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身体障害者の日常生活の向上に関する調査研究事業 平成7年度調査報告書

聴覚障害者の資格制限について

1.はじめに

  聴覚障害者の社会参加は近年、めざましい進展をみせてきている。しかし、その完 全参加には、まだまだ厚い壁が立ちはだかっていることも事実である。  聴覚障害者は普通、コミュニケーション能力が十分でなく、知的能力の発達遅滞が 著しく、かつ社会的・情緒的に未熟であると長い間にわたって信じられてきた。聴覚 障害者とりわけその程度が重い者を、責任無能力者または限定責任能力者とみなしてきた誇的規定が、明治時代以来、長期にわたって存在していたのである。「聾者、唖者、盲者」を「準禁治産者」とし、保護を目的としながらも、さまざまな資格を制限してきた民法第11条が改正(昭和54年)され、施行されたのが昭和55年のことであった。また、「いん唖者、行為ハ之ヲ罰セス又ハ其刑ヲ軽減ス」といん唖者(いんあ者一出生時もしくは幼少時からの聾唖者)による犯罪の不成立及び刑の減免を定めた刑法第40条が削除・施行されたのは、実に平成7年6月1日のことである。
  もっとも、聴覚障害者に対する社会的認識は、急速に変化してきている。だが、以下のように、法的にもさまざまな資格への制限がある。それらが、どれだけ合理的・実際的根拠があるものか、緻密な検討が要請される。聴覚障害者に対する資格制限は、医事・薬事関係で顕著である。これらの中心に、その実情の一端を指摘する。

2.医師法等による欠格事由

昭和23年7月30日、医師法、歯科医師法、保健婦助産婦看護婦法、歯科衛生士法が制定された。これらに共通しているのは、いずれの免許も「目が見えない者、耳が聞こえない者又は口がきけない者」には与えないということである。
 以下、代表となる医師法の規定を記することにする。

第1章 総則
 第1条[医師の職分]医師は、医療及び保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保するものとする。

第2章 免許
 第3条[絶対的欠格事由]未成年者、禁治産者、準禁治産者、目が見えない者、耳 が聞こえない者又は口がきけない者には、免許を与えない。

第4条[相対的欠格事由]左の各号の1に該当する者には、免許を与えないことがある
1 精神病者又は麻薬、大麻若しくはあへんの毒者
2 罰金以上の刑に処せられたもの
3 前号に該当する者を除く外、医事に関し犯罪または不正の行為のあった者。

第3章 試験
  第23条[受験資格ー絶対的欠格事由]禁治産者、目が見えない者、耳が聞こえない者及び口がきけない者は、医師国家試験及び医師国家試験予備試験を受けることができない。

 絶対的欠格事由(法によっては絶対的欠格条項)とは、どのような事情があるとしても、例外を認めず、一律・絶対的に認めないということである。これに対し、相対的欠格事由とは、事情によって、免許を与える場合もあるし、与えない場合があるということである。目が見えない、耳が聞こえない、口がきけないということの程度が明示されておらず、かつこれらの状態は改善・克服が不能という前提に立っており、このこと自体にも問題があろう。精神病者や麻薬、大麻もしくはあへんの中毒者が相対的欠格事由とされていることと比較すると、なんとも理解しがたいというのが大方の認識であろう。
  免許を与えないというだけでなく、試験を受ける資格もないと規定されている。その後、制定された医事・薬事関係の法律は同じように、絶対的欠格事由に「耳が聞こえない者及び口がきけない者」を含めている。
  薬剤士法(第4条)、治療放射線技師士(第4条)、臨床検査技師、衛生検査技師等に関する法律(第4条)、義肢装具士法(第4条)、救急救命士法(第4条)、視能訓練士法(第4条)、臨床工学技師法(第4条)がそれらである。また、毒物及び劇物取締法では、特定毒物研究者の許可を、耳が聞こえない者、口がきけない者には与えないことができる(第6条)と相対的な欠格条項とし、受験及び許可の可能性を示している。しかし、毒物劇物取締責任者の資格を得ることはできない(第8条)としている。
  このように、医事・薬事関係の資格制限は広範であり、しかもその制限の態様はほとんどが絶対的欠格であり、受験資格さそ取得できないのである。これら法令は医師法の規定を範として採り入れているとみなしうるが、資格制限の理由なり根拠が説明されておらず、また、こうしたことが問題とされることもなく、かなり容易に制定されてきたとみなしうる。それぞれの業務内容の遂行が実際に不能なのかどうか、綿密な見直しが必須であろうし、補助手段を援用しても不能とみなされる場合はその理由を明示すべきであろう。聴覚障害が当該人に及ぼす影響は、聴覚障害の程度と一義的に関係するものではなく、当該人の教育経験を含めた生活経験、コミュニケーション経験によって左右される割合がかなり大きい。聴覚障害をもつ人びとに接した人なら、すぐわかることだが、聴覚障害の人びともわれわれと同じく個人差が大きく、聴覚障害ということで安直に一般化してしまうことは、きわめて危険である。また、障害の状態も固定的にみるべきではない。人工内耳や人工中耳の開発など、障害の状態が変化していく可能性もある。こうしたことからも、絶対的欠格事由とすることはやめ、絶対的欠 格事由もしくは資格の停止にとどめるべきであろう。

