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身体障害者の日常生活の向上に関する調査研究事業 平成7年度調査報告書

福祉機器のシステム

 東京の飯田橋にある福祉機器の展示ホールにも、10年の歳月が流れた。展示している機器の数も増え、現在では1,000点を越える。来所者、見学者は毎日後を絶たない。述べ人数にして一日平均200人ほどの人が出入りする。
 10年は過ぎてみればあっという間であるが、それなりの年月であり、時間の流れのなかで確実に展示品も変化してきた。布おむつはほとんど姿を消し、かわって紙おむつがその勢いを広げた。鉄パイプの手動ベットは木製の装飾のあるベットにかわり、起き上がり、立ち上がりのための介助カバーがいくつも開発された。
 来所者の相談内容も、排泄中心のことから移動に関するものへの変化がみられた。寝たきりを起こそう、用具を使ってより自立度の高い生活をめざそうという考えかたが感じられた。そしてそれは介護力の軽減につながるものであり、介助者が必ずしも若い人ばかりでなく、高齢化していることを実感させた。
 10年前にはほとんど目立たなかった用具が、そのバリエーションを増やしつつある。椅子や四輪歩行器やリフトである。
 寝たきりや寝かせきりをやめて、起こしてどうするか、日中座っている椅子、座りやすく、居ごこちがよく、立ち上がりもしやすい椅子が求められ始めた。
 全幅58cmほどの四輪歩行器が人気である。退院後の方がマンションなどでも利用している。リフトの利用は給付制度に組み込まれることによって増加してきた。使い方をきちんと習得した介護者は、とても便利に使いこなし、生活を変化させている。
 福祉機器の展示と相談を兼ね備えた機関として、使ってみたり、比べてみたりしながら10年が過ぎた。しかし、めがねを選ぶように、自分にあったものを選択し、めがねのように自在に福祉機器を使いこなすようになってきているのだろうか。福祉機器というモノが、利用者にきちんと渡され使われているか。その供給システムを検証してみる。

必要な人に必要なモノを

 めがね、それも自分の視力にきちんとあったものがあれば、読むことも書くことも不自由することはない。福祉機器はそれと全く同じである。自分にあったものを選択し使いこなす。そうすることで高齢者・障害者の生活はより自立度の高いものとなる。
 同時に、高齢者・障害者の在宅生活に福祉機器は欠かせないものである。ギャッチベットと介助バーがあれば、今まで寝たきりであった人でも、起こしたり立ち上がったりの動作がしやすい。そこにポータブルトイレがあれば、排泄の自立も不可能ではない。なにかにつかまりながら歩ける、という人なら歩行器を使ってみる。機器を使うことで一つでも自分の力でできることが増えるのは喜びである。
 展示ホールへも、退院後の生活をどうしたらいいか、と相談に来る人が多い。福祉機器を必要とする人に適切な選択をアドバイスをすることは、むずかしいことでもある。機器の選択は身体状況や生活環境など、個々の条件の中で決まる。相談に来た家族とだけ話していたのでは不十分なことも多い。本人の一日の過ごしかたのなかで、機器をどのように生かして使えるかその人に今、ほんとうに必要なモノは何かを一緒に考える。
 退院してくるまでにベッドと車椅子とポータブルトイレを揃えておきたい、という相談はよくある。退院の日までわずか2から3日、障害者手帳の取得もできていない。行政の給付制度を利用する余裕もなく、あわただしく機器を選択し、自己負担で購入する。通院の日に間にあうことでかろうじてその日からの生活が確保される。しかし、すべての人が自己負担できる金額ではない。
 障害者手帳を取得すること、行政の制度を利用すること、それすら知らずにいる人たちも多い。そして制度を利用していたら、手続きばかりにむやみに時間がかかり、機器を入手できるころには障害がもっと進行していたり、状況が変化したりしていて、せっかく選んだ機器が使えないことも少なくないのが現状でもある。
 ”あわただしく選択した機器”は、たとえ通院の日に間にあったとしても、しばらくして、使いづらい、身体状況にあわない、といった問題がおきてくる。”必要な人に必要なモノをタイムリーに提供していくこと”のむずかしさを痛感する。

