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第8章 自立訓練(生活訓練)事業のあり方

第6節 社会生活力プログラム

(1)社会生活力を高めるプログラムの開発

1986年(昭和61年)の国際リハビリテーション協会による社会リハビリテーションの定義のキー概念である「社会生活力」を高めるために、わが国で開発されたプログラムである。すでに3つのプログラムが開発されており、以下の通りである。

  • ①身体障害者のある方を対象とするプログラム(SFAⅠ、1999年(平成11年))
  • ②知的・発達・高次脳機能障害のある方を対象とするプログラム(SFAⅡ、2006年 (平成18年))
  • ③精神障害者のある方を対象とするプログラム(SFAⅢ、2009年(平成21年))

これらのプログラムを開発するとき、わが国における障害者施設やリハビリテーションセンターでのプログラムについての調査、地域社会で充実した生活をしている障害当事者への調査や面接のほか、アメリカ、北欧諸国などでの実地調査を通して検討した。

(2)社会生活力プログラムの基本理念

社会生活カプログラムは以下のような8つの基本理念を大事にしている。

①リハビリテーション

リハビリテーションは戦後、欧米から日本に紹介されたが、その理念、概念、定義は時代に応じて変化している。現在、世界的に最も受け入れられている定義は、1982年(昭和57年)に国連が採択した「障害者に関する世界行動計画」においてまとめられた次の定義である。

「リハビリテーションとは、身体的、精神的、かつまた社会的に、最も適した機能水準の達成を可能とすることによって、各個人が自らの人生を変革していくための手段を提供していくことをめざし、かつ、時間を限定したプロセスである。」(国連、1982)

この定義にも表わされているように、リハビリテーションは専門職のみによって進めるのではなく、障害当事者自身が自分の人生、生き方を開拓し、変革していくための手段として活用するサービスであり、障害当事者が同意した上で実施する。専門職からの十分な情報提供と説明により、当事者本人の納得を前提とし、期間を限定して実施するものとされている。

社会生活カプログラムはリハビリテーションの視点に立ったプログラムであり、一人ひとりの障害のある方が、自分でできることを増やすとともに、適切なサポートを活用して自立し、QOLの高い生活を営めるようになることをめざしている。

②QOL(生活の質)

1980年代以前の医学的リハビリテーションは日常生活動作(ADL)の向上を重視していたが、障害の重度・重複化とも関連し、リハビリテーションは障害のある人のQOLを高めることを目的とするようになった。QOLが高いということは、日常生活や社会生活のあり方を自らの意志で決定し、生活の目標や生活様式を自分で選択できることが前提であり、本人自身が、身体的、精神的、社会的、文化的に満足できる豊かな生活を営めることを意味する。

③生活モデル・社会モデル

従来のリハビリテーションや障害者福祉は医師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、ソーシャルワーカー、教員、指導員などの専門家が評価し、どのようなプログラムを実施するかを決定してきた。サービスの対象者として位置づけられた障害者は、それに黙って従わなければならないような雰囲気があった。このような専門家主導のサービス提供方法を「医学モデル」という。「医学モデル」に対置する概念として「生活モデル]や「社会モデル」という用語が使われるようになった。「医学モデル」は、医者が患者個人の病気や悪い面に焦点を当てて治療をするように、サービス利用者個人の病理、弱さ、マイナス面に着目し、治療・援助をしたが、「生活モデル」や「社会モデル」の視点に立つ場合は、障害のある人の障害にだけに着目するのではなく、障害と社会との関係性において課題(問題)をとらえ、サービス利用者の生活状況や社会生活を全体の中で考え、解決策を探そうとする。対象者の主体性、選択性、自己決定を尊重した援助方法であるため、「援助」という用語よりも、「支援」の用語のほうが現在は適切になっている。

④エンパワメント

エンパワメントは、アメリカにおける公民権運動との関わりの中で、ソーシャルワークの分野で取り入れられた理念である。社会的に不利な状況に置かれた人々の自己実現をめざしており、その人がかかえているハンディキャップやマイナス面に着目して援助をするのではなく、その人のプラス面である長所・力・強さに着目して支援する。このような支援方法により、サービス利用者が自分の能力や長所に気づき、自分に自信がもてるようになり、自分のニーズを満たすために主体的に取り組めるようになることをめざしている。

エンパワメントは、リカバリーと共通する概念である。

⑤パートナーシップ

エンパワメントの視点に立つと、援助者や支援者はサービス利用者と同等の立場に立つパートナーとなる。従来の訓練や指導は、指導員が訓練生に対して上から下に教えるとか、訓練・指導をするという方式をとりがちであった。しかし、援助者・支援者とサービス利用者は上下関係ではなく、対等・平等な関係であるという視点が重要である。専門家と障害のある者とのパートナーシップ、公的機関と民間機関とのパートナーシップ、障害のある市民と障害のない市民とのパートナーシップなど、さまざまな協力関係、さまざまな機関の連携が重要である。

