音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-

池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業

事例5 広職域を目的とした企業内ジョブコーチによる職務再設計の事例

~雇用側からの支援をとおして~

高橋 はるか
北野 秀岳
株式会社 特殊衣料

1.本人の状況

(1)性別、年齢、障がいの特徴

本事例(以下Aさん)は、精神発達遅滞、自閉症と診断され(平成4年)IQ47((昭和62年)鈴木ビネー式)、療育手帳B判定をもつ33才(平成17年10月現在)の男性です。特徴的な行動として、仕事は素早く行えますが、集中力を切らし注意等されると自分の頭を叩く・物にあたる等の自傷行為が時々みられ、また作業中は常動行動も見られます。異性に対しての興味が強く、特定の人の髪や体の一部をそっと指で触るような行為また言動が見られます。

(生育歴)
3歳の頃に自閉傾向であると診断されました。
(教育歴)
昭和53.4 北海道の養護学校入学
昭和63.3 同校卒業
昭和63.4 北海道の知的障害者更生施設へ入所

(2)福祉施設の利用歴

北海道の養護学校卒業後 昭和63年4月 知的障害者更生施設へ入所し、冬期間ガソリンスタンドで在宅向けの灯油配達の助手を行っていましたが、アトピー性皮膚炎の悪化と雇用への結びつけができなかったため当社((株)特殊衣料)へ実習となりました。

(3)受け入れ先の状況について

業種は病院・施設向けのリネンサプライ、私物洗濯業務です。延べ人数144名です。現場作業員とともに企業内ジョブコーチがおり、会社全体で理解をもらっています。

(4)職歴、職域の拡大の経緯

当社に実習が始まったのが、平成12年であり、実習から雇用になったのが平成15年で3年間は実習を行い、主に納品時に入れる製品の袋たたみと病院・施設名の札を所定の位置に片付けることです。平成15年の雇用になってからは、職域を広げるために午前中は洗濯物の仕分け助手、午後は袋たたみ。時間が空いたら札の片付けをしています。入社して3年が過ぎ職域を広げることで給与の昇給が出来るようにと支援に入りました。

(5)生活状況

現在は更生施設の援助つきアパートで1人暮らしをしており、そこから公共交通機関を利用して通勤しています。食事については、平日の晩のみ施設まで行き食事をし、日曜・祝祭日は自分で購入又は外食して時にはおかずのみを買ってきて、ご飯は自分で炊く等をしているようです。簡単な調理は自分で行い、朝食に関しては自炊して食べているようですが、初めのころは、包丁などで指を深く切っていたことがあり、施設に本人の身体状況を連絡、調整しておりました。現在は、大きな体調の変化も無く健康で元気に通勤しています。

本人の給与は時給460円、月額にして77,625円、障害基礎年金2級(66,417円)を取得しています。

(6)制度活用について

最低賃金適用除外申請を受けております。また通勤バスの購入と運転者委嘱、報奨金、札幌市職親会の助成金などでAさんもカウントが入っています。

2.Aさんのアセスメント

(1)本人のアセスメント

先に述べた様に、元々Aさんには納品袋のたたみ作業と札の片付けと仕分作業の助手があります。その作業の中では作業自体は素早いのですが、本人の目の前は納品物置場になっており前方の視界は遮られますが、後ろに人が通ると声を掛けたがり集中力を切らしてしまう傾向にあります。パーテーションを組んで視界を遮る方法も考えましたが、「ここは企業でありあくまでも一般就労である」と言うことでそのような形は取らず作業位置を若干移動させ納品物で少し隠れる程度の作業スペースを確保しています。

写真
袋たたみ作業
病院・施設向け札の片付け作業

(2)個人面談

まずはじめに本人に対して、今回の動機付けをするために現在の給与の把握、希望の給与、その理由、そして働く目的等について聞いてみました。

本人はお金に対しての考えをきちんと持っており、希望の給与を月100,000円といいました。しかし、どうして100,000円なのかを尋ねても応えることができず、また、働く理由についてもそれに結びついていないようでした。

働いている時間に仕事を沢山こなせばお給料があがることを説明し、現状の作業スケジュールを見せて、あまっている時間に仕事をお願いしたいと話しました。しかし本人には仕事量とお給料の関係が結びついておらず、ただ仕事が増えることだけが頭の中に残ってしまいました。

言葉では無理であることがわかり右図にすることで仕事が増えることを理解してもらうようにもう一度話しをしました。図中の上と下のどちらがよいかという問いに対して上という返答が返ってきたため新しい仕事を行うことになりました。

仕事量と給料の関係を表す図

3.新しい仕事のアセスメントと集中支援期

オムツカバーを洗い上げた後、乾燥機に入れるとマジックテープ部分の劣化が早い為一つ一つ手作業でハンガーに掛け乾燥室までレールに沿って運び、乾燥させています。まず現場の職員から作業の説明をAさんと企業内ジョブコーチが受けました。

口頭指示では十分な理解が無く一つ一つ確認しながらの作業、あまり作業の能率が上がらない状態でした。

まずはAさんに解かりやすい様に写真を多く使った作業手順書を作成し、それを基に現場職員が直接指導しました。その中で問題になったのがハンガー掛けには溝があるのですがレールの位置が本人の身長よりも高く見えにくくなっおり溝以外のところに溝の数以上のハンガーを掛けてしまい必要以上にオムツカバーが 掛かってしまいました。

