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報告「アメリカプレスクールによる自閉症児の支援」

塩田玲子, M.S.Ed.
Behavior Therapist,
自閉症ドットコム代表
2009年1月13日

目次

1.はじめに

2.プレスクール概要

3.プレスク-ル勤務の専門家とその役割

4.個別指導計画

5.実際のサポートの報告

6.スタッフの育成、サポートについて

7.所見

8.参考文献及び専門用語解説

1.はじめに

私は1999年8月に単身で渡米しました。渡米したきっかけは、当時教えていた脳性麻痺の男の子です。

実は1999年の長期留学に先立ち、1997年の夏1ヶ月UCLAに語学留学しています。語学留学を控えたある日、その男の子に、「(塩田は)1ヶ月アメリカに英語を学びに行くんだよ」と伝えると、筋金入りの勉強嫌いの彼が、「アメリカって何?」という質問に始まり、「日本って何?東京って何?日本語って何?」とただ、アメリカ、という言葉を聞いたきっかけから、どんどん興味の幅を広げていきました。私が語学留学を終え、彼の家を再訪問した時には、既に英語で名前が書けるようになっていたのです。しかも、簡単な英会話(名前や年齢くらい)ができるようになっていました。何度も言いますが、彼は筋金入りの勉強嫌いです。本当に嫌だというので、何度私が泣きまねをして、それを見て「しかたねーな」と言ってと無理矢理勉強してくれたこともしばしばありました。そんな彼が、たった一言、アメリカ、という言葉を耳にして、外国に興味をもち、そこからどんどん今まで知らなかった事を知ってみようと行動し、その結果外国語まで勉強した、その事実が私には衝撃でした。そこで、たった少しのきっかけがあるかないかは人生を大きく左右する。英語というのは、そんなきっかけになるのかもしれない。だったら障害児に英語を教えたい!と強く思い、まずは自分が英語を習得しよう、と今度は長期の渡米を決心しました。

2000年にカリフォルニアから大学院入学のためボストンに移動し、そこで始めて本格的な応用行動分析(Applied Behavior Analysis: ABA)に出会いました。私が始めてスーパーバイザーからABAをベースにしたディスクリートトライアル(Discrete Trial Training: DTT)を教えてもらったときの衝撃は今でも忘れる事ができません。コミュニケーションのとれない子ども達に色の名前や、会話を教えていました。そもそも、会話のできない子ども達が会話することができるように教え込む事ができる、という事実そのものが衝撃でした。各課題が、無理なくスモールステップに分かれていて、ちょっとずつ、間違いさせないように教えて行きます。間違えそうになると、プロンプトという、ヒントを出します。始めはプロンプトをそのままおうむ返しにしている子ども達も、そのうち自分達の学習スタイルを確立し、おうむ返しから自分の言葉で会話しようとします(汎化)。これは、自閉症のお子さんのメカニズムを理解したもの最高のテクニックだと思いました。

本来は、英語の先生になるべく留学を決心したのですが、この瞬間から私の人生は大きく変わり、自閉症児の療育に専念することになりました。

今現在、アメリカには144人に1人自閉症だと言われるお子さんがいると言われています。地域によっては、更にその割合は高まり、88人に1人、という地域もあります。男の子と女の子の自閉症の割合は、4:1です。そのお子さん達をサポート、教育するのが、私の役目です。

私の勤務するプレスクールでは、必要なお子さん達に一対一で早期にサポートを行い、幼稚園に上がる頃にはできるだけ少ないサポートで学校生活を始め、日常生活を送る事ができるようになる事を目指しています。

2.プレスクール概要

プレスクールとは、幼稚園に入る前の段階のお子さん達を受け入れる機関です。地域や管轄、私立、公立により多少変わりますが、私の勤務しているプレスクール(公立)では、3~5歳のお子さん達を受け入れています。

1クラスの人数は、大体15~18名ほど、それを担任(1名)と、アシスタント(2~4名)で受け持ちます。その中、障害のあるお子さん達は7~8名ほどになります。私の勤務校では、障害のあるお子さんと障害のないお子さんが同じ教室に在籍します。これをインクルージョン、統合教育といいます。

