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<研究論文>臨床ソーシャルワーク研究 在学中に身体障害者となったA君の卒業までの援助を中心として

佐賀枝夏文
大谷大学

項目 内容
発表年月 1992年3月

学生相談室の利用は、訪れる学生諸君一人ひとりの相談内容が異なるように、一様ではない。学生相談室の目的は相談に訪れた学生諸君の学生生活を支援することにある。その援助方法はケースによって専門的(臨床精神医学、臨床心理学、社会福祉学)に相談が行われる。相談室は万能ではないが、相談内容に添って有効な方法が使われる。本稿ではソーシャルワークを用いて相談支援を行った相談事例を介して、学生相談室の社会福祉援助機能を紹介してみたい。

1. インテーク(受理面接)までの経過

a. A君の病歴

 ケース記録によると次のような経過をたどり、相談援助が開始されている。A君が3年間の学業を終了して迎えた休暇期間中に交通事故に遭遇することからはじまる。交通事故の顛末はアルバイト先に向かうA君の運転するバイクに自動車が衝突し、同君が重傷のケガを受傷したことにはじまる。
 事故遭遇後の経過は、救命救急病院に収容(3回生時の3月)され緊急の治療処置を受けたのであるが、外傷だけではなく脊髄損傷の外科的手術を必要とした。そのため手術の可能な病院に転院を必要とした。外傷の回復を待って、手術の可能な病院へ転院が行われた。転院先の病院において脊髄損傷の修復手術が行われた。手術は初回ですべての修復処置ができなかったために、期間をおいて2回目の手術が行われた。損傷部位の修復は2度の整形外科的手術によって、外傷の修復は行われた。しかし、結果は最終的に中枢神経系の障害が後遺症として残った。その状態は後遺症として、両下肢の運動障害、感覚障害、そして、膀胱直腸障害の身体障害となった。
 治療の終了後、失われた運動機能の回復訓練が開始された。○○市リハビリテーションセンターへ入所措置(休学期間中の5月~7月)が行われた。同センターではADL(日常生活動作=activity of daily living)の訓練をテーマに、リハビリテーションが行われた。同センター改築のために○○○厚生年金病院に再入院(休学期間中の7月~12月)しリハビリテーションが継続された。その後再入院した○○○厚生年金病院において治療及び、リハビリテーションはすべて終結した。事故遭遇から同センターのリハビリテーション終了まで、期間としては1年9か月の期間を要した。事故発生から○○○厚生年金病院退院に至るまでの期間に、身体障害者手帳の交付を受けた。手帳の交付で受けることのできる社会福祉制度の恩典と、交付条件である障害の固定ということを同時に受容しなければならないことになった。学生生活の途中で人生の大きなエピソードに遭遇することになった。この闘病療養中、そして、リハビリテーション期間中は休学の措置が取られていた。

b. A君の家族構成

 A君は地方出身の下宿生で、郷里の家は寺院である。家族構成は僧侶である父と母が郷里の寺院で布教活動をしている。同胞は兄と二人兄弟で、本人は二男である。兄は東京に進学し、卒業後も東京で就職し、寺院継承に関してはA君に譲っていた。しかし、寺院継承に関しては、A君が交通事故の後遺症で身体障害者となった事が、直接の誘因になり兄が寺院継承を自ら申し出て、寺院は兄が跡継ぎとなり布教活動をすることになった。A君は治療訓練中に寺院継承の道を選択する事も考えたが、郷里は冬期間積雪があり、車椅子での生活、布教活動が困難であるということで、兄が寺院を継承することになった。A君は両親、兄の理解を得て治療訓練期間中は治療、リハビリテェーションに専念することができた。卒業後の就職を含めて、その後の生活設計はA君に任されることになった。

