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社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-

池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業

事例6 コミュニケーション面での支援に重点を置いた事例

~温泉施設で働く中度知的障がいを伴う自閉傾向のAさんについて~

千葉 紀子
新篠津ふれあいの苑

1.本人の状況

(1)性別、年齢、障がいの特徴、生育歴、教育歴

本事例(以下、Aさん)は、中度の知的障がい(田中ビネーIQ39)を伴う自閉症と診断され、療育手帳Bをもつ25歳(平成17年10月現在)の女性です。

3歳児検診で言葉の遅れを指摘され、6歳のときに、常に動き回り人と視線を合わせない、人とのコミュニケーションはとれず、話しかけてもオウム返しのため自閉傾向と診断されました。自分の意思を相手に伝えることが苦手なため、うまく伝えられないことでパニックを起こすことが多く、腕を噛むなどの自傷行為も見られていました。小・中学校は特殊学級で過ごし、高等養護学校を卒業しました。

(2)福祉施設の利用歴

高等養護学校を卒業後、社会福祉法人新篠津福祉会が運営する入所授産施設、新篠津ふれあいの苑の作業科に所属し、お菓子会社から委託を受けた箱折りやお菓子の箱詰めを行なっています。その中で集中力も高く、積極的に作業を行い最も生産力が高い利用者でした。高い評価のためその作業科には1ヶ月程所属した後、実習科へ作業科が変更となり職場実習へと移行しています。

(3)職歴・本人の収入

一度も就職したことはありませんでした。高等養護学校では産業科に所属し、食品加工やクリーニングの作業を行なっており、仕分けや、袋に詰めるなど簡単な作業を行なっていましたが、アルバイト等の収入に関わるようなことは一度も経験したことがなく、現在、障害基礎年金は2級を受給しています。

(4)生活状況

Aさんは高等養護学校では寄宿舎、卒業後は現在に至るまで入所施設に入居しています。身辺処理は概ね自立しており、介助等の必要はありませんが自分の意思を相手に伝えることが苦手なため、そのことで常にイライラし、ストレスがたまると腕を噛む、足をつねるなどの自傷や他者を引っかくといった他害行為が見られるなど、精神面でのサポートが必要です。そのため職員が本人の話を聞きながら、周囲と調整したりストレスを軽減することができるよう、支援を行なっています。また、計画的にお金を使うことが苦手で物欲が強く、お金があればあるだけ使ってしまうということもあり、外出時の小遣いの使途について一緒に考えるなど金銭管理のサポートも行なっています。

2.就労支援

(1)受け入れ先の状況について

Aさんの実習先は村内にあるゴルフ場と温泉施設が併設された施設で、社長、支配人各1名、従業員29名の企業です。ゴルフ場が併設されていることで夏場は大変多くの人が来館します。ここでは以前より知的障がい者への理解があり、実習生という名目で知的障がい者を雇用していましたが、自閉症者の受け入れは初めてのことでした。手先が器用で掃除の好きなAさんはここで施設内の清掃をすることになりました。

(2)制度活用について

Aさんの実習には今までの実習生同様、最低賃金適用除外を受け1ヶ月53,000円の賃金(現在は1ヶ月67,000円)での採用となりました。今まで就労経験のないAさんにとっては、作業場以外の場所で働くことはどのようなことなのか不安も抱えていましたが、働くことには意欲的でした。

(3)支援のプロセス

1) 利用者のアセスメント

Aさんの実習に関しては実習科の職員が中心となり、Aさんのアセスメントを行いました。Aさんが最初に所属した作業係では積極的に作業に取り組むことができ、集中力も他の人より優れていると評価されていましたが、人の話を最後まで聞かず自分の思い込みで行動することもあり、それが原因でトラブルやパニックにつながり、自傷行為も見られていました。また、自分の意見が通らなかったりすることでストレスをためやすいこともわかりました。アセスメントの結果、Aさんの課題は他者との円滑なコミュニケーションが図れることを第一の目標にすることにしました。