障害のあるお子さん達は、担任の先生とアシスタントの他に、一日個別にサポートするスタッフや、スピーチセラピスト、及び病弱のお子さんに関しましては個別にナースが担当したりします。そういった諸々のスタッフが出入りするクラスで、一番先生の数が多いクラスになりますと、スタッフの総数が8人以上というクラスもでてきます。

それだけの人数のスタッフを雇用するには、かなりの費用がかかります。大体障害児一人にかかる費用というのは、年間で$39,000~$130,000 (Harvard School of Public Health Review 2006 http://www.hsph.harvard.edu/news/press-releases/2006-releases/press04252006.html) だそうです。私個人の調べでは、全寮制の私立は更に費用がかかり、私費で通わせる場合、一人当たり年間$52,000~$200,000程度かかります。 私の勤務校は健常のお子さんは1人あたり年間$3,200~$4,500 程度の学費を支払います。お気づきの方もいらっしゃるとは思いますが、現在私たちの学校は公立です。公立なら学費は無料なのですが、私たちの学区では、プレスクール自体は組織の中で認知されておらず、公立校として無料で学校に通えるのはキンダーガーデン(幼稚園、6~7歳のお子さん達が小学校入学前に通う)からになっています。よって、公立のプレスクールにも関わらず、学費が請求されます。もちろん、地域によって、公立プレスクールの学費の有無は変わります。

障害のあるお子さんたちは、医師からの自閉症、ダウン症などなんらかの診断書を元に、The Individuals with Disabilities Education Act (IDEA)いう法律の元で保護されます。その法律が最も障害のあるお子さんに貢献する部分は、教育を無料で受ける権利ではないかと思います(Free Appropriate Public Education:FAPE)。細かい説明は省きますが、この法律は、どのお子さんも、健常のお子さんの水準の教育を受ける権利があり、障害や病気などの何らかの理由で権利が保証されない場合は、学校側が保証するべきだ、という考え方に基づいています。なので、もし、健常のレベルに達するまでに、個別のサポートが必要であれば、そうするべきであり、特別な配慮が必要であればそうすべきである、ということになります。この法により、健常のお子さんは費用を払って家族が送り迎えしながら通ってくるのに対し、 障害のあるお子さんはスクールバスでの送り迎えのサポート(4人乗りのワゴン車でやってきます)を始め、セラピー、場合に寄っては一対一のサポートなども無料で受ける事ができます。これは本当に素晴らしい事だと思います。

尚、時に、公立の教育では、お子さんの成長が望まれない、と判断されることがあります。そういう場合は、学校側が転校に同意し、私立に入学することを認める場合があります。その際の、私立の学費(年間$100,000~$200,000、全寮制の場合)を学校側が負担します。ただし、学校側、つまり公立ですので最終的には市が学費を負担する訳ですが、そこまでいくにはかなりの日数と、交渉を重ねる必要があります。

3.プレスクール勤務の専門家とその役割

私の勤務校現在様々な専門家が常駐しています。以下が主な職種とサービス内容です。

a.言語療法士(Speech Therapist :SP)

全5クラスあるプレスクールに対し、総勢5名前後のスピーチセラピストがフルタイム常駐しています。全て学校側に雇われた専属のセラピストです。各クラス1名スピーチセラピストが割り当てられ、週3回全日担当の教室の中でお子さんたちと一緒に過ごし、サポートを行います。そのうちの1時間は、クラス全員、障害の有る無しに関わらずグループセッションを提供します。その他、職業訓練士と組み、障害児には特別に3人1組のCoTreatという30分のセッションを持っています。ただし、この30分のグループセッション及び、30分の個別のスピーチセラピーを受けるには、個別指導計画にての合意が必要となります。

b.作業療法士(Occupational Therapist:OT)