c. ○○○厚生年金病院MSW(医療ソーシャルワーカー:medical social worker)の処遇方針

 ○○○厚生年金病院のMSW室 では、A君が機能回復訓練の最終段階を迎えた時期に次のような処遇方針を企画した。そのプランをもとに担当のMSWのSワーカー、FワーカーはA君、両親と話し合いを行った。
 A君が一応の機能回復の状態に至ったのは、医療チーム、機能回復訓練チームの支援はもとより、母親の支援があって実現したことである。しかし、A君自身が障害の「受容」を行い機能回復訓練に励むことができたのは、大学への復学という目標があったからである。大学への復学に将来をかけて機能回復訓練の日々を過ごしてきたA君の心情を考慮し、同室ではリハビリテーションの終了の段階として大学への復学を目標として考えるという結論を出した。すでに○○○年金病院でA君の機能回復の状態はプラトー(高原状態)であり、無目的にリハビリテーション施設で長期問過ごすことはA君にとっては有意義ではなく、むしろ、生活意欲を低下させる可能性がある、という判断が働いたからである。処遇方針としては、大学への復学をA君のケース処遇の目標としてケースワークを行うことになった。
 同室の本来の役割は病院治療全般を円滑に図る役割である。しかし、多くの場合A君も同様に実際に直面している間題は、中途障害者(先天性疾患によるのではなく、交通事故、その他の疾病による障害者)の方々が家庭復帰、職場復帰が思うように行かず、それらの間題処理に大半の時間が割かれているのが状況である。それらの処理がMSWの仕事となっているのが現状である。同病院のMSW室の場合も院内の医療相談よりも、復帰(退院)に関しての相談が大半を占めているのが現状である。現状における身体障害者の社会参加、社会復帰の困難な状況を反映しているといえる。
 A君のケースも直面した切実な問題としては、自らの障害「受容」同様に、同君が社会参加(復学)のプロセスが重大かっ深刻な問題であった。A君の場合は大学側への代弁役(アドボカシー)の役割を誰が引き受けるかという問題がポイントであった。アドボカシーがないために障害者が被る損害は多大なものがある。社会参加(復学)に際し、クライエント(A君)の代弁役役割と機能はソーシャルワーカーが行う仕事のひとつの領域である。このアドボカシーの役割をMSW室から学生相談室が引き続き担うことが当ケースのはじまりであった。

2. 臨床像(身体障害について)

a. 両下肢の運動障害

 A君の交通事故による後遺症は、両下肢の運動障害、感覚障害、そして膀胱直腸の障害である。これら3者の障害は交通事故の際に、脊髄に強い外圧が加わり、脊髄に横断性傷害を受傷した結果である。
 受傷部位が脊髄のL4~5のレベルに損傷を受けたために、両下肢の運動、筋系、神経系が全てマヒの状態となった。両下肢のマヒの形状は対マヒ(paraplegia)の状態である。脊髄の損傷の状態は、脊髄のL4~5の部分は脊髄横断性の状態にあり、したがってL4~5以下の神経支配領域の全ての運動機能、神経系、筋系の運動機能が失われている。運動機能障害は対マヒの状態で、形態は弛緩性対マヒの状態である。弛緩性の運動障害は痙性に比べて重度障害である。また、運動機能は全廃に近い状態である。また、膀胱直腸障害は痙性の状態にあるために、尿路管理を必要とする。また両下肢の運動障害に加えて、両下肢の温度覚、知覚は完全脱失の状態にある。受傷後の障害については、中枢神経系の病巣により各部位の機能が全廃に近い状態で失われた。
 両下肢の運動障害の状態は機能の障害の状態である。機能障害の状態は、運動障害、感覚障害、そして膀胱直腸障害の3者の障害が主なものである。運動障害については、腰部以下の下肢の運動機能が失われているために、坐位(坐った姿勢)が不安定である。したがって、長時問の椅子などの坐位姿勢の保持が多少の問題がある。腰部以下の関節、筋力の運動が障害されているために、立位(立った姿勢)などの運動は不可能である。臥位(寝た姿勢)以外の姿勢では丁坐位(両足を前になげ出して坐る姿勢)の姿勢の保持が可能である。丁坐位の姿勢の保持は腰部が不安定であるために、体幹、及び両上肢のバランス保持による代償行為によって補完される。坐位、丁坐位での諸動作は機能回復訓練によってADLの再学習が図られて得られたものである。
 ADLのなかでも移動の諸動作、起居動作が障害されている。移動の方法はハンド・リム(hand rim)装着の車椅子(wheel chair)を使用する。車椅子の乗降は、床から車椅子へ、または車椅子から床への移動は自力で可能である。車椅子操作は基礎体力があり、生活エリアにおける使用は十分実用性を持っている。問題点としては、両下肢の表在感覚、深部感覚が脱失(1)している為に、移動中に車椅子のフット・レスト(foot rest)から足部が転落しての擦過傷を受傷したり、足関節の捻挫などの可能性がある。車椅子の使用のために高さの制限の問題、狭少なところの制限の問題、段差の制限の問題などがあるが、これらの制限となる点については、一般の車椅子使用者と変わらない。
 車椅子を使用することについての是非は、車椅子使用において生じる制限は当然として、車椅子を使用しないために生じる生活障害がはるかに大きい。しかし、軽視してはならないのは車椅子を使用し生活することによって、生活の大半が車椅子の坐位姿勢になるために、腰部以下に廃用性(2)の二次的障害が発生する可能性があることである。A君の場合も腰部以下の筋力の低下が著名で、すでに実用性を失っている状態である。これはマヒ側への積極的な治療訓練が行われていないからである。
 中枢神経系を主な原因とするマヒの根本的な治療は、現在のリハビリテーション医学の技術(3)では不可能と考えられている。我が国のリハビリテーション医学も同様である。したがって、基本的な考え方では残存機能の補強、または、潜在能力の開発を中心とするリハビリテーションのプログラムが実施されているのが現状である。これらを根拠とするところは、神経細胞は再生不能(4)であることを根拠としているのである。また、中枢神経系マヒ(対マヒ)のケースの場合は、健常部位の体幹、両上肢で生活の大半が問題なく出来ると考えられているが、この考え方は再検討がなされる必要がある。マヒ側の部位にこそ治療、訓練のアプローチ(5)の開発が必要であることを痛切に感じる。