2) 職場のアセスメント

Aさんが実習に入る以前より他の利用者が施設内の清掃に関わっていたので、どのような仕事なのか、職場の環境はどのようなものであるのか、といったこともある程度は把握することができていましたが、ゴルフ場と温泉施設ということもあり、客が入れ替わり立ち代わりすることが多い中でA さんが混乱してしまわないのか、館内清掃ということで動線が複雑で混雑しているときに客と接触してトラブルを起こさないのかということが心配されました(写真1、2)。

写真1,2
Aさんの仕事の様子
洗面所を拭いている様子
窓を拭いている様子

そこで、Aさんのプロフィールを従業員に紹介することで、Aさんのできること、できないこと等を含め職務内容について調整を行いました。また、コミュニケーションが苦手なため客に尋ねられた場合に説明できずに混乱することも予想できたのでそのような状況時には、「わからないのでフロントで聞いてください」という対応をAさんにしてもらうことで統一しました。来館する人は企業にとっては大切な人であり丁寧におもてなしをしなければならないので客との接触トラブルは避けなければならないことでした。そこで、客がいる場所を掃除する時には、「失礼します」と一声かけてから掃除を行うことで客との接触トラブルを回避することができるように調整を行いました。

また、温泉施設の開館前(午前10時)までに取り組まなければならない急ぎの清掃箇所もあり、スケジュールや指示書を作成し、開館前の忙しい時間帯で従業員のナチュラルサポートを得にくい時でもAさんが一人でも作業に取り組むことができるように調整を行いました。さらに、企業側にお願いし、Aさんのようにコミュニケーションが苦手な人が館内の清掃業務に従事しているという掲示をしてもらうことにしました(写真3)。この掲示をすることで館内を利用する人にコミュニケーション障がいのAさんの存在を少しですが理解をしてもらうことができ、Aさんも仕事をしやすくなりました。

写真3 館内掲示物
来客にAさんへの理解を求める内容の掲示物の写真

3.職場における集中支援

(1)仕事について

Aさんが見通しをもって作業に取り組めるように、ジョブコーチは作業スケジュール(写真4)を作成し、この時間帯は何をしなければいけないのかを提示しました。作業スケジュールは洗濯室に貼らせていただき、その都度スケジュールを確認することができるようにしました。

写真4 スケジュール
作業スケジュール表の一部の写真

また、自分以外の他の人が今どこでどのような仕事をしているのかがわかるようになっており、掃除道具がいつもの場所にないということでAさんが混乱してしまわないようにしました。また、従業員の人も、誰が今、どの仕事をしているのかを把握することで、Aさんが困っている時の支援をしてもらえるようにしました。さらに、朝はとても忙しく、開館までに温泉施設の脱衣場の掃除などを終了していなければならず、時間に追われてしまうことでAさんが混乱してしまわないように、朝一番の仕事で使う道具(タオル、洗剤、スポンジ等)は1つのカゴにまとめて準備しておくことで、スムーズに仕事に取り組むことができるようにしました(写真5)。 そのため、Aさんはこのカゴを持っていけば仕事をすぐに始められるということで安心して仕事を開始することができるようになりました。

写真5 掃除道具を入れるカゴ
掃除用具が入っているカゴの写真

(2)人間関係

Aさんはコミュニケーションが苦手ということもあり、実習を開始した時点で同じ清掃実習を行なっていたBさんとのトラブルが多々見られていました。お互いに譲らず、叩くなどの他害もあり、そのたびに職員が出向き、どのような場面でトラブルが多く発生しているのかを調べました。原因の一つに、ロビーにあるテレビのチャンネルを客が見ているのにAさんが勝手に変えてしまうことがありました。「客が見ているので勝手に変えてしまわないように何度も注意しているのに、やめてくれない」というのがBさんの言い分でした。客の居る前で口論等のトラブルは起こしてほしくない、と職場より連絡があり、どのようにすればトラブルは減るのかを考えました。Aさんと、ロビーのテレビは客が見るものだからチャンネルは変えないと約束をしても同じ時間になればチャンネルを変えることがその後も続き、その度にBさんとの口論が発生しました。そこで、チャンネルは従業員が変えることにし、Aさんはチャンネルを一切触らないようにしました。また、Bさんとはなるべく同じ場所での作業が重ならないように時間帯を調節するなど工夫をしました。このことで、仕事中のトラブルは減少しました。

