音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

高齢者のQOLに関する研究 メンタル・ヘルス・ケアを中心に

森二三男
酪農学園大学・北海道文理科短期大学

北守昭
北海道工業大学

項目 内容
発表年 1992年
転載元 高齢者問題研究 No.8巻 11~18頁(発行:北海道高齢者問題研究協会)

A study concerning QOL for the elderly:
Mental health care centered on daily life surrounding them

Fumio Mori
Hokkaido College of A rt and Science, Rakuno Gakuen Uuiversity
Akira Kitamori
Hokkaido Institute of Techuology

Abstraact

 In order to make clear the quality of life, QOL for the elderly, two test were conducted. The subjects were selected from voluntary attendances at preparatory seminer to prompt employment after retirement and also from elderly-club members in their community. the research method were image mearsurement by SD test for middle-aged subject and SCT by projective technique for the elderly. The results as follws,
1, The image profile of SD test showed a kind of individual impression to their daily life. Next, hexagon profile divided into six QOL factors showed higher self-supporting ability score in femine but masculine were higher in out-door active ability than femine.
2, The normative study of SCT showed a vivid impression related to the World War in which almost all elder people in this generation were suffured severe impact. Further, according to the consideration and discussion of this study, it was suggested that mental health care should be necessary to the elderly for improvement of their QOL.

1 はじめに

-この研究に関連ある従来からの諸研究の検討と間題点の所在-

どのような視点からQOLを解明するかについては、研究者の持つ間題意識のありかたや考察のフレームワークによってさまざまな現状である。この語は1970年代から「福祉」と同義語とみなされ、「満足のいく暮らし」の意味と理解されてきた。1980年代には各省庁の白書や報告書の記述用語として、公共当局者のあいだに一般化したけれども、高齢者のQOLの充実を目ざす政策提言のなかでは依然として質とは何かを暖味にしたまま用語のみが独り歩きしてきた憾みがある。
 そして1990年代の現在、急速に情報化の進む日本社会の高齢者にとって、はたしてQOLは期待どおり充実可能と確信してよいのであろうか。
 振り返ってみるとQOLへの関心の高まりは、既に1960年代の欧米先進産業国のあいだに広まったQWL運動と軌を一にする思想の延長線上に端を発していたと推定され、ハイテク化による生産性向上と高度経済成長に伴なう勤労者の働きがい、生きがいの喪失を救う方法として、当時は職務再設計、組織の改編などが提案された。
 これを契機として個人生活の満足、不満感とか、幸福感などの生活者の意識面の間題が浮上し、やがて社会環境の悪化を防ぐ具体的対策が注目されるようになった。最近では金銭や物質的豊かさの追求よりも、心のゆとりが追求されて、こうした面のQOL実現を目標とする研究がおこなわれるようになった。
 たとえば社会学者の金子勇(1986198719881990)を中心とするクオリティ、オブ、ライフをめぐる一連の研究は高齢化社会におけるQOLのインデックスを測定、分析する調査によって、この間題にアプローチしてすぐれた成果をあげている。とくに社会的役割の観点から高齢者の雇用継続、促進、創出をめぐる間題提起は傾聴すべき意見として注目しなければならない。
 また、心理学者の杉山善朗(1981a1987198819891990)らの研究グループは、臨床・社会心理的な面からこの間題の調査研究を継続してきたが、いわゆる「生きがい」意識の有無をめぐる間題を追究し、高齢者の幸福感we11-beingを左右する心理・社会的要因の把握を目標として精緻な研究成果を累積してきた。
 最近、この研究グループは「死生観」や「死に対する不安感」の調査と高齢者への情緒的サポートのありかたを検討する医療福祉領域の問題追究へとアプローチの枠組みを拡げているが、老人の生きがい意識測定尺度としての日本版PGMの作成、発表は、こうした分野の研究者たちに寄与するところ大なるものがある。
 さて、高齢期に到達した人々のかなり多くは、心身に多少の障害をもつようになるが、医療の面からは障害を機能・形態の損傷と考えて能力低下、そして社会的不利というレベルで把握しがちであったため、医学的には障害のレベルにグレードをつけて治療がおこなわれてきた。こうしたリハビリテーション医療の分野では社会的不利の評価指標として、ADLがとりあげられてきたのである。
 この面についてわれわれも(森二三男、19881989)作業療法の立場からPGSを用いて感覚統合的アプローチを検討してきたが、最近、このような限定的評価法のみでは妥当性に欠けるため、アメリカではQOLに注目すべきであると1979年のリハ医学会議で提案された。
 わが国では上田敏(1984)が同じ意見を力説しているが、リハ医学に限らず、医療の分野ではQOLを単に「生活の質」と訳すのではなく、「生命の質」にどのような方法で、どのような寄与が可能かを模索しはじめ、とくに末期医療、癌治療のターミナル・ケアの分野でQOLが注目されてきている。
 たとえば1987年秋の第28回日本癌学会でQOLのワークショップが持たれた時に、肺癌患者の医師がフロアから手を挙げて、「がん告知はインフォームド、コンセントが話題になっている現在、是と考える医師が多くなってきたが、わたしはして欲しくなかった。今のわたしは憂うつで仕方がない」と告白したそうである。
 このように死と直面した患者の心理は、個々に必ずしも同一とはかぎらない。したがって濃沼信夫(1991)が癌の専門医を対象にした調査では「10年後の社会では7割までが癌患者のQOLを重視しなければならなくなるだろう。」と回答したと報告している。
 これは最近の医療が現代技術を駆使して延命治療に傾きすぎたことへの批判のあらわれで、QOLは生命がその人にとってどんな意味を持つかを重視する考え方の証拠である。
 この安楽死を容認する考えかたと、西欧医学の「人間の生命はすべて等しい価値をもち、生きるための等しい権利の存在はその人の状態や健康度とは無関係」との考えからの生命の尊厳という神学的倫理観との対立を徹底的に究明しないままに、わが国ではQOLを広義の生活の質としてうけ容れているのが現状と判断されるのである。
 これはリーフ(1973)の「人間にとって単なる生の長さということが間題なのではなく、その時間ということよりもQOLが問題なのだ。」との主張から窺い知られるが、この論文は高齢期のQOL充実のための準備として、どのような意識変革のためのメンタルヘルス・ケアが望ましいのか、また現在高齢期にある人々が、社会的不利という客観的事実を、いかに主観的意識レベルのなかに意味づけているのかを間題としたのである。