作業療法とはいってもプレスクールですから、手先の動きの練習(はさみで紙を切ったり、クレヨンで色を塗ったり、文字を書く予行練習)をします。全5クラスあるプレスクールに、OTは2名勤務しています。彼女達は週1回30分、障害のあるお子さんたちを3人一組にして、スピーチセラピストと組みCoTreatというグループ療育を行い、毎週1回各クラスに出向き、クラスの生徒全員に設定保育としてサービスを提供します。先にも述べましたが、このCoTreatのサービスを受けるには、個別指導計画での合意が必要になります。

c.理学療法士 (Physical Therapist: PT)

プレスクールでは、片足でジャンプしたり、歩行訓練をしたり、三輪車に乗るなどの練習を始め、トランポリンの上でジャンプ、平均台の歩行練習をしています。PTは2名勤務しており、そのうち1名は、あるクラス専属のPTです。そのクラスには肢体不自由のお子さんが看護婦付きで通っており、その子ども達へのサポート専属で行っています。もう一名のPTは、残り4クラスの子ども達を受け持っています。更に個別に30分ほどのセッションを障害の程度により提供し、サポートを続けています。もちろん、このセッションに限らず、全ての個別セッションを受けるには個別指導計画の合意が必要になります。

d.ABAセラピスト

Behavior Therapistと職場では呼ばれます。これが私の仕事です。今、勤務先でお子さんは全体でおよそ70人前後在籍していますが、そのうちの24人ほどが自閉症及び発達障害の診断名を持っています。その24人のうち、6人ほどは重度自閉症で、統合教育ではない専用の教室で一対一のサポートを受けながら、過ごします。そのクラスにはABAセラピストが6名勤務しています。残りの、述べ18人のお子さんたちを、私たちのチーム、約6人がサポートしています。チームは、私たちの上にスーパーバイザーが1人つき、その他に外部コンサルタントを1人雇っています。外部コンサルタントは、重度自閉症専門クラスも担当しています。スーパーバイザーは私たちのチームに1人、重度自閉症専門クラスに1人います。子ども達は個別のセッションはもちろんの事、グループでのセッション、教室内でのサポートなど、内容は多義に渡るサポートを受けます。もちろん、サポートが一対一になるのか、他のお子さんと合同のサポートになるのか、また、週に何時間サポートが受けられるのかなどは、全て個別指導計画の合意のもと決定となります。

e.その他のセラピスト

Vision Therapist…外部契約のセラピストの場合があります。目の不自由なお子さんに点字を教えたりするセラピストです。勤務校には、週1回、数時間訪問しています。

Motor Specialist…外部セラピストの場合があります。肢体不自由のお子さんに、歩行訓練などをしています。勤務校には、週1回、数時間訪問しています。

4.個別指導計画(Individualized Education Program: IEP)

プレスクールに障害児として入ってくるお子さんたちはほぼ早期療育を受けています。プレスクールに入学を希望する申し込み用紙が送られてくると、そこに障害の旨が記入されている場合がほとんどです。その場合、担当者が入学前のお子さんたちをデイケアや早期療育の現場まで見学に行きます。そこでお子さんの様子を観察したり、先生にインタビューするなど、まずは情報を集めます。その後、日程を改めて、各セラピストがアセスメントを行い、個別指導計画(Individualized Education Program: IEP)の下地を作ります。 障害のあるお子さんが入学する前に、レポートなどの必要な書類は揃っていますが、個別指導計画そのものへの署名などは、お子さんが実際に入学してから、規定の期日までに処理します。通常個別指導計画には、各項目ごとに子どもの成長を予測した目標がかかれ、更に細かい項目に分かれた学習達成の基準が書かれます。例えば、コミュニケーションの項目であれば、来年までに2語分が話せるようにする、と目標を立てるとします。細かい学習達成の基準は、"欲しい物を言葉で80%以上の確率でリクエストする事ができる"、"何、どれ?などのWHの質問に80%以上の確率で返答する事ができる"、などになります。