⑥ノーマライゼーション

ノーマライゼーションとは、「障害のある人もない人も、ともに地域や家庭において普通に生活できるような社会づくり」といえる。ノーマライゼーションの理念は、障害のある人のみならず、高齢者や児童なども含む福祉全般に共通する重要な理念であり、誰でもが個人として尊重され、偏見・差別を受けることなく、地域において普通に生活できることをめざしている。この理念を実現するためには、福祉サービスやさまざまなサービスの充実のほか、一般市民の理解を高めることも重要である。

ノーマライゼーションを実現するためには、生活条件や環境条件を改善することにより、どのような障害をもつ人も地域で生活できるような「機会均等化」が重要であるが、それと同時に、障害のある人についての一般市民の理解を高めるためにも、また、機会を十分に活用するためにも、障害のある当事者の「社会生活力」を身につけることが重要である。

⑦社会参加

社会参加は「完全参加と平等」「機会均等化」「ノーマライゼーション」などの目標や理念を実現するための具体的な実践である。障害のある人にとっての社会参加は、いろいろな人との交流をしたり、自分にとって価値ある情報を得る活動などをとおして、自分の生活を築き上げ、生活を豊かにするために非常に重要である。

社会参加を実現するためには本人自身の努力も大事であるが、社会参加を可能とする生活条件や環境条件(手話通訳、要約筆記など)の整備も必要とされる。社会参加のなかには教育、経済、政治、就労から、スポーツ、芸術、文化活動に至るまで、地域における幅広い活動が含まれる。

⑧サポート

英語のsupportを日本語に翻訳すると「支援」となる。リハビリテーションは「自立」をめざすが、自立はすべてを自分でできるようになることを意味しているのではない。しかし、自分でできることを増やし、自立度を高めることは、QOLの高い生活をするためにも重要なことである。障害の重い人は、家庭生活、社会生活、職業生活を何らかの援助や支援を受けないで営むことは困難である。

日々の生活のなかで、自分ですべてのことができなくても、サポートを活用することにより、生活を豊かにすることができる。さまざまな公的な福祉サービスを権利として活用したり、家族、友達、職場の同僚、ボランティアなどのサポートを受けることにより、生活がしやすくなり、豊かな人間関係の中で、より楽しい生活を送れるようになる。手話通訳や要約筆記などを含むサポートを活用することは権利であることを認識できるようにし、必要なサポートを提供する体制を作っていくことが大事である。社会生活力プログラムでは、このようなサポートを適切に依頼できるようになることも学ぶ。

(3)社会生活力プログラムの実施方法

①プログラムの対象者

社会生活力プログラムはどのような障害のある方々にも応用して活用できる。実施するときの対象人数は、1対1や数人の少人数から、10名から15名程度のグループでも実施が可能である。最も効果が大きいのは6名から8名程度の人数であろうと想定している。このようなグループで実施することにより、お互いに意見の交換ができ、お互いの経験を分かち合えるというメリットがある。また、グループで学ぶことにより、社会性の向上も期待される。

②ファシリテーターの役割

本プログラムにおいてはプログラムを実施する側を「ファシリテーター」といい、プログラムに参加する人を「参加者」という。実施する側を援助者や支援者というと、参加者が所属する施設の職員と紛らわしいので、本プログラムではファシリテーターという。本プログラムは参加者や事務所の主体性・自立性・選択性を尊重し、また、それらを引き出すことを大切にしているので、「訓練」とか「指導」という用語をできるだけ使用しないこととしている。

ファシリテーターは、具体的には、各種の障害関係施設の職員のほか、地域においては、地域生活支援事業等において相談支援を担当している職員や当事者相談員などを想定している。障害関係団体や障害当事者団体などにおいても、本マニュアルを活用することにより、社会生活力を高める支援を実施することができる。また、特別支援教育・ろう教育に関わる教員が本プログラムを活用することも期待される。

本プログラムを実施するファシリテーターは、プログラムを進めていく際には、以下のような配慮をすることが望まれる。

  • ア すべての参加者を温かく迎え、励まし、参加者の参加意欲が高まるようにする。
  • イ 参加者の発言を肯定的に受け入れ、素晴らしい発言であったことをほめる。
  • ウ 参加者の発言を本人の気持ちに添って整理し、参加者が上手に表現できなかった場合には、他の参加者が理解しやすいように言い直したり、代弁する。
  • エ 理解が難しい参加者には、他の参加者が発言した内容を、分かりやすい言葉に言い直したり、分かりやすく整理する。
  • オ 参加者間に対等な関係を築けるように配慮し、支援する。
  • カ 発言が特定の参加者にならないように、すべての参加者が発言する機会を持てるように配慮する。
  • キ 参加者が自分達でグループを運営できるように支援する。

