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身体障害者の日常生活の向上に関する調査研究事業 平成7年度調査報告書

精神障害者の資格制限の現状と課題

はじめに

1.資格制限(欠格条項)とは

 ある種の資格や身分を取得する場合に、ある要件のために資格や身分を与えないとか、いったん資格や身分を取得した後にある要件に該当した場合に資格を取り消したり、身分を失わせるなどの一定の要件で条件を法律の中で定めたものを資格制限条項または欠格条項という。
 欠格条項には身体的条件(例えば視覚聴力が一定程度ないことにより資格取得の条件がない。また「身体又は精神の衰弱により業務を行うことができないとき」や「心身の故障のために職務執行ができないとき」という定め方をしている)や、処罰を受けたことや職務上の不正行為などを事由とするものの他に禁治産・準禁治産を理由とするもの、精神病者、精神障害者等を事由とするものがある。

2.精神障害者の欠格条項

 禁治産・準禁治産は民法を根拠とし禁治産宣告は心神喪失の常況にある者、準禁治産は心神耗弱の常況にある者に対して民事上の行為での不利益からの保護や財産権の保護を目的としているもであるが欠格事由として多くの法律に規定されている。禁治産・準禁治産のとも精神障害を原因とする場合が多く、精神障害と記載されていなくとも事実上精神障害者に対する欠格条項である。
 精神病者・精神障害者を欠格条項として定めるものは「精神病者」「精神障害者」「精神薄弱者」「てんかん病者」「アルコ-ル、麻薬、あへん又は覚醒剤の中毒者」であり、具体的な精神症状を明確にしているものは無い。
 欠格条項には絶対的欠格条項と相対的欠格条項に分けられそれぞれに制限が異なる。絶対的欠格条項の場合精神障害や禁治産・準禁治産宣告があれば、その程度のいかんによらず絶対に資格を与えないというものである。禁治産・準禁治産宣告を受けた者に対して資格制限は120にも及ぶと言われている。それらを除いた主な国家資格による絶対的欠格事由は平成7年10月現在では11(具体的には表1参照)ある。
 相対的欠格条項はその程度によっては資格を与えられないことがあるというもので、資格の取得や取り消しにつき裁量の余地がある場合があるというものである。(具体的には表1参照)
 また資格の取得の際には絶対的欠格事由であっても資格取得後に発病した者についての資格の取り消しは相対的欠格事由となっていたり、禁治産・準禁治産は絶対的欠格事由になっていても精神障害は相対的欠格事由としているものなど各法律により様々な状況にある。
 また都道府県条例における資格制限は18都道府県8項目となっている。

3.精神障害者の欠格条項に対する行政の対応の流れ

 我が国における資格条項の見直しの流れは昭和56年国連障害者年がスタートしたことを受け総理府に設置された障害者対策推進本部が昭和62年の6月に決定した「障害者対策に関する長期計画後期重点施策」の中で「精神障害を理由として設けられている資格制限等について検討を行うこと」と明記され、同年7月には厚生省保健医療局長より都道府県知事宛に通知(健医発881号)が出され、精神障害者にかかる資格制限・利用限度については必要最小限度に限るべきであるとの立場から市町村も含めた関係諸資格の検討が行うことが求められた。昭和63年の精神衛生法から精神保健法への改正の中で法2条に「国民の義務として精神障害者への理解を深めるとともに、精神障害者等がその障害を克服し、社会復帰しようとする努力に対して協力するように努めなければならない」と明文化した。しかし関連して諸資格の制限の見直しはほとんどされなかった。その背景として当時の法改正の中心点は入院における人権の保護、そのための制度の整備が急務であり、資格制限を見直すための諸官庁との調整作業は困難な状況にあったと推測される。
 その後各県の地域精神保健審議会での検討や精神医療人権センター、各県の家族会連合会などにより市町村レベルをもふくめた具体的問題の検討・申し入れが地域の行政機関に行われるようになった。
 国レベルにおいてはっきりとその取り組みが現れたのは平成5年の精神保健法の一部を改正する法律で、栄養士、調理師、製菓衛生士、診療放射線技師の4つの免許及び、あへん法に基づくけしの栽培の許可について絶対的欠格事由から相対的欠格事由に改正が行われた。平成7年の精神保健福祉法の改正に絡み、理容師法、美容師法において相対的欠格事由に法改正が行われた。

4.精神保健福祉法の理念からみた欠格条項

 平成5年12月障害者基本法において精神障害者が基本法の対象として位置付けられた。
精神障害者福祉法としての単独立法化はされなかったものの精神保健と精神障害者福祉を総合的に推進する法律として「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(以下精神障害者福祉法)が制定された。法3条では精神障害者等がその障害を克服して社会復帰をし、自立と社会経済活動への参加をしようとする努力に対して協力するように努めなければならない」と国民の義務規定を明文化している。精神障害者の資格制限・欠格条項の具体的見直しは自立と社会経済活動への参加を具体的にすすめる上で重要なポイントである。

