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社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-

池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業

事例2 知的障害者入所授産施設からの就労支援の事例

~クリーニング工場で働く自閉症を伴う軽い知的障がい者Sさんのケース~

川田 純
新篠津ふれあいの苑

1.本人の状況

(1)性別、年齢、障がいの特性

本事例(以下、Sさん)は、男性で24歳(平成17年11月現在)です。療育手帳Bを持ち、自閉症を伴う軽い知的障がい(IQ56、鈴木ビネー)と診断されています。

障がいの特性としては収集癖やコミュニケーションの困難性などがあげられます。収集癖の内容はさまざまで、時にはゴミであり、またあるときは他者の所有物であり、時間や場所を問わず収集してきます。そして、それらを工作物とすることに固執しています。工作物になるべき物の事前購入や、空白の時間が少なくなるようスケジュールを構造化することにより、収集の減少に努めています。コミュニケーションの困難性の中で、最も苦手とするのが自発的なコミュニケーションです。2語分以上の言語を持つSさんですが、口頭による自発的なコミュニケーションは殆どありません。絶対に必要なことがあると、注意喚起(周りをウロウロする、大きな声での独語など)により自分の存在を他者に認めてもらい、他者からのコミュニケーションにより自分の要求を伝えていくという方法で要求を満たしますが、我慢をしてしまうことが多いです。

(2)生育歴、教育歴

初歩は1歳、初語は2歳6ヵ月でした。幼少時より多動であり、じっとしていることが困難な性格でした。また、洗濯バサミを並べるなどの一人遊びなどに固執することもありました。

小学校(特殊学級)時代になると、興奮することが増加し、寝転がったり物への八つ当たりなども見られ始めました。

中学校(特殊学級)、高等養護学校時代には、上記の興奮に加え、教師などに対して口答えや反抗する場面も増加してきました。

(3)福祉施設の利用歴、職歴

高等養護学校卒業と同時に知的障がい者授産施設新篠津ふれあいの苑(以下、入所施設)に入所しました。作業面ではハウス園芸係、リネンサービス係、手作り工房ぱん家と複数の作業種に所属しました。創造力や微細運動に長け、どの作業係でも欠かせない存在として授産事業に携わってきました。反面、収集癖や構造化されていない環境での興奮なども多く見られました。

職歴としては今回のクリーニング工場が初めてです。

(4)生活状況

身辺処理は概ね自立していますが、洗濯物の片付けや収集した工作物の片付けなどに一部支援を必要とします。温厚な性格ですが、厳しい口調での指示や他利用者からの多干渉などによる興奮が稀に見られ、エスカレートすると器物破損などに発展することもあります。

障害基礎年金2級と給料で生活していますが、金銭管理や通院などの社会生活スキルに関してはほとんど職員の支援を必要としています。健康面では、入所施設を利用してから20kg体重が減少し通院を繰り返しましたが、現在では体調不良もなく健康に過ごしています。

余暇時間の活用方法としては、フットサルやTボール、マラソンなどのスポーツ全般、また絵画や工作物の作成など展覧会や大会に合わせて取り組んでいます。近頃では、気の合う利用者と廊下などで談笑する姿も多く見かけるようになりました。

2.受け入れ先の状況

北海道に3つの工場を持つクリーニング工場(本社は札幌)の岩見沢工場(以下、I工場)です。主な業務はドライクリーニングとリネンに分かれ、I工場では18名前後の従業員(パート含む)が勤務しています。全工場で計3名の障がい者雇用をしており、I工場でも自閉症の方を12年間雇用している実績もあり、障がい者の雇用に関しては協力的であり理解度も高い事業所です。

3.支援のプロセス

(1)職場開拓

新篠津村は人口4千人弱の小さな村です。現在、わが法人から10名前後の障がい者が村内の事業所に働きに出かけています。しかし、村内にこれ以上の雇用の場を求めることが困難になり、近隣市町村に職場開拓の場を広げていきました。

今回の事業所は求人情報誌に『クリーニング工場:クリーニング品の仕上げ、包装他』と掲載されていました。電話でのアポイントメントを経て企業訪問を実施し、とりあえずジョブコーチによる3日間の職場実習ということになりました。

