にした災害対策への鈍い反応にはそのような障害者の視点でしか見えない、行政側の視点からは見えにくい何かが隠されているようにも思える。恐らく、障害者の誰もが災害時には支援をして欲しいと、本音ではそう思っているのではないか。それにも関わらず要援護者が積極的に参画しにくい何かがあるとしたら、その本当の理由を見いださなければならない。障害者の視点から、避難支援対策を見てみる、考えてみる必要がここにある。その作業は、障害者自らの、または障害者団体の役割でもある。障害者の声をしっかり国や各地域の行政関係機関に届けることが大事である。

③避難所イメージの改善と家屋倒壊防止策

避難所のイメージの悪さが、支援プランへの期待を希薄にしていないか。有事の際には是非行きたいと期待される福祉避難所のイメージをもっと前に出し、要援護者の信頼を得る災害対策と努力が求められる。実効性の高い頼れる避難所としてのイメージを作り上げることができれば、支援プランへの要援護者の参画はより推進されるのではないか。

また、地震災害を想定して、命を守る事前対策が要る。公助が決定的な役割を担う家屋倒壊防止策を、至急、推進して欲しい。

実効性の高い福祉避難所の実現と家屋倒壊防止は共に優先的に実現を図りたい。

 

おわりに

要援護者には有無を言わさずに個人情報が関係機関で共有される、要援護者の個人情報がさらけ出される、これがガイドライン以降の災害対策の一連の動きにおける特徴である。しかし、その動きは実効性が伴う避難支援プランに直結するかどうかは、甚だ疑問である。現に機能しなかった事例が多数報告されている。

せめて、プライバシーをさらけ出される代償として、命を守るための家屋倒壊防止や実効性の高い期待できる福祉避難所を実現してもらいたい、と願う。命が保障されてはじめて支援が可能なのである。

一方、障害者団体・関係者は、各地での災害対策が形骸化しないよう検証して行く仕組み、チェック機能を、可能な限り早急に協働で構築しなければならない。

 

要援護者をあらかじめ把握して有事に備える、そのために要援護者の登録名簿(個人情報)が必要であることは、納得できる。しかし、その情報の扱い方、管理の仕方にずっと疑問を抱いていた。今回、ガイドライン以降の動きを検討するに当たって、基本的には国のガイドラインおよび各地での一連の動きを是とする立場をとった。

そこでつくづく思うことは、行政任せでは解決できない、と言うことである。災害時要援護者の避難行動を有効に支援できる計画を進めるためには、当事者・関係者が十分に考えながら行動し、積極的に発言し、参画して行くことが大切である。個人情報がさらけ出されるだけで、実効性の希薄な形だけの要援護者支援プランが推し進められるような状況だけは回避したい。当該地域で、それぞれが最善を尽くせば、実効性の伴うより有効な避難支援プランが推進できる筈である。

座して待つだけでは命は守れない。