b. 感覚障害

 A君が事故の際、受傷した脊髄損傷の後遺症のひとつとして感覚障害がある。感覚障害は、脊髄の横断性の損傷部位以下の表在感覚(superficial sensation)、深部感覚(deep sensation)の障害で、その状態は完全脱失の状態である。
 表在感覚の触覚、痛覚、温度覚が脱失している。表在感覚が脱失しているために発生する障害は、擦過傷、切り傷が認知できないことである。認知できないために起きる問題は、擦過傷、切り傷が軽度ですむものが重度におよぶことである。温度覚が脱失しているために、火傷の危険がある。火傷に関しても同様で、軽度ですむところが重度に及ぶことである。
 深部感覚が脱失しているために、筋痛、腱痛、関節痛が感知できないために捻挫、骨折の認知ができない。身体図式(body schema)(6)が失われ、認知できないために、坐位のバランスが取りにくく、感覚障害は外見上からは分からないのであるが、多くの障害を生み出す原因でもある。感覚障害で障害となるのは、痛覚がないために起きる問題である。それは運動量が極端に少ないために起きる障害で、同一姿勢で長時間過ごす結果、血行不順を起こすことである。一般的に長時間坐位姿勢を保持すると、啓部にシビレ感を感じて姿勢変換をするのであるが、表在感覚、深部感覚がマヒしているので、姿勢変換を行わないために問題が起きる。同一姿勢保持によって血流の停滞が起きる。筋系、骨系の運動量が少ないのに加え、血行不順を増悪させることにもなる可能性がある。結果的に腎部に潰瘍性の褥瘡を作ってしまう可能性がある。これらは二次的な障害となることがあり、これら二次的障害が生活の障害となる。
 褥瘡防止のためのトレーニングが必要である。プッシュ・アップ(7)を学習し、生活場面において定期的、自発的にプッシュ・アップを実行し姿勢変換を行うことが問題回避の方法である。火傷防止のためは、入浴時に手で温度を感知することなどが必要である。擦過傷防止のために靴下を着用することが、未然の防止の方法である。これらのことに対する生活部面での習慣作りが必要であり、習慣として生活の中に組み込まれることが必要である。これらの基本的事項がADLの維持に欠かすことの出来ないことである。