③参加者に期待される役割と参加姿勢

参加者は本プログラムに自主的に参加することが望ましいが、参加することを躊躇している場合には、楽しそうなプログラム展開をオブザーバーとして見ることにより、プログラムへの参加を促進できるであろう。参加者が本プログラムに参加し、中断しないで継続して参加できるように、以下のような配慮をする。

  • ア 本プログラムは参加者全員の積極的な参加により充実するものであるので、主体的な参加が望まれる。
  • イ グループ討議において積極的な発言が望ましいが、どうしても発言したくないときには、発言を強制されることはない。
  • ウ 参加者の発言について、お互いに馬鹿にしたり、批判してはいけない。
  • エ お互いの発言を尊重し合い、お互いにほめ、励まし合うことが大事である。
  • オ うまく発言ができないときには、ファシリテーターが発言内容を代弁することができるので、ファシリテーターに支援してもらう。
  • カ プログラムの場で聞いた話は、一人ひとりのプライバシーを大事にし、外では話さない。

④実施する場所

このプログラムを実施する場所としては、大まかに分けると「施設」と「地域」等があげられる。施設については、障害者自立支援法による「日中活動の場」、地域においては「自立訓練(生活訓練)事業」や「地域生活支援事業」を実施している事業所などが想定される。

実際に本プログラムを実施するときには、特別の部屋を必要としない。参加者が入って座れるスペースがあれば実施可能であり、そこに机・いすやホワイトボードなど、最低限必要な機材が置ければ十分である。具体的には、各種施設における訓練室、集会室、食堂など、障害当事者団体の会議室、公民館や福祉センター等における集会室なども活用できる。各種特別支援学校など、障害児のための学校等において、高等部卒業後の社会生活準備プログラムとしての活用も効果的であり、これらの学校の場において実施されることも期待される。

⑤具体的な実施方法

社会生活力プログラムにおける25のモジュールは、各モジュールに学習目標1、学習目標2、学習目標3が設定されている。

学習目標1:
そのモジュールのテーマについて、参加者はどのように理解しているか、そのテーマに関連してどのような生活をしているかを自分で振り返ることを目的にしている。
学習目標2:
学習目標1の学習をふまえて、そのモジュールについて十分に学習し、体験をしてみて、そのテーマについての理解を深め、かつ、その課題を実践できるような方法を学ぶ。
学習目標3:
学習目標1と2の学習をふまえて、また、その学習課題を総括するために、一人ひとりが実際の生活において、自分で期間を設定した実践計画を立てて取り組む。個々のニーズに応じて、できることを増やすための実践・応用編である。

本プログラムにおいては、参加者の主体性、自立性等を引き出すためにグループ討議、グループ学習、実際に行動にふみだすことができるようになるための演習や体験学習、ロールプレイ、モデリングなどの方法を取り入れている。

また、参加者がどのモジュールを実施したいか、どのモジュールを選択するかの判断に使用したり、学習の開始前と学習終了後に、自分の理解度を把握するために、モジュールごとにアセスメントシートが用意されている。

具体的な実施方法は次のとおりである。

ア グループ討議

本プログラム・マニュアルの中心的な実施方法は「グループ討議」である。ファシリテーターはマニュアルにそって参加者に設問を提示したり情報を提供し、参加者が自分で考え、自分の意見を他の参加者の前で発表できることを大事にしている。すべての参加者が何らかの発言ができることを大切にし、グループ討議での話し合いが活発化することを目的に、項目ごとに、話し合いのヒントがあげられている。しかし、この話し合いのヒントは、最初から参加者に示すものではない。話し合いのヒントはあくまでも、ファシリテーターがグループ討議を促進していくための、ファシリテーターが参考にするためのヒントである。

イ グループ学習

グループ学習は、参加者全体で何かを調べたり、参加者一人ひとりが課題を調べて、みんなで話し合い、確認する。グループ討議は、参加者が集まった揚所において話し合いをするが、グループ学習については、みんなが通常集まる場所ばかりでなく、自宅に帰ってからの宿題とするとか、図書館に出向いて調べるとか、市町村役場に行って実際に聞いてくるとかが想定される。このような学習方法に徐々になれることにより、今後、地域において実際に生活していく中で発生した課題や困難なことに対応する力を身につけていくことにもなる。