私の学校では特にそうですが、個別指導計画が絶大に法的な力を持ちます。それに限らず、9割方の書類が法的な力を持つ、つまり法に従って作業を進めます。要するに、それだけ頻繁に裁判沙汰になるのでこちらも慎重に対応するわけです。これは、他の学区と私たちの学区の大きな違いで、他の学区はここまで慎重に書類を揃えたりすることは余り無いと思います。但し、私の学区では個別指導計画の内容に逆らった学習内容の組み立てや、サポートというものは基本的には認められません。すべて、個別指導計画に何時間一対一でのサポートを行い、教える課題はどれとどれ、統合教育は何時間、そこでの学習内容は何か、など全て個別指導計画に書かれている事を徹底して行います。

もちろん、保護者の方が個別指導計画の内容に納得しない場合は、このプロセスが長引き、中々必要なサポートが開始できないときもあります。時には裁判沙汰になったりもします。ですので本当は統合教育の中で1日を過ごすよりも、ある程度一対一で教室から引き抜いてトライアルをした方が良いお子さんでも、保護者の方が個別指導計画に署名しないために、サポートが開始できないお子さんもいます。

更に、学校でのサポートだけでは普通に生活して行けるまで十分にサポートがされていないとなると、特別に家庭療育が認められる事があります。これは、通常放課後セラピストがお子さん達の家まで出向き、ペアレントトレーニングを週2~6時間ほど行うものです。地域によっては、この時間にお子さん達にセラピーをする所もあります。私の勤務校は、ピアレントトレーニングを、各家庭週2時間ほど行っております。

5.実際のサポートの報告

先ほど18人お子さんがいるのに対し、スタッフは6人と書きましたが、正直スタッフの人数は足りていません。また、不況の影響で、人員削減があり、更にスタッフが足りなくなりました。そんな中、最大限のサポートとして、大きく分けて2つのサポートをしています。

(a)問題行動へのサポート

他の生徒を叩いてしまう、朝の会の間に奇声を上げてしまう、落ち着きが極端に無い、友達を遊べないなどの問題点が観察されると、チームはまず、問題行動がどんな場面で、一日にどれくらい起きるのか数日間観察データをとります。例えば、友達を叩いてしまうなど、深刻なケースの場合は、まず、一日の中でいつ叩くのか記録し、叩いた回数、時刻、叩くという行動の前後の出来事、更にその場に居た担当スタッフの名前をメモ書きで記録します。そうする事で、朝の会に叩く回数が多いということや、自由遊びの時間に叩いてしまう、などパターンがはじき出せます。それをトップのコンサルタントに見せ、相談しながら、臨時の問題行動対処方法を書きます(Behavior Planといいます)。スタッフは全員、この対処法に書かれた内容に従うようとても厳しく指導されています。要するに一貫性を保ちます。例えば、お子さんが叩いたときは、「休憩したい」と言葉を与え、速やかにタイムアウとの部屋に連れて行く事、と書かれていた場合、スタッフは「叩いちゃダメ」や、「どうしたの?」など自己判断で対応し、タイムアウトの部屋には連れて行かない、ということは絶対に許されません。必ず全員がこの対処法を読んで、その指示に従う、というのは暗黙の了解となっています。また、たとえそれを読む時間がなくとも、問題行動に直面した場合は、周りのスタッフに「対処法にはどう書いてあった?」と聞き、一貫した対応ができるようにします。たまに、時間が無い、臨時にそのお子さんの担当を頼まれ対処法を読む時間が無い場合も、コンサルタントに注意されます。どんな理由があっても、最大限の努力をしなければ、いけませんので、臨時に頼まれた際にも、口頭で対処法を伝えるなどします。