C. 膀胱直腸障害

 脊髄の損傷部位がL5よりも上位部位であった為に排尿、排便を司る中枢神経系が器質(organic)障害を受傷することになった。その結果排尿に関しては、膀胱に尿が蓄尿しても尿意を感じないために尿が膀胱からあふれて遺尿の状態を呈する。特に問題となるのは膀胱に常時残尿が残ることが問題である。膀胱に常時蓄尿されていると、膀胱の機能低下をきたすので、用手排尿(8)の方法を用いて排尿しなければならない。用手排尿では残尿の完全な除去はできないために、カテーテルを用いて導尿しなければならない。尿路管理の方法をA君が習得しなければならない。膀胱の状態は痙性マヒの状態で、蓄尿はできるが排尿機能がない状態である。定時排尿を用手、カテーテルで行っても残尿は微量はあるものと考えていいだろう。残尿の問題は残尿の量が微量であるとしても、常時尿を膀胱に残した形での生活ということになり、膀胱自体の伸縮性の機能が喪失しかねない恐れがある。残尿処理の問題は解決したい課題である。残尿がもたらす諸々の問題は尿路感染による病気である場合が多い。尿検査を定期的に実施し、未然に尿路感染を予防することが大切である。
 排便は便意、排便の機能が喪失している状態である。排便の機能が全廃しているため、定期排便によって排便をする。定期排便で排便が困難なときは、便を摘出する方法を用いて、処置をしなければならないこともある。
 膀胱直腸障害は排尿時カテーテルを使用する場所の問題がある。今回のA君のケースにおいてもトイレの問題はウエイトを占めた問題であった。学内の身体障害者トイレは身体障害者トイレとしては標準のサイズで設置されており、実際の使用に際しては基本的な問題はなかったが、カテーテルなどの置き場所がないなどの問題があった。しかし、通学エリアの経路に身体障害者対応トイレがなく、むしろ、学内よりも整備の遅れている町中に問題があることも明らかになった。

3. 臨床像(心の回復について)

 中途障害者の場合は障害「受容」が大きなテーマである。A君は受傷後、治療に専念し機能回復の成果を挙げたのであるが、予後は後遺症として残った身体障害と対峙し、如何に障害の「受容」をしていくかということが課題となった。1年9か月の心の軌跡については想像を越えるものがあると思われるが、治療期間中は退院というゴールがあり、退院を目処に療養生活を過ごすことができるが、しかし、治療機関(病院、訓練施設)から社会復帰のつなぎの場面が思わぬ障壁となることがある。わが国では社会的に障害者の受け入れが不十分であるために起きる問題である。
 A君の場合は機能回復がプラトーに到達したのは、障害「受容」して機能回復訓練に打ち込んだからであるといえる。障害r受容」ができない状態であれば、機能回復訓練は停滞し、退院が遅れる原因となる場合がある。障害「受容」の状態は個人差がある。完全な障害「受容」は実現しにくいことはもちろんである。障害は社会が障害者を受け入れないことで起きるコンフリクト(葛藤)として障害「受容」を遅らす原因となる場合がある。一般的に障害「受容」はコンフリクトに出会ってはじめて、障害「受容」ができているのかという、辛い検証の場面となることがある。動くはずの足が動かない。感じるはずの足先の感覚がない。立てない、歩けない。はじめて遭遇するコンフリクトである。このような体験を中途障害者の方から聞くにつけ、如何に困難を伴うかが推察される。それに加えて、職場、家庭、人間関係から疎外される状態など、その困難さは想像を越えたものがある。障害「受容」に至るプロセスにおいて、恨み、憎しみの感情の処理をしなければならない時期がある。コンフリクトが消化されて、はじめて機能回復訓練に積極的に参加することができる。その結果として生活障害(不 自由、不便)の改善への努力がはじまるのである。A君の場合1年9か月という期間は、障害の状態から考えて機能回復までの期間を順当に進んだケースと考えることができる。
 一般的に中途障害者となった学生が大学へ戻るためには、大学側の受入の条件整備なしに復学を許可されたとしても、実際の就学は不可能である。復学を前提に条件整備した場合でも、受理した年度内に条件整備ができない場合がある。復学申請を受理してから復学が完了する期間が問題である。復学に長い期間を要すれば、待たされるという精神的負担が余分に負荷されることになる。障害をもった者にとって待たされるということは、障害を理由に受け入れられないのではないのかと、むやみに不安感を高めるだけである。
 わが国では障害者が社会に受けいれられてきた歴史が浅く、障害者にとって社会参加のできにくい社会である。本学においては障害者(視覚障害者)に対して一部門戸を開いているが、全ての障害に対して門戸を開いてはいないのが現状である。本学では身体障害(視覚障害)に対しては、条件整備が一部できているが、身体障害(肢体不自由)に対しては条件整備が不十分である。今の現状からすると復学希望者と大学間の諸問題の調整役が介入する必要性がある。大学側として障害学生を復学させる際に、具体的な見通しをもった判断が難しい。実際の生活環境を考慮して、復学が可能であるか否かということに関しての判断は極めて困難である。このような条件の下で調整の役割を担うケースワーカーが必要になる。今回のケースでは両者の間に立って、意見調整の役割を学生相談室が果たした。