ウ 演習

各モジュールにおいて、ワークシートなどが用意されている。これらの様式を使用して、自分の考え方、自分が知っていること、調べたことなどを記入する。それぞれが記入した後に、差し支えのない範囲で、みんなの前で発表したり、ワークシートに記入した内容に基づいて、グループ討議を行う。自分でワークシートに記入することが困難な場合には、ファシリテーターが代筆したり、他の参加者の援助を受ける等、参加者の中での協力態勢や工夫が求められ、これらのプロセスが参加者の学習にとって重要な成果をもたらす。

エ 体験学習

地域において生活する際には、買い物、市町村役揚での各種の手続き、医療機関の利用、交通機関の利用、郵便局、銀行の利用など、さまざまな場を実際に利用できることが求められる。

25のモジュールにおいて、それぞれに関わりのある実際の場についてグループで討議したり、学習した後に、電車、バスを利用して外出したり、市町村役場で手続きをしたり、郵便局や銀行でキャッシュカードを作成し、実際にATM(自動支払機)を使って金銭の出し入れの練習等をする。また、交番や消防署などを見学したり、そこでの業務について説明を受けることも企画できる。

オ ロールプレイ

ロールプレイはさまざまな役割を自発的に演じてみることであり、役割演技ともいわれる。

最近は、ある場面を設定する一種のシミュレーション(想定場面)として、さまざまな訓練の場で活用されている。具体的には、参加者が体験したことのない場面を設定し、実際に体験する前に練習をするとか、自分と異なる立場の者の気持ちを理解するために行うとか、さまざまな実施方法が想定される。外出先で道に迷ってしまい、通りががったひとに道を聞く練習をするなどのほか、さまざまな揚面を工夫することが期待されている。

カ モデリング

モデリングとは、モデルを観察することによって、観察学習効果、抑制効果、反応促進効果などを期待する学習理論の一つの方法である。他者の行動や生活の仕方を観察することにより、それと同様な行動を行えるようになったり、そのような生活をできるようになることを期待している。同じような障害をもつ先輩や友だちの話を聞いたり、生活をしている状況を見ることにより、自分でも実際にやってみたいとか、やれそうな自信をもって具体的に実践できるようになることをめざしている。

キ アセスメント

アセスメントは、日本語に訳すと「評価」となる。従来からの「評価」という用語は、専門家が対象者を診断して評価するというような意味合いにとられがちであり、このような意味にとらえると、「医学モデル」に立つ援助になりがちなので、本プログラムでは、「アセスメント」という用語を用い、本人自身が自分のニーズ、能力、知識の状態をどのように捉えるかを大事にしている。

25のモジュールのうち、どのモジュールを実施したいかを参加者本人が決定するための目安として、社会生活力プログラムを開始する前に、各モジュールのアセスメント表を使って、各モジュールの学習目標ごとにその理解度を自分でアセスメントする。

(4)社会生活力プログラムの構成

知的障害・発達障害・高次脳機能障害のある方を主対象とする社会生活力プログラム『自立を支援する社会生活力プログラム』の構成と、精神障害のある方を主対象とする社会生活力プログラム『地域生活を支援する社会生活力プログラム』は、それぞれ5部門から構成されている。各部門に5つずつのモジュールを配置し、合計25のモジュールがある。各モジュールは参加者の希望とニーズにより、主体的に選択して実施することとされている。

これら2つのプログラムの5部門、25モジュール、3つの学習目標は巻末の資料3、4の通りである。それぞれの学習目標には、3つから6つの学習課題が設定されている。詳細については、『社会生活力プログラム・マニュアル』を参照されたい。

社会生活力プログラムはわが国において開発されたプログラムであり、生活全般を対象とし、グループで楽しく実施していくことを大事にしている。また、このプログラムは一つのモデルとして提示しているものであり、この通りに実施しなくてもよいものである。このプログラムを参考にして、対象者のニーズに合わせて実施していただくことを想定している。

今後、社会リハビリテーションの各種プログラムの実施方法等についての研修が全国各地で実施され、自立訓練事業に従事する職員の生活が保障されるような報酬体系になり、様々な障害のある方の地域での生活が豊かになることを期待したい。


参考文献

  1. 特集「リカバリー志向の実践とプログラム」精神障害とリハビリテーション第14巻第1号、2010、p4-50.
  2. 奥野英子『社会リハビリテーションの理論と実際』誠信書房、2007
  3. 奥野・関口・佐々木・大場・興梠・星野『自立を支援する社会生活力プログラム・マニュアル―知的障害・発達障害・高次脳機能障害等のある人のために』中央法規、2006
  4. 奥野英子編著『実践から学ぶ「社会生活力」支援一自立と社会参加のために』中央法規、2007
  5. 奥野英子・野中猛編著『地域生活を支援する社会生活力プログラム・マニュアル―精神障害のある人のために』中央法規、2009