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社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-

池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業

事例1 ジョブマッチングとナチュラルサポートの形成に重点を置いた事例

~食品加工工場で働く重度知的障がいを伴う自閉症のNさんの場合~

市川 博康
知的障害者更生施設 生振の里

1.本人の状況

(1)性別、年齢、障がいの特徴

本事例(以下、Nさん)は、重度知的障がい(鈴木ビネー式知能検査IQ23)を伴う自閉症と診断され、障害基礎年金1級を受給している30歳(平成17年10月現在)の男性です。3歳児検診で言葉の遅れと自閉的傾向を指摘されています。小学校は特殊学級に通い、その後は養護学校(中等部)を卒業しました。障がい特性としては、常時遅延反響言語があり、不安定時には、奇声、飛び跳ね、指噛み等のパニックとなります。コミュニケーションに困難を抱えており、受信は端的な内容であれば、ある程度理解できますが、発信については、単語程度の要求しか伝えることができないケースです。

(2)福祉施設の利用歴

養護学校(中等部)卒業後すぐに、社会福祉法人生振の里知的障害者更生施設生振の里に入所し、現在に至っています。

(3)職歴

療育手帳の再判定時も「就労は困難。施設入所の継続が妥当」と判定を受けています。就労経験はありませんが、地域の作業所で実習を6年程実施しました。実習内容は、ステンドグラスの製作で、完成度も高く好評価を得ていました。

(4)生活状況

身辺処理については自立しています。金銭管理等については、お金を払い買物をするということは、理解していますが預貯金の払い出し、計画的支出等については難しいようです。いわゆる社会性を必要とされることについては支援が必要です。 視覚支援を行うことによって、1日の見通しや月間の予定等を理解してからは、生活の中でのストレスが軽減され、パニック等は軽減してきています。

2.就労支援

(1)職場が決まるまでの経緯

食品加工会社の人事担当の方が、地域の中から、知的に障がいを持った方々を複数名雇用したいとの打診がありました。そこで、同じ地域にある知的障害者支援センターと連携し実施することとしました。 まず、就労支援担当者が、食品加工会社に実習に行き想定される仕事内容を3日間体験し、職務分析・課題分析等を行いました。その結果、仕事の内容がNさんの特性に合致したため、Nさんを対象にこの話を進めていくこととしました。

(2)制度活用について

Nさんの実習および就労には、障害者職業センターの職務試行法と公共職業安定所の職場適応訓練制度(重度のため、1年間延長)を活用しました。職務試行法は、1週間実施しました。企業としては、雇用を前提に考えているため、面接を行い受け入れの是非を検討したいとのことでした。しかし、面接にて、受け入れの是非を問われると、コミュニケーションに困難を抱えるNさんは、受け入れてもらえないことが濃厚であったため、企業と交渉し、実際の職業スキルで決定していただくことになりました。この職務試行法の活用期間を職場実習の評価期間とし、土日祝祭日休みの実働7時間30分、時給640円(北海道最低賃金638円、平成17年9月まで)で受け入れが決定しました。その後は、職場適応訓練制度活用中および正式雇用後も、知的障害者更生施設生振の里でフォローアップをしています。

(3)受入れ先の状況について

海鮮素材の卸から製造・販売まで手がける従業員規模400名の会社です。Nさんが働いている所は、この中の製造部門の工場で従業員およそ80名です。この会社は、すでに障がい者の雇用率は達成している、障がい者に対して理解のある企業で、1名の担当者を配置していただきました。重度知的障がい、自閉症の雇用は初めてで、就労支援担当者(以下、ジョブコーチ)による支援の経験もありませんでした。

(4)支援のプロセス

1) 利用者のアセスメント

今回の取り組みでは、本人との面接等々による情報収集は行いませんでした。施設での作業の様子、特性、ジョブコーチの実習で得た情報等々からのジョブマッチングを確実に行いました。  コミュニケーションに困難を抱える方々にとっては、普段の様子や特性をしっかりと把握するところから始めることが何よりも一番重要なことでした。 食品加工会社で想定していた職務内容は、加工食品の仕上げ部分(シール貼り、箱詰め、箱折り、テープ止め)でした。企業の要求としては、速さもさることながら正確性、丁寧さが一番重要視されていました。 このように、コミュニケーションに困難を抱えるケースについては、個人の特性をしっかりと把握しジョブマッチングすることが、アセスメントの大部分を占めました。

