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高齢者の労働と生きがいに関する研究

No.6

4 考察と結論

 あるTV放送(NHK,TV.平成5年12月22日「暮らしのジャーナル」)で、多摩動物公園で活動を続ける50人のシルバーボランティア(60歳以上)と夫婦で障害者のケアーとペン字の指導にあたっている姿が放映された。参加者の気持ちとして、「子供と接する喜び」、「定期的に仲間に会える」、「経験したことのない話が聞ける」等が語られており、会社時代には経験したことのない横の人間関係が開けたと目を輝かせていた姿に感銘を受けた。
 ボランティア参加の形態は百人百様で、自からその内容を計画、就労し、労働の定年を自分で決めることができる。これが参加者の生きがいになっている事が窺われる。しかし、家庭経済は概ね安定しているが、約20%の人が「困っている」、「少し困っている」と回答している。高世代に進むにつれ、「困っている」、「少し困っている」層が増加しており、「困っていない」「あまり困っていない」層が減少している。今後、高齢化社会の進行にともない、平均余命の長期化による生活費の増加、年金支給開始年齢の繰り下げにともなう収入減少、入院介護費用などの受益者負担の増加(食事代など)が発生し、さらに経済的ゆとりの低下が懸念される。
 老後の生活費は子供などに頼らず自給自足を求める傾向が強いが、60歳代後半以後に経済的不安を感ずる事は、生活費の確保のための就業を強いられる結果になり、気力、生きがいの喪失要因となろう。
 引退後の生活原資は、第1に公的年金の支給、第2に就労収入、第3に子供の仕送り、貯蓄の取崩しである。(図-4)の通り高齢者後期には、就労収入、子供の仕送りに期待することが難しくなる。貯蓄の確保はますます必要になろう。現在、備蓄は実年期における個人年金制度、財形貯蓄制度利用などの本人の自助努力によっているが、低金利時代の資産運用に対する収益性、安全性についての政府の配慮が乏しい。老後の生活原資に対する一定の支援が望ましい。

図-4 高齢者の主な収入源  棒グラフ

図-4 高齢者の主な収入源
エイジング研究センター「高齢化社会の基礎知識」1993年11月 P114より抜枠
総務庁長官官房老人対策室「老後の資産に対する調査」
1990年9月
 たとえば、給与からの天引き貯蓄に対する長期、有利、安定的運用を計る公的運用制度の創設(財形貯蓄に対する利子補給、非課税枠の拡大など)、貯蓄に対するマル優枠拡大、個人年金積立額などに対する税制面の優遇措置などが考えられるが、これらは若い年代から老後の準備を促進する方法として有効である。経済面の生活不安の軽減、生きがいの増加に役立つ諸施策の検討が望まれる。したがって、企業の福祉制度の充実が急務である。
 産業労働研究所「労使欧米企業福祉事業団」の調査結果によれば(注2)、欧米では「マッチング貯蓄補助制度」(賃金の15%相当までの貯蓄に対して、会社が同額補助する。税制上本人、企業とも税控除対象)、「賃金繰り延べ老後対策制度」(賃金の一定限度の支払を繰り延べ、貯蓄、年金のほか介護保険掛金、退職後医療保険掛け金に税控除対象として運用することが認められる)。「職場団体生命保険の生前給付制度」(ガン、障害による寝たきりの人に保険金の全部、または一部の支給実施)などの諸制度が実施されている。
 いずれも政府の支援なしには実現不可能であるが、高齢者の自助努力による生活に安心を与える福祉制度として今後経済団体などの研究が望まれる。このような生活上の安心が優先してこそ高齢者福祉と言えるのである。高齢者の生活の支えは「心の満足」、「経済の安定」、「健康維持」の三本柱のうえに成立しているのであり、どれを欠いても生きがいの喪失感を増幅するからである。労働、経済と生きがいの関係について述べてきたので、高齢者の終末で避けられない健康と生きがいについて、次に述べたい。
 まず家族介護と受益者負担の限界であるが人は終末近くに配偶者、家族の死に直面し、悲嘆に暮れる。残った家族や身内に介護を頼むことが避けられない。わが国古釆の家族主義の伝統は今回の調査でも大部分の人に残っており、子供や孫に大切にされ、寂しさも感じないとする人が多いことは喜ぷべきことである。しかし、約52%の人が身内との同居を希望しながら、その可能性があると回答した人は4割強に過ぎないところに高齢化社会の家族関係の困難性が窺われる。この項には削除したが、アンケート調査の自由意見欄に「自分が親を看て苦労したことを子供にさせたくない」として有料老人ホームに入居を希望する意見がかなりあった。血縁に頼らない生き方を模索する人も増えている。「ポランティア預託制度利用」希望(42%、表-8)、同制度不利用者の「医療・介護施設入居希望」(33%)、が多いのもその証左といえよう。
 さらに今後の高齢化社会では、高齢者がより高齢の者の介護をしなければならない事態が予想されるが、それには一定の限界がある。行政の支援は欠かせない。
 1990年にスターとした国の「高齢者保健福祉推進十ヶ年計画」(いわゆるゴールドプラン)に連動する都道府県、市町村の「高齢者保健福祉計画」が立案されつつある。北海道(表-10)、札幌市(表-11)などの保健福祉計画も発表された。これらの計画の第1の特徴は在宅福祉の充実、在宅福祉サービス協会を軸に介護、家事手伝いを担当するヘルパー(家庭奉仕員)のマンパワーの充実をはかることで、寝たきり高齢者の在宅介護の希望に応えるものである。