2 研究の目的

 中年の危機が話題になり、働きざかりの年齢から一瞬の間に定年到達、やがて引退が間近かに迫っている頃の人びとが、「今の暮らし方」をどう感じ、QOL充実の準備をしているのかを調べる。一方で高齢者の人々が、過去に生きてきた自己を追想し、現状のQOLをどのように評価し、自分の生涯を完結したいと考えているかを明らかにする。

3 対象と方法

(1)北海道雇用促進協会の協力を得て、定年退職直前の男58名、女18名、計76名にSD法の調査用紙を作成して「今の暮らし方」についてのイメージ測定をした。

表-1 「今の暮らし方」調査の刺激語

1. 健康である 不健康である
2. 元気 憂鬱
3. 心が暗い 心が明るい
4.. 気持にゆとりあり 気持にゆとりなし
5. 自分の事は自分で 自分の事をにしてもらう
6. 他人を世話できる 他人の世話はできない
7.. 一人でどこでも行く 一人では行けない
8. 交通機関を利用する 交通機関を利用できない
9. 家事ができる 家事が出来ない
10. 暮らしをたてる 暮らしをたてられない
11. 規律ある生活 規律ある生活が出来ない
12. 毎日が楽しみ 毎日の暮らしが苦痛
13. 人と話すのが好き 人と話すのは嫌い
14. 他人と一緒が好き 一人でいた方がよい

 刺激語は表-1の通りで、対象者の年齢構成は表-2の通りである。

表-2 対象者の年齢構成
年齢
性別
50歳~59歳 60歳~65歳
49名 9名 58名
18名 0名 18名
67名 9名 76名

(2)円山地域および札幌市社会福祉総合センターに来所の老人クラブ・メンバーの協力を得て、男11名、女37名にプロジェクティブテクニックSCT調査用紙を作成して生き方のニュアンスを探る調査を実施した。対象者の年齢構成は表-4に示した。