4. 学生相談室の機能と役割

a. カウンセリングとソーシャルワーク

 学生相談室で行われているカウンセリング(10)は、一般的には何らかの理由で環境(学業、学友関係、下宿生活等)へ不適応を起こした学生と環境との調整であり、不適応を起こした学生の再適応に焦点があてられて行われる。学生相談室の来談事例で典型的なものに不本意入学の学生相談がある。本人が志望校(志望学科)ではない大学に入学したという理由で、自分には合わないので退学(転学科)したいという場合である。この場合カウンセリングが最も有効に機能を発揮するケースでもある。カウンセリングの原則に従いカウンセラーは来談学生の心のしこりを傾聴して、心の傷をいやし、十分心が外界と疎通性が取れるように促し、自らの判断で進路を自己決定していくよう促す。カウンセリングの効果は、単に卒業まで間題なく進級するということにとどまらず、その後、在学中の幾多のコンフリクトに出会っても乗り切れる力がっくと考えられる。カウンセリングの効果は目前の問題解決だけではなく、「生きる力」の開発につながることである。「生きる力」を開発して、「生きる力」を身につけた人を自己実現した人ということができる。カウンセリングの効果 についてはさておき、カウンセリングは来談者の心の成長を援助して、社会的関係(人間関係)に再適応することである。カウンセリングでは来談者(社会のなかの個人)を取り巻く環境を、積極的に調整改善したりはしない。むしろ、カウンセリング期間中の環境の大きな変化はあえて行わないように来談者と約束を交わす場合もある。大学の学生相談室は、教育を通して学生が自立できるよう援助するところである。学生相談室はこのことを実現するために人的、物的資源が配置されている。その中心的役割を担っているのが、神経、精神科医による治療、カウンセラーによるカウンセリングである。
 利用者の増加に加えて、相談の内容の多様化がみられるようになった。相談室の機能として、今回のケースのように新たな機能が求めはじめられている。カウンセリングは本来、社会に対して働きかけるよりも、心への働きかけをしてきたのである。今回のケースの場合は来談学生の心の救済と共に、環境の条件整備が行われた。取り組みを通して行った活動はカウンセリングと、ソーシャルワークの方法を用いた。そして、問題の解決と処理にあったものである。学生相談員の役割はカウンセラーであり、ソーシャルワーカーの役割を担ったものである。
 カウンセラーとソーシャルワーカーの違いは、カウンセラーの場合は学生相談室という物理的空間が大切な役割を果たすのに対して、ソーシャルワーカーは必要に応じて、外部機関へも出向いていくことで問題解決に当たる。いわゆるアドボカシーの機能もそのひとつである。ソーシャルワーカーは社会との具体的な接点であるといえる、A君の復学が可能となる条件としては住宅間題、健康管理、通学の問題などの学外の条件整備が必要であった。また、同時に学内の福祉設備の整備も進めなければならなかった。また、復学後の各エリア(教室棟、厚生棟)のネットワークが問題なく維持されていくように維持管理する必要もあった。
 学生相談室がソーシャルワークの機能を持つことについて、その必要性の有無に関しては暫く時間を要するであろう。カウンセリングとソーシャルワークは基本的に類似点はあるが、同次元で並べて考えるのは短兵急に過ぎると思う。類似点としては援助を求めているクライエントに対する援助の手だての方法である。しかし、クライエントと社会資源の関係の結び方が決定的に異なる。ソーシャルワークではクライエントを社会資源(社会福祉施設、社会保障、社会福祉マンパワー)を有効利用して援助することである。A君のケースも大学の内部機関、外部組織(病院、福祉施設)との関係調整の役割を果たすことが、ひとつの役割であった。交通事故の多発の状況下では、A君の事例は今後もあると考えられる。