表-10 北海道高齢者福祉計画の目標

施設・人材 現状
(平成5年4月現在)
道計画目標案
(平成11年度)
特別養護老人ホーム
14,424床 16,700床
老人保健施設
2,428床 12,350床
ケアハウス
130人 3,950人
デイケアサービスセンタ-
113カ所 469カ所
ショートステイ専用ベッド
734床 2,120床
在宅介護支援センター
13カ所 414カ所
高齢者生活福祉センター
2カ所 25カ所
市町村保険センター
33カ所 157カ所
ホームヘルパー
5,200人 1,556人
ホームヘルパー
内訳 常勤 971人 3,225人
パート 585人 1,975人
老人保健事業に必要な保健婦
1,160人
老人訪問看護に従事する訪問看護婦
25人 1,050人
表-11 札幌市高齢者福祉計画の目標
事業名 平成5年10月末 平成11年度
ホームヘルプサービス
ヘルパー62人
派遺世帯389世帯
平均派遺数 週1.1回
ヘルパー910人
派遺世帯3,050世帯
平均派遺数 週2.5回
デイサービス
施設17カ所
利用者900人
施設98カ所
利用者5,660人
ショートステイ
専用床120床
利用者700人
専用床528床
利用者6,600人
在宅介護支援センター
施設6カ所 施設65カ所
特別養護老人ホーム
施設19カ所 施設35カ所
ケアハウス
施設1カ所 施設11カ所
訪問指導
対象者1,971人
年平均回数4.2回
対象者7,110人
年平均回数9.4回
機能訓練
通所施設17カ所 通所施設29カ所
訪問リハビリ指導
対象者1,290人
年実施回数3回
老人訪問看護
施設 民間6カ所
公的1カ所
施設 民間24カ所
公的10カ所
老人保健施設
施設7カ所 施設36カ所
 第2の特徴は高齢者の在宅介護にあたる家族の負担軽減に役立てるため、原則7日以内のショートステイ専用ベットの増設があげられていることである。
 第3の特徴はデイサービス施設の増加により、動作訓練、入浴、食事などのサービスの充実をはかることである。
 第4の特徴はうえの三本柱の充実をはかるために要援護高齢者等に相談助言を行う「在宅介護支援センター」の充実をはかり、家庭と病院を結ぶ老人保健施設病床の増加と保健婦、理学療法士の訪問指導の強化を実現することである。
 計画に盛られた項目の着手は高齢者の介護サービスの不安を軽減し、生活に安心感を与えるものではあるが、国の施設監査結果をみると、計画の実現に疑問を禁じえない。第1の家庭奉仕員の派遣現状をみると早朝、早出、夜間、休日に派遣している市町村はなく、休日以外に事務整理理由で派遣しない日時を設けている所が20%強あるなど不備が多い。第2のショートステイでは特養老人ホーム入所待機者の長期利用等の不適切な例がある。第3のデイサービスの運営については週6日の基準日数に達していないもの、申講の受付時期の制限、利用決定の遅延など改善すべき点が多い。
 高齢者介護の中心が収容型から在宅型に移行して行く事は、収容型サービスより国の経費負担が軽減されるとはいえ、介護の質が要介護対象者の増加によりさらに低下する懸念がある。高齢者福祉について、完全な満足はありえないが、「高齢者保健福祉計画」の指向するサービスが、10年間6兆円の国の予算で確保できるか疑問が残る。国の景気対策と同様に関連予算の可能な限りの弾力的運用を期待したい。
 つぎに、老人介護に関する諸費用自己負担は明年実施計画の「食事代の個人負担」のように今後も発生するであろう。一定の受益者負担はやむを得ないと考えられるが、高齢者の自己負担は収入が乏しいことから限界がある。年金支給方法や消費税率の変更の場合など高齢者の生活負担増になる事項については、早期に具体的な収支内容を国民に提示し、論議を高め、国民的コンセンサスを得る必要があろう。