2) 職場のアセスメント(ジョブコーチによる職場実習と職務再設計)

Nさんの実習前に、ジョブコーチが3日間職場実習を行い、工場での職務構成、人的環境、物理的環境等をアセスメントしました。その結果、次のような主たる課題が上がり、企業と相談しながら下記のような対応をしました。

  • 作業台がNさんの身長に対して低い→Nさんの身長に合わせ、作業台を高くしてくださいました(企業)。
  • 工場、工場内トイレへの入場手続きが複雑→視覚的提示物を作成し、企業に許可を得て工場内に掲示しました(ジョブコーチが)。※写真1
  • 仕上げする商品が多数ある→想定される仕上げ商品の作業指示書を作成使用し、また、作業指示書を作成できない場合の教示方法をキーパーソンに伝達します(キーパーソン、ジョブコーチ)。※写真2
  • 休憩時間が従業員全て一緒である→本人の休憩スペースを特定し、休憩時に行う課題を設定する。また、Nさんの特性を理解してもらうために、リーフレットを作成し配布しました (キーパーソン、ジョブコーチ)。※写真3
  • Nさんとのコミュニケーション方法にキーパーソンが不安を抱えている→Nさんとのコミュニケーション方法についての文書を作成し説明するとともに、ジョブコーチが実際にNさんとコミュニケーションをしているところを見てもらいました。 この他にもスケジュール等々のさまざまな視覚支援を行い、企業もNさんも安心して仕事に入ることができました。
写真1,2,3
写真1 写真2
白衣を着てからアルコール消毒して入場するまでの手順が写真付で書かれている掲示物の写真 瓶にシールを貼る位置を写真で示してある紙の写真
写真3
Aさんの障がいによる特性の説明と理解を求めることがまとめられている用紙の写真
3) 職場における集中支援(1ヵ月)

職場アセスメントの状況から、次の点を重点にあげ、支援、対応を行いました。

  • コミュニケーションに困難さを持つNさんとジョブコーチの関わりを実際に見てもらう。→視覚提示を利用した簡潔な応答や単語とジェスチャー、指差し、モデリングを交えた端的な指示
  • 多種多様な仕上げ商品(期間限定や新商品)の仕上げ方の教示方法(指示書、ジグ等の使い方および作り方)の場面(ジョブコーチの関わり方)を見てもらう。→モデリングおよび見本の提示
  • 丁寧かつ、生産性をあげるための工夫→作業内容毎の設定量の提示とフィニッシュボックスの活用
  • 職場環境の再調整→テーブル配置やその場でできる作業台の組織化と明瞭化の実践
  • 従業員への啓蒙とナチュラルサポートの形成→自閉症の特性の伝達、リーフレットの配布および説明

上記のようなことに重点を置き、具体的な対応の方法を実際に見ていただきました。また、会社で のルール(休憩時間の過ごし方、トイレの使用方法等)もこの期間に視覚的提示等を使いながら、N さんに教示しました。

(5)移行支援(0.5ヵ月)

集中支援期の重点項目については、概ねクリアーされているため、この移行期は、施設生活上からの強力なキーパーソン(ジョブコーチ)がフェイディングをした状態でNさんがどのような反応を示すのか、Nさんのとった行動が、社内ルールに適していない場合、どのような対応をすればよいかということに重点を置きました。 観察の結果、以下のような反応が見られましたが、対応策を立てキーパーソンにも同様の対応を依頼しました。

  • 指示がない状態で、勝手にシール置き場からシールを取り出し、商品に貼る→指示がない状態で、勝手にシール置き場からシールを取り出し、商品に貼ることについては、違う商品のシールを貼る危険性もあるため、シールがなくなったら、必ずキーパーソンに発信するよう本人に教示(PECS(絵カード交換式コミュニケーション・システム)の活用)しました。また、無目的な時間が苦手である旨をキーパーソンに伝え、できるだけ作業が止まらないよう協力してもらうこととしました。
  • 作業の材料がなくなり、次の作業指示がない、同室で作業する異性に見とれている→女性従業員に対し、Nさんとの関わり方の教示(「仕事」という言語指示+「作業台」指差し)をしました。