次に、構造化されたABCデータを採取します。AはAntecedent, つまり問題行動が起こる前の出来事、BはBehavior, 問題行動の内容、CはConsequence, 問題行動の後の出来事です。ABCデータとは、先駆けてメモに取った内容から、ある程度問題行動が起きる前の出来事、問題行動、そのあとの出来事のパターンを予め箇条書きにし、問題行動が起きたときに該当欄にチェックして行く物です。 例えば、子どもが叩いた原因が、先生からプリントをしなさい、と言われたことだとします。ABCデータのAの欄には予め、直前の出来事の予測として、"先生から指示が出た"、"遊びを止めなければいけなかった"、"1人でいてつまらなかった"、と箇条書きにされているとします。その場合、先生からプリントをしなさいと指示が出た訳ですから、"先生から指示が出た"という欄にチェックを入れる訳です。そして、Bの欄には、"叩いた"、"髪を引っ張った","席を立った"、"その場から逃げ出した"など書かれていますので、その中から"叩いた"という欄にチェックマークを入れます。最後に、叩いた後、もし先生が叩いた事は無視したとします。そうすると、Cの欄には、"止めなさいと言った"、"タイムアウト"、"無視"などと書かれていますので、"無視"の欄にチェックマークを入れるわけです。 このデータを採る事で、更に問題行動への理解、と同時に対処法の効果をはかって行きます。これは通常2週間ほど続きます。その間トップのコンサルタントがデータを参照し、また普段か変わっているスタッフと話し合いを持ちながら、柔軟に対処法を必要に応じて変更していきます。これはとても勉強になります。

よくある対処法としては、

  • 代替行動として、言葉を与える 例:叩かずに「散歩に行きたい」と先生に伝えさせる、ただし、こちらも、始めはリクエストに必ず応じますが、時期を見て、セラピストが「後少ししたらね」「今は無理だよ」などと交渉を開始します。
  • 座っていられない場合は、30秒ごとに座っていられたら強化子がもらえる、という他行動分化強化(Differential Reinforcement of Other Behavior: DRO)を実施します(30秒ごとの時間は、徐々に45秒おき、1分おき、2分おきと時間の間隔を延ばして行きます)。
  • 叩いた/環境破壊などした場合は、言葉を与えながら即タイムアウト
  • 言葉で伝える事ができたら、それを褒め強化
  • 自己刺激をするお子さんには、その代わりに体を動かす休憩を頻繁に入れる

などです。

(b) 学習面でのサポート

お子さんの学力に遅れがあり、統合教育で一日過ごすのはまだ難しいと判断されると、セラピストはお子さんを教室からある一定の時間引き抜き、一対一ディスクリートトライアルトレーニング(Discrete Trial Training:DTT) を行います。ディスクリートトライアルとは、一つの課題をいくつものスモールステップに分けて教えて行く物です。UCLAのロバース博士はこの方法を元に早期集中介入を行い、研究結果を発表しています。対象は障害のある子ども全般ですが、特に自閉症の子どもに得に効果があるといわれています。私の勤務校では、今現在最も多く個別で指導を受けているお子さんで週21時間の引き抜きがあります。また、インクルージョンは午前中で終わりなので、健常のお子さんはそれから家に帰りますが、障害のあるお子さん、とくに自閉症のお子さんは学校に残り、12時から2時30分まで、ランチを挟んでディスクリートトライアルを一対一で、軽度のお子さんたちはグループに分かれて ABAソーシャルプラグマティックといって小さな教室の中で社会性を育むカリキュラムをこなして行きます。

例)E君の一日のスケジュール
9:00-スクールバスで登校。スタッフがバスから降ろし、教室まで連れて行きます。
9:05-ロッカーに鞄を下ろして、即引き抜かれ、ディスクリートトライアル。
9:30頃-インクルージョン、朝の会と工作に参加
10:15-インクルージョン続き スナック、トイレに参加
11:00-インクルージョン みんなで外に行きます。
11:30-引き抜き、ディスクリートトライアル
12:00-午後のセッション ディスクリートトライアル
2:30-バスで下校

スタッフは全員、よほど問題行動の激しいお子さんで、両手を明けておく必要があるという場合以外はクリップボードを持ち歩きます。このボードにはディスクリートトライアルで行う課題と問題行動対処法と、そのデータを記録する紙が挟まれており、スタッフはインクルージョンでスナックやトイレに参加している時間帯でも、機会があればトライアルを行うよう指導されます。例えば、挨拶を行う課題があるとすると、大人と椅子に座って行うだけでなく、こういった自然の機会を利用して挨拶の課題を行い、結果を記録する、といったことを常に行います。