表-3 SCT調査用紙の例

SCTシート

氏名                  男・女 年齢        

 記入の仕方
  この紙を見ますと,いろいろ書きかけの文章が並んでいます。その言葉を見て,あ
 なたの頭に浮かんできたことを,すぐにそれにつぢけて,その文章を完成して下さい。
 〔例〕
   外国        へ行って,いろいろ変わった風景もみたいものです。
   本を読むこと  人生について考えさせられることが多い。
  このように,あなたの感じたことを,なんでもそのまま書けばよいのです。
………………………………………………………………………………………………
1.わたしは若いころ………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
2.年をとるにつれて………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
3.今の暮らしは……………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
4.忘れられない事は………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
5.わたしが不安なのは……………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
6.わたしが働いていた時は………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
7.もう一度やりなおせるなら………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
8.今一番の望みは…………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………

表-4 対象者の年齢構成
年齢
性別
60歳~64歳 65歳~74歳 75歳~85歳
1名 9名 1名 11名
9名 20名 8名 37名
10名 29名 9名 48名

4 結果

 (1) イメージ・プロフイルについて
 SD法による調査データの整理は、記入不完全なもの8名を除く68名についておこなったが、「今の暮らし方」について対象者が懐いているイメージを個別にプロフイルで観た一例を図-1に示した。このケースは55歳の男性で、「今は規律正しい生活をして健康な毎日を楽しく明るく過ごしていることが窺い知られました。しかし、他人の世話をしたり、他人との対話を避けようとする様子がみうけられます。これは退職後に孤独な生活に陥る原因となることが予想されますので、できるだけ積極的に対人関係を結ぶよう努力されることを望みます」とメンタル・ヘルス・カウンセリングでコメントする資料として利用できる。

図-1イメージ・プロフイルの一例

 さらに男性群、女性群別に意識調査として用紙を整理し、小島蓉子(1984)の分類法にしたがって六角形プロフイルとして図-2に示した。この方法は、高齢者の自立生活の条件を1.健康度(項目1番目)2.快適な生活のレベル(2,3,4番目)3.自立心(5,6番目)4.戸外移動能力(7,8番目)5.自活力(9,10,11番目)6.コミュニケーション能力(12,13,14番目)の6要素に細分化して評定値5段階に数量化し、それぞれ平均値を六角形の対角線上にプロットしたのである。

男性の尺度別平均値の六角形プロフイル
図-2a 尺度別平均値の六角形プロフイル(男)
女性の尺度別平均値の六角形プロフイル
図-2b 尺度別平均値の六角形プロフイル(女)

 図に示されたように男性群では「戸外移動能力」が高得点となっているが、女性群では「自立心」が最高値で、これは中高年期まで職場生活を続けてきた経歴を背景にもつ現代キャリア・ウーマンとしての意識のあらわれを示唆しているものと推定される。
 これが高齢期になると男性が戸外移動を阻止される状態におかれ、女性が生き生きと自由に活動する結果をもたらす状況因となっているのであろう。
 (2) SCTの刺激文別に出現した下位項目について
 SCTは調査票を項目別に縦読みして、その人の過去の生活史、現在の心境、生活価値観、態度ならびに将来への望みや不安などの片鱗を窺い知ることができる。したがって、こうした生活感情を把握してメンタル・ヘルス・ケアに生かすことは意義あるものと判断される。
 ここでは、高齢者がQOLについてどのような価値態度を持っているかの意識調査として男女別に整理した。そこで各刺激文の応答項目実数と、出現頻度の高い項目の百分率を表-5に示した。

表-5 SCTのノーマティブ・スタディ
項目 男11名 女37名
実数 実数
1.わたしの若い頃は
 1)戦争中で苦しいことが多かった 55 24
 2)戦争中で勉強やスポーツができず残念 18 24
 3)スポーツその他、したいことをやって楽しかった 18 22
 4)おとなしかった、ふとっていた、内向的だった、働き者と言わ
  れた、忙しかったなど自分の性格評価、その他
11
2.わたしが働いていた頃は
 1)夢中でがむしゃらにやった 36 22
 2)楽しくやってきた 18 18 49
 3)協力してやっていた
 4)病気がちでつらかった
 5)無記入
3.歳をとるにつれて
 1)元気に旅行などしたいと思う 36 11 28
 2)健康不調が不安 18 13
 3)苦しい時代だったことを思いだす 13
 4)生きがいを求める 13
 5)子どもがいないなどで淋しい
 6)他人に迷惑をかけたくない、その他、無記入を含む
4.忘れられないことは
 1)配偶者、子どもの死 18 10 27
 2)大病したこと 19
 3)援農、勤労動員、戦友のことなど
 4)若い時の恋愛、子育ての苦労など 36 22
 5)無記入
5.わたしの不安は
 1)健康のこと(ぼけたくないを含む) 27 15 40
 2)配偶者との死別のこと 18 22
 3)急にたおれた時のこと
 4)生活のこと
 5)なにもない
 6)無記入
6.今の暮らしは
 1)幸福 82 31 83
 2)多忙(町内会の仕事などで)
 3)幸、不幸を言ってもどうにもならない
7.もう一度やりなおせるなら
 1)健康に暮らしたい 14 38
 2)今までの人生はくり返したくない
 3)世界旅行、勉強のやりなおし、青春時代に戻ること、福祉の
  しごと、その他
8.今一番の望みは
 1)健康 27 14 38
 2)不安なく暮らすこと 18
 3)他人や家族に迷惑をかけたくない
 4)思いやりのある社会で暮らしたい、あと5、6年は生きたい、
  青春に戻りたい、その他、無記入を含む
21