これらの問題は上記のような対応をすることによって改善され、ジョブコーチはフェイディングしました。

(6)フォローアップ(1.5ヶ月~1年3ヶ月)

1.5ヶ月以降、ジョブコーチは週1回30分程度のフォローアップを継続していました。 職場に慣れるに従って、Nさんの自閉症の特性、社会性による次のような行動が見られるようになり、企業よりどのように対応したらよいだろうかとの問い合わせがありました。

  • 休憩中、ゴミ箱の中から輪ゴムを取り出す→本人としては、「まだ使える輪ゴムがゴミ箱に捨てられている。もったいないので取り出した」ただそれだけの行為ですが、他の従業員から見ると、「ゴミ箱をあさっている」としか見られません。このことについて、「ゴミ箱から輪ゴムをとり出さない」という視覚的提示をゴミ箱に貼り、この行動は改善されました。※写真4
  • 廊下の中央で鼻をかむ→本人としては、「休憩室(食事を食べる場所)で鼻をかむのはよくないので、廊下で鼻をかんだのに」でも、他の従業員から見ると、廊下の真ん中で鼻をかむのはよくありません。このことについて、視覚的提示により、鼻をかむ場所をトイレと特定しました。このことによりこの行動は改善されました。 悪い話ばかりではなく、Nさん独特の遅延反響言語のイントネーションでNさんのその日の調子を従業員が観察し、感じ取ってくれるようになり、Nさんの特性を受け入れてくれました。また、従業員の方が自ら昼休みにさりげなく、Nさんの様子を見守って下さり、ジョブコーチに昼休みのNさんの様子を教えてくれるようになりました。 ジョブコーチが、従業員にリーフレット等を活用し説明を何度も重ね、質問や疑問に丁寧に答えてきた成果が上がり、ナチュラルサポートが形成されたことを実感できた瞬間でした。

写真4
Nさんの顔写真とごみ箱の絵と輪ゴムに×印をつけた紙の写真

3.まとめ

Nさんの就労支援のキーワードは、1.ジョブマッチング2.ナチュラルサポート3.本人の特性(自閉症の特性を含む)を把握した上での専門的支援と教示方法の伝達。これら3点があげられます。

1) ジョブマッチング

ジョブマッチングは、日頃の行動特性、得手・不得手をしっかりと観察したデータを持ち、企業で要求される職務内容を分析し、マッチングした作業を組み立てることが重要でした。今回の就労支援では、このことがしっかりとアセスメントされていたので、Nさんの雇用につながったと思います。

2) ナチュラルサポート

ナチュラルサポートは、コミュニケーションに困難さを抱えるNさんにとってはなくてはならないものです。遅延反響言語、奇声、飛び跳ね等の行動を全て抑制することは困難です。リーフレットを用い、従業員に対しそのような行動に至る理由や対応方法を就労支援担当者が説明し、実際の対応を見てもらう事によって、従業員の理解を得る事ができました。 理解を得る為にもう1つ重要な事があります。それは、ジョブコーチが、従業員から信頼され、その関係を維持していくことです。このことが成されなければ、何度説明しても、従業員への理解にはつながらないと考えています。

3) 本人の特性

本人の特性(自閉症の特性を含む)を把握した上での専門的支援と教示方法の伝達は、集中支援期に、視覚的に優位であることを、具体的なスケジュール、指示書等を用い実際にキーパーソンや従業員の前でNさんを支援したことで、その有効性を実感していただきました。また、指示書等が用意できない場合の対応(見本の提示、単語での指示+ジェスチャー)も合わせて伝えたことにより、現在も特に大きな問題なく継続して就労しています。

全体を通して、企業が最も望んでいる支援とは「問題発生時や対応に困った時に即時対応してくれ、なおかつどのような対応をしたらよいか伝える」いわゆるフォローアップの重要性を再認識させられました。

最後に、就労支援で一番の大切なことは、ジョブコーチは常に見られているということを忘れてはならないことです。日々のたちふるまいや、対象者への対応等言動の一つひとつが注目され、障がい者への対応のモデルとされているのです。 このことを念頭に置き、ジョブコーチは、常に本人・企業のニーズを把握し、「でしゃばり過ぎず、かゆいところに手の届くような支援」を考えていくことが必要であると思います。

やり方が書かれた紙を見ながら瓶にシール貼り作業をするNさんの様子