オムツカバーの乾燥作業を写真入で示した手順書

あまり掛けすぎると乾きにくくなるので、溝の数以上にハンガ―を掛けないということを認識してもらう必要がありました。ハンガーを掛ける前に手でハンガー賭けの溝を確認してもらう、それに必ず掛ける事をジェスチャーにより繰り返し指導しました。

ハンガー掛けの溝の部分の写真

それにより必要以上にハンガーを掛けることがなくなり1つのハンガーに4つオムツカバーを掛けたら次のハンガーへ・・・。と決まりを作り、反復作業の流れを確認して行きました。

一度に掛けるハンガー全ての分のオムツカバーが干し終わると、自らヒモを引っ張って乾燥室まで運ぶことが出来ました。あとはまた、手順書の1からの作業となり繰り返し作業を行うことで本人も作業サイクルを掴んできました。

写真
Aさんの作業風景
ハンガーにオムツカバーを掛けている様子
ハンガー掛けを移動させる作業の様子

4.現場へのナチュラルサポート(集中支援期~6ヶ月)

集中支援期を過ぎ、ポイントでの支援のみになってきたところから現場の人からのナチュラルサポートとして、一部の確認(金具の設置方法、オムツカバーがどこのものかを指す札の取り付け方法、次の指示)をお願いしました。お願いした以上は、担当者による評価を一週間ずつお願いしました。

また、この評価表を定期打合せの際にまとめ、Aさんの作業生産性の伸びをグラフ化していき、指導の軌跡を現場の人に見せることにより、現場の担当者が手をかけて見る喜びを知ったといっています。

担当者による評価表

金具の取り付けについては、集中支援期に使用したジグを用いてジェスチャーや本人の確認の指差しで理解するようになりました。

その後は、毎回の確認作業で生産性が上がらないという現場の声にスピードを意識してもらうことで、ジョブコーチが、決まった時間にタイムを取るようにしました。本人の前でわざとタイムを計ることで、時間に対しての意識をつけてもらうことを狙いとしていました。(ピンクグラフ)

評価表をまとめたもの 会議資料

5.担当者、現場長との会議

Aさんが作業をすると、とにかく早いという評価をもらうことができました。多少の確認はあるが、現時点では問題はないという評価をもらいました。また、周りからの刺激が少ない分、話かけられることも、本人から話かけることもなく黙々と作業をこなします。ただ、本人は納品数などを数えるなどの信頼性が薄いため、現状は数の管理まではしていません。当社の自閉症の社員で数に詳しい者がいますので、セットでのオムツカバー作業1人工として考えることにしました。それぞれに他の仕事をもっているので、お互いにスケジュールをたてて提示することで、本人も落ち着き、会社の生産性も上がるのではないかということになり実施することがきまりました。また、おおかた任せることができるようになったため、給与の昇給についての話を現場長に持ちかけることになり、企業内ジョブコーチが提案することになりました。

6.給与査定についての検討会議(8ヶ月)

現状の時給は、460円でしたが、職域の拡大と、生産性を考えるということで、賃金評価システムにより、500円という提案を行いました。また、作業のみならず、働くために必要と思われる、常識と、セルフコントロール、作業面での評価を同じ評価内で行うことで、本人の能力の偏りがないかどうかというシステム を導入しています。

現場長や当社上司にも賛同をもらい、支援から8ヶ月で時給40円アップとなりました。月給にすると77,625円から84,375円の昇給となります。本人の個人面談時に目標としていた月給100,000円が少しずつ距離が近づいていました。

賃金の評価システム

7.個人面談(8ヶ月)

本人に今回の作業が増えたことに対しての面談を行いました。作業が増えること=成功する=給与が増えるという一連の流れをもう一度説明しました。本人は作業を始める前の面談においては、働く目的と目標の給与が一致しないのですが、自分が今までやってきたことを図にして説明をすることで仕事が増えることがいやなことではないこと、頑張れば給与に反映することを指導することでAさんのモチベーションが上がりました。

8.まとめ

Aさんの就労支援が成功した要因として、まず、就労の意欲があったこと、特にわかりやすい「お金」に対しての考えを本人が持っていたことを結びつけ動機付けを行ったことが前提となったと思います。また、一人作業が得意ではありますが、会社の文化や思想を考えながら拒否されない程度に配慮をしてオープンな中に孤立しない作業環境があったことだと思います。また、集中支援期の段階でまず作業指導を行ったのが現場の担当者だったことは、その後の関係作りに反映され、そして関係を作ってくれた現場の人への指導を見える形に企業内ジョブコーチがしたことで、お互いの励みになったと思います。Aさんと現場とをつなぐ意味でのジョブコーチとしてお互いの調整を組み立てることが必要であったと思います。今回の事例については、企業内にジョブコーチがいることは、会社の生産性を考えながら、本人の適材・適所を見て配属の提案をすることができます。一つの仕事を一人で完結することが逆に生産性を下げることもあります。全ての仕事を完結できなくても、一部の仕事にマッチし、幅があれば戦力として雇用することができると思います。