3.道路交通法等

  道路交通法は、免許の欠格事由を第88条で規定している。第1項第2号に「精神病者、精神衰弱者、てんかん病者、目が見えない者、耳が聞こえない者又は口がきけない者」としてあり、第1種免許又は第2種免許を与えないとなっている。また、第96条は運転免許試験の受験資格について定めているが、これも資格がないとされている。
  こうした規定によって、聴覚障害者は運転免許試験の受験資格を剥奪され、免許を取得できない状態が続いていた。これに対し、関係者が熱心に運動をし、それによって資格制限は実質的に形骸化してきている。昭和48年、警察庁は適性基準に関する通達を改正し、10メートル離れて90ホンの警音器の音が、補聴器を装着して聞こえれば合格とした。これによって、聴覚障害者の多くが運転免許を取得できるようになっている。しかしながら、法律の条文は改正されないままであり、改正への動きはみられていない。
  また、モーターボートなど小型船舶の免許取得もできないようになっている。法律で禁止されているわけではないのだが、身体検査に合格することが前提条件とされている。その身体検査基準で、聴力に関して厳しい規定がなされており、実質的に排除されてしまっているのである。

4.教師、保母等

  法律で資格制限がされているわけではないのだが、教師の資格や保母の資格を取得するのがきわめて困難である。業務教育を担当する小学校や中学校の教員養成を行っている教員養成大学や教員養成学部に入学すること自体、大きな制約がある。
  大学によっては、面接試験を行ったりする。これも、聴覚に障害をもつ人には特別な配慮が必要なことが多い。運よく合格しても、講義等にどう対処したらよいであろうか。読話といった方法では、講義内容の理解は至難といえよう。したがって、聴覚障害者は講義に出席しても、傍らの友人のノートを筆写したり、教科書を読んでいる場合が多い。これは特に文科系科目において著しい。まれに手話通訳サービスの提供があるが、専門科目になると、通訳の力量が問題となることが多い。
  教員養成大学や教員養成学部のほんの一部のコースで例外的に入学が認められているだけで、多くが門戸を閉ざしている。某大学が聴覚障害者に門戸を開いているといっても、実際はその大学の一部のコースでのみ入学が認められているにすぎない。聾学校に勤務する教師を志望しても、前提条件として小学校なり中学校の教師資格の取得が前提とされるので、教育実習や教科指導の学習等に障壁が高いといえる。かりに教員免許が取得できたとしても、教員採用試験の受験も難しい場合があったりする。都道府県レベルでみても、某自治体は、聾学校の教育が口話法で実施されていることを理由にして、数年前まで受験すら認めないできた。
  保母資格の取得にも制約がみられる。保母養成機関のカリキュラムでは、音楽がとりわけ重要視されている。実習に関しても同様である。保母国家試験でも同じことがあてはまる。