5. 相談経過

a. 相談1期(復学に至るまで)

 復学に関しての事務手続き上の問題は特に発生しなかった。大学側にとって実際の問題点としては、復学後の学業継続が実際に如何に可能であるかという問題である。第一番目にA君が車椅子で就学するための学内の条件整備の問題である。本学のキャンパスは学園整備計画によって整備が進められており、車椅子での対応が可能になっている。しかし、数箇所の補修増設が必要であった。大きな工事としてはランプ(車椅子対応のいわゆるスロープ)の新設工事、そして増設工事(尋源舘、1号館)3か所である。これらに関しては担当部署の敏速な処理によって、予算措置が取られることになった。工事の計画、実施に関して担当部署、工事担当者、学生相談室の3者の会議を持ちながら実施がすすめられた。学生相談室はランプの傾斜角度、ランプの表面処理などの、車椅子の実用性という観点からの助言役の役割を担った。その他、身体障害者トイレの設置場所の確認、教室内の車椅子の稼働性についても検討を行った。その結果大学の厚生施設(保健室、食堂、書店)などの施設の車椅子での稼働性について間題はない。しかし、問題として残ったのは、教室棟にエレベータ設置(1990年度設置)が ないために2階以上の教室が車椅子対応になっていないことである。教室の中で椅子が固定式の場合通路を車椅子が通れないなどである。この問題に関しては教務担当部署が車椅子対応の教室を配慮することで、当面の解決を図った。このように設備機器に関して総務課、教務課、そして学生相談室で会議を重ね、順次間題の解決が図られた。その間に関係担当部署へA君の臨床像の説明を行った。説明を行った理由は、各部署において病態(運動機能)に対する理解がないために起こる余分な不安の解消が目的であった。A君の復学年度までの4か月間を要して、設備面の改善、受入のための会議が開かれた。復学年度の当初にはランプなどの工事が終了し、大学側の条件整備は一応完了した。A君は復学までの期間を利用して、自動車の免許取得と、駐車場のある学生下宿への移転を終えた。また、通学用の自動車の車椅子(対マヒ)対応の改造も準備が進められた。それに伴う学内の駐車スペース(雨天の時も乗降できることが条件)の確保が担当部署で検討された。すべての条件整備を完了してA君に登校のうえ、教室、身体障害者トイレ、駐車スペースの施設、設備などのテストを実施した。一応の実用 性を持った状態となり、復学の日を待った。

b. 相談2期(A君の復学)