 現在60歳半ばを超える年代層のほとんどは、第二次大戦になんらかのかかわりを持つ育年期を暗い戦禍の中で過ごしてきた人たちである。したがって、表-5の第1問の下位項目1)、2)に、この苦難の過去の様相が最高頻度で記述されている。
 しかし、こうした時代にあってなお、青春の思い出は灰かな人生の灯であったことが、20%をこえる人々によって記述されている。
とくに女性においてそうであったけれど、過去を回想した記述にはどうしても美化傾向が混入してくることもあり得るであろう。
 第2問の「働きざかりの頃の生活ぶり」は、「夢中でがむしゃらにやってきた」が男性に多く「楽しくやっていた」が女性の半数を占めた。
 第3問の「歳をとるにつれて」は「元気に旅行をしたい」が第1位、「健康不安」が第2位に出現している。
 第4問の「忘れられないこと」は子育ての苦労は男性の方に多く、男女あわせると第1位になっているが、「配偶者、子どもの死」が第2位で、これは女性の比率が多くなっている。
 第5問の「わたしの不安」は男女とも健康問題で、これは高齢者にとってすべてに優先する願望であることは異論のない事実である。
 第6問で、「今の暮らし」が男女とも「幸福である」と答えた人が80%を超えていたのは意外であったが、対象者が老人クラブ所属の人たちであったための結果であろう。
 第7問の、「もう一度やりなおせるなら」は、健康への願望が女性群で高率にあらわれたが、男性群は「いまひとつ別の人生があったのではないか」との思いが強いことが窺われた。