5.資格制限の具体的弊害と課題

 本稿では過去に出された判例や法律的解釈については別に譲り、精神障害者が資格制限によりどのような具体的弊害に直面しているかについて問題点を取り上げ課題を整理したい。
 例1.ノイローゼと過去診断されたA青年が調理師の専門学校を受験するため健康診断書を作成してもらうため総合病院を訪れた。学校が指定した健康診断書には「精神疾患の既往歴」とのみ書かれた稿がある。まず診察に当たった内科医は「精神疾患は専門外なので精神病院に行き書いてもらいなさい」と言う。問答の末既往歴とのみ書かれているので青年の陳述に基づいて「ノイローゼで通院歴あり」とのみ書かれた。その健康診断書を提出した結果不合格となった。理由は「過去精神病の通院歴があり資格を取らせることができない」とのこと、資格制限の中身について知らない青年とその家族は反論する余地もなく受け流さざる負えなかった。
 例2看護婦のB子は勤務中突然幻聴に悩まされ夜も眠ることができない日が続くようになった精神科にかかりたくとも精神科にかかったことを同僚に知られれば病院は首になり、看護婦免許も剥奪されると思い勤務を続けたが出勤できなくなり分裂病で強制入院となってしまった。

課題1.欠格条項における精神障害者感
 欠格条項の多くは「精神病者」「精神障害者」と包括的な呼称で表現されており精神分裂病や躁鬱病、覚醒剤依存やシンナー依存など基礎疾患では表現されていない。A青年のように精神疾患に知識のない者から通院歴があるというだけで精神病者に組み込まれ、法文の「免許を与えないこともある」という文章に対して資格が取れないと判断されてしまう。他にも薬学部の学生が精神分裂病にかかり入院、退院し復学しようとす学生が薬剤師資格の欠格事由を理由に復学を妨げられ学ぶ機会さえも失ってしまった例もある。「精神病」等の包括的な表現がされていることは障害の程度や回復に対する配慮もない個別性に劣るものとなってはいないか。またA青年のように事前に十分な知識を得られる機会が無く自分の治療歴に傷ついてしまう等制限しながら具体的な公の基準と判断する機関の信頼性の問題が残る。
 包括的な呼称といった点を掘り下げるなら、資格法の多くでは「目が見えない者、耳の聞こえない者、口がきけない者」等能力障害を欠格事由としているのに対して精神障害者の場合には包括的な「精神病」といった疾病及び機能障害のレベルを事由としていることに矛盾を含んでいる。例えば精神分裂病の寛解者であっても料理のできる人はいるし、あんま、マッサージをする事ができるも人もいる。全く目の見えない人が自動車を運転することは現在不可能なことだが、精神分裂病の寛解者が自動車の運転をすることは可能なのである。
 その資格を有するためにどんな能力を必要とし、その能力有していないということを理由に資格が取得できないというものでなければ合理性に欠けるのではないか。

課題2.精神障害者の責任能力をめぐって
 「精神障害者が事故や事件を犯しても罪にはならづ被害者は泣き寝入りするしかない。といった社会的風潮の中で公共の福祉を守るためと理由付けされることがある。」しかし我々は精神障害者に対してその責任を問える条件を設定できているだろうか?確かに急性期の錯乱した状況のなかやてんかんの大発作を起こしている状況で車の運転や放射線を扱うことは危険をはらむ、しかし運転免許に見られる視力の弱い人に対してコンタクトレンズやめがねを使用すること、聴力が低い人に補聴器の使用を義務付けるなどの「条件付き免許」の形態をを精神障害者のにも適用できないであろうか?例えば定期的な治療の義務付けや3年間再発や発作を起こしていないこと等の取得条件の設定が考えられるのではないだろうか。すでに諸外国でも同様の条件付き免許制度を取っている所は多数ある。真のノーマライゼーションを問うのであれば精神障害者を一律に避けるのではなく、それぞれの行動に責任が持てる環境設定が必要ではないのか。

課題3.手続きの不明確さ
 B子の様に資格取得後に発病し欠格事由が生じた場合の資格の停止や取り消しについての基準が不明確のために事例化する例は少なくない、停止になった場合の資格の回復についても裁量的に主管する行政機関によって行われているようであるが、欠格事由により資格を取り消しにされてしまった場合にはその職業的技術は宙に浮く、技術は持っていても資格取得のために再度負担を要することになる。資格制度の多くは終生認定制度のものが多く更新といった手続きがないために資格取得時の自己申請により排除し具体的な業務遂行能力の査察が行われないことにより一般の不安を増大していることにも問題がある。偏見や差別の解消のためにも資格の停止規定や回復規定の明確化の検討が望まれる。
 またA青年のように入学のための書類により排除されてしまうケースも少なくない、アメリカのADA法では入学時等に希望者に対してその人の持つ障害について問うことは差別行為と見なされ禁止事項となっている。またたとえ障害があろうとも学ぶ権利は持っている。配慮さられるための健康診断書であったり、学ぶ能力があるかどうかを厳密に見るためのものではない中で資格にたどり着く前に排除されているのは大きな問題であり資格法に関係する養成機関に対する十分な理解を求める活動も必要であると思われる。