 A君の学内、通学、生活エリアのネットワーク作りは、健康管理面では尿路管理が基本となるために、定期検査のために通院可能な病院を選ぶことにはじまり、運動機能、皮膚管理も含めて管理のできる○○○病院に依頼し、同時にMSW室Sワーカーと連係が結ばれた。また、同病院の車椅子バスケットチームに参加し、運動量の補充と、仲間作りを行う好機に恵まれた。後の就職活動、車椅子住宅への転居はすべて同チームの仲間からの情報のネットワークから得たものである。復学後の支援体制は週1回の学生相談室への来談を中心に行った。学生相談室を利用し、学業エリア、生活エリア、通学エリアについての報告を中心に相談活動が定期的に開始された。生活エリアにおいては看護婦さんのボランティアの支援が得られ、入浴などの介助の必要な部分の援助が得られた。学生相談室はこの間の役割としてはA君の就学についてのキーパーソンとして、ネットワーク作り、条件整備管理の役割を担った。学生相談室としてカウンセリングの場合の対応と同様、もちろん心の交流を大切に面談が行われた。
 来談期間中に次のようなエピソードがあった。ある相談日(1週間に1度)A君の主訴は「ここ暫く微熱が続いている」との訴えがあった。尿検査を保健室に依頼したところ、雑菌が検出された。そのことを機会に保健室でA君が登校した折りには尿検査ができるシステムができ上がった。思わぬ社会資源が学内にあることを認識したエピソードでもあった。相談業務とは、本来学生の二一ドに過不足なく応えることである。
 復学後は、学生相談室のプラン通りに学生生活ができたか否という結論は、暫く待つとして、復学したA君を心から待っていて頂いたゼミのO教授をはじめとして、関係の機関の温かい眼差しが就学を支えたことも事実である。A君の復学を実現したのは本学の伝統的な人間を大切にする心である。それに懸命に応えて生きたA君の姿が重なり合ってみえる。卒業をまじかにしたころA君は「卒業論文を1年伸ばします、論文の中でしっかり今後のことも考えてみたいのです。事故を通して、この大学で学んでおきたいことが山積みなんです」。卒業を1年伸ばした背景には、障害者として、社会参加する不安と、一面では学問への情熱が入り乱れていた様である。その後、復学後2年間を要して卒業を迎えて本学を巣立っていった。
 本稿において、A君の詳細な経過について、あえて触れなかった。それは本稿のねらいがA君を浮き彫りにすることではなく、臨床におけるソーシャルワークの適用の可能性ついて少しでも明らかにしたかったからである。また、論題をソーシャルケースワークとしないで、広義のソーシャルワークとした理由は、私が実践してきた治療訓練(ペテー法)を取り入れたからである。また、十分に文面で表現出来ていないが、臨床医が臨床診断を行い臨床治療を行うのと同様に、A君の環境整備、社会資源の有効利用と同時に心身のリハビリテーション(人間性回復)を目指したからである。


(1) 脊髄損傷のために横断性の障害を受傷し、感覚の状態は鈍麻の状態よりも重篤な状態で脱失の状態である。
(2) 廃用性萎縮(atrophy of disuse)のことで、その原因は機能が低下、もしくは全廃のために漸次萎縮していくことである。非活動性萎縮、無為萎縮ともいう。A君の場合はマヒの両下肢の可動域が制限を受けることを意味する。
(3) 身体障害者のリハビリテーション(物理療法、運動療法)は痙性マヒに対しては、技術を駆使して治療、訓練が実施されている。しかし、脊髄損傷の横断症状を呈している状態の治療、訓練はみるべきものがない。唯一、ハンガリーのペテー研究所において二分脊椎の子供たちの治療教育(集団指導療育)が実施され効果を上げている。
(4) 大脳生理学の近年の飛躍的な進歩にともない、大脳の神秘が次第にべ一ルを脱ぎつつあるが、大脳=中枢神経系の損傷を修復する方法は未だに開発されていない。
(5) ハンガリーのペテー研究所では二分脊椎の子供たちに対して、運動療法、排尿のプログラムを実施されている。二分脊椎と脊髄損傷とは、症状において酷似している。運動療法にしてもそうであるが、排尿のプログラムは他に類例をみない方法である。
(6) 身体図式(body schema)、自己自身の空間的知覚像であるが。失認、失行とは異なりA君の場合は障害発生以前の身体図式と障害発生以後の身体図式のズレが問題である。
(7) 車椅子を常時使用する場合、特に両下肢マヒの状態では、感覚障害によって発生する血行不順を知覚できないことから、褥瘡の防止のための対策のひとつである。
(8) クレーデ法は排尿の方法として広く普及している方法のひとつである。クレーデ法は定期的(1~1.5時間ごと)な実施が望ましい。
(9) カテーテル(catheter)は体腔、管状器管空内容物の排出、注入をはかるための用具である。
(10) 相談室を訪れる来談者には、いくつかの傾向と特徴がみられる。その傾向と特徴をもとに4分類を試みた。