5 考察と結論

 10年後のわが国では寿命の延びによって高齢人口の増大は確実であるが、その時の高齢者のQOLはより充実したものになっているのか、それとも現在より悪化してしまうかは未知であると同時に、大きな関心事でもある。
 しかし、現在働きざかりの中年期の人々は、勤労と社会全般の生活環境の厳しさに日々振り廻されて、自分達の高齢期におけるQOLを考慮する余裕がない。
 やがて定年退職の時期に到達して、はじめてこの問題に思い至るのであろうが、わが国では60歳定年制の職場がしだいに増えつつあるとは言うものの、一般的には55歳頃には第2の職場へ目を向ける給料生活者が多いとみられる。
 しかし、65歳までは現役として職場にあることを、多くの勤労者は希望していると考えられるが、このことへの対策として高年者雇用機会の創出と拡大を高度に、かつ広範囲に実現することこそ、高齢者の社会的役割の維持と回復および社会活性化のための緊急課題である。
 金子勇(1990)は、社会変動論に依拠する立場から、高齢化を「役割の縮小化」と捉えて、定年退職の制度そのものが社会的役割の喪失をもたらす要因であると強く指摘し、同時に小家族化の進展にともなう家族内役割の縮小を、現代社会特徴的動向とみて、これらに対する改善対策を力説している。
 高齢期は、それまで職場に抱束されていたために制約を余儀なくされてきたあらゆることに目を向けて活動できる時と考えることができる。したがって、この時期をいかに生きるかが、QOLの充実として問われているのである。
 その意味でSD調査に老後準備のイメージが出現するであろうと予想していたが、現状の生活を楽観的に肯定している意識態度のみが著明であった。
 ところで、生きがいや暮らし方を探る生活満足感しらべは、心理的欲求充足の度合いを問うことになるから、たとえば、佐藤文子(1975)が用いたPIL(Purpose-In-Life)や、Cammbell A.(1976)の質問紙などを見ると、どうしても主観的な満足、不満足の感じを質間する項目が多いことが窺い知られる。このような生理・心理的欲求の充足・不充足の間題に限定されない社会的価値規範もまたQOLを大きく左右するから、三重野卓(1990a)(1990b)の強調する、「生活者の質的側面をめぐる社会システムの重視」とか、K1app.O.E.,(1986)の情報化社会の生活の質をめぐる論議などもひとつの示唆を提供しているように思われる。
 とくに、1972年アメリカの環境保護庁が主催したQOLシンポジウムで、QOLという概念が暖昧で多義的なうえ、主観的な調査をまとめた指標と、客観的な指標との間の乖離が著るしく目立つと指摘された。したがって、このことの克服ないしは回避のために、生活者の行動、すなわち消費者行動の分析ということが注目されたのであるが、こうした動向を奥田和彦(1984)は「QOLのバラダイム・シフト」と呼び「高度成長の終焉とともに、社会政策の積極的推進が困難になってくると、行政指導型のQOL研究は冷却する」と重大な警告を発している。
 このように幅広い論議の展開されているQOLへの関心は、物、金の豊かさから心のゆとりある社会へとの転換が叫ばれているわが国で、村田信男(1991)は最近「メンタル・ヘルスのひとつの目安としてQOLが重要」と力説している点を注目すべきであろう。
 そこで、この論文の結論を要約すると
 (i)60歳から75歳くらいまでの高齢前期の年齢層のQOL充実は、定年延長と職業的キャリア継続を実現する雇用対策を中心として、社会政策上の今後の主柱とすることが人口予則の上からも緊急の課題である。
 (ii)76歳以上の高齢時代へと余命延長の趨勢がたかまりつつある現状から、老人病予防と治療を充実し、健康保持に努め、さらに「生きている命」を尊重するメンタル・ヘルス・ケアの高密度配慮を早急に実現すべきである。
 の2点となるが、70歳から80歳以上の高齢者が、社会の中でどのくらいの生産能力を保持しているのかという調査研究には、ほとんど手がつけられていないように思われる。
 しかし、昔から農漁村ではかなりの高齢者が労働力を提供してきた。
 したがって地域社会では、多くの専門職にたずさわってきた高齢者のわざと英知をスクラップ化させずに、現状ではなかなか解決困難な多くの社会問題を解きほぐす糸口を、働きざかりの人々に、さらには発達途上の青少年育成のために提供できる施策があるということを銘記すべきである。