(3)フォローアップ

Aさんが実習に入ってからしばらくして特定の従業員と接触するとパニックを起こすことがわかりました。Aさんに確認をすると、Aさんの嫌いな人から注意や指示を受けた時にパニックになることが多いことがわかりました。Aさんは自分に指示してくる人が苦手なようで、もし、Aさんへ指示することがあれば短い言葉で簡潔に行うように従業員にお願いし、様子を見ることにしました。さらに、Aさんとは、みんなと仲良くし仕事中には大声を出さないように約束をしました。Aさんはそれを月の目標にして取り組むことにしました(写真6)。1ヶ月後にはその目標を守ることができたかどうかをAさんと話し合うことで再確認し、その結果以前に比べると仕事中には大声を出すことも減り、苦手な人が話しかけても怒ったりパニックを起こすことが少なくなりました。

写真6 Aさん作
Aさん本人が書いた1月の目標の掲示物の写真

実習を始めて1年も経ち仕事に慣れてくると時間に追われてしまうことで仕事が雑になってきていると、従業員の話で明らかになりました。時間内に終わらせなければならないというAさんの気持ちと、施設を利用する客との間で接触のトラブルが頻発するようになりました。「失礼します」と言った直後に客は避ける暇もなく、客の足元をAさんがモップ掛けを行い、そのことで客と接触することが増えました。Aさんは客からみればぶつかっても謝らない失礼な人との印象を持たれ、実習の継続は難しくなってきました。そこでAさんと話し合い、客と接触したときには、「すみません」ということを約束しました。この言葉を言うことで客と接触しても客が怒ることは減少し、また、あせらずに落着いて仕事をするということをAさんと確認しました(写真7)。

写真7 Aさん作
Aさん本人が書いた3月の目標の掲示物の写真

4.まとめ

Aさんには実習を行う最初に、『他者との円滑なコミュニケーションが図れること』という目標を 立てましたが、実際に取り組んでみると人とのコミュニケーションがうまくいかないことでのトラ ブルが多く見られました。その都度ジョブコーチがAさんと職場との間に入り従業員や他の人との 連絡や調整を行いました。

Aさんの就労支援には従業員や職場の協力を得てトラブルが発生した場合にはすぐに連絡をもら えるようにしたこと、従業員にはAさんへは簡潔明瞭な指示(できるだけ視覚的に本人が理解しや すいような指示)を心がけてもらうことなど、今までの実習生以上に気を配ってもらうことでAさんが実習を継続することができるようになりました。

また、作業工賃よりもたくさんの給料をもらうことができそのお金を貯めて欲しい物を購入したり、今後の地域生活へ移行するための貯金をしたりと今まで無駄遣いが多かったのが少しずつ改善され、外出での買い物も事前にしっかり考えてから行うことができるようになりました。

今回の就労支援では、ジョブコーチに求められているのは仕事を教え、それを維持していくことだけではないことをAさんの事例を通じて学ぶことができました。Aさんの精神面も含めて支援していくことの大切さを知ることができました。

Aさんは、実習生として現在8年目になります。地域で働くということに慣れ、地域で生活することを次の目標に掲げ現在は自活訓練事業の対象利用者として取り組み、春にグループホームでの生活を目指し頑張っています。先日仕事についてAさんに尋ねたところ、「忙しいけど、大変だけど楽しい」という返事が返ってきました。Aさんなりに苦労することもたくさんあるのでしょうが、それを乗り越え一歩一歩前進しているAさんを今後も見守る一人として支援ができればと思っています。

写真
Aさんの仕事の様子
ロッカールームを掃除するAさんの写真
床掃除をするAさんの様子
お風呂場の脱衣場を掃除するAさんの様子