(2)職場のアセスメント

ジョブコーチが事前に職場実習(3日間)を行い、I工場での職務構成や人的環境、物的環境などをアセスメントしました。

職務構成としては、大きく分けて荷物の検品・洗い作業、ドライ作業、リネンの仕上げ作業の3つがありました。ドライ(アイロンかけ)の仕事の対象者は施設に少なく、他の2つの仕事に関われる利用者に対象者を絞り込むことにしました。検品・洗い作業は臨機応変さを求められることが多く、リネンの仕上げ作業は単一作業が多いことが分かりました。それぞれの部署を持ちながら、空き時間にリネンの仕上げをしていることを考慮すると、リネンの仕上げ作業への職場実習が最善であるというアセスメントをすることができました。

人的環境では、工場長不在という事態に困惑しました。企業訪問の際に面談をした工場長が、実習開始前に退職し、I工場には洗い場担当の係長とパートを代表する主任が1人いるだけでした。いずれも工場内での決定権はなく、今後の方向性などの意見交換は全て本社に在中している常務との関わりということになりました。工場内で働いている従業員は、既に障がい者を雇用していることもあり、理解がある印象を受けました。

物的環境としては、リネンの仕上げ作業を行う場所は人がいない時間の方が多く、必要以上の刺激を受けない場所であることが分かりました。また、冬になっても汗をかきながらのドライ作業とは異なり、程よい気温で取り組める環境でした。立地条件も新篠津からバスで1本で(乗換えなし)、バス停から徒歩10分と最適な場所でした。

(3)利用者のアセスメント

入所施設の授産事業のリネンサービス係では、I工場の業務内容と同じ、リネンの仕上げ作業を行なっています。今回のI工場への職場実習に向け、リネンサービス係に所属し就労希望を持つ数名の利用者が候補者として浮上しました。そして、本人との面談を行いSさんの職場実習が決定しました。Sさんの事前のアセスメントとしては、作業の速さや正確さ、構造化された場面での自立した取り組みなど作業能力的には申し分ありませんでしたが、障がいの特性にもあった収集癖やコミュニケーションの困難性、時々見られる興奮や大声など懸念される点も多くありました。

(4)職場における集中支援(実習期間3週間)

実習前の支援として、実習全体の見通しを持てるように実習予定表(写真1)を、実習先での業務内容を理解できるように指示書(写真2)を準備しSさんと確認しました。

I工場には今回の実習の内容や目的、またSさんの特性がわかるフェイスシートなどを持参し全従業員に周知されるよう配布しました。

写真1,2
写真1 写真2
職場実習予定表(日程、実習時間、内容など) 説明書(仕事の方法、数量などの説明)

最初の1~2週目は仕事を覚えることを目標に支援しました。現物のタオル類と説明書をマッチングし、タオル類の確認や、たたみ方や包装の方法など説明しました。自分でタオルの種類や枚数などを当てることに固執し、最初は指示書を見ることに抵抗を示しました。そこで、本人の好きな『説明書』という名前にすることにより、片時も離さず持ち歩き、たたみの前に確認するようになりました。

たたみ方そのものに支援を要することは少なく、結束の際のゆるみや複雑な巾着入れなどの場面で支援をしました。

この頃の従業員の反応は、無関心でした。工場長が不在となり、自分たちの行わなければならない業務が山のようにあり(全体的に人不足でほとんどの従業員が残業の日々でした)、誰一人としてSさんを気にかけるような場面は見られませんでした。

3週目からは自立した取り組みを目標に支援しました。『説明書』を指示書として活用できるようになり、たたみ方に対する支援がほとんど要らなくなったので、徐々に遠くからの見守りと終了後の確認へと支援の量を減らしていきました。自立度が高まるにつれて、同じ場所で同じ仕事を従業員が始めると、負けず嫌いな性格が現れ、たたみや包装が雑になっていくといった問題点も出てきました。従業員にはSさんの性格などを伝えながら、同じ内容の仕事を極力一緒に行わないようお願いをしました。

業務の内容も増加し、タオル類の他にもスーパーの白衣やエプロン、病院のパジャマなどのたたみ、入荷した衣類の検品業務にも取り組みました。それぞれ『説明書』(写真3)を作成し、確認しながら取り組めるようになりました。また、朝の空き時間(出勤後から始業時間までの間)を利用して従業員が交代制で取り組んでいた清掃業務を業務内容に加えました。

この頃の従業員ですが、少しずつSさんと関わりを持つことが増えてきました。また、次期工場長候補の係長が他工場より異動になり、I工場に来ました。障がい者の雇用には前向きですが、異動になり間もないこともあり「パートに聞いておくよ」「もう少し様子を見て」という反応がほとんどでした。