文献

1.O'Toole, J. ed, 1974 Work and the Qua1ity of life:Resources papers for Work in America, MIT Pres, Bostn(J.オトウル編 岡井紀道訳 労働にあすはあるか 日経新聞社 昭50)(本文へ戻る)
2.金子勇 1986,オリティ・オブ・ライフ,福村出版(本文へ戻る)
3.金子勇,杉岡直人 1987 都市高齢者の社会的ネットワーク 高齢者問題研究:第3号 223-239.(本文へ戻る)
4.金子勇,杉岡直人 1988 コミュニティ指標と高齢者の社会関係 高齢者問題研究:第4号 185-196.(本文へ戻る)
5.金子勇 1990 高齢化と都市コミュニティ 高齢者問題研究:第6号 47-54.(本文へ戻る)
6.杉山善朗ほか 1981. a 老人の「生きがい」意識の測定尺度としての日本版PGMの作成(1) 老年社会科学 3.57-69.(本文へ戻る)
7.杉山善朗ほか 1981. b 老人の「生きがい」意識の測定尺度としての日本版PGMの作成(2) 老年社会科学 3.70-81.(本文へ戻る)
8.中村浩,杉山善朗ほか 1987 有病高齢者の病態変動にともなう「生きがい」意識の動き 高齢者問題研究 第3号 25-27.(本文へ戻る)
9.中村浩,杉山善朗ほか 1988 有病高齢者の病態変動にともなう「生きがい意識」の動き 高齢者問題研究 第4号 19-27.(本文へ戻る)
10.杉山善朗ほか 1989 高齢者の「幸福感(Well-being)と生きがい意識を規定する心理・社会的要因の研究 高齢者問題研究 第5号 135-151.(本文へ戻る)
11.杉山善朗ほか 1990 高齢者の「主観点幸福感(Well-being)」を規定する身体・心理・社会的要因に関する医療社会学的研究 高齢者問題研究 第6号 55-61.(本文へ戻る)
12.山田孝,森二三男 1988 老人患者の行動評価様式ならびに治療介入に関する研究高齢者問題研究 第4号 111-127.(本文へ戻る)
13.山田孝,森二三男,山崎郁雄 1989 高齢障害者に対する治療介入の効果に関する研究 高齢者問題研究 第5号 103-116.(本文へ戻る)
14.大川嗣雄 1984 クオリテイ・オブ・ライフのリハ医学における評価 総合リハビリテーション 12巻,4号 269-276.(本文へ戻る)
15.上田敏 1984 ADLからQOLへ 総合リハビリテーション 12巻,4号 261-266.(本文へ戻る)
16.大原健士郎 1991 生と死の心模様 岩波書店.(本文へ戻る)
17.濃沼信夫 1991 いま,なぜサイコオンコロジーかこころの科学(日本評論社) 35号 56-62.(本文へ戻る)
18.Leaf, A., 1973. Getting 01d, A scientific american book-Life and Death and Medicine-W. H. Freeman and Company. San Francisco.(本文へ戻る)
19.小島蓉子 1984クオリティ・オブ・ライフ(QOL)と社会リハビリテーション 総合リハピリテーション 12巻,4号 283-288.(本文へ戻る)
20.金子勇 1990 高齢化の新しい考え方 季刊・社会保障研究 Vo1.26 No.3 255-269.(本文へ戻る)
21.佐藤文子 1975 実存心理検査一PIL一 岡堂哲雄編 心理検査学 垣内出版.(本文へ戻る)
22.Campbell, A. 1976. Subiective, measures of Psycho1ogical we11-being. Psycho1ogical Reports. 31.117-124.(本文へ戻る)
23.三重野卓 1990. a 「生活の質」の意味 白桃書房.(本文へ戻る)
24.三重野卓 1990 「生活の質の概念と基礎理論」 季刊・社会保障研究 26巻,3号 218-227.(本文へ戻る)
25.K1app, O. E. 1986 Over1oad and Boredom, Essays of the Qua1ity of Life in information society, Greenood Press.小池和子訳 1988 過剰と退屈-情報社会の生活の性質 勁草書房.(本文へ戻る)
26.奥田和彦 1984 消費者行動パラダイムの展開 白桃書房.(本文へ戻る)
27.村田信男 1991 豊かな社会のメンタル・ヘルス 岩波書店.(本文へ戻る)

脚注

(1)SD法:Semantic Differential Techniqueは意昧微文法と訳し、いろいろな刺激語(形容詞で対にして)を両側にした評定尺度で、あることがらや物のイメージや、それに対する被験者の態度を調べるのに用いる。(本文へ戻る)
(2)
プロジェクティブ・テクニック(投影法)とはロールシャッハが1938年頃から使いだした言葉で、無意識の過程を観察する方法で主として臨床心理的診断の時に採用される。(本文へ戻る)
(3)SCT(Sentence Comp1etion Test:文章完成法)簡単な刺激文を提示し、その後を書き綴らせる検査で性格や欲求不満などを調べる方法であるが、ここでは過去の生活状態や、現在の心境、願望などをしらべるため用いた(表-3参照)。(本文へ戻る)
(4)現在の暮らし方についての個人がもつイメージを明らかにして、その人の定年退職時期に到達するまでのメンタル・ヘルス・ケアに役立てるための刺激語を吟味しようという目的で個別のプロフイルを描いた。(本文へ戻る)


主題・副題:
高齢者のQOLに関する研究
著者名:
森 二三男、北守 昭
掲載雑誌名:
高齢者問題研究
発行者・出版社:
北海道高齢者問題研究協会
巻数・頁数:
No.8巻 11~18頁
発行月日:
西暦 1992年
登録する文献の種類:
(1)研究論文(雑誌掲載)
情報の分野:
(1)社会福祉
キーワード:

文献に関する問い合わせ:
学校法人 つしま記念学園・専門学校・日本福祉学院
〒062 北海道札幌市豊平区月寒西2条5丁目1番2号
電話:011-853-8042 FAX:011-853-8074