使う場面で使ってみることの重要性

 だれもが展示ホールのような相談機関にやってきて、具体的に機器を見たり、使ってみたり比べてみたりできるわけではない。電話での相談もかなりある。介護者はそうのん気に出かけられる毎日ではないし、身体の不自由な方にここまで見に来い、というほうが所詮無理な話ではある。
 しかし、電話でほとんど様子がつかめないのが実情である。10分ほど話を聞いて、機器を選択することはできないし、本当に必要なモノが何かは、話しているモノとちがうこともよくある。
 最近では、雑誌やテレビでの宣伝が行き届いたこともあって、具体的に「テレビでやっていたOOがほしいんですが」とか「新聞に出ていた**はどこで買えるんでしょうか」という銘柄指定の電話も多くなった。
 使いかたやどういう人にとってそれが有効であるのかはおかまいなし。「うちにもあれがあったら便利だと思って・・・・」と、多くの人は簡単に騙されてしまうのである。
 展示ホールのそれぞれの機器も、ここで見ていただけではやはり本当に使えるのかわからない。どんなに家族がこれでいいと、と納得しても、あるいは本人が気に入ったとしても、最終的には自分の家で、使う場面で使ってみなくてはわからない。だから本当は、試用貸し出しができて、2から3日後にセラピストが確認して、不都合なところがあったらサイズを整えたりできたらいいなあとつくづく思ったりする。そして、もちろん使いかたについても、現状で本人にも家族にもきちんと伝えたいのである。
 現状であるからこそ、個々のニーズが細かく現われてくる。ほんの数センチのことで、できるできない、が左右されたりする。サイズなどは問題がなくても、コンセントが近くになくて苦労したり、スイッチがとても使いづらいものであったりする。
 部屋という環境の中で、既存の家具や道具の中で機器を使うと、不随する問題がいくつも出てくる。それらを丁寧に解決していかない限り、福祉機器は有効に使われない。

開発者は現場からの発想を

 現場に立ちあうことがあってよく思うのは、機器の開発者こそ現場からの発想をしてほしいというごく”当たり前”のことである。
 開発者こそ使い手のニーズをよく見てほしい。ムダな部分をすっきりとさせて、使いやすくする努力をしてほしいと思う。使い手の現場を知っていれば、こんな形が考えられるはずはない、と思われるものも少なくない。
 ひとりよがりなデザインではなく、あたたかみのある配慮をもった、機能性と美しさに挑戦してほしい。そしてそれはかならず理解されるものであると信じてほしいのである。
 ある機器のコントロールボックスのスイッチの色分けが、高齢者にとってとてもわかりにくい、見えにくい、と企業側に話したことがあった。「それではどのくらいの明度差、彩度差があれば識別可能なのですか」とすぐに聞き返された。
 しかし、そういう数値的なデーターはあまり意味がない気がした。実際に何人かのお年寄りに見てもらったらいいのだ。データーは後からおいかけていくもので、具体的な現場が優先する。机を離れてほしいとデザイナーにお願いした。

在宅介護支援センターの大きな役割

 全国各地に福祉機器展示場や相談機関ができてきた。しかし、だれもがそこまで行くことができるとは限らない。
 そこで活躍してほしいと期待するのは、地域にできた在宅介護支援センターである。
 在宅で暮らす高齢者は、より自立度の高い生活のための機器や、介護力軽減のための機器があることさえ知らずにいる場合が少なくない。身体が不自由になったときや、予防の意味でも福祉機器を使えればよいといわれても、どんなモノがあるのか、そして自分はどれを使えばよいのか全く情報がないのが現実である。テレビや通信販売のカタログ情報で、簡単に購入してしまうこともあるらしいが、モノが単に人に渡るだけではダメなのである。
 身体の不自由な人、介護者の生活を支援する機器は、すでに述べてきたように、現場で使用者にあわせて選択し、修正し、使いかたをよく理解したうえで使われてこそ生活を変化させる力をもつ。それは今まであきらめていたことをできるようにするような変化でもある。
 福祉機器を人に渡していくときの選択や修正や使いかた(技術)の理解、そして数日後のフォローアップ(プロセスの検証)のために何人もの人がかかわることが望まれている。ケースワーカー、セラピスト、エンジニアなどのかかわりは不可欠である。それが小範囲の地域に、きめ細かく行なわれることが最良ではないかと考える。今、それができるのは在宅介護支援センターであると思う。
 地域を限っているので、在宅で寝たきりでいるような人たちのニードの掘り起こしもできるのではないだろうか。そして機器については、家まで訪問し、本人にあわせてみることや、使ってみてもらうこともできる。よく使いかたを説明し、納得してもらって使う、使わないを決めてもらってもいい。そういう具体的な支援システムが今一番大切なのである。何人もの人がかかわって、使い手と家族と機器のかかわりをいくつもの方向から検討することでモノが最大限に生かされていく。