5.資格制限の理由と対応

  さまざまな法律が、耳の聞こえない者、口がきけない者を免許取得資格の欠格者としたのは、次のような理由によるといわれている。
  すなわち、専門的な知識や習熟した技術や技量が必要とみなされる諸資格や免許・許可に関しては、こうした知識や技術・技量を習得できない、もしくは習得が著しく困難とみなされる耳の聞こえない者や口がきけない者、ならびに、そうした知識や技術・技量を習得していても、それを業務で活用するには著しい支障が予想される者には、免許・許可を与えるわけにはいかない。したがって、あるレベル以上の聴覚障害を有する者、聾学校小学部1年に新入学した児童からであり、これがその後、政令の繰り返しによって昭和24年は小学部1・2年生というように、学年進行していったのであり、結局、盲学校と聾学校の小学部全体に義務教育が行きわたるのは昭和28年であり、さらに中学部全体にまでわたるのは昭和31年で、9か年をかけて6・3制による聾学校の義務教育が制度的に完成されたのである。通常の児童・生徒は昭和22年に9年間の義務教育が始まったわけで、聴覚障害児の方は10年遅れで義務制が完成されたのである。
  したがって、聴覚障害をもつ人びとは、その潜在的可能性が開花されないまま社会生活へ入る人が多かったのである。就学率は低いままの状態が続き、教育内容・方法の革新もなかなか実行されないできた。しかし、いまや事態は一変した。早期発見・早期教育の実施が進展すると共に、聴覚障害をもつ人びとの知的な潜在可能性が確認され、十分な力量をもった人びとが輩出するになってきたのである。しかしながら、法律の方は改正されない状態が続いている。
  医事・薬事関係の法改正について、厚生省は次のような見解を示しているという。医療業務は人命を預かるため、医師や歯科医師の認定は厳格に行う必要がある。業務の中で、患者とのコミュニケーションによって患者の状態を把握したり、検査や機器の操作も音で判断する場合もあるので、聴覚障害者には困難である。薬剤師にも同じことがいえる。薬剤業務は薬を通じて患者の生命と安全を確保する業務である。医薬分譲によって、患者への服薬指導も重要である。間違いなく安全に業務ができ、患者とコミュニケーションを行えるという観点から、聾者は欠格条項の対象とせざるをえない。
  こうした理由で、聴覚障害をかつ人びとや、関係者が納得できるであろうか。すでに指摘したように、聴覚障害をもつ人びとの個人差はたいへん大きく、「聴覚障害者」として安易に一般化を行うことには慎重な上にも慎重でなければならない。聴覚障害者の知的・精神的特性とみなされてきたものの多くも、聴覚障害であることと必然的に結びついているわけではなく、聴覚障害という条件と担って生活を送ることによって生ずる場合がよくみられることがわかってきている。資格に不適格かどうかは、聴覚に障害があるかないかということより、当該人が有資格者に要求されている業務を遂行することができるかどうかという観点から、個別に判断されるべきであろう。したがって、絶対的欠格といったことは撤廃されるべきであり、相対的欠格条項も削除されるべきであろうが、暫定的に相対的欠格条項の存続を、場合によっては認めるべきであるかもしれない。
  医事・薬事関係の諸資格が取得できないこと、さらに資格の受験すら認められていないことから、聴覚障害者の医事・薬事関係学校への進学すら阻止されてしまっている。医学部、薬学部、歯学部、看護学部や医療技術専門学校への進学ができないのである。薬剤師にはなれなくとも、薬学に関して研究・学習を志望したとしても、薬学部は国家養成を行っていると称して、薬学研究志望の聴覚障害者の受験を認めないのである。基礎医学や基礎薬学の研究者となりたいと考えても、聴覚障害者には勉学の道が閉ざされてしまっているわけである。
  厚生省によると、保母資格に関しても、音楽が幼児とのコミュニケーション方法として不可欠なので、養成課程でも国家試験でも音楽を重視していくことにしているという。したがって聴覚障害者は受け入れられないというわけである。
 聴覚障害者は、憲法で保障されているさまざまな権利を侵害されている。資格に制限が課される合理的理由が確実に認められる場合は、制限もやむを得ないといえるであろう。しかし、その場合も、関係者が納得できる理由が開示されるべきであろう。平成8年5月20日、総務庁は労働省と文部省に障害者の雇用促進に関する改善を勧告した。このなかで、都道府県教育委員会の障害者雇用率がきわめて低いことが指摘され、障害をもつ教職員の雇用拡大が必要とされた。このことが、聴覚障害をもつ教職員の雇用増大に直結することを望みたい。
 聴覚障害者といっても、個人差がたいへん大きく、一般化が困難なことを再び強調しておきたい。完全参加を現実とものとするため、当事者を含めた関係者たちによる制限を撤廃もしくは緩和するための粘り強い検討と働きかけが、いまこそ要請されている。


出典
「身体障害者の日常生活環境の向上に関する調査研究事業 平成7年度調査報告書」
23頁~28頁

発行者:財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
発行年月:平成8年3月