 また、「高齢者保健福祉計画」実現のための福祉分野で活動するマンパワー確保対策について行政の青写真をはっきり示してほしいものである。今のままでは作文として先行している感がある。例えば国のゴールドプランでは、家庭奉仕員を3倍に増やし、ホームステイ専用病棟、デーサービスセンター施設を概ね平成元年の10倍設置し、1万箇所の在宅介護支援センターを設置することが示されているが、それに伴う看護婦、保健婦、OT,PTなど介護従事者の確保については触れられていない。養成機関の充実、福祉関係従事者の労働条件の改善、健常な前期高齢者(事業所退職男性など)のボランティア活動を活発化するための条件整備が急務である。現在、国民意識が醸成されつつある「ボランティア預託制度」を行政が軌道に乗せることも有効であろう。たとえば、町内会単位で福祉委員を置き、介護従事者と連絡を取りながら地域の要介護者の支援をするなどの方法もあろう。さらに、高齢者の心理的課題について、下仲順子はその著書において、Eriksonの人間心理の発達段階の仮説を紹介している。(注4)
 それによると、65歳~死に至る期間を8段階とし、この時期の重要な課題と危機は統合対絶望で、その人生に意義と価値を見出すことができれば老年期を絶望感や苦しさを味あわずに過ごすことが可能で、死の訪れを受容することができるとする。しかし解決に失敗すればやり直しが効かない絶望感に陥るとし、老人心理の起伏の激しさを示している。ついで、Peckの老年期3段階説があげられている。
 これによると前期(引退の危機)には経済面の縮小、社会的地位の喪失に対し新たな価値、趣味による満足感を見出すことにより引退を肯定的に受けとめ得る。中期(身体的健康の危機)には病気に対する抵抗力が低下し身体的苦痛が増すので、身体面に関心が集中しやすいとし、人間関係や精神面の創造的活動の重要性を指摘している。
 後期(死の危機)は死の接近の予感から自我を超越し、死に立ち向かわなければならないとし、最終段階で成功した老人は家族や自分たちが生存した文化社会のため目的的に活動し、活力ある満足感を経験すると結んでいる。
 以上の心理学的な老年期の人格分析結果を今回のアンケート調査の結論となった図式、すなわち「高齢者の労働への参加」=「社会への積極的参加」=「生きがいの増加」と照合してみると、老年中期(概ね70歳代前半層)まで適用できるが、その後は新たな価値観の確立を必要とするようにおもわれる。様々な危機状態の出現に対し目的的に活動するには自からを奮い立たせるエネルギーを要する。宗教、信仰に疎いわが国においては難問であろう。家族、友人、知人、とのコミュニケーション、地域社会の冠婚葬祭協力、ボランテイア活動、生涯学習活動などを通じて老年者自身が心理的課題を解決して行く他はない。
 この自助努力による目標、役割の設定について、赤塚勉旭川シルバー人材センター理事長は「幸せの3K」を提唱している。体の健康、心の健康(いきがい)、経済的健康の3Kのバランスが正三角形でなければならないと説いている。今回の調査対象者の多くは幸せの3Kを実行できているようであるが、加齢とともにバランスが崩れ。他のKに影響を与えることは否めない。長寿社会が現実のものとなった今日、死生感を無視することは難しくなってきた。3Kのバランスを持続させるには、自分自身死の直前に遭遇する困難を受容し、余命を積極的に生き抜く方法を自分自身で体得することが重要になる。
 今回の調査で集約された一番大切なもの(家族・子供、78%)、二番目に大切なもの(友人・仲間、35%)に対して、自分の役割分担を果たす態度がこれに該当する。
 並木正義旭川医大教授は「老馬、夜道を知る」の諺をあげ、老馬は力衰えても夜道を知っており行くべき所に着く。長年の体験に基づく判断力と知恵では負けない自負心をもって生きることが大切であるとしている。
 高齢者の生きがいを持続するためには就労をゆとりをもって行い、家事、社会活動などの労働を通じて百人百様の生活感の中で、低下するエネルギーの現状を知りながら可能な範囲の目標、役割を求めて行く努力が必要なことを強く指摘したい。
 最後に、このアンケート調査を通じて回答者が抱いている労働と生きがいの関係研究の結論を要約するとつぎのようになる。

注2 (財)高年齢者雇用開発協会「エルダー」1993年4月号P65
注4 下仲順子、老人と人格、1988、川島書店

主題・副題:
高齢者の労働と生きがいに関する研究 92~97頁