課題4.精神障害者のソーシャルサポートの確立
 労働安全衛生法第68条では「事業者は伝染病の疾病その他の疾病で、労働省令で定める疾病にかかった労働者については労働省令に定めるところにより、その就業を禁止しなければならない」としている。労働安全衛生規則第61条1項2号では「精神障害のために現に自身を傷つけ、又は他人に害を及ぼす恐れのある者」と規定し就業させた事業者への罰則規定を設けている。ある種の偏見を感じるが、重要なことは病にかかった就業者が安心して療養できる休業・療養補償が必要であることである。精神障害を持ったことでのリスクは療養後のリハビリテーションのなかでどう克服されていくかへの取り組みがされてこそ就労が可能となる場合が多く、身体障害者等が補助具の利用等で職業生活を遂行できるように十分治療を受けられる条件と障害者に対する職業相談体制の確立が望まれる。その中で障害者自身が自らの疾病と障害の受容の過程の中で自分の取得しようとする資格の意味や取得した資格の業務遂行が可能かどうかを判断できる条件が備わるのでないか。また包括的な制限の欠格条項が改善されることへの取り組みが可能となるのではないだろうか。

まとめ

 観念的スティグマの状況の中で資格制限は生きているとしか思えない、事故や栽判にならない限り曖昧のままにごくわずかな判断のもとに精神障害者は資格取得の権利だけでなく職業選択の自由や学習する権利さえ失われてしまっている。法的権利論だけではなくあらゆる精神障害者に対する資格制限を事例的に科学的な検討を積み重ねることの必要な時期に来たのではないだろうか。

表1.精神障害者に対する資格制限
1.絶対的欠格事由
・毒物・劇物取り扱い責任者の許可(毒物及び劇物取締法)
・警備業の認定(警備業法)
・警備員指導教育責任者の資格者証の交付(警備業法)
・放射線同位元素・発生装置の使用、同販売業、同汚染物廃棄業の許可(放射線同位元素等による放射線障害の防止に関する法律)
・通訳案内業免許(通訳案内業法)
・地域伝統芸能等通訳案内業の認定(地域伝統芸能等を活用した行事の実施による観光及び特定地域商工業の振興に関する法律)
・航空従事者就業(航空法)
・運転免許(道路交通法)
・銃砲刀剣類所持許可(銃砲刀剣類所持等許可法)
・風俗営業の許可等(風俗営業の規則及び業務の適正化等に関する法律)
・狩猟免許(鳥獣保護及び狩猟に関する法律)
2相対的欠格条項
・特定毒物研究者の許可(毒物及び劇物取締法)
・医師免許(医師法)
・歯科医師免許(歯科医師法)
・保健婦、助産婦、看護婦、准看護婦免許(保健婦助産婦看護婦法)
・歯科衛生士免許(歯科衛生士法)
・臨床検査技師、衛生検査技師免許(臨床検査技師、衛生検査技師等に関する法律)
・歯科技工士免許(歯科技工士法)
・理学療法士、作業療法士免許(理学療法士及び作業療法士法)
・柔道整復師免許(柔道整復師法)
・視能訓練士免許(視能訓練士法)
・臨床工学士技師免許(臨床工学士技師法)
・あんまマッサージ指圧師、はり師、きゅう師免許(あんまマッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律)
・救急救命士免許(救急救命士法)
・義肢装具士免許(義肢装具士法)
・獣医師法(獣医師法)
・診療放射線技師免許(診療放射線技師法)
・薬剤師免許(薬事法)
・調理師免許(調理士法)
・栄養士免許(栄養士法)
・理容師免許(理容師法)
・美容師免許(美容師法)
・人血提供あっせん業の許可(採血及び供血あっせん業取締法)
・覚醒剤製造業許可(覚醒剤取締法)
・薬局の許可・医薬品等製造業等の許可(薬事法)
・麻薬取扱者、向精神薬取扱者の免許(麻薬及び向精神薬取締法)
・製菓衛生士免許(製菓衛生士法)
・けし栽培の許可(あへん法)
・衛生管理者・作業主任者等免許(労働安全衛生法)
・家畜人工授精師免許(家畜改良増殖法)
3.行動制限
・毒物・劇物の交付を受けること(毒物及び劇物取締法)
・外国人の上陸許可(出入国管理及び難民認定法)
・警備員として就業すること(警備業法)
・船員として作業に従事すること(船員法)

参考文献
全家連欠格条項に関する研究会編「精神障害者の欠格条項」全家連、1995年
厚生省保健医療局精神保健課監修「精神保健福祉法」中央法規出版、1995年
加藤正明監修「精神保健実践講座9精神保健の法制度と運用」中央法規出版、1990年


出典
「身体障害者の日常生活環境の向上に関する調査研究事業 平成7年度調査報告書」
37頁~43頁

発行者:財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

発行年月:平成8年3月