分類 1
 相談室利用者には大きく分けて4種類のパターンがある。第一の利用者群は、入学当初の学生で、どこの窓口を訪ねて良いのか分からずにインフォーメーションを相談室の機能に求めてくるもの。また、キャッチ・セールスの勧誘に乗って、その処理に困って相談室を訪ねてくるもの。この場合は1,2回生時が多い。これらは相談機能のうちの大学における学生相談のインフォーメイション、ガイド機能利用者とでもいえるものである。この利用者群の特徴は、相談内容もまちまちで、「よろず相談」の様相を呈している。この利用者群の特徴は、比較的短期間で相談が終了し、新たなテーマで相談室を訪れることはない。このような学生の来談者数は漸増している。これら分類Iの来談者に共通する傾向は、相談員との人間関係の結び方が、「道具的人間関係」とでもいえる人間関係の様相を呈していることである。
 分類1のグループの来談者の増え方をみると、学生の身近な相談者が次第に減っているのではないかと思われる。本来分類Iの相談ごとは友達同土で解決されていたものである。しかし、学生マンションで孤立して生活している学生諸君の状況を考えた場合、また、学生諸君がおかれている状況(コンビニエンス・ストア、カフェテリア式食堂、自動改札、自動販売機)が普段着の人間関係をますます希薄にしている。また、学生諸君のアルバイト先では、マニュアル化した接客業につく学生が多い事も複合して、将来、分類1は来談者が増える事が考えられる。

分類 2
 高等学校における進学指導が次第に厳密さと精度を高めてきている現状では、受け入れる学生に入学動機が不明なものや、不本意入学者が混在することも事実である。また、厳密に進路指導が行われる結果、ますます大学間格差が縮まり、僅差の間での合否判定の結果、「A大が、なぜ不合格なったのか分からない」というような不信感と、挫折感がぬぐえない学生諸君が入学することも考えられる。彼らの場合、受験戦争が熾烈になる以前の不本意入学の学生よりも、心の傷が深くなっているのではないだろうかとさえ思える。かつての不本意入学者群は、一回生時の終了時の時点ですでに気持ちの整理が終了していたのが、近年次第に長期化の傾向にある。以前は考えられなかった傾向として、そのことが引き金となり、不登校におよんだりするようになってきている。

分類 3
 相談室にとって、最も相談機能が発揮できる相談者群がこれである。分類1,2のいずれにしても、治療的な側面よりも、相談援助が主な役割であるが、分類3はその名称からも、古典的な人間援助である。この場合は来談の約束を取り付けインテーク面接から始まり、週一回の面接のプロセスを経て、本人の自立援助を支援するものである。近年この「古典的相談」来談者群にも深刻な、社会背景が影響しはじめてきている。「少産化」が次第の蔓延し、家庭生活が一面では、濃厚な母子関係、父子関係があり、反面では母性、父性の希薄さを反映し、青年期の自立を遅らせていたり、深刻なゆがみをもたらしている。

分類 4
 就学支援がテーマとなる来談学生で、卒業までの就学支援を必要とするもので、時にはアドボカシーの機能を必要とする。就学支援は狭義では、ソーシャルワークにおけるアドボカシーの役割を必要とする。

参考文献
Biestek, F.P 1957 The Casework Relationship (田代不二男・村越芳男訳 1965 「ケースワークの原則」 誠信書房)
仲村優一 1980 「ケースワーク」 誠信書房
小野哲郎 1986 「ケースワークの基本問題」 川島書店
中島さつき 1980 「医療ソーシャルワーク」 誠信書房
山川哲也 1991 「臨床医療ソーシャルワーク」 誠信書房


出典
大谷大学学生相談室研究紀要 第1号

主題:
臨床ソーシャルワーク研究 -在学中に身体障害者となったA君の卒業までの援助を中心として-

著者:
佐賀枝夏文

発行者:
大谷大学学生相談室

発行年月:
1992年3月

登録する文献の種類:
研究論文(雑誌掲載)

情報の分野:
社会福祉

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