例)Aくんのスケジュール
9:00-お父さんと登校
9:00~12:00-インクルージョン
*この間、サポートスタッフはお子さん3人に1人の割合でつきます。午前中ずっとインクルージョンで過ごすことができるお子さんの場合はほとんど一対一のサポートはつきません。深刻な問題行動があるお子さんには一対一でつきます。
12:00~2:30-ソーシャルプラグマティック
*この時間は全員でゲームやなぞなぞごっこをしたり、挨拶をする練習、会話にコメントする練習をしたりして、アカデミックな面もサポートしつつ社会性を育みます。

6.スタッフの育成、サポートについて

毎週金曜日午後1時から3時まで、チームミィーティングが行われます。チームミーティングには、セラピスト、コンサルタント、スーパーバイザーが同席します。その際、問題行動の対処法について全員で改めて話し合ったり、対処法について確認し合ったりします。また、1週間教えていて出てきた質問や、感想などコンサルタントとスーパーバイザーに改めて質問し、回答を得たりするまたとない機会です。私はこの時間がとても勉強になると思っています。また、毎週3人の子どもについて必ず話し合います。スーパーバイザーがその週の子どもについてケースマネージャーに質問をしながら、みんなで疑問点や改善点を話し合って行きます。

その他、スーパーバイザーが常駐していますので、なにか突発的な問題が発生したり、疑問がわいた時などはすぐに質問することができます。

更に、スタッフメンバーの9割が、大学院卒もしくは、大学院にて専門分野を学んでいます。2008年より、職場に大学院の教授が週2回出向き、大学院の授業を始めました(もちろん全課程修了すれば修士号を取得できます)。そういった意味でも、職場で専門用語が飛び交っても、スタッフは理解することができます。

その他、スタッフトレーニングが年2回、及びカンファレンスやシンポジウムにポスター発表したりしています。今年のスタッフトレーニングは、保護者の方の障害の受容とその悲しみを教育する人間はどう受け止め、サポートして行くか、発達検査の行い方とそこから課題を作製する方法、などがありました。

7.所見

今、アメリカではABAの理論に基づいて子どもを教える事が主流になってきています。ABAセラピストのニーズは高く、特に自閉症の子どもを教える、というのは、ある意味での専門職として地位を確立しつつあります。障害のある子どもが在籍する教室には、担任の先生の他に、こういったABAを専門にするスタッフが在籍することは珍しくなくなってきました。

子どもが必要な時に必要なサービスを提供する事ができる、しかもそれを公費で無料で提供する事ができるのはアメリカの教育世界で最も優れている事例の一つだと思います。もし、学校にABAセラピストがいない場合、外部からその子のために外部契約を結び、雇い入れる場合もあります。この場合、市(学校)がセラピスト派遣会社に支払う時給は、$75程度、週にして20~30時間の契約が一般的です。更にコンサルタントを雇い入れる場合は、時給は$125以上までのぼり、コンサルタントは場合にもよりますが、週に5~10時間くらい学校を訪問するのではないでしょうか?

お金の話はさておき、一対一のサポートが必要なお子さんに、一対一のシャドーを付け、必要な時にセラピーを個室で提供することができるのは、子どもの成長を大きく促すことができます。また、大人が1人つく事で、子ども達も安心して学校生活を送る事ができます。更に学習のために必要な教材も学校側で揃えますので、もし、各家庭で放課後セラピーが無理だとしても、ある程度のセッションを学校で受ける事ができます。同時にスタッフもトレーニングが行き届いている方だと思いますので、一定の水準を保ちながら子ども達を教える事ができ、教える方も、教えられる方もやりやすいといっても過言ではありません。ただし、これはどの学校でもそうだという事ではなく、スタッフのレベルや、個別指導の有無には地域差があります。

ただし、こういった専門職というのは、残念なことに景気に左右されてしまいます。2008年は、各地域で予算削除が大幅に行われ、私たちセラピストも人員削減を余儀なくされました。そのため、昨年までは一対一で行っていたサポートが、子ども2人につき大人1人という、二対一のサポートに変容し、午後のアカデミックな面でのサポートの時間も、一対一では行えず、二対一で行っています。実は、自閉症の子どもを二人一度に担当して教えるのは大変難しいことで、スタッフも毎日色々と工夫に工夫を重ねて教えています。