情報の均一化を

 それでは訪問サービスやフォローアップ機能をもたない飯田橋の展示ホールのような所の役割は、何なのだろうか。一言でいうと”情報の均一化”であるような気がしている。
 展示ホールの場合、地域限定が強くないので、全国から問いあわせがある、といっても過言ではない。しかし、ここでの相談は継続性をもったものではなく、訪問サービス、試用サービスはない。それでも来所者は多く、また最新の情報が集まる。
 都内であっても、地域的に福祉機器の情報量に大きな開きがある。在宅介護支援センターも、設置地区、人員体勢などにより情報能力は決して均一であるとはいいがたい。これらの地域の活動拠点へのバックアップ機能、ネットワーク機能の中心となるセンターが必要である。
 機器の情報提供、小スペースでは展示しきれない大型機器の展示、シュミレーションルームの提供、地域では解決できまいことへの技術支援などの役割がもてるといい。
 そして情報は一方通行ではなく、現場の声をかならずフィードバックさせる。機器を使用したうえでのコメントや評価は、データーに記録し、今後の適用や選択の際に役立つ情報として共有化していかなくてはならない。
 現場からの適用技術はきちんと蓄積し、データー化していくことが大切である。それを含めて地域差のないように情報を均一にゆきわたらせていく。東の端の人も南の島の人も、だれもが(まずは支援センターが)知らないということがないように、センター同志が互いに話をしても同じことばで話せるようにと願う。そしてこれは、いつか全国的に均一化させたいと願うものである。

地域のチームワークづくりを

 高齢になっても、身体に障害をもっても、住みなれた地域でいつまでも安心して暮らせるように、というのが、今、福祉機器に携わる私たちの大きな目標なのかもしれない。そこにこそ人間が社会のなかで生き続けていく”権利”がある。
 地域で暮らす人々の日常生活をとりまく福祉サービスと保健サービスは、行政をはさみながらもっとネットワークを豊かにし、チームワークのいい関係を結んでいくことが大事であると考える。それこそが、福祉機器の支援システムであるともいえるからである。
 病院から退院してきて、機器を使った生活を始めようとするとき、保健所からの訪問で機器を使用して入浴してみようとするとき、試用貸し出しをする在宅介護支援センターも参加し、制度を利用するために福祉事務所からケースワーカーも参加する。チームワークがよければよいほど、短時間で適切に福祉機器が活用されていく。
 そうでないと、利用する本人も家族も、そのたびにあちこちへ電話したり説明したり、時間ばかりがかかってしまう。そして各機関の意見のちがいに、利用者が右往左往してしまうことになりかねないだろう。
 在宅生活を維持するためにも、福祉機器の活用は切り離しては考えられないこととなってきている。そしてそのためには、ニードの発生から機器使用後のフォローアップまでを、地域が支援してこそ、住みなれた地での生活が可能になるのである。
 病院へ車椅子で通院するための支援、在宅での生活をよりしやすくするための住宅改造と機器の導入、入浴のためのホームヘルパー派遣、介護者を疲れさせないためのディサービスやショートステイの利用、機器導入後の使いかたの指導やフォローアップなど、細かく検討したらきりがないほどの支援の問題解決能力を、各地域が自らの力で獲得していくことが、最も大切な今後の課題であると思う。


出典
「身体障害者の日常生活環境の向上に関する調査研究事業 平成7年度調査報告書」
7頁~12頁

発行者:財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
発行年月:平成8年3月