そして、この頃より従業員数が増加してきました。Sさんが職場実習に来てから新しい従業員が4人も増加したのです。今までであれば残業の日々であった従業員が、仕事がなくなり定刻前に帰ることもあるほどでした。もちろん、Sさんの仕事量も減少し、入荷の少ない日には何とかSさんの仕事を準備しようとする従業員の気づかいがとてもありがたかったです。自立度の向上をうれしく思いながら、反面、仕事がなくなるのではと冷や冷やした毎日でした。

写真3
たたみかたの説明

(5)移行支援

徐々にフェイディングを行なってきましたが、係長より「ジョブコーチなしでの仕事ぶりを見たい」との要望がありました。障がい者雇用の経験があるI工場にとって、当然のように行なってきた集中支援は、「ジョブコーチがいないと働けないの!?」というマイナスの評価になっていたのに気が付きました。支持待ちの対策や、従業員へのSさんの特性の説明など不十分な点も多く、もう少し同行しての支援を続ける予定でしたが、単独での通勤と1日に2回の巡回に支援量を減少しました。

巡回時に、「1人でも全然大丈夫だよ」「楽しそうに頑張っているよ」という好評価もありましたが、「机いっぱいにタオルを並べて困っている」「質問に答えてくれないから何度も聞いたら怒った」などの問題点も浮上してきました。従業員とSさんを交えて作業内容を確認したり、再度Sさんの望む接し方などを従業員に配布し周知に努めました。

障がい者雇用の実績のある事業所ということもあり、従業員の細やかな気配りにはとても助けられた時期でもあります。洗い場の従業員が、Sさんの出勤日に合わせ毎日同じくらいのたたみ業務ができるよう洗濯・乾燥をしてくれたり、退社時間までに終わらせないと仕事が雑になってしまうから、また業務が終わらないで帰ったときには翌日の朝まで残った業務のことを気にしている、などを理由に、退社間際には仕事を振らない(ちょうど終わるくらいの業務量を指示してくれます)などといった配慮をジョブコーチからの助言なしに行なってくれました。

(6)フォローアップ

現在、就労が決定して間もなく、フォローアップまでは至っていません。1日に1~2回の巡回を実施しています。たたみ業務に関してはほとんどSさん一人に任され、時々従業員が見に来る程度で、一日のノルマの達成感を目指しながら意欲的に取り組んでいます。たたみ業務の少ない時に指示待ちなども見られますが、周囲の従業員の配慮で次の仕事へ導入することができています。

今後も職務内容についてはもちろん、Sさんの特性や関わり方の問題など、従業員と協議していかなければならないことがたくさんあります。また、慣れてきた頃に出てくると予想される収集癖などに対する対策も考えていかなければなりません。徐々に巡回の量を減らしながらではありますが、I工場で定着して働いていけるようなフォローアップを目指していきたいです。

4.まとめ

今回の事例で困難だったことは、企業側の代表者が不在であり、職場実習や就労に関する相談をする相手が不特定であったことです。ジョブコーチの実習期間(3日間)には本社から視察に来た常務と一度だけ話し合う時間が作れましたが、その後のSさんの実習についてなどは全て本社との電話連絡であり、上手に要領を伝えきれない点も多々ありました。また、Sさんの実習が開始してからも、実習の目的や内容などI工場の従業員には全然伝わっていなくて、就労に向けての職場実習であることを周知していただくまでにたくさんの日数を必要としました。

また、工場長の退社に伴い、少数精鋭という方針から、ゆとりのある人数で正確により多くの業務をといった方針への改革期にもありました。職場開拓した時から5名の従業員が増加し、勤務時間内に全ての業務が終了してしまう日もありました。実習開始時には人手不足でパートがみんな残業の毎日でした。しかし、実習中(工場長が変わってからは)に沢山の人数でゆとりある仕事を、という方針に変更され、多くの採用者がありました。パートが増えたので雇用されないのではないかと心配された時期もありました。

職場での集中支援で一番感じたことは、「支持は肯定的に」ということです。負けず嫌いでプライドの高いSさんに変更を求める際、「こっちのほうが格好いいよ」とか「この方がすごいよ」などと肯定的に声かけをすることにより、変更を受け入れてくれることが多かったです。

今後はフォローアップを大切にし、継続して就労していけるよう支援するとともに、地域生活に向けての支援を目指していきたいです。

I工場で働くSさん