この仕事は、一対一で子どもを教えることが基本となるので、さぞかし簡単だろうと思われる方もいらっしゃると思いますが、実際は多義に渡るテクニックと、それを使いこなすスキル及び複雑な理論の理解が求められます。現在アメリカでは,公認の行動分析士になるためには、一般で述べ1500時間の実地訓練及び、大学院で指定科目5科目を必修し、4時間に渡る筆記試験に合格する必要があります。ただ、そこまでしても、需要があるというのは、やはりアメリカの教育体制においてセラピストを雇う仕組みが出来上がっているからでしょう。日本でこのような体制を整える事を望むのは難しいと思いますが、あきらめずに働きかける事ができれば、幸いです。

8.参考文献及び専門用語解説

【専門用語解説】

Antecedent…行動の直前の出来事の事です。例えば、先生からの注目がなく、泣く、先生からの注目、という行動パターンがある場合、"先生からの注目無し"がAntecedentにあたります。

Applied Behavior Analysis (ABA)…応用行動分析の事です。行動分析学は人間及び人間以外の動物の行動について研究し、行動の原理が実際にどう働くかを研究する学問です。

Behavior…行動そのものの事を言います。上記の例では、"泣く"がBehaviorにあたります。

Consequence…行動直後の出来事をさします。上記例では"先生からの注目有り"の部分がConsequence にあたります。

Differential Reinforcement of Other Behavior(DRO)…他行動分化強化の事です。ターゲットとしている行動と別の行動をとった時に強化して行く物です。たとえば、叩く、という行動を減らしたいとします。その際、叩いていない瞬間を強化する、何時もなら叩くはずの場面で叩かなかったら、その瞬間を褒め言葉もしくは強化子で強化する、などという手続きです。もしくは一定の時間内に叩かなかったら、それを褒め続けます。例えば、30秒おきにタイマーをセットし、30秒間叩かずに過ごす事ができたら強化子を与えて叩かない行動を強化します。この30秒という時間は徐々に45秒、1分と延ばしていきます。

Discrete Trial Training (DTT)…ABAの理論から発生した障害のある子ども達を教えるテクニックです。一つの課題をいくつものスモールステップに分けて教えて行きます。UCLAのロバース博士は、この方法を元に集中介入を実施し、研究結果を発表しています。

Free Appropriate Public Education(FAPE)…IDEAの元、障害のある子どもに、適切な教育を無料で保障する法律です(一部私立を除く)。この法律によって、健常のお子さんが無料で受けているレベルの教育同等のものを、障害のあるお子さんにも提供し、また、健常のお子さんと同じ水準に立つために必要なサポートも、無料で提供するとされています。ここでは、"適切"についてはっきりとした定義は為されてないと言われていますが、それぞれの学区にての解釈が存在するそうです。

Individualized Education Program (IEP)…個別指導計画の事です。それぞれのフォームは以下のサイトよりダウンロードできます。
http://www.doe.mass.edu/sped/iep/eng_toc.html

The Individuals with Disabilities Education Act (IDEA)…アメリカ全土の障害のある子ども達(生後~21歳の誕生日まで)を守る法律です。この法律のもと、各州、各市にて約650万人の子ども達が早期療育や障害児教育及びそれに関連したサービスを受けています。生後~2歳までの子ども達はIDEA Part Cによってサポートを保証されており、3~21歳の子ども達は、IDEA Part Bによってサポートを保証されています。

*以下の用語は本文では言及されていませんが、現場ではよく使われる用語なのでご紹介致します。

DRL…低反応率分化強化。標的行動をなくすためではなく、減らすために使います。

DRI…問題行動と同時には行う事が出来ない行動(非両立行動)を強化し、増やす事で相対的に問題行動の頻度を下げようとする手続き。

こちらで紹介する事例は、あくまでも筆者個人の私見/経験の範囲にとどまり、アメリカ全土を象徴するものではありません。また、この報告の中での具体的な学校名、こども氏名等はプライバシー保護のため、公